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183 地蔵菩薩の身代わり その3

 甚平が千徳城を訪れてから4日後、俺は三戸城の晴政の部屋を訪れた。そして例の話を晴政に持ちかけた。すると彼の表情がにわかに険しくなった。


「地蔵の身代わりを立てるな、だと?」


「田名部領では地蔵の化身の正体は知れ渡っている。そんな中で身代わりを立ててしまったら、住民は喜ぶどころか南部家に対して一揆を起こしかねない。だから選抜会議をすぐに中止してほしいんだ」


「何を馬鹿なことを。選抜の評定はとっくに終わった。身代わりも決まった。今更後に退けようか」


「いや、まだ間に合う。身代わりのエルフが地蔵として顕現するまで4ヶ月はある。退くなら今しかない」


「そもそも身代わりの妖魔を海の向こうから呼んでおきながら、その妖魔にいきなり国に帰れなどと申すのはいかがなものか。そうは思わぬか? 不破殿」


 晴政の言うことは一理ある。身代わりのエルフは俺達の勝手な事情に振り回され、片道10日以上はかかる船旅を経て日本にやってきた。なのに身代わりの任を解くから故郷に帰ってくれなどと言うのは身勝手極まりない。が、一揆の可能性を考えたらそうも言っていられない。


「南部殿、今は自分のプライドに固執している場合じゃない。たとえそのエルフに平手打ちを食らおうと、頭を下げて恐山に行かないよう説得するしかないんだ」


「ぷらいど……? 訳のわからん異国の言葉を使いおって。ともかく、ワシは行かん! 今、南部は微妙な立場であり、簡単に頭を下げられる状況ではない。頭を下げたければお主が行けば良い」


「……わかった、俺が行く。さすがに殿様に平手打ちを食らわせるわけにもいかないからな」


 頑として動こうとしない晴政。説得にあまり時間は掛けたくない。俺は説得を諦め、単身身代わりのエルフの元へと向かった。


 

 ■■■■■



 三戸城を出発して3日後、俺は野辺地を過ぎたあたりでエルフと護衛の武士の集団を発見。恐山に向かうのを止めるよう指示を出した。

 突然の指示に当惑した一行は、当然ながら俺に反発した。


「不破様! 恐山に向かうなとは如何なることにござるか!」


「地蔵菩薩の化身がただの異国人だということは田名部領の人は皆知っている。そもそも田名部領では恐山を見捨てた地蔵菩薩……いや、カレルウ゛ォを倒そうと息巻いている人も多い。このまま進んだら、現地の住人に襲われるのは確実だ」


「しかし田名部領以外にも、南部領各地で菩薩顕現の話は出回っておりまする。田名部領はともかく、他の村の民を説き伏せられましょうか?」


「いや、異国の民は田名部領以外にもいずれはやってくる。そうなれば、他の村でも地蔵菩薩が偽物だとバレるのは時間の問題だ」


「何を勝手なことを! 我らは仏の化身をお守りするという大事な任を三戸の殿から承った身、そう易々と引き下がれようか!」


 地蔵菩薩……もといカレルウ゛ォを慕う民は未だ多い。だが彼と同じ見た目の亜人種(エルフ)が交易などで日本に大勢来れば、田名部領に限らず南部領全体でカレルウ゛ォの正体は知れ渡ることになる。そうなったら、地蔵菩薩が偽物だと知りながら別の偽物を祭り上げようとした恐山菩提寺の権威は地に落ちる。


 火種は早いうちに消した方がよい。だが血気盛んな武士(彼ら)をどう鎮めたらよいものやら……。彼らとて、自分達が運んでいる仏様が偽物(レプリカ)に過ぎないのは知っているはずなのにーー


「ーーやはり、世界の理に逆らう行いは必ず破綻するものだね」


 すると、護衛対象のエルフが乗っていると思しき籠から、ある1人の青年が地面に降り立った。


「ぼ、菩薩様! 勝手に降りられてはなりませんぞ!」


「菩薩? そんな称号、僕には相応しくない。僕はトイウ゛ォ・ユルキアイネン、人間より寿命が長いだけのただのエルフだ」


 人間離れした鋭く長い耳に白い肌、そして西洋風のキリッとした目鼻立ち。その容姿はまさしくエルフのそれであった。


「何を仰る。菩薩様として恐山で皆の崇敬を集めるべく、貴殿ははるばる異国よりいらしたのですぞ。それを御自ら否定されようとは……」


「僕はこの国に辿り着く前からこうなる気がしていた。嘘で塗り固めた偽りの偶像で人々を騙そうとし、その実、既に誰も騙せなくなっている。滑稽な話だよ。笑う気にもなれないね」


「な……!」


 トイウ゛ォと名乗るエルフは、澄ました顔で護衛の武士と南部領の現状を嘲笑う。


「お、おのれ! 異国から鳴り物入りで来たかと思えば調子に乗りおって! それ以上我らを罵ろうものなら、某が成敗してくれ……」


惰眠(シュラーフ)


 抜刀し環状任せに斬りかかる南部武士を、トイウ゛ォはたった一言の呪文で眠らせた。


「うっ……うう……」


「き、貴様……! 何をした!」


「別に……怒りに身を任せようとしていたみたいだから、眠ってもらっただけだよ。しばらくしたら起きるはずさ。というわけで、君達も眠ってもらうよ」


「何だと……!」


惰眠(シュラーフ)


「うぅ……うおお……」


 ついで、他の武士もたった一言で見事に地面の上に眠らされてしまった。それを目の当たりにして、俺は腰の刀に手をかけた。

 が、トイウ゛ォは落ち着いた素振りで俺を宥めようとした。


「安心してくれ。僕はあの悪名高き第4師団の連中とは違う。そもそもエルフは無駄な争いや殺戮を好まない。第4師団の連中だけが例外中の例外だ。……といっても、君には理解しがたいことだろうけどね。不破武親」


「……俺を知っていたのか」


「君は異世界人にして高名なウ゛ィクトリア王女殿下の夫だ。大陸では知らない人のほうが少ないよ。そもそも千徳城で、一瞬だけど僕達は顔を合わせたじゃないか」


「そうだったな……」


「それにしても好都合だったよ。僕は恐山に用事があったんだ。かといって偽りの神として祭り上げられたくはなかった。君のおかげで、僕はただのエルフとして恐山に登ることが出来る。感謝するよ」


「なんでだ?」


「何が?」


「なんであんたは、今回の身代わりの話を滑稽に思いながら恐山に向かおうとしている? 言い方は良くないが、ここはあんたにとって何の縁もない土地だ。そこまで恐山にこだわる理由はなんだ?」


 トイウ゛ォは故郷で地蔵菩薩の身代わりの話を聞いた段階で、その内容と目的の薄っぺらさに気づいてた。それでありながら恐山に興味を示したからには何か理由があるはず

だ。

 するとトイウ゛ォは、あまりに意外過ぎる理由を俺に打ち明けた。

 

「恐山から世界樹(ユグドラシル)の魔力が検知されたという話を聞いた。だから僕はそれを確かめに来た」

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