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187 天使降臨

 それから何時間経ったのだろうか。しばらくして、俺は意識を取り戻し、なんとか身を起こして周囲の様子を探った。


「……なんだったんだ、あの光は」


 目が眩むような光はこれまでも見る機会はあった。しかし、あっという間に立ち眩みするほど強い光は生まれて初めてかもしれない。何しろ、一瞬にして周囲の景色が白一色と化すほど眩しかったからな。

 実際、俺の周りには依然として気を失ったままのビルギッタや家臣の姿があった。


「っ……うう~ん……」


 体感での感想だが、もしさっきの光が本当に魔力由来だとしたら、あれだけの量の光を浴びれば一生魔法を自在に操れる存在になれてもよさそうなもの。

 ビルギッタは「いくら魔力を浴びたところで、素質のない人間が何年も魔法を使えるようにはならない」と言っていたが、果たしてそれは本当なのだろうか? あとでこの場にいる家臣全員、魔法が使えるようになったかどうか実験することにしよう。

 

「……ん、なんだあれ?」


 ビルギッタと家臣を安全な岩場に移動させながら思考を巡らしていた俺は、ふと火口の側に倒れている小さな人影を見つけた。


 俺達以外に内浦岳に登山をしていた人間がいたのか? でもあの時、俺達以外に人なんていなかったような……。

 事前に瞬間兵力検索(セコンドサーチ)でもかけていればすぐにわかったことだろうが、戦場ではないと油断して発動していなかったのが仇となった。

 

 それによく見てみると、倒れている人影は子どものようだ。だがそれにしては、付近に大人の気配は全くないし、登山に必要な道具を背負っている様子もない。調査隊一行の最年少メンバーは俺だから、俺達の中に子どもが紛れていた可能性もない。だとしたら、あの子はどうやって1700mを超える山を登ってきたのだろうか?

 ともあれ、このまま火口に落ちては元も子もない。俺はその子を助けるべく倒れている場所へ向かって走った。


「……!?」


 ところが、近づいたところでその子の背中に目をやると、普通の人間にはついていないあるものが生えていた(・・・・・)


「羽……?」


 その子どもの背中には鳥のような大きな翼が3対ついていたのだ。

 さらにプラチナブロンドの髪と非常に整った可愛らしい顔立ち、さらに古代ヨーロッパ人が纏うような白い衣もあいまって、まさに天使のような容姿であった。


 今の蠣崎領には異世界ミズガルズからの多種多様な種族の人々が多く暮らしているが、天使のような羽を持った種族は今まで見た記憶がない。それどころか、王国軍第2師団やアイオニオン大陸本土でも見かけたことがなかった。


 一体この子は何処からやってきたというのかーー




「ううむ……吐き気がするでござる……」


「頂に来てから目も足元も覚束なく候……」

 

 天使の子どもに気を取られていると、山頂の岩影に退避させていたビルギッタや家臣達が意識を回復してお互いの体調を確認しあう声が聞こえてきた。


「……調査隊のメンバーを連れてくるべきでした……。……そうすれば……このようなことには……」


「何故此度は連れて参らなかった?」


「……すみません……人数は確保できていたと油断していたもので……。それに気を失うほど強力な魔力が漂っているなどとは思わず……」


「お主は熟練の魔導師とやらではなかったのか?」


「それは……」


「まあまあ、責めることはなかろう。魔力とやらの強さは分かったことだし、とくと山を下りることにしようぞ」


「……はい。ところで……武親さんは……?」


「そういえば、五郎様のお姿が見えませんな」


「確か拙者らの前におられたはず……おお、火口の側におられる」


「五郎様! 我らと共に山を下りましょうぞ!」


 俺を呼ぶ声が背後から聞こえる。だが、俺は目の前の子が気になってどうしようもなかった。


「待って! 俺の足元に小さい子どもが倒れている。今からその子を運んでくる!」


「こ、子どもですと……?」


 今すぐにでもこの天使の子の正体を掴みたい。かといって、強烈な魔力漂う山頂に留まるのは得策ではない。俺は天使の子を担ぎ、ビルギッタ達の前で降ろした。

 すると一同、目を丸くして見慣れないその子の容姿に驚きの声を上げた。


「な、なんなのだこの子どもは……!」


「なんと! 背中に羽が生えておるではないか!」


「斯様な物の怪、見たことも聞いたこともござらん。まさか異国の民ではあるまいな?」


「そうとも! えるふや獣人なる者どももおるぐらいだ。羽が生えている者だっておるに違いあるまい!」


 家臣の意見には俺も同意見であった。齢300を超えるビルギッタならば、俺達の知らない種族を見たことだってあるに違いない。ところがビルギッタから帰ってきた答えは意外なものであった。


「……すみません……。私も……この子のような見た目の種族は……初めて拝見しました……」


「なんと! ビルギッタ殿ですら知らぬ存ぜぬと申すのか!」


「はい……」


「何か隠しているのではあるまいな?」


「いえ……本当に知らないのです……」


 魔導師という職業柄、多くの書物を読みあさっているはずの彼女ですら、この子の正体については「知らない」の一点張りであった。


「……ただ……パトロヌス教の伝承で……最高神メルティーナ・カエキリアは……3対の翼を持った女神であった……そんな話もあります……。……さらに……子孫も3対の翼を持っていた……という説も……。それと何かしら関係がある……かもしれません……」


「なんだと?」


 にわかには信じがたい。ビルギッタの話が本当であれば、目の前の天使は、実は天使ではなくパトロヌス教の最高神と関係のある人物ということになる。

 メルティーナ・カエキリアの子孫メルティーニ家は、とある異世界で長きにわたり皇帝として君臨してきた一族。しかし数年前から一族全員行方不明となり、その安否が心配されていた。もしこの子がメルティーニ家の関係者だとしたら、彼らの消息を知る大きな鍵になることは間違いない。


「……ですが、この場では……なんとも言えません……。一度下山し……ウ゛ィクトリア殿下やアストリッド大司教とともに……文献を調査してから結論を出したい……と思います……」


 しかし、神々を対話する力を持つアストリッドですら神託(オラクル)を通じてしか知りえなかった存在。おそらく、彼女もビルギッタも実際の姿を見たことはないのだろう。あの強烈な魔力の光と入れ代わりで出現した以上、高位の種族であることに違いはないだろうが、ひょっとするとメルティーニ家とは無関係な異世界の人かもしれない。


 ともあれ結論を急ぐのはまだ早い。俺達はただちに支度を整え、天使の子を担いで内浦岳を下山した。 

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