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149 恋心

恋愛描写は難しい……。

 評定が行なわれたその日の夜、ヴィクトリアは徳山館の城下にある第2師団の宿舎を訪れていた。


 王国軍の宿舎、とはなっているものの、「現地の文化を大切にするのも健全な世界征服を進める一貫である」との方針から、和洋折衷の構造となっている。

 宿舎の建物は瓦屋根と檜を使用した壁があり、宿舎の最奥部には師団長の執務室がある。そして宿舎の周りはレンガ造りの壁で囲われている。7000人もの収容能力があり、物見櫓や塔、堀も備えていることから、戦の際には徳山館の支城という役割も兼ね備えている。

 ともすれば、徳山館より規模が大きいことから、現地の和人からは「新徳山館」とも呼ばれている。


 そんな宿舎の中、自ら右手にロウソクを持って静かに歩いていたヴィクトリアは、ある一室から光が漏れているのを発見して立ち止まった。

 

(確かこちらは、ミュルダール中尉のお部屋でしたわよね……)


 本国の宿舎は、燃料の菜種油が供給されるため夜中でも歩く分には問題ない明るさが廊下・部屋問わず確保されている。

 しかしここは復興途上の外国の地。本国との距離の長さと輸送船の積載量を考えると菜種油は貴重となるため、使用が制限されていた。よって、夜となると廊下はロウソクが無いと足元すら視認することができない。


 将校といえども、仕事の無い時間帯に灯りをつけるのはご法度。だが、ラウラの部屋の明るさはそれを使わないと出ない、はっきりとしたものであった。


 気になったヴィクトリアは、ドアの隙間から部屋のなかを覗く。するとそこには、2人の人影――ラウラとベアーテの姿があった。


(もう就寝する時間でいらっしゃいますのに、あのお二方は何を……?)


 ベアーテは階級が下の相手でも見下すことはしない人物ではあるが、それでも准将と中尉が直接会話することは滅多にあることではない。

 しかも軍規を無視してプライベートで同じ部屋に向かい合わせで座っているとは、一体何事なのか?

 最初はそう疑問に感じ、中に乗り込もうとしたヴィクトリアであったが、最近の二人の仕事の様子を思い出してもう少しのところで踏みとどまる。 


(そう言えば、あのお二方はここ数日、お仕事のミスが多発してましたわね。返事が遅れていたり、書類の誤字脱字が増えていたり、戦闘訓練中に回復魔法をかけるところを攻撃魔法を発動させてしまったり。ここはいきなり注意をするよりも、お二方の話に耳を傾けるべきですわね)


 そう思い、扉の近くの壁に身を寄せて耳をそばだてるヴィクトリア。そして、彼女の盗み聞き癖がある事実を知るきっかけになろうとはこの時知る由もなかった。


「――ねえ、ラウラちゃん。単刀直入に聞いちゃっていいかなー?」


「な、なんでありましょう准将閣下?」


「最近、仕事で細かい失敗が結構増えているみたいだけど、どうしてなのかなー? って思って」


「……!」


「特に殿下がご成婚されたあの日から、だよねー」


「……!!!!」


 師団長でもある王女殿下が聞き耳を立てているとも知らず、ベアーテはラウラに近頃の急な変調について問い質す。

 そしてそれは、ラウラ自身も相当気にしていることらしく、両の目が縦横無尽に泳ぎだす。


「そ、そそそそそれは……。じ、じじ自分は通常通り働いているつもり、ッスよ……?」


「隠さなくても大丈夫。それは私も同じだから」


「……へ?」


「私もあれから、なんか仕事が手につかなくて……。本当は殿下の代理として皆をまとめきゃいけないのにー。でね、なんでそうなったか私なりに考えてみたんだ。そして気づいちゃったんだ」


「閣下?」


 椅子から立ち上がり、窓辺の机に手を置きながら、窓の外に顔を向けるベアーテ。

 そして180度振り返って机に腰かけて、彼女はラウラに告白した。


「――きっと私、殿下に嫉妬していたんだと思う」


「……嫉妬、ッスか?」


「うん。本当バカだよね。軍にいる以上、王族には忠誠を誓わなければいけないはずなのにね。嫉妬するなんて、准将失格……」


 ベアーテは全身を震わせながら語る。


「そ、そんな、何故准将が殿下に嫉妬の念を抱くとおっしゃるのですか? 殿下と自分達では身分や生活環境に天と地ほどの差があるのに……」


 上司の自責の念のこもった言葉を聞いて、慌ててベアーテをフォローしようとするラウラ。

 しかしベアーテの心を慰めるまでには至らず、彼女は自らの卑しい心を責め続ける。




「――実は私、武ちゃんのこと狙っていたんだ。重要な軍人だからとか政治家だからとか、そうゆう意味じゃなくて、一人の異性として」 


「……え」


「それなのに、いきなり殿下と武ちゃんの結婚が決まって。私、横から自分の好きな人を掻っ攫われて、悔しいと思っちゃって。でも、あんなに綺麗な花嫁さんには適わないって思って、きっとラウラちゃんも私とおんなじ気持ちだよね……?」


