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閑話 ハロウィンin松前&勝山館

 9月上旬。

 宇須岸館周辺と同じく、王国式のハロウィンで賑わう松前。そして城下の家や商店は勿論、徳山館もカボチャの飾り付け一色であった。

 

 そんな中、城下の視察と称して蠣崎慶広と長門広益、村上季儀の3人もお祭り騒ぎの中に身を投じていた。


「まさかこの世界でもハロウィンを楽しめるとは、人生とは真に分からないものである」


「異国の祭りとは伺ってござりましたが、新三郎様の前世にも同じ祭りがおありで?」


「ああ。だが全く同じではないがな。よく目を凝らせば、様々な相違点があってだな」


 見慣れぬ異国の祭りを愉しむ慶広と季儀。しかし広益は異国偏重の風潮を苦々しく思っている様子であった。


「ふん、某の存ずる松前は消え、完全に異国に染められてしもうた。嘆かわしき事と存じまする」


 以前の松前には、日本の文化を基軸に、アイヌの文化や風習が程良く混じった情緒が醸し出されていた。

 だが現在、それらは全く感じられない。根本的に生まれ育った風土や思想が違う異国文化に、広益は居心地の悪さを覚えていた。


「異国に染まった、か。確かに今や領民の8割は王国出身。往時の文化や景色は影も形も無くなった。だからこそ肝に銘ぜねばならぬ事がある」


「それは一体?」


 広益の嘆きに共感の念を示した上で、慶広は一息飲んでこう切り出す。


「――昔を知る者が過去を忘れずしっかり伝える事だ。余達がかつての記憶を伝えねば、以前の姿を取り戻す事はおろか、存在すら歴史の闇に葬られてしまう」


 王国系住民のみならずアイヌの多くもまた、破壊される以前の松前を知らない。

 よって松前の文化を知り、かつ受け継ごうという強烈な意志を持てるのは蠣崎家の者しかいない。慶広は強い義務感のもとに2人を教え諭す。


「古の歴史にも不明な箇所はござりまするからな」


「さらには昔に固執し過ぎず、寛容の心を以て今を受け入れる事だ。この世は諸行無常、何一つとして変わらぬ物はない。それに蠣崎家が目指すは世界征服。その実現に異文化に対する理解と寛容は不可欠。異国の文化だからと蔑視していては、必ずや足元を掬われる事態に見舞われるであろう」


「されどただ受け入れるのみでは、いずれ無力にも飲み込まれる事になりましょうぞ。そして結局は昔の記憶が途絶えるもまた道理」


 主君の矜持に一定の理解を示しつつも、頑固な広益にとって、慣れ親しんだ在りし日の松前を失うのは我慢ならない。

 だが慶広は最後にこう付け加えた。 


「最後にもう一つ。ただ異なる物を受容するだけでなく、自らの持ち味を以て変化を加える事だ」


「変化を加える、でござりましょうか」


「そもそも文化は人間が創りだした産物。今はこのハロウィンも純粋な王国式だが、そこに蝦夷地の伝統を織り交ぜていけば新たな松前の文化が生まれる。そう、天下の何処にも無い伝統が」


 舶来のものを自国風に上手く変化させて発展させる。伝統的に神道を軸にそれを行ってきた日本人にとっては、お家芸と言っても過言ではない。

 アイヌの文物ですら取り込んだのだ。異世界の文物を組み込めない道理はない、と慶広は考えていた。


「その為にも今日は異国の収穫祭――ハロウィンを心ゆくまで堪能しよう」


「この村上季儀、夜中まで御供致しまする」


「して新三郎様、お方様はどちらへ? 祭りには夫婦で参加したいと仰せでしたが」


「そういえば遅いな。季儀、何か事情を知ってるか?」


 待ち合わせ場所は徳山館の正面。だが一刻を経ても慶広の妻は一向に姿を現さず、男3人で街に足を運んでいたのだ。


「娘なら異国の装束に身を包みたいと、朝から励んでござりまする。王国の者の指導も受けているのだとか」


「そして服選びに時間をかけておると。年頃の女子がファッションにかける意気込みは、何時の世も変わらぬものであるな」


「ふん、異国の物ばかりに目が行きよって。もっと日ノ本の文化も大事にせねばならんと申すのに……」

 

