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184 恐山の魔力

「恐山から世界樹(ユグドラシル)の魔力が検知されたという話を聞いた。だから僕はそれを確かめに来た」


 それは俺にとって初耳の情報であった。

 恐山には俺達も二度足を踏み入れている。1度目はアストリッドやビルギッタと、2度目は第2師団の皆と一緒に。だが彼女たちは世界樹(ユグドラシル)の魔力について一言も言及していなかった。一体、どこの誰がそのような情報を流したのだろうか?

 

「トイウ゛ォ、だったか。それ誰からの情報なんだ?」


「ビルギッタ・ハセリウス。彼女の手紙で知ったんだ。それが何か?」


 ビルギッタが? でもその手紙が何故トイウ゛ォに? 2人は知り合いだっていうのか?


「ビルギッタ? 彼女と知り合いなのか?」


「彼女は昔は司祭として、厳しい差別に晒されていたエルフ族を積極的に支援してくれていてね。それで会う機会が多かったから、彼女のことはよく知っているんだ。ここ50年位はカル地方で隠棲生活をしていたって聞いてたけど、まさか異世界の地に渡っていたなんてね」


 そんな繋がりがあったとはな。しかし、彼女が聖職者だったのは280年も前の話、そんな昔の繋がりでもしっかり手紙のやり取りを行っていることには驚きだ。

 

 しかしビルギッタは一回も世界樹(ユグドラシル)の魔力について俺達に教えてくれなかった。俺達には共通の目的がある、わざわざ隠す意味はない。単に多忙過ぎて伝える時間がなかったか、それともまだ確証が持てなくて報告できなかったか……。

 そしてさらに気になるのが、トイウ゛ォが世界樹(ユグドラシル)の魔力のことを確かめたがっている理由だ。距離的にアイオニオン大陸から物見遊山で来たとも思えないし……彼の狙いは何なのだろうか?


「どうやら、世界樹(ユグドラシル)の魔力については何も知らなかったみたいだね」


「聞かせてくれ。何故ビルギッタは俺達には何も教えてくれなかったんだ? 俺達に知られるとマズい事情でもあるのか」


「さあね。手紙には『詳しい事情は恐山に着いてからお話します』としか書いてなかったからね。文章として記すわけにはいかない事情があるのは確かだろうね」


「もう一つ聞かせてくれ。あんたは何故世界樹(ユグドラシル)の魔力について調べたがっているんだ? それを調べて何かあんたに利益でもあるのか?」


「利益、というのは違うかな。言うなればエルフの義務、だね」


「エルフの義務?」


「エルフは太古の昔から神々と通じ世界樹(ユグドラシル)に変状あらばそれを修復する役目を持っていた。だから古代においては上等種族としてエルフは他の種族から崇敬され、神として祭られるエルフも珍しくなかった。だが中世初期に一神教が大陸中に広まるのと同時に、僕達は『神に逆らう存在』として差別され、またその長い寿命と豊富な魔力から魔法研究の実験材料として家畜同然に扱われた」


「家畜……同然?」


「ああ。中世末期に多神教であるパトロヌス教が布教されてから差別は徐々になくなり、世界樹(ユグドラシル)の番人としての役目も復活しつつあるが、まだ差別が完全にゼロになったわけではない」


「その積もり積もった差別が、第4師団の反乱を引き起こしたのか……。もっとも師団長の目的は別のところにあったようだが」


「今、世界樹(ユグドラシル)にはかつてないほど大きな変異が起きている。その魔力が本来交わらないはずの異世界で検知されたとなれば、確かめないわけにはいかない」


「そうだったのか……」


 確かに、いくら有名な霊場とはいえ、本来は世界樹(ユグドラシル)と関係ないはずの恐山からその魔力が検知されたとなればその原因を探らずにはいられない。もし原因が分かったら、世界征服をするまでもなく世界樹(ユグドラシル)の異常を直せるかもしれない。


 それにしてもエルフの義務、か。澄ました顔をしているが、彼は自分の役割に忠実に生きようとしている。第4師団のエルフが全員彼のような者だったら、蝦夷地があれほど荒廃することもなかったかもしれないな。


