146 結婚式 その1 祝言
1565(永禄8年)6月。俺こと不破武親とヴィクトリア・カルロッテ・ミュルクヴィズラントの祝言が行われた。
最初に開催されたのは新郎である俺の居城・宇須岸館での式。日本式で開催するとのことで、異世界“ミズガルズ”の住人も今日ばかりは全員和装の出で立ち。
異国情緒満載であったハロウィンの時とは真逆の雰囲気であった。
参加者は気心の知れた蠣崎家臣と第2師団の面々。そして主君・慶広や隠居後も「大殿」と呼ばれて慕われている季広さん、さらには大陸からはるばるやってきたイングリッドとハーコンらの姿もあった。
輿入れの時も、その規模と豪勢さは大名家さながら。さらに俺自身、初の結婚式ということもあり、一通りの儀式を終えるまで緊張が解けることはなく、この間のことは殆ど記憶に残っていない。
慶広の結婚式でもここまであがったりしなかったんだけどな……。
結局、精神的に開放されたのは、三々九度が終わって宴に入った頃であった。
「家老様、おめでとうございます」
「まさか不破殿が異国の方と結ばれるとは、思いませなんだ。ささ、一献傾けましょうぞ」
「ど、どうも」
挨拶と盃を交わしに多くの参加者がやって来る。宴はまだ始まったばかりなので素面の人が多かったが、中には既に酔っぱらっている人も。
「うぃ~っ……此度はまことに祝着、祝着~。そうは思わぬか? ハーコン~」
「ああ。酒も進むし、ダンスも見放題かつ踊り放題。ヒックッ……女性をおおっぴらにエスコートできないのが唯一残念だ」
「あなたがたはいつもそうではなくて?」
「高砂や~、この浦舟に帆を上げて~♪」
「フリッグよ~、豊穣の女神よ~、両人に幸を与えたまえ~♪」
季貞とハーコンは、右手に徳利、左手になみなみとワインが注がれたグラスを持ちながら、どんちゃん騒ぎを始め、次第には踊り出す。
能と西洋風クラシックのなんとも奇妙な協演ではあるが、前世の世界でも能「高砂」の歌詞がリヒャルト・ワーグナーの結婚行進曲に乗せられて歌われたものもあったし、そんなに奇妙でもないかも?
……といいたいところだが、2人の歌はテンポも音程も全然違うものだったため、不協和音が会場中に広がり、やっとのところで慶広が止めにかかる。
いつもと変わらない彼らの様子に安心しつつも、俺は隣に座る金色の垂髪に小袖姿のヴィクトリアをチラ見していた。
なんか和服姿のヴィクトリアも新鮮で良いな。いつもの高貴さを漂わせる美しさが一層引き立っている。
初めての日本式の結婚式だったけど、凛とした態度で終始式に臨んでいたし。
そういえば、この宴が終わったらいよいよ初夜を迎えるんだよな。ということは、この体を隅から隅まで……うっ、想像したら鼻血が……。
なんか顔も若干にやけているような……ダメだダメだ! 新郎としてしっかりするんだ! 武親!
