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160 高水寺斯波家との同盟交渉

「あと……これはある風聞なのですが」


 晴政の斯波家攻めに関して、村の長老がさらなる情報を伝えようと、俺にこっそり耳打ちをする。


「なんでも、領主さまは自分の家来の弟――九戸弥五郎(くのへ・やごろう)さまを斯波に婿入りさせようと考えているようで。斯波を大軍勢で脅し、強引に事を運ぶのではないかと噂されております」


「家来の弟を? 晴政め……領主さまはそんな企みが成功すると本気でお思いなのでありますか?」


「はあ……。しかしながら、今の斯波の殿さまはひ弱ともっぱら噂ですからな」


 九戸弥五郎――のちの中野康実(なかの・やすざね)

 南部一族である九戸家の生まれだが、史実では、九戸政実の乱において実家ではなく主家の南部宗家に味方した戦国武将。

 それ以前には、晴政の指示のもと斯波家への婿入りを果たし、出奔後は謀略を使って斯波家を滅ぼした隠れた名将でもある。

 

 そして、その康実が婿入りしたのが、ちょうど斯波家の現当主・斯波詮真の時代。

 つまり、長老が語った晴政の計略は現実に成功する可能性があるのだ。


「これは、急がないとまずいな。村人のことは気がかりだけど、早いところ斯波家に向かってしまおう」


「は……はい!」


「承知であります!」


 俺達は身支度を整えると、ただちに村をあとにした。



 ◆◆◆◆◆



「わ、我が、斯波民部少輔詮真である」


 高水寺城(現・岩手県紫波郡紫波町)。

 足利将軍家の分家である高水寺斯波氏が治めるこの城は、別名「斯波御所」とも呼ばれている。


 斯波氏の本家そのものは、はるか遠く尾張を拠点としていた(1558年、織田信長によって追放)が、そもそも「斯波」の名は「紫波」郡に由来。高水寺斯波氏は先祖代々の領地である紫波郡を拠点としているのだ。

 といっても、奥州探題や羽州探題は同族の大崎氏や最上氏が世襲しており、高水寺斯波氏は紫波郡・岩手郡のみの領主にとどまっていた。


 当主が詮高(あきたか)経詮つねあきの時代には、隣接する南部家や戸沢家を退け、周辺の豪族と結んで一大勢力を誇っていた。

 が、現在の当主・詮真はお世辞にも優秀な武将とはいえず、岩手郡にある領地を南部家にガリガリ削られている状態なのである。


 しかし、こうして本人を前にすると、押しの弱さが一段と際立つな。これでは、史実で敵であるはずの南部一族を養子に迎え入れてしまったのも頷ける。

 周辺大名の領民にも自分の頼りなさが知れ渡っているとなれば、詮真はどんな反応を示すのだろうか? 


 そういうわけで、俺達は相手の足元を見つつ交渉を進める。


「なんでも斯波は南部に領地を削られているそうですね」


「な、なんと! ぶ、ぶぶ無礼なっ! めっ、名族たる我が、他の大名に領地を削られているなどとっ!」


「その通りでござる」


「こ、こらっ! 義長(よしなが)っ! 何を申すか……」


「事実でござりましょう」


「うぐぐっ……そうじゃ、その通りじゃ」


 プライドが高いわりに、家臣の岩清水義長(いわしみず・よしなが)にあっさり発言を修正されてしまう詮真。これじゃ、晴政に領地を奪われてしまうのも納得できる。


 一方で、史実の義長は最期まで斯波家に尽くし、斯波家と運命を共にした忠臣。弟の岩清水義教(いわしみず・よしのり)が中野康実に呼応して、南部家に寝返ったのとは正反対の人物といえる。

 もっとも、大名の興亡激しい戦国時代にあっては、単純に主家を裏切ったから悪人と断罪することもできないのだが。


「そ、それで、蠣崎は何用があって当家に参ったのじゃ?」


「実は蠣崎はこの度、主家である安東家の旧領奪還のため、南部を攻めることにしました」


「安東の旧領奪還にござるか」


「つきましては、南部に領地を奪われた者同士、同盟を結んで一緒に領土を奪い返そうと考えています」


「う、ううむ……」


 俺の提案に唸りながら頭を大いにひねる詮真。俺はさらに中野康実の婿入り計画のことも伝える。


「南部は近々、家臣の弟・九戸弥五郎を斯波に婿入りさせようと考えているようです。武をもって圧迫しつつ、養子を取らせる。南部の意図がどこにあるかは明白だと思うんですが」


「それは勿論、名族たる斯波の末席に加わろうという意志の表れ……」


「当家を従属させて版図を拡大せんと企てている、ということにござるな」


 自分の血統に酔いしれる詮真はさておき、義長は俺の言いたいことを察してくれたようだ。


「今ここで九戸弥五郎を迎え入れては、せっかく斯波を支援してくれる稗貫(ひえぬき)和賀(わが)をはじめとした周辺の国衆も納得しないでしょう。ここは我ら蠣崎、そして安東と手を結ぶのか得策かと」


「それは……その通りにござるな」


「さらに蠣崎はアイヌと異国から大軍勢と新しい兵器を取り入れています。南部を屈服させた後を考えても、当家と誼を通じたほうがいいのは明らか」


「よし、決めた! 我は決めたぞ! 斯波は蠣崎の申し入れを受け入れることにした!」


 周辺国衆の名と異国――ミュルクヴィズラント王国の存在を挙げることで、あっさり同盟に応じた詮真と義長。


 稗貫家や和賀家も斯波家を支援しつつ南部家と戦っていた国衆。稗貫家は稗貫郡(現・岩手県花巻市の大部分)のみ、和賀家も和賀郡(現・岩手県北上市・西和賀町など)のみと領地は決して大きくはないが、味方はなるべく多い方がいいだろう。

 

 そこに蠣崎や安東、そして新たな異国が斯波の味方として加わるのだ。窮状極まる斯波としては、大きな味方を得たと考えてくれていると期待したい。


「ついては、同盟を確実なものとするため、蠣崎から姫を迎え入れたい」


「いいでしょう。当主・慶広には姉妹がたくさんいる上、先代の当主・季広も他家との婚姻には意欲的ですから」


「では、話は決まり申したな」


 史実の季広さんも安東家からの独立を狙って、娘を他家に送りまくって家格をあげようとしていたし、多分大丈夫。……なはず。


 この後、領地の相互不可侵を定め、南部家の領地は「切り取り自由」とするなど、具体的な同盟の内容について話し合い、交渉は無事終了した。

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