186 武親、内浦岳を登る
蝦夷地・徳山館。俺は2ヶ月ぶりに慶広と対面を果たした。
「武親、閉伊の様子はどうだ。何事もないか?」
「おかげさまで、国衆の取り込みは着々と進んでいるよ。遠野の阿曾沼一族も今のところは攻めてくる様子はない。ところで、俺とビルギッタに話って?」
「うむ、実はレスノテクとリシヌンテの2人について分かったことがあってな」
あの2人について? 最近の話の流れを考えると、おおよその検討はつくが……
「火山調査隊からの報告はもう受けているであろう? 各地の火山から世界樹の魔力が検出されていることは」
「ああ、どうもそうらしいな」
「それで余はふと思ったのだ。レスノテクとリシヌンテ、あの2人が魔法を使えるのは火山から湧き出る魔力が原因ではないかとな」
慶広もそう思ったか。まあ、領内の火山のほぼすべてから魔力が検出されたとなれば、誰だってそう考えるわな。
「これまで仕事柄、余は数々のアイヌと顔を合わせてきた。だが奇妙なことに、レスノテクとリシヌンテ以外に魔力をまともに扱えるアイヌに会ったことがない。よって、あの2人はほかのアイヌがやってこなかった何かをやった結果ではないかと余は考えた」
「確かに、今までその原因なんて思いつきもしなかったもんな。例の女神達も今まで何も教えてくれなかったし」
「そこでこの前、余は2人を呼んで聞いたのだ。『これまでの人生で普通のアイヌがやらないことをやったことがあるのではないか』とな」
「え、直接聞いたのか?」
「何しろ、幼少期のレスノテクとリシヌンテを知る者はエルフの軍勢に皆殺しにされたからな。本人に直接問いただすほかなかった」
それはそうだけど、あの2人は普通のアイヌとは違う感じだからな。レスノテクは普通のコタンではお目にかかれない「女首長」だし、リシヌンテは天然でのほほんとした性格だからな……。『普通のアイヌがやらないこと』なんて、それこそ心当たりがありすぎるんじゃないのか?
「彼女らの立場上、該当する事例は数多い。それでも関係しそうなものをこの紙にピックアップしてみた。読んでみるといい」
「おお、サンキュー。どれどれ……」
俺とビルギッタは慶広から渡された紙を読んだ。すると、明らかに原因と呼べる一文を発見した。
「……2人とも………内浦岳の山頂に来たことがある……ようですね……」
「それから数日もしないうちに、レスノテクはほかのアイヌよりも突出した弓捌きを見せるようになり、リシヌンテは巫女としての才能がほかの女性と比べて段違いなほどあがったと……。これじゃね? 原因」
「余もそれについて異論はない。されど、内浦岳の魔力は2人をそれほど変えるまでに強いのであろうか?」
「……内浦岳は……特に強い魔力が検出された山……。でも……人体への影響は……まだ分かっていません……」
「そうか……」
「ですから……私が直接行って……確かめてきます……」
「頼めるか?」
「はい……」
ビルギッタはこの道数百年のベテランの魔導師。彼女なら、各火山ごとの魔力の強さの違いもすぐにわかることだろう。
「せっかくだ。武親、お前もビルギッタとともに内浦岳に向かってほしい」
「そうだな。さすがにこのまま千徳城に戻ってもモヤモヤするだけだからな。行ってくるよ」
「頼む」
翌朝、俺とビルギッタは早速内浦岳へと向かった。
■ ■ ■ ■ ■
3日後、俺とビルギッタは調査隊や数人の家来とともに内浦岳の山頂に来ていた。
「なかなか……高い山……ですね……」
「俺の記憶が正しければ、確か標高は1700m……五千六百尺は超えていたはず。とりあえずそこの岩の上で休もうか」
内浦岳。21世紀の日本では北海道駒ヶ岳の名前で知られる火山だ。
この戦国時代では美しい富士山型の休火山だが、今から約80年後の1640年(寛永17年)に約5000年ぶりに噴火して山体崩壊を起こし、津波が噴火湾じゅうを襲うことになる魔の山。その後も史実では、21世紀に至るまで断続的に噴火が続いている。