「さて、そろそろ行こうか。ビルギッタが恐山で待っている」


「あ、ああ。だがその前に、この武士達を雨風凌げる場所に置いていきたい」


「ふう……仕方ないね」


 俺達は地面の上で気持ち良さそうに眠る護衛の武士達を担ぎ、近くのあばら小屋の中に手紙を添えて置いていった後、2人で恐山へと向かった。



 ■■■■■



 道中カレルウ゛ォと間違えて襲われないよう、トイウ゛ォには頭巾を被ってもらい、周囲を見張りながら歩くこと2日、俺達は恐山に到着した。するとトイウ゛ォの受けとった手紙通り、宇曽利湖のほとりにビルギッタの姿があった。


「トイウ゛ォさん、来てくださったんですね……」


「お待たせして申し訳ない。千徳城から恐山は結構遠いって聞いてたけど、まさか8日もかかるなんてね」


「そうだったんですね……。……あれ、隣にいるの……武親さん?」


「ビルギッタ、トイウ゛ォを地蔵菩薩として担ぐ必要はなくなった。田名部領の人間が、カレルウ゛ォが地蔵の名を騙っていたことに気づいたみたいだからな」


「そのようですね……」


「それより、トイウ゛ォから事情は聞いた。この恐山から世界樹(ユグドラシル)の魔力が検出されたってな。一体、どれくらいの量が出ている?」


「え……えっと……検出はされていますが……恐山の外に影響が出るレベルでは……。ただ……イタコと呼ばれる口寄せの巫女が……短期間でより強力な霊を降ろせるようになった……というお話はよく聞きます……」


 影響は限定的か。異世界とは何の関係もないレスノテクやリシヌンテが魔法を普通に使っていたから、恐山由来の魔力が蝦夷地に来ていれば説明がつくと思ったんだが……どうやら原因は別のところにあるようだな。


「そうか。しかしこの一件、わざわざ俺達に隠す必要はなかったんじゃないのか?」


「……すみません……魔力量が少なく……世界樹(ユグドラシル)由来だと……確証が持てていませんでしたから……。……それに……」


「それに?」


「……トイウ゛ォさんが地蔵菩薩になれば……それを口実に……恐山で調査を続けることができます……。わたしは……いつまでも……恐山にいるわけにはいきませんから……」


 そうか、ビルギッタは南部領統治のため、日ごとに滞在先を変える日々を過ごしている。彼女1人では恐山で継続的な調査はできない。だから、代わりに恐山に居続けられる人材としてトイウ゛ォに目を付けたというわけか。

 そして地蔵菩薩のすり替えを利用し、スムーズに彼を恐山に移住できるよう、俺達には敢えて事情を隠していたというわけだ。ビルギッタ、見かけに寄らずなかなかの策士だな。


「なるほどね。でも確かに感じるよ。この一帯を覆う魔力、これはまさしく世界樹(ユグドラシル)のそれだ」


「ええ……。ただ……火山は炎の世界ムスペルヘイムの入口とされていますが……伝承では世界樹(ユグドラシル)の根は……そこにはありません……。……隣り合う氷の世界……ニウ゛ルヘイムにならあるのですが……」


「でも別の伝承にはムスペルヘイムとニウ゛ルヘイムは同じ世界にあるとも言われている。そう考えれば、火山から魔力が噴出していたとしてもおかしくはないね」


 北欧神話では世界の数は9つとされている。そこにもムスペルヘイムとニウ゛ルヘイムは登場するが、この2つを別の世界とみるか同じ世界にあるとみるかは諸説入り乱れている。それにミネルヴァやフレイアは世界の数について具体的な言及はしていない。今回の一件でムスペルヘイムとニウ゛ルヘイムが同じ世界にあるという傍証にはなるのだろうが……。


 しかし火山から魔力が噴出していたとなると厄介だな。日本は火山列島と呼ばれるほどの火山大国、2人の仮説が正しければ世界樹(ユグドラシル)の魔力は日本中の火山から噴出していることになる。つまりそれらを通じて、日本中のあらゆる場所に魔力が充満している可能性があるわけでーー


「ビルギッタ、恐山の情報だけではどっちの仮説が正しいか決め手に欠ける。幸い、蝦夷地や南部領には火山が他にも幾つかある。そっちも調べてみたらどうだ?」


「そう、ですね……そうしましょうか……」


 正直、世界樹(ユグドラシル)の魔力が充満していたところで、転生者でない普通の日本人が魔法を扱えるかどうかはわからない。実際、季貞は魔法を見よう見まねで行使して成功したためしがない。だがレスノテクやリシヌンテが魔法を扱えることについては、ずっと俺の中で気になっていた。火山の魔力調査を通じてその原因がわかることを期待しよう。

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