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142 ヨアキム1世崩御

7章、スタート。

 太平洋側のコタンとの交易を果たし凱旋した俺達。


 時を同じくして、日本海側のコタンに交易品を運んでいた工藤祐致とアストリッド・フォーゲルクロウ、さらに本州の日本海側各地に派遣された下国直季とブレンダ・ラーゲルクヴィストも松前に到着した。


 祐致とアストリッドは北方の増毛(マシケ)までのコタンとの同盟結成という功績をあげた。


 このあたりはコタンシヤムの戦いに参陣したコタンが多く、当初は交渉が難航。ところが、アストリッドが魔法で狩猟の手伝いを行ったことで感謝と畏怖の目で見られるようになり、話し合いが途端にスムーズになったらしい。


 そして直季とブレンダは、若狭国を治める若狭武田氏当主の武田義統(たけだよしずみ)との通交再開を果たす。

 もともと蠣崎家は毎年若狭武田氏と誼を通じていたが、外交担当の小林良道(こばやしよしみち)富田広定(とみたひろさだ)が第4師団の反乱で戦死。以後、関係が途絶えていたが、2人の派遣で両者の繋がりが復活した。


 道中、出羽の安東や越後の上杉とも交易を再開したという。これで「蝦夷地の民が皆死に絶えた」という噂も払拭され、交易で栄えた昔の繁栄を取り戻せると信じたい。


「松前の港に交易船が戻る日も近いと見えた。これで、蠣崎家の財政を立て直す目途がようやく立ったでござる」


「金山と農地の開発も進んでいますからね。昔以上の繁栄を期待したいものです」


 予想以上に早く進む蝦夷地復興。津軽海峡を超え、本州に進出する日も近い。

 そう思っていた矢先、王国からある報せが届いた――



 ◆◆◆◆◆



「ミュルクヴィズラント王国の国王が崩御した」


 徳山館に緊急招集された蠣崎家家臣と第2師団幹部。そこで慶広から告げられたのはヨアキム1世の訃報であった。

 ある者は泣き崩れ、またある者は訃報の中身を信じられず、表情が固まる。

 王国軍将校からは嘆き悲しむ声が聞こえ、蠣崎家家臣からはこれからの動向を不安視する者が現れる。


「御身体が優れないとは聞いてましたが、ついに崩御されてしまうとは……」


「陛下のお力あればこそ、王国はその版図を何倍にも広げられた。その陛下が亡くなられては、私たちはどうすればよいのだ……」


「これを機に、王国が分裂しなければよいのだが……」


「情勢不安が、此方に伝播せぬよう施策せねばならぬな」 

 

 病弱な姿ばかりが目に浮かぶかもしれないが、ヨアキム1世は本来「大陸最強の軍隊を率いていた君主」。

 その名声と功績から考えても、彼の死は国の大黒柱を失ったことに等しい。

 この隙に、国内外の勢力がどう打って出るかも気になるところ。

 名君の崩御を無事乗り越えられるか否かは、王族や中枢を担う政治家の手腕次第だ。


「そしてヨアキム1世陛下の国葬に、余と武親が国賓として参列することになった。よって、余が留守の間、蝦夷地の政は季儀に任せたい」


「はっ。お引き受け致しまする」


「あと王国との外交については、引き続きベアーテを介して行うように」


 こうして、ヨアキム1世の国葬が済むまでの1か月間、蠣崎家は季儀を筆頭とした臨時体制で動くこととなった。

 一方で俺と慶広は、3度目の異世界訪問に向けて支度をすることとなった。



 ◆◆◆◆◆



 1564年(永禄7年)11月、俺達はミュルクヴィズラント王国の首都クヌーテボリに到着した。 

 ヨアキム1世の棺が置かれている宮殿の周囲には、既に大勢の人が詰めかけており、その数は5万人に及んでいた。


「人数が凄いな……。国内では相当人気の高い王様だってことが、この光景だけでもすぐにわかる」


「領内にいた王国軍将校の悲しみようは、本物であったと言うことか」


 参列者の中には、以前に最初の異世界訪問で見かけた貴族もちょくちょく見かける。

 大聖堂で国王の棺に対面し、素直に涙を流す者もいれば、他の貴族とヒソヒソ話をしている者もいる。国王亡き後の身の振り方でも考えているのだろうか?