だが至福の時も束の間、さらに隣でヴィクトリアの護衛をしていたブレンダの肘打ちを腹に食らい、ショックで鼻血も止まる。
「な、なにするんだよ、ブレンダ……」
「イライラしたから喝を入れた。それだけだ」
「あら? どうかいたしまして?」
「お気になさらず、殿下。この男を軽く諌めただけです」
さすがに急所に渾身の肘打ちは堪えるな……。とても「軽く」なんてレベルじゃなかったよ、あれは……。
さらに嫌味を言いに来る男が1人、俺達の前に現れる。
「おのれ小童め。かように華美な婚姻の儀、もしや主家を軽んじてはおらんだろうな?」
家老になってからも俺に対し厳しい態度をとり続ける長門広益が来たことで、一気に現実の世界へと引き戻される。
「別にそんなつもりはありませんが」
「それもどうだか。某には、近頃のお主は驕り高ぶっているようにしか見えん」
広益はいつもと変わらず憎まれ口を叩く。が、手を後ろに置いてどこかソワソワしている様子も見受けられた。
「それに……むっぐ!?」
「ずいぶんな物の言い様ですこと。武親はこの結婚式より、蠣崎のみならず王国にも仕える身。そして華美にしたのは、わたくしとお姉様の希望あってのこと。よって、夫は決して主家を軽んじてませんし、驕り高ぶってもいません。ご理解いただけまして?」
一方、ヴィクトリアも今回の広益の発言に若干頭に来たようで、俺を抱きしめながら反論する。
俺の身長、五尺二寸(約157cm)に対しヴィクトリアの身長は五尺七寸(約172cm)。なので、彼女に抱きしめられると推定Fカップ相当の豊満な胸の位置に顔が当たることになる。
か、顔の両方からすっごく柔らかいものが……。まさか、こんなに早く堪能できるなんて……。けど、このままだと息が詰まって死んじゃいそう……。
「ふん、ならば此度はお主の顔に免じてそういうことにしておいてやろう。餞別だ、持っていけい」
すると広益は、後ろ手に隠していた小さな黒い巾着袋を俺達の目の前に置き、足早にその場を去っていった。
と同時に、顔から胸が離れ、うらやまけしからん方法での窒息死(?)から逃れることができた。
助かったけど、なんか惜しかったような……いや、でもこのあとになったら……。
「一国の王女に対する無礼な態度。あのような者が重臣とは、領主は何を考えているのでしょうか」
「ただ、まったく優しさがないわけではないようですが」
淡々とした口調で憤慨するブレンダと、穏やかに諭すヴィクトリアのそばで、俺は呼吸を整えつつその巾着袋を取り出す。
持ってみると、大きさの割にかなり重量感があり、触り心地はまさに砂のよう。
不思議に思い袋を開けて覗くと、中に詰まっていたのは光り輝く粒子状の物体。砂金であった。
「あら。意気地な方の割に、なかなか気の利いたプレゼントですわね」
「きつく当たる割に、良いところもあるんだな……」
俺は渡す直前のソワソワした広益を思い出しながら、軽く笑った。
いや、金山開発を担当している広益のことだ。もしかしたら「某は家老としても小童より上じゃあ!」などと誇示する狙いもあったかもしれない。
が、俺はそれを口に出すことせず、巾着袋を元の位置に戻し、徐ろに腰を上げて部屋の外へと向かう。
「あら、どちらに?」
「ちょっと夜風に当たってくるだけだ。すぐ戻るよ」
広益に続き、俺も一旦宴の場から退出し、誰もいない館の隅へと向かった。
その途中、廊下でラウラやベアーテとすれ違う。
「おっ、ラウラにベアーテ。2人も夜風に当たりに行ってたのか?」
「た、武親さん……」
「武ちゃん……」
しかし2人は挨拶を返すことはなく、顔を下に向けてモジモジしながら、どこかよそよそしい態度をとる。
心なしか、2人とも顔が火照ってるような……。
「どうしたんだ? 熱でもあるのか? 酒も結構振舞われてたから、飲み過ぎたのかもな」
気になった俺は、2人の額に手を当てて熱を測ろうとする。が、直後、超速球で2人は俺の手をはじく。
俺は何が起こったのか分からず、自分の手と2人を交互に見つめる。
するとラウラとベアーテ両者とも、焼け石のように真っ赤な顔をあらわにしていた。
「あっ……ご、ごめんッス……。し、失礼するッス!」
「な、なんでもないよ。本当になんでもないから。じゃ、じゃあね」
ぽかんとする俺を前に、ラウラとベアーテは何かを取り繕うかのように早歩きで宴の場へと戻っていった。
「なんだったんだ、一体……」
状況を呑み込めず、俺は思考停止に陥りながら、再び館の隅へと歩を進めていった。