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161 比内郡の状況

 斯波家と盟約を結ぶことに成功した俺達は、鹿角街道経由で比内郡に来ていた。


 鹿角街道は不来方(こずかた)(現・岩手県盛岡市)から八幡平、鹿角郡経由で比内郡に至る街道である。

 別名「流霞道」とも呼ばれるこの街道は、史実では、江戸時代に鹿角郡の金山や銅山から金や銅を運ぶために整備された。

 戦国時代である今は未整備区間が多いが、それでも比内郡と岩手郡を結ぶ道として多くの商人や旅人が行き交っている。


 実は道中の行商人から「比内郡で大きな戦があり、浅利家の旧臣が大勢戦死した」という情報を得ていた。

 単純に檜山城(現・秋田県能代市)に向かうだけなら、雫石から秋田街道経由で仙北郡の戸沢領を通ったほうが安全には違いない。が、比内郡にはあの(・・)カレルヴォが潜伏しているのだ。

 

 虎穴に入らざれば虎子を得ず。俺達は渦中の比内郡へと歩を進めた。

 しかし、いざ現地に着くと、戦があったことが嘘のような平穏さが保たれていた。


「商人さんは戦があったって言ってましたけど……怖い兵士さんがいなくて安心しました……」


「しかしながら、大きな戦があったわりには田畑に荒らされた形跡がないでありますな。普通ならば刈田狼藉(かりたろうぜき)の1つでもありそうなものでありますが」


「かりたろうぜき? なんですか、それ」


 刈田狼藉。それは他人の田畑の作物を勝手に刈り取る行為のこと。

 目的は他人から食料を奪うためだったり、土地の所有権を示すためだったりと色々。戦国時代の場合は、他大名の領地の兵糧米を減らすために行うのが主流であった。

 今の季節は春だから、耕したばかりの田畑や芽が出たばかりの作物を踏み荒らすのが常套手段だろう。


 だが、せっかく頑張って田畑を耕し作物を育ててきた農民にとっては、あまりにやるせない行為。21世紀と違い、生産量も生産効率も低いこの時代、刈田狼藉なんてされたら直ちに餓死につながる。

 そのため、室町時代の守護大名は刈田狼藉を取り締まる権利を持っていた。が、戦国時代になって機能しなくなり、戦となれば作物を刈りまくるのが常識となっていた。


 もともと百姓や守護、荘園領主など同じ土地に権利者が沢山いたせいで権利紛争が頻発した日本だから誕生した独特の文化。アストリッドやビルギッタのような異世界の人間には奇妙にして憤慨すべきことだと映るだろう。


「そんな酷いことが……日常的だなんて……! 農民の方が可哀そうです……」


「酷いことと申されましても、拙者らにとっては武略の一つでありますからな……」


「そんな戦法がまかり通るとは、嘆かわしいほど道徳が乱れているようですね。やはりここは直ちに領土征服の上、聖女神様の偉大なる御教えを!」


「道徳うんぬんは置いとくとしても、被害の少なさには何か裏があるはずだ。調べてみるとするか」


 こうして、俺達は付近の村々で調査を始めた。被害が少ないと言っても独鈷城などの各城は損傷を受けており、補修に借り出される人々の姿もあった。

 そこで分かったのは、地蔵菩薩の化身――カレルヴォが一軍を率いて半刻(約1時間)で城を落としたこと、独鈷城には晴政の養子・信直が入ったこと、そして戦のあとカレルヴォが姿を消したことであった。

 次期南部家当主と目される信直を入城させたのは、南部家の支配力を高めるためだろう。


 そもそもこの戦は、独鈷城主にして浅利家当主だった浅利則祐が暗殺され、その場面を目撃して報告したカレルヴォが晴政から浅利家追放の許可をもらったことに始まったらしい。

 よっぽど落城までの手際が良かったのか、南部家と地蔵菩薩としてのカレルヴォの威光は一挙に高まり、戦後の混乱はあまり無かったらしい。比内郡の住人は浅利家をあっさり見限ったようだ。


 史実では則祐暗殺の真犯人である弟・勝頼が、安東家の家臣として比内郡を治めたが、それとは逆の状況のようだ。


「則祐の弟・勝頼を始め、生き残った旧臣の一部は安東家に逃げたみたいだな。史実のことを考えても、勝頼が則祐暗殺の黒幕なのは間違いない」


「されど、独鈷城のみならともかく、郡内の他の城も半刻で落とせたのが解せぬでありますな。やはり、カレルヴォなる異国人の妖術によるものでありましょうか?」


 カレルヴォの魔法か……。だとしても、カレルヴォ以外は魔法を使えない普通の日本人ばかり。

 そうなると、戦闘自体はカレルヴォ1人がいれば勝てただろうけど……そんな都合のいい魔法があるものだろうか?


「奇妙なことに、武将の戦死率が極端に高いのに対して、兵士の戦死率はかなり低かったそうですね」


「兵士の戦死率が低い? だったら、どうやって城の守りを突破して城主・城代だけ討ち取れたんだろう? まさか浅利家の兵を操って進路からどかした、ってわけじゃ……」


 そこまで言いかけたところで、ビルギッタが突然、


「まさか……カレルヴォさんは傀儡化魔法の使い手……なのですか……?」


 と驚いた様子を見せた。


「傀儡化魔法……そう言えば、今は亡き宗継の父――越中守さんもそのせいでエルフの師団長に操られてたっけ」


「ですが……傀儡化魔法は勉強も運用も非常に難しくて……使い手は数えるほどしかいないはず……です」


「とはいっても、数少ない使い手のほとんどはエルフ族の者ばかり。前第4師団長、スヴェンセン少将の側近だったカレルヴォなら有り得るかもしれませんね」


「で……でも、傀儡化魔法はパトロヌス教では禁忌とされているのでは……?」


「その通りです。布教も世界征服も全ては世界中の民に安寧をもたらすため。人の心や体を操り人形にするためではございません」


 その割には、蝦夷地に攻め入った時は改宗を強制し、力づくで操り人形にしようとしてたような……。いや、言うだけ野暮だし止めておこう。

 

「ともかく、安東家の軍勢が南部領に攻め入る時は比内郡が最初の戦場となる。付近の城の場所や様子も調べておきたいな」


「そうでありますな」


 こうして、城を中心に比内郡の偵察は引き続き行われた。その結果分かったのは、どの城も二の丸や曲輪(くるわ)などの損傷が皆無だったのに対し、本丸の損壊だけが著しかったことだった。


「普通に合戦をやってれば、こんな壊れ方はしないよな……。むしろ内通者が続出して、中の兵士が本丸を壊したって感じだ」


「やはり、傀儡化魔法が使われた証ですね……」


「ですが、傀儡化魔法は対象が最大でも数人にしか及ばないもののはずでは?」


 そうだ、傀儡化魔法が何百人、何千人に対して使えるなら、第4師団長アクセルの蝦夷地制圧はもっと進んだはず。そうじゃなかったから、守継にだけ使っていたわけだし。

 

「ただ……古代には……傀儡化魔法と遅延魔法を組み合わせて……何十万人もの人々を……奴隷とした大魔女がいた……という伝説も……」


「それはただの伝説でしょう?」


「けど……有り得ない話では……ないかと」


 カレルヴォがその伝説を知って実行したとでも言うのか? だとしても、蝦夷地制圧の時にその魔法を使わなかった理由は何なのか?

 エルフの仲間がいたからか? それとも、第4師団にいた頃はまだ使いこなせていなかったのか? 謎は深まるばかりであった。

 史実では、南部家が比内郡を治めたことも、南部信直が独鈷城の城主になったこともありません。

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