3 女神登場
俺が転生の事実に気がついてから、2週間後。
俺は変わらず、あの武士と綺麗な大和撫子のお姉さんの子どもとして、武家屋敷と思しき木造の家で、慎ましやかに暮らしていた。
住み慣れない土地というものは、まあ、1日2日くらいなら旅行気分でいられるが、さすがに二週間もいると故郷の執着からか、いい加減ホームシックでも発病するものだ。
こっちの世界じゃあ、このボロい、失礼、歴史ある木造の武家屋敷こそが、俺の故郷と言うべきところなのに。
「住めば都」とは言うけれど、現代日本の便利な生活に浸っていたこの身では、もうそろそろ精神も限界に近くなってくる。
この世界での俺の母は、相変わらず手間のかかる、子どもの俺の面倒をよく見てくれる。
こんな小さな体となって気づいたことだが、母親の精神力とは強いものだ。俺の世話をしつつ、家の家事に勤しむ。
まだ首もすわっていない俺だが、本当に頭の下がる思いだ。
それでも家族の会話の中では、今まで生まれてきたどの子どもよりも、大人しいと専ら評判である。
まあ、一応精神年齢は18歳だから、ある程度大人しいのは当然ではあるが。でも知らない人間からすれば、将来を嘱望される人物として早い段階から期待されるものだ。
やっぱり人間、自分の精神年齢に見合った体が一番だね。赤ん坊の体じゃ何にも出来ん。自由ないもん。
とりあえず、この世界での父親であるあのオッサンが、俺の顔に擦りよってくるのだけは勘弁して欲しい。本当にむさ苦しいことこの上ない。
◆◆◆◆◆
そうモヤモヤと悶えている日のある夜。
俺の意識は、睡眠中の俺の夢のただ中にあった。
悲しいかな赤ん坊の体とは。1日の大半を寝て過ごす羽目になるから。
いくら寝るの好きな俺でも、いい加減飽きがくる。
しまいには、寝過ぎて逆に眠いとか思ってる始末だ。声も上手く出せないものだから、泣くことでしか周囲に訴えられないし。
まあそんなことを思っていると、夢の中にいる俺の目の前には、1人の銀髪ツインテール、そして白いワンピースを着た美少女が現れた。しかもその美少女は、優しく俺に語りかけてきた。
『こっちの生活は、もう慣れた?』
いやいや、まだまだ全然慣れてませんよ。自殺なんてバカなことをした後悔が、ひたすら我が身を襲ってますよ。
『まあ、あたしが記憶を保持させて転生させたんだし、せいぜい感謝してよね』
そういう態度で接されても、感謝の念は湧いてきませんよ。もう少し言葉を選んで話――――転生?
――――って、なんでこの女性は俺なんかに話しかけたのだろうか? それ以前に、どちらさまですか?
ああ、きっと夢だからだ、夢を見ているに違いない。それ以外に理由など存在しない。
だがこの時の夢は、いつもとは違う、口では上手く表現できない特殊な空気を纏っていた。無論、この美少女も例外ではない。
俺はその異様な空気を前に、いつの間にか這いつくばった姿勢をとっていた。
「あの……あなたは一体誰………なんだい?」
『ああ、自己紹介がまだだったわね。あたしはミネルヴァ、ローマ神話でおなじみの軍神よ。とりあえずよろしくね、不破武親くん』
なるほどミネルヴァさん、ローマ神話のねぇ……………ん?
待て待て、時代背景とか今俺が暮らしている所と、どう考えても接点ないだろ。
日本神話の、例えば最高神にして太陽神の天照大神とか、そうまででなくても稲荷神で有名な宇迦之御魂神とか、そのあたりが出てくるもんじゃないの?
それに……俺の名前、どこで教えてもらったんだこのヒト?
『アンタの考えていることは、だいたいわかるわよ。大方、“なんで日本土着の神じゃないのか”でしょ? それに“なんで自分の名前を知っているのか”もね』
これは驚いた。もしかして俺の思考は、すべて彼女には筒抜けなのか?
『でも安心して。あたしたちは、アンタがどんなことを考えてても、現実のアンタには一切干渉できないから』
「そっすか……」
『ちなみに、日本の神々は全員あたしの知り合いだけど、今彼女たちは忙しいみたいなの。だからあたしたちが代理で来たわけ』
忙しい? なんかあったのだろうか?
つか今この少女、サラリとすごいこと言わなかったか?
ローマ神話の神様が、日本の神様と知り合い? え?
『実はこれから話すことに関係してて。まあ、アンタが転生したこの世界について説明してあげるね。……っとその前に、フレイア! 恥ずかしがってないで、出ておいで!』
あっ、そこは無視ですか。
俺の脳内に浮かんだ疑問をあっさりスルーして、ミネルヴァが後ろにいる誰かを呼び出す。
すると後方から、物陰に隠れていた蒼髪のこれまた可愛らしい美少女が現れた。しかもミネルヴァとは違い、ずいぶんとおしとやかと言うか、おどおどしていると言うか。
何て言うか、見るからに天然の危なっかしい一面を持っている美少女である。結構恥ずかしがり屋さんなんだなあ。
『ふ、フレイアです。あの……北欧神話でお馴染みの……』
フレイア。北欧神話における万能地母神だ。彼女の扱う範囲は美、愛、豊饒、戦い、月に魔法、ついでに死。
フレイアさん、アンタどこまでチートなんですか。単純に司どっている範囲だけで言えば、主神のオーディンを越えちゃってるんじゃないの……?
すると今度は、別の疑問が浮かんできた。
ミネルヴァとフレイア、それぞれ別々の神話に登場する人物どうしのはずなのに、何故俺の夢の中に一緒になって現れてるんだ?
謎はますます深まるばかり。もはや俺の脳の処理速度を超えた高難易度のミステリーが、たった今、眼前で繰り広げられている。
『もしかして、“何故私たちが一緒にいるのか”が気になりますか……? それも含めてこれからご説明します………』
とは言え、この2人にも何やら事情がありそうだな。しかもタダゴトでないのは確かだ。
長話されるのはあまり好きじゃないが、ここは1つ自分の将来のためにも聴くとするか。
――――――そこから、銀髪美少女・ミネルヴァと蒼い美少女・フレイアによる世界観講義が始まった。
この物語には戦国武将のみならず、さまざまな神話の人物も登場する予定です。