「――蠣崎卿に不破卿。貴官らも呼ばれていたのか」


「盟約を結んだ者同士、君たちも陛下の最期を見届けに来たってところだね?」


 すると、俺達の背後からハーコンとフルダが声を掛けてきた。


「いかにも。もっとも、余も武親もヨアキム陛下とお会いできたのは一度きり。願わくば版図を何倍にも広げた彼の軍略、御教示賜りたかったものだ」


「戦略眼もさることながら、陛下は我が父ルードヴィクと友人同士であり、ユングリング公国の併合を平和裏に行えたのが大きかったのであろう」


「内政や外交に秀でた長女と、武術や魔法に秀でた次女がおられたお陰でもあるさ」


「でも、領土が急激に広がれば統治もその分難しくなる。それを巧みに取り仕切ったヨアキム陛下は、やっぱり立派だったと思うよ」


 領土が何倍にも膨れ上がれば、在住する民族・種族、さらに領地を持つ貴族の数も一気に増える。

 勿論、文化も多種多様になるため、万人が納得する共通のルール(法律)や税制の制定・施行も難しくなる。

 世界征服を志す以上、この問題の解決は必須であり急務。


 軍隊の規模も当然大きくなり、大規模な軍事行動をとれる反面、兵士1人1人の士気は緩慢になる。

 にもかかわらず、「大陸最強の軍隊」と呼ばれるだけの練度を維持し、エルフ族の反乱と大盗賊の出没に的確に対処した点は、見事だったと思う。


「しかし陛下が崩御された今、その2人の御息女が問題となろう。陛下は生前、後継者をお決めにならなかった。貴族達は陛下亡き後の己が優位を得るため、次期王位継承者の地位をイングリッド殿下とヴィクトリア殿下の間で争おうとしている」


「姉妹の仲は大変良好で、お二方が個人的感情で継承権を主張するようには見えない。でも、宮廷内での派閥争いが原因で、姉妹の間に決定的な亀裂が入ってしまわないか。そこが心配さ」


「今はどんな感じですか? 校長先生」


「私の見立てでは、それぞれ半々の貴族が支持しているといったところさ」


「半々、か」


「君のお父上がどちらを支持するかを示してくれれば、継承者は決まりそうだけどね。そうは思わないかい? ハーコン・イェールハルド・ユングリング大佐」


「確かに、我が父は王国一の大貴族であり現宰相。自分としても両殿下とも甲乙つけがたい魅力的な女性ではあるが、早々に心を決めてもらえるよう説得を試みるとしよう」


 広大な領地を有するユングリング公を動かせる存在として、ハーコンの役割に期待したいところ。

 しかし彼の父、ルートヴィクもまた夢魔(インキュバス)のはず。彼が「2人とも甲乙つけがたい魅力的な女性」と言うなら、父親もまた同じ返答をしそうで怖いところだ。



 ◆◆◆◆◆

 


 翌日、ヨアキム1世の国葬が挙行された。

 王国の国旗らしき緑と黒と青の旗が被せられた国王の棺は、馬車で宮殿から街中各所を経由しながら大聖堂に葬送され、道中の参列者から彼の名を呼ぶ声が常にあがった。

 魔法の世界らしく、空には数体の飛竜が舞い、魔力放出式の大砲で礼砲が放たれた。

 

 大聖堂に遺体が運ばれた後、パトロヌス教の枢機卿が登壇し、彼の指示で会場にいる全員が国歌と鎮魂歌を斉唱し、国王の冥福を祈った。

 また、喪主を務めるイングリッドが参列者全員に向けて弔辞を述べ、棺の前で生前の父親の功績を称える。大聖堂の中からは再び王の名を呼ぶ声があがった。


 だが俺は、弔辞を述べる彼女の声や表情に違和感を覚えていた。


「なあ慶広、なんか変な感じしないか? 父親の葬式なのに、イングリッドの顔といい話し方といい淡々とし過ぎている。とても父の死を悲しんでいるようには見えないんだけど」


「武親。彼女は悲しむ素振りを民や貴族に見せないよう、気丈に振る舞っているだけだ。親の死を悲しまぬ者などいない。それはお前が一番よく知っていることだろう」


 いや、その脇にいるヴィクトリアもそうだけど、涙を流したり声を詰まらせたりする気配がまるでない。

 「親の死を悲しまぬ者はいない」。確かに俺も二度経験しているし、その通りだと思いたい。

 でも、彼女達の顔、どこか父親に対して疑念を孕んでいるようにも見える。何故だ? 何故そんな表情をするんだ?


 だが俺が疑問に感じている間にも、葬儀は粛々と進行。

 式典を終えたのち、ヨアキム1世の棺は大聖堂の地下にある埋葬室に納められ、別れを惜しむ声が聞こえる中、枢機卿持つ鍵で扉は固く閉鎖された。



 ――そしてこの時を以て、ミュルクヴィズラント王国の一時代が幕を閉じたのであった。

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