「…………!!」


 上司の衝撃の告白とそれに続く問いかけに返す言葉がないラウラ。彼女達の会話と反応を見る限り、図星だったようだ。

 思えばラウラは使節団に王国各所を案内して回った上に、山賊から2度も助けられた経験もある。歳も近いので、武親に想いを寄せるのは当然なことだろう。

 ベアーテも今は亡き親友・ラグンヒルから武親の評判を聞いており、またアイヌ民族の集落で熊・妖怪退治を共に行い助け合った仲である。ハロウィンを一緒に楽しむ姿も目撃されている。26歳と17歳、歳は9つ離れてがいるが、恋心を抱いてもおかしくはない。


 だが自分と武親の政略結婚が、その気持ちを知らずに踏みにじってしまったことをヴィクトリアは思い知らされた。王族にして師団長である自分に遠慮していたのかもしれない。

 そして、二人の想いを受け止めた彼女は、ドアノブを回して2人の許に歩み寄った。


「――そういうことなら、早めにおっしゃってくだされば良かったのに」


「……えっ、て……殿下!?」


「ま、まさか盗み聞きしていらしたのですか?」


「ええ。最初から」


「そ、そんな……」


 王女殿下の盗み聞き癖は王国軍内では広く知られていたこととはいえ、まさか自分達の恋路を、しかも一国の姫に嫉妬していることを本人に知られてしまった。

 そう思ったベアーテとラウラは、急に縮こまって床に平伏した。


「も、申し訳ございません! 私達の発言は、立派な不敬行為に当たります! どうか処罰を……」


 軍規には王族に対する不敬行為についての罰則が存在した。それには不敬発言も当てはまると記載されている。

 それ以前に、敬愛すべき主に嫉妬したまま、平常心で軍務をこなせるとは思えない。2人は自ら処罰を願い出た。

 だが、ヴィクトリアは首を決して縦に振らなかった。 


「不敬行為? 貴方がたは軍人である以前に一人の女性。そのような感情を持つのは当たり前です」


「で、ですが……」


「貴方がたの苦しみはよくわかりました。政略結婚とはいえ、自分の傍にいる部下の恋心を推し量ろうとせず強行したわたくしたち王族にも責任がありますわ。ですから……」 


「ま、まさか……私達のために、婚姻関係を解消するなんてことは……」


 他ならぬ王女殿下に責任を感じさせてしまい、ベアーテはおそるおそる最悪の事態を口にする。

 だが、それについてもヴィクトリアは首を縦に振ることはなかった。


「いいえ、むしろ逆ですわ。貴方がたもわたくし達と一緒に幸せになればよろしいのです」


「……え?」


「数少ないとはいえ、別に国法で一夫多妻が禁じられているわけではありませんし、この国にも側室制度は存在しますわ。つまり貴方がたは武親の側室なれば良いのです」


 ミュルクヴィズラント王国をはじめ異世界ミズガルズにおいては、一夫多妻を推奨こそしていないものの禁止していない国や地域が大半を占める。もちろん経済的理由から貧しい庶民は一夫一婦であることが殆どだが、妾を侍らせる王侯貴族や大商人は珍しくない。

 それに武親もヴィクトリアのことを「正室に迎える」とは言ったが、「ヴィクトリア以外に妻を迎えるつもりはない」とは一言も発していない。


「し、しかし、それでは殿下と武親さんがご一緒できる時間が減ってしまうのでは……」


「わたくしは王族です。となれば、夫である武親も王国の行事に参加する機会は今後増えることでしょう。さらに武親自身、家老としてのお仕事もございます。その時、わたくしに彼を支える余裕があれば良いのですが、王族としての責務をこなしていく以上出来ない場合もあります。そのような時、貴方がたが必要となるのです」


「……」


 優しくも力強い言葉でベアーテとラウラが側室になる必要性を語るヴィクトリア。

 彼女が人一倍お節介焼きなのは知っている。しかし、彼女自信は本心で納得してそれを訴えかけているのだろうか?

 しかしそんな2人の疑念を払拭する様に、ヴィクトリアは腰を落として目線を下げ、2人の手を強く握ってダメ押しする。


「それにわたくし自身、信頼のおける方が身内になればこれほど心強いことはありませんわ。どうか、わたくしのため、武親のため、お願い致しまし」


 2人の目をじっと見つめ、さらに頭を下げるヴィクトリア。


 一国の王女が自分達を迎え入れようと首を垂れているのだ。ここで断ってしまえば、却って彼女の期待と信頼を裏切ることになる。

 2人はついに決心した。 


「……わかりました。このベアーテ・モルク、武ちゃんの側室になります」


「同じく、ラウラ・ミュルダール、武親さんを全力でお支えします……!」


「ええ。これから一緒に頑張りましょう」


「「はいっ……!」」


 両目に泪を浮かべ、強く頷くベアーテとラウラ。

 こうして、結婚式からわずか数日後、武親の与り知らぬ所で2人の側室が誕生したのであった。

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