137 コタン救出作戦
ピパウシコタンで行動する中隊は、さらに5つに別れた。
交易品防衛の部隊を1つ置くほかは、救出部隊1つと包囲部隊3つの編成となった。
救出部隊には、ベアーテ、シラリカ、リシヌンテ、宗継、そして俺が所属することになった。作戦の要となる部隊となるため、信頼できる人物を配置したという。
季貞とレスノテクは独自に部隊を預かり、ラウラとともに包囲を開始。その後、俺達がコタンに入る手筈となっている。
包囲完了までの間、救出部隊の面々は木陰からピパウシコタンの様子を窺っていた。
「う~ん、なんか聞いた話よりたいへんなことになってるね~……」
「家々は壊され、悲鳴も聞こえるでありますな」
家の中で暴れまわっている人達の仕業か、原形を留めている家は少ない。
集落では時折、家から飛び出し逃げ隠れする人影も見かける。目を覆うばかりの惨状だが、犠牲者が出ていないことを祈るばかりだ。
「しかし、本当にあの人達はコシンプに憑かれたんだろうか? ただ単に、ならず者が暴徒化したという可能性も考えられそうだが……」
「でも最近、夜になると夫に近づく謎の女性をよく目撃します。他の家でも同じような目撃談がちらほらと」
「コシンプの特徴だね~」
夜になると現れる謎の美女か。もしかしたら、その晩にコトに及んでいたのかもしれないな。そして情が深まり、女性に肩入れするようになったと考えた方が自然だ。
証言が本当なら、謎の女性は昼間は姿を現さない。現状、コシンプが実在するかどうかは、巫女たるリシヌンテの除霊次第としか言えない。
除霊の結果、謎の女性か動物の霊を発見できたら、コシンプと考えてよいだろう。
すると間もなく、コタンの近くから3本の狼煙が次々とあがった。
「……あの煙、包囲は完成したみたいですね」
「よしっ。皆、慎重かつ迅速に救助に向かうよー!」
「おおう!」
ベアーテの一声で俺達はピパウシコタンの中に入り、村人の救出活動を始める。
だが事情を知らないアイヌは、俺達が侵略者であると勘違い。事件のこともあり、先程のシラリカ同様、万事休すとばかりに落胆の姿勢を示す者が続出した。
「おお、見たことも無い者らがコタンに侵入してくる……。もはやピパウシコタンもこれまでか……」
「やはり悪しきカムイの仕業か。だがこの数を相手にするなど……」
そうして彼らが腰を抜かしていると、コシンプに憑かれたらしいアイヌが槍や小刀を持って、彼らを襲いにかかる。
「フモタケシ様の命に逆らい、おれ達の前から逃げるとはいい度胸じゃねえか」
「カムイもさぞ、怒り狂ってるでしょうな~。さあ、早く獲ってきた獲物をすべてよこしな! よこさないなら、ぶち殺すまでだ」
話の真偽はともかく、この人達が暴れ狂い他のアイヌを虐げているのは事実のようだ。
殺しはしない。まずは彼らを捕らえて、迷惑行為をやめさせるまでだ。
「よぉし。言うことを聞かないってなら、この槍で……グォ!?」
俺は刀を抜くことなく、鞘ごと憑依されたアイヌの腹部に死なない程度に打撃を加える。
男は痛みに耐えかねて、気絶して後ろに倒れた。
「あ……」
「無事だったか?」
「あ……はい」
「ここは危険だ。今、コタンのまわりに俺の仲間がいる。すぐに脱出して保護してもらうんだ。いいね?」
「は、はい……」
憑依された暴漢を捕らえた後、俺はキョトン顔の保護対象のアイヌを包囲部隊の人に渡し、再びコタンの中に戻った。
「ウォ……」
前方から再び誰かが倒れた音がする。音のしたところに向かうと、そこには、宗継と倒れた数人のアイヌの姿があった。
宗継も俺同様、刃を突き立てることなく彼らを倒したらしい。小さいながら、頼もしい限りの活躍なものだ。
「やるな、宗継くん」
「いえ。家老とあろうお方に負担はかけさせられないでありますからな」
「ありがとうな」
「……いえ」
俺は宗継の肩にポンと手を置き、再び作戦に取り掛かった。
最後の1人を救出するまで、気を抜くことは許されないからな。
◆◆◆◆◆
間もなく、作戦は一応の区切りを迎えた。被害者の保護と加害者の逮捕を手際よく行ったお陰で、死者を1人も出すことはなかった。
ベアーテの指示を兵士が忠実に実行したのも大きかったのだろう。
現在、逮捕されたアイヌはリシヌンテによる除霊を受けているとのこと。部隊にはパトロヌス教の聖職者も同行していたが、コシンプに対する除霊方法がわからなかったため、リシヌンテの補佐に回ったらしい。
シラリカ曰く、本当にコシンプの仕業であれば、彼らを敢えて罰することはしないという。
ともあれ、これでめでたしめでたし……と言いたいところだが、まだ作戦は終わりではなかった。
「フモタケシがいない?」
「はい。リシヌンテさんが除霊を行っているウタリの中に、夫の姿はありませんでした」
暴漢と同じく、コシンプに憑かれているはずの首長・フモタケシの不在。
それだけではなく、数名のアイヌも行方不明らしい。
「彼の家も調べたッスが、人っ子一人いなかったッス。どこ行ったんスかね……」
「他の中隊からもフモタケシさんに関する情報はなかったねー」
「ならば、そう遠くへは行ってないのではござろうか?」
俺達がここに到着してから、まだ半日も経っていない。
周囲のコタンも俺達が抑えている以上、そこに逃げ込んだ可能性も低い。ましてや相手はピパウシコタンの首長。居たら誰かが気づくはずである。
となると、残るは木々が生い茂る森か、それとも……
「砦に向かったのかもしれないな」
「チャシ、でありますか?」
「山に行った可能性も捨てきれないが、探すとしたらまずはチャシだな。居ないとは言い切れないし」
「否定はできませんね。もし居たとしたら、チャシの中に貯えていた財宝を取りにいたのかもしれません」
チャシは砦のほかにも、集会場や祭場としての性格も持っていた。その中には、裕福なアイヌの財産を貯蓄する役割もあったという。
チャシを破壊した理由は、財宝をごっそり持ち出して逃げるためかもしれないな。
すると、王国軍の偵察兵がある報告を伝えに来た。
「報告。ピパウシコタンのチャシに、アイヌらしき人影を発見しました。それも数名」
チャシに現れた数名のアイヌ。俺の読みが当たっているかはわからないが、フモタケシ達の可能性が高い。
「決まりだな」
「そうだねー。じゃ、まだ元気が余っている人達を集めて、一足先にチャシに向かわせるよー」
直後、ベアーテは配下に部隊の再編を通達。先遣隊としてラウラと宗継、季貞が派遣されることとなった。一方、俺を含む残りのメンバーは、南方に派遣中の中隊の到着を待って行動を開始することになった。
そういえば、リシヌンテの除霊は結局どうなったんだろう? 気になるところだ。