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155 地蔵菩薩、夢に現る

 評定を終え、徳山館内で寝泊まりしていた俺は、約5年ぶりに"例の夢"の中にいた。

 もちろん、例の2柱の女神、ミネルヴァとフレイアもいつもどおり存在する。


 だが、今回は彼女らと明らかに文化圏の違う服装をした寺のお坊さん(・・・・・・)が同席していた。


「久しぶりだな。あれからもう5年近くが経つが、まさか新しい仲間がお目見えするとはな」


 そのお坊さんは、錫杖と宝珠を持ちながら俺に会釈する。

 寺のお坊さんとはいったが、彼の服装は日本の僧侶によく見られる黒衣ではなく、どちらかといえば東南アジアの上座部仏教の僧が着る黄衣であった。

 

「お初にお目にかかります。自分の名はクシティガルバ。日本人であるあなたには地蔵菩薩の名のほうが親しみがあるでしょう」


「地蔵菩薩っていうと……いわゆるお地蔵さんか?」


「はい。賽の河原の子供や道行く衆生を救うため、日本古来の神である岐の神(くなどのかみ)とともに苦難を代わりに受けながら、交通安全や子孫繁栄の仕事に携わっております」


 地蔵菩薩。

 仏教の菩薩の一尊であり、彼が最初に名乗ったクシティガルバはサンスクリット語における彼の名である。地蔵という呼び名は、クシティ=「大地」、ガルバ=「胎内」「子宮」を合わせて意訳したものである。


 日本では、極楽浄土に行けず地獄に墜ちた人々を、地獄の責め苦を身代わりに受けることで救済したり、賽の河原で供養塔の石を積み上げる子供を鬼から守る存在として信仰されている。

 また、道祖神である岐の神と習合したため、道端に彼の石像が祀られるようになっている。


 そんな地蔵菩薩の顔は、穏やかながら様々な苦難を身代わりで受けていた傷跡がいくつも見受けられた。

 しかし、北欧神話やローマ神話の神様と菩薩が行動を共にするとは……なんとまあ、シュールな光景だ。


「そりゃあ、あんたのいた環境じゃシュールなのかもしれないけど、別に神界じゃこんなの普通よ」


「もともと、違う神話なのに同じ役割を持つ神や仏がいる理由は、単に別の担当地域を分担しているからなのです。だから、たまにではありますが、他の担当地域の神仏とお話することもあるんですよ?」


「へぇ、そうなんだ。初めて知った」


「今は一応緊急事態だから、その担当と関係なく行動してるけど」


 しかしながら、北欧神話やローマ神話の神様が仏を語るのは、やっぱりシュールだ。もっとも、以前にも戦国武将について語ることもあったから、今更なんだろうけど。


「で、わざわざお地蔵さんまで連れて久しぶりに夢に現れたってことは、何か理由でもあるのか? まさか、お地蔵さんの仏像を蝦夷地中の街道に並べろ、とか。もしくはミネルヴァのどでかい神像を作れ、とか」


「大して信心深くもないあんたに、そんなの頼むわけないじゃない。頭おかしいんじゃないの?」


「……なぁ、ミネルヴァ。それ自分で言ってて悲しくならないか? 自分を崇拝する信者が無駄に減るだけだぞ」


「なんですって?」


「ミネルヴァ。あなたのその言動、煩悩がたまっている証です。後で自分と一緒に滝行に励んだほうがよろしいでしょう」


「ちょっと、地蔵菩薩まで……誰かあたしをフォローする神はいないの?」


「……お、おほん! ほ、本題に戻りましょう」


 フレイアが慌てて俺達のケンカを面倒くさいことにならないうちに止める。


「実は、武親さんに頼みたいお仕事があって、やって来ました」


「頼みたい仕事?」


「下北半島に恐山って霊山があるのは知ってるわよね?」


「あ、ああ。今度、南部領の視察で麓を通って来るつもりだけど」


「その恐山に恐山菩提寺という寺院があり、そこの本尊はこの自分、地蔵菩薩なのですが、最近自分の名を騙る者が地蔵菩薩として崇められているようなのです」


「地蔵菩薩を騙る者? そんな奴がいるんだ」


「はい。自分としては、例え菩薩の名を騙ったとしても、衆生を救うという目的と力があるなら問題にはしません。ただ、その人物は自身の仇を討つためだけに、菩薩の名を利用しているにすぎません」


「しかも変なことに、その地蔵菩薩の名を騙っているのが、ミズガルズ出身の若いエルフの男なのよね。しかも小柄の」


「え、エルフが地蔵菩薩? なんだそれ!?」


「わ、私も奇妙なことで最初は信じられなかったのですが、どうやら事実のようなのです……」


 事実は小説よりも奇なりという言葉があるが、まさしくその言葉に相応しい事態になってるようだな……。

 しかし、世界中のあらゆる神々を信仰するパトロヌス教徒の彼らといえど、地蔵菩薩の存在を知っているとは思えない。そもそも、菩薩も如来も明王も、パトロヌス教の書物で見かけたことは一切ないからだ。

 もしかしたら、別の名で記してあって、見落としているだけなのかもしれないが……。


「そのエルフの男の名は、カレルヴォ・ハルティカイネン。まあ、地蔵菩薩の名を騙っているから、本名で行動している可能性は低いでしょうけど」


「カレルヴォ・ハルティカイネン……あれ、どこかで聞いた事があるな。で、俺はどうしたらいいんだ?」


「その男に、自分を騙って衆生を苦しめる真似をやめさせてほしいのです。彼の行いは、衆生のためにも、そして彼自身の為にもならない。自分達は人間世界に直接は関与できないので、手段はあなたに一任します」


「わかった。南部家攻略と同時並行で彼の捜索を行なうよ」


「ありがとうございます」


 深々と一人の戦国武将に頭を下げる、2柱の女神と一尊の菩薩。

 菩薩を騙るエルフは、恐山で何を企んでいるのか。神仏との定例報告会を経て、南部家攻略戦がただの国盗り合戦で終わらない予感を俺は悟った。

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