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171 比内方面の戦況

「これで比内郡は我らの手に落ちたか」


 1562年(永禄10年)2月下旬、独鈷城は陥落した。

 慶広率いる連合軍5000は、安東軍1000とともに独鈷城を攻撃。城主・南部信直は寡兵でよく抗戦したが多勢に無勢、最後は慶広の手で捕縛され、比内郡は安東家の所領となった。新たな城主には浅利勝頼が任命された。

 南部領進攻から、わずか5日後のことであった。


「新三郎。お前の軍才、天晴なり! これほど早く比内を奪えるとは思ってもみなかったぞ」


「お褒めに預かり光栄です。しかしながら、私の軍才と言うよりは優秀な将兵に恵まれたからです」


 独鈷城の主郭から麓の集落を望む2人。愛季の賛辞に慶広は謙虚にふるまう。

 ただ、彼の言葉が本音であることも確かであった。城主の信直は22歳と若いながら知勇に優れた武将。いくら転生者の特権で武勇に優れているとはいえ、アイヌや王国の兵がなければ独鈷城獲得に何倍もの時間がかかったのは想像に難くない。下手をすると、慶広や愛季の首級が挙がったかもしれない。

 

「それでお屋形様、関銭の件なのですが……」


「ああ、そうだな。それなのだが……」


「それより! パトロヌス教の布教許可は出していただけるのですね!?」


 慶広の話を遮って、アストリッドが2人の間に立つ。

 

「うむ、大いに教えを広めるが良い」


「ありがとうございます。ああ! 聖女神様! これで世界樹(ユグドラシル)による怪異を糺さんとする人がさらに増えることでしょう……」


「ゆぐど……? おかしなことを申すおなごだな……」


「それより、貢納の減免についてですが」


 本来、最も控えめに振る舞うべき聖職者に話の腰を折られ若干苛つく慶広であったが、気を取り直して関銭の話を切り出す。


「ああ。功績に応えて減免……としたいところだが、生憎異教の布教を許したばかりなのでな。貢納の減免は鹿角(現・秋田県鹿角市・同県鹿角郡小坂町)の切り取りを以て行うとしたいのだが、どうか?」


「……!」


 慶広は眉をひそめた。武親の話では比内郡奪取と引き換えに、貢納減免と布教許可の両方(・・)が恩賞となるはずである。しかし、現実はそうではなかった。

 信賞必罰を心得ているはずの愛季が恩賞を出し渋ったことに、慶広は違和感を感じていた。が、同時に愛季が何を狙っているのかも察しがついた。


(『減免も考えよう(・・・・)』とは、よくも言ったものよ)


 武親の報告では、愛季は布教活動に関しては「比内郡の切り取りが成功すれば認めてやろう」と言ったのに対し、貢納に関しては「減免を約束しよう」とは言っていない(・・・・・・)

 つまり武親一行が挨拶に来た段階で、愛季は蠣崎の派兵を前提にした上での、比内・鹿角両郡の領有も視野に入れていたのだろう。


 布教活動と貢納減免をエサに、連合軍を自らの所領拡大に利用する愛季。彼の狡猾な立ち回りに、慶広は怒るどころか感服していた。


(愛季様の交渉術には学ぶところが多い。世界征服を狙う以上、我らも見習わねば)

 

 慶広はただちに、鹿角郡奪取に向けて軍の再編を始めた。



 ◆◆◆◆◆



 比内郡を一気に獲得した連合軍は鹿角郡に進攻した。

 戦自体は特に苦戦することなく、所領は順調に拡大。国衆の1人花輪親行(はなわちかゆき)が南部を裏切ってからは、鹿角四頭(かづのしとう)と呼ばれる鹿角の国衆は次々と安東側に寝返り、鹿角は安東領となった。南部家からは九戸政実(くのへまさざね)が出兵していたが、鹿角四頭の裏切りを知って九戸城(くのへじょう)(現・岩手県二戸市)に撤退した。


 が、南部軍以外に彼らの進路を阻むものがあった。


「伝令! 下国直季隊で何かが爆ぜた様子!」


嘉成重盛(かなりしげもり)隊でも同じことが起こり、兵が多数死傷しておりまする!」


 花輪村(元・秋田県鹿角市)の米代川(よねしろがわ)沿いの本陣に、不穏な知らせが続々と届く。


 鹿角郡に進入してから、連合軍の各部隊で何の前触れもなく小規模な爆発が相次いでいた。しかも敵襲のあるなしに関係なく、である。そのため被害を受けた部隊が混乱し、収拾に時間がかかっていたのだ。

 原因は鹿角郡各所にランダムに設置された"遅延魔法"であった。連合軍が仕掛けられた場所を通るたびに遅延魔法が発動し、被害を出していたのだ。南部家でこんな芸当が出来るのはただ1人。元王国軍参謀、カレルヴォ・ハルティカイネンである。


「まるで地雷のようだな」


「傀儡化魔法うんぬんはともかく、件の男が遅延魔法の使い手であることは確かのようですね」


「小癪な真似を……。小狡い罠ばかり仕掛けおって」


 遅延魔法は威力こそ大きくないが、数の多さから連合軍は既に400人弱の死傷者を出していた。特に魔法に不慣れな安東勢の被害は大きく、約300人が死傷した。

 一方で愛季は、初めて見る生の魔法に関心を示していた。 


「これが舶来の技術、"魔法"か。なるほど、ただの罠と違い、目に見える仕掛けを用意せずに済む分、敵を誘い込んで撃退するのには使えるな」


「されど、肝心の仕掛け人は何処へ向かったのでござりましょうか?」


 遅延魔法が設置してあったことから、慶広はカレルヴォが鹿角郡内に潜んでいると想定し、瞬間兵力検索(セコンドサーチ)で彼の居場所を追った。

 が、結局見つからず、彼は依然行方不明のままであった。


「鹿角の国衆も例の地蔵菩薩が向かった場所は知らぬとのこと。奴め、何を企んでいるのだ」


「もしかすると、南部領の外で暗躍してるかもしれませんね。奴はエルフの参謀、前線は他の人に任せて謀略を巡らせていてもおかしくはありません」


「謀略か。余達の見えぬところで、背後をついてこなければ良いのだが……」


 瞬間兵力検索(セコンドサーチ)で索敵できるのは慶広から半径15kmの範囲。花輪館の側にいる以上、鹿角郡の外の様子を知ることはできない。仮に津軽から比内郡や檜山城を急襲されれば、それを察知して動くことはかなわない。

 そして彼とアストリッドの予想はまさに的中することとなる――。


「ところで、貢納減免については……」


「新三郎もしつこい奴だな。ならば九戸政実の首を取ったら減免を約束……」


「あまり先延ばしにすると、お屋形様と言えども怒りますぞ?」


「戯言に決まっておろう。関銭貢納は2割に減ずるゆえ、これより先の南部領獲得については手柄次第(てがらしだい)とする。あとは好きにせよ」


「はっ。有り難き幸せ」


 鹿角郡を得たことで貢納減免とさらなる所領拡大を許された慶広。この流れに乗じて糠部郡を得るべく、連合軍は再編成を行った。

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