132 ミズガルズ式ハロウィン
タイトルには「ハロウィン」と冠していますが、かなり中身は日本やイギリス、アメリカなどと違っています。
よって、これをハロウィンと呼ぶべきかどうかは個人の判断にお任せします。
9月。
宇須岸館周辺の農村では多くの家でカボチャをテーマとした飾り付けが行われ、住民達が魔女や精霊、さらには妖怪や他種族など様々な仮装を身に包み闊歩していた。カボチャ型の蝋燭立てを持つ人も多数。
教会を中心に通りには屋台がズラリと並び、その様子はさながらハロウィンのよう。
そう、これが数か月前から計画していた『祭り』である。
「なかなか面妖な光景でありますな……」
「まさに異国にいる気分にござる」
村の様子に興味を示す一方で、武士達は以前と様相が一変した蝦夷地に複雑な感情も見せていた。
俺的には、異世界人だらけの環境での羽織袴も立派な仮装だと思う。もっとも前世基準での話だけど。
それに宇須岸館の別名は「箱館」。異国情緒が溢れていたほうが「箱館」らしさがある。
「早く抜けましょうぞ。このままでは物の怪に何時襲われるとも……」
「お菓子くれなきゃ悪戯するぞー」
「うわあっ!」
妖怪に扮した一団に遭遇した途端、季貞と宗継は飛び上がって尻餅をついた。
「お菓子くれなきゃ悪戯するぞー」
「ひ、ひぃっ! ち、近寄らないで頂きたい……」
「せ、拙者は、か、菓子など持っていないであります……! どうかお許しを……!」
おいおい、本気でビビってるよこの人達。武士とあろうものが作り物の妖怪を恐れていては、どうしようもない。
「お菓子くれないから悪戯するぞー」
「う、うわっ、何をするか……うひひひひっ!」
「く、くすっ、くすぐったいでありますっ! お、おやめくだしゃれ……! あひゃひゃひゃひゃっ!」
お菓子を与えなかったため、悪戯として大勢にくすぐられる2人。もみくちゃになる中、大声で笑いながら悶え苦しむ。
ちなみに俺はコッソリと物陰に隠れてやり過ごしていた。が……、
「悪戯するぞー。こちょこちょこちょこちょ」
「くふっ!? うひゃひゃひゃひゃ!」
結局後ろに潜んでいた誰かに捕まり、俺も全身をくすぐられることに。
や、やめて。こそばゆくて笑い死にそう……うひゃひゃひゃひゃひゃ!
「ははははっ! 驚いた?」
十数秒後、くすぐるのをやめたその人物は魔女のとんがり帽子を脱ぎ、その褐色の髪と整った顔を現す。
「だ、誰かと思えば、ベアーテだったのか……」
「ハッピーハロウィン! なんちゃって」
「死ぬかと思った……。ところで季貞と宗継をくすぐってるのって……」
「うん、私の直属の部下だよ」
「やっぱり……」
これが戦場なら完全に命取りだったな。お祭り騒ぎの中の悪戯で助かった……。
一方で彼女自身気づいてか気づかずか、頭の上にある褐色のタヌキ耳と尻尾をピョコピョコさせてこちらを向いていた。
「ベアーテ、その耳……」
「あ、こっちじゃ獣人に馴染みがなかったんだよね。見ての通り、私はタヌキの獣人なの」
タヌキの獣人ねえ。個人的には、人を化かしたり騙したりするけど、最終的には滑稽なオチがつくイメージがある。
だがその印象は江戸時代以降のもの。むしろ戦国時代までは、「化け狸」として人食いもやる恐ろしい化け物と怖がられていたという。
それはさておき、ベアーテの背後では地面の上で猫耳の若い女性がグッタリとしていた。
「ところで後ろにいるのって、もしかして……」
「実はさっきブレンダにも悪戯しちゃった。てへ」
「おーい、大丈夫かブレンダ?」
「准将のテンションには、ついていけない……」
息を切らせながら、ブレンダはボソリと愚痴を呟く。上司の天真爛漫さに付き合わされる部下ってのも、なかなか大変なようだ。
一方の俺は、チート能力を使ってさっさと体力を回復させた。
「しかし、王国にもハロウィンの習慣があったとはな。てっきり前世の世界だけのものだと思ってたけど」
「確か武ちゃんは未来の異世界からの“転生者”って話だよね? 他にも色々王国の文化に妙に馴染みがあったみたいだけど」
「前世でも文化の似た国があったもんでね。ちなみに個人的な興味で、王国のハロウィンについても知りたいんだけど……」
「ハロウィン」と名はついているが、前世のものと同じ保証はない。俺はベアーテ達に王国式のハロウィンについて尋ねることに。
「その前に、その耳は隠したほうが良いかも」
「そうね。好奇の目で見られるものも気まずいからね」
ベアーテはとんがり帽子で耳を、マントで尻尾を隠した。