異世界「ミズガルズ」との融合で太平洋プレートの形がわからなくなり、前世におけるプレートテクトニクスの考え方が通用しなくなったこの世界、いつ噴火してもおかしくはない。
恐山のおよそ2倍の高さがあるこの山を、俺達は数度の休憩を経て登頂した。
「景色が綺麗でございまするな」
「本当だな。大沼小沼だけじゃなく、宇須岸の街まで見えるぞ……」
「さて、季胤公の馬の骸は何処にあるのでござろうか……」
季胤公とは、50年以上前の1512年(永正9年)頃まで徳山館の主だった相原季胤のこと。
当時蝦夷地はアイヌの武装蜂起、ショヤコウジの戦いが発生しており、季胤は当時大館と呼ばれていた徳山館に籠城するも敗北。娘とともに麓の大沼まで逃げたがアイヌに追いつかれ入水。その時、季胤の馬がいななきながらこの山を登ったことから、「駒ヶ岳」の名の由来となったという伝説がある。
ただ状況的に季胤が大沼まで逃げ延びられたとは思えない(逃げた方向的に敵中突破したとしか考えられない)ため、季胤の馬の骨がこの山にあるとは思えないのだが……。
「……確かに魔力が濃い……ですね……。これほどの濃さ……アイオニオン大陸でも……滅多にお目にかかれません……」
「やっぱり、あの2人はこの山で魔力を大量に貰ったということか」
「……おそらくは……。……ただ……普通の人間がこの魔力を貰っても……何年も魔力を行使できるほど……溜め込むことはできない……はずですが……」
「つまり、俺の家臣が今こうやって魔力を浴びたところで、魔法を使える期間は限られるということか?」
「ええ……。それより武親さん……家来の方たち……気を失ってます……」
「え?」
振り返ると、さっきまで景色の良さに感動していた家来たちが全員砂利の上で倒れていた。
異世界から派遣された調査隊の面々も、体調が悪いのかかなりふらついた様子でなんとか立ち上がっていた。
「まさか、火山ガスにやられたのか……? でも何千年も噴火していない火山のガスなんてたかが知れているんじゃ……」
「……いえ……魔力が強すぎて……普通の人間には耐えられないのです……。……早く下山しましょう……」
「マジかよ……」
俺はまったくピンピンしていたので気付かなかったが、普通の人間は意識を保てないほど強力な魔力がこの山にはあるらしい。しかもそれほど強力な魔力を浴びながら、通常はその浴びた魔力を長期間行使することもできない。
ならば、レスノテクとリシヌンテはなぜ内浦岳に一度来ただけなのに、今でも強力な魔法を使えるのだろうか? 俺の頭に新たな疑問が浮かんだ。
しかし今その疑問の答えを考えている暇はない。ビルギッタの助言に従って家来を担げるだけ担いで下山することにしよう。
ところが、俺が家来の一人をおぶろうとしたその時、俺達は突如としてまばゆい光に包まれることになった。
「うわ、まぶしい……!」
「な、なんだ……なにが起こっているんだ?」
「……! ……皆さん……気をつけてください……これまでと比べものにならない……強い魔力が来ます……!」
「なんだと?」
ビルギッタは杖を構え、俺達全員を囲うほどの大きな結界を張った。その後も光はとんどん強さを増し、ついにはホワイトアウト状態となった。
「……うっ……!」
さらにホワイトアウトになって間もなく、ビルギッタの結界は破られ、俺達は非常に強力な魔法の光を直に浴びることになった。
「ビルギッタ!」
「……そ、そんな……結界が……ああ……」
光を浴びて間もなく、辛うじて歩ける状態であった調査隊の面々が家来たちを担いだまま次々と倒れ、ビルギッタまでもが地面の上に仰向けに倒れてしまった。
「お、お……おおお…………」
ベテランの魔導師の結界をも打ち破る強力な魔力。それを前に、1分と経たず俺もまたその場で意識を失ったのであった。