 その後慶広の妻と合流することはなく、先月竣工した松前大聖堂の儀式に男3人で参加。途中、広益と式を取り仕切るアストリッドが互いにいがみ合う場面も。


「ですから! 偉大なる聖女神様に感謝と服従の意を示す礼法は……」


「お前の教え方がなっとらんから上手くいかんのだ。他の者を呼んだほうが良いわぁ!」


「……あなたには、聖女神様のお言葉が足りてないようですね。後で直々に説教して差し上げます」


 傍目にも火花を散らしている様子がまるわかりの2人。

 布教に関して数々の功績を収めたアストリッドも、頭の固い広益には手を焼き、聖堂内には気まずい雰囲気が漂う。

 そして結局、儀式は一刻(2時間)遅れでようやく終幕を見せたのであった。



 ◆◆◆◆◆



 同じ頃勝山館周辺では、下国直季と小平季遠の2名が夷王山の山頂からハロウィンの様子を眺めていた。


「王国の者の話を聞く限り、この”はろうぃん”なる祭りは盂蘭盆会に似ているようだ」


「五郎も同じ事を申し候」


「盆と言えば墓参り。……2年前の戦いでは、誠に多くの者がこの世を去ってしまった」


「加兵衛殿?」


 墓参りの単語を出した途端、急に俯く直季。2年前の戦いで兄・重季を失い、去年父・師季も病で失った彼にとって、このハロウィンは色々と考えさせられるものであった。

 

「兄者、父、越中守、鷹姫……彼らの成仏を願うためにも、後で墓に参るとしよう」


「御意。拙者も父母の墓に参り候」


 しんみりとした空気が2人の間に流れる。するとそこに、甲冑姿の工藤祐致が後ろから現れる。


「九兵衛、中々に物騒な装備であるな」


「祭は治安が乱れ易い時。厳重な警備こそ肝要」


「無論承知。されど愉しむ心もまた大事也」


「気持ちは察する。が、自分は異人で満ちた環境に馴染めぬ故、警邏の任にあたらん」


 やや厳つさのあるしかめっ面で、物静かに語る祐致。彼は2年前の戦いで唯一親類を失わなかった武将だったが、彼もまた目まぐるしく変貌を遂げる蝦夷地に不慣れであった。


「異人、か。だが蝦夷からすれば、和人(我ら)も立派な“異人”。その逆も然りだ」


「異なる多くの民族が住まう地。まるで古の唐土の都、長安のようだ」


「新三郎様と五郎は、この地より唐土を目指す者にて候。松前もいづれ長安の如き繁栄を掌中に収め候か」


「もしくは文永・弘安の頃の蒙古かもしれん。五郎曰く、蒙古はかつて大秦国(ローマ帝国)の近くまで版図を広げたと聞く。首都の大都には多様な文化が入り交じったとも」


「ともあれ、かつて百万の民を抱えた長安を目指すなど壮大過ぎる話だな」


 事実、江戸時代の松前の最大人口は2万で、江差は3万。道南最大の都市・函館でも5万余で、近代以降も30万前後を超えることは無かった。

 無論3人はこの事実を知らないが、それでも100万の人口を目指すのは無謀な挑戦にも思える。しかし――


「しかし、かの2人の心意気を見れば、達成も夢ではないように思える」


「世界中を版図に収めれば、この地は世界の中心。ありとあらゆる富が集まり、かつてない繁栄を極めるやも知れぬ」


「されどその前に、犠牲となった親類や民の冥福を祈り候」


「……ああ。かの者達が来世生まれ変わった時に、2年前の災厄を感じさせぬよう努めるとしよう」


 これから涼しくなりゆく初秋の蝦夷地。

 夷王山の山頂から賑やかな麓を眺めながら、3人は未来に期待を馳せつつ、犠牲者に祈りを捧げたのであった。

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