◆◆◆◆◆
その後、悪戯から解放された季貞と宗継と合流。ブレンダも引き込んで屋台を巡りながら話し込んでいた。
住民は変わらず王国式のハロウィンを各々楽しんでいる。ただアイヌの一部は季貞達同様、慣れない街の景色に戸惑いを隠せていない。
ちなみにレスノテクとリシヌンテ、魔導士3人組は別の村のハロウィンに参加しているため別行動中。
「ところで、王国のハロウィンは9月に行うのが一般的って聞いたんだけど」
「クヌーテボリのある北部や、旧・ユングリング公国だった中部はそうね。南部はもっと遅くて11月開催だったかな? 国や地域によって結構違うみたい」
「元々は収穫を祝う儀式と、全ての神々と精霊、そしてパトロヌス教の聖人を祭る儀式を統合させた宗教行事。最高神メルティーナ・カエキリアは勿論、フレイやフリッグ、アルテミス、イシス、ダグザなど豊穣の神々を特に讃える日とされる」
「なんか俺の知ってるハロウィンとはかなり違うな」
前世におけるハロウィンはケルト人の新年を祝う収穫祭――サウィン祭に端を発するもので、10月31日開催が一般的。仮装も本来は魔除けのためのもの。
本場のハロウィンは、カトリック教会の祝日「万聖節」の前夜祭としても行われる。そもそもハロウィンの語源は、万聖節を意味する英語「All hellow evening」の短縮形によるもの。ただハロウィンはキリスト教本来の祭事ではないことから、教会側の参加も消極的な所が多いらしい。
悪戯の形式も相手をくすぐるような生易しいものではなく、生卵やクリームを玄関に投げたり、水鉄砲やスプレーを浴びせたりと後始末が大変なものが主流。
その点、王国式ハロウィンの悪戯は後始末を考えなくて良いから、楽と言えば楽。体力の消耗は半端なかったけど。
「余談だが、カボチャにちなんだ物が多いのは、カボチャの収量が高い地域から伝来したから。他に意味はない」
「もともとハロウィンは神々が下界に広めたものなの。“ハロウィン”の名称もその時に伝わったもので、解釈や典礼も地域によって色々分かれているんだってー」
「ところで、これから教会で儀式が始まるが行くか?」
「儀式? 何をするでござるか?」
「神々に収穫物をお供えして祈りを唱え、司祭からの有難い説教を聴き、その後でお供え物をユール・ボードという特別な御馳走と一緒に皆で食べる。最後に皆で元気に歌を歌いながら、神々や精霊、聖人を祝福するの。つまり宴も兼ねた儀式ってこと」
「儀式の翌日は墓参りする人も多い。もっとも蝦夷地に墓は殆どないから、先祖も一緒に教会で供養することになるが」
儀式の前半はキリスト教のミサと共通点がある。ただ後半はパトロヌス教独特の流れとなっている。
そして墓参りへの流れもキリスト教の「万霊節」に似ている。「万霊節」は「万聖節」の翌日のことで、いわばキリスト教の「お盆」。
こうしてみると、パトロヌス教はつくづくキリスト教に似た部分がある。無論、崇拝する対象の違いやキリスト教にない典礼もあるけど。
ちなみにユール・ボードとは、前世の北欧におけるクリスマス用の御馳走のこと。こっちの世界にも存在し、出す目的に違いはあれど、料理自体は似たものが並べられるらしい。
「ふむ、宴が行われるならば酒も当然ござろうな?」
「さすが備中守殿、酒のことしか頭にないでありますな」
「うーん、さすがに今年は濁り酒くらいしかないかな。来年や再来年になったらビールとかワインとかも用意できるんだけどねー」
「無念……」
酒好きの季貞には絶望的な宣告。肩を落としひたすら項垂れる。宗継も左からそっと彼を慰めていた。
「そういえば、交易品ってまだ届いてない感じか? もし届いていればそれをハロウィン用にって思ったんだけど」
「準備に手間取って、まだ運べていない。到着にはあと1か月はかかると思ったほうが良い」
「なんでそんなに時間がかかるんだ? 運ぶのは交易品だけじゃないのか?」
「他に住民向けの食糧や兵糧、武器も大量に運ぶ予定。大陸と大きく離れている分、一度に輸送しようと考えている」
「そうか……」
確かに順調な航海でも片道2週間かかる距離なら、おいそれと往復はできない。まだ自力で賄われていない分は輸入に頼るしかないしな。
その後、俺達はベアーテの案内で教会の儀式に参加。パトロヌス教の新たな一面を垣間見ながら、ハロウィンの夜を過ごしたのであった。
儀式の感想。アストリッドがこの教会の司祭じゃなくて良かった。彼女だったら色々面倒臭いことになってたかもしれないからな……。