131 農地開発 最終回 栽培と収穫
1564年4月下旬、宇須岸館周辺。
大陸から交易品が届くまでの間、俺達は農地開発における最後の仕上げに取りかかった。栽培と収穫である。
「皆、作業に没頭しているでござるな」
「確か小麦を育てるということでありましたが」
俺が慶広に交渉結果を報告しに行く間、農作業の指導を魔導士3人組に任せていた。
知識はあっても、前世で農業をしたことがなかった俺。ここはプロに一任しようと判断したが、上手くいったようだ。
「ヴァルデマル、どこまで進んだんだ?」
「畑を耕し肥料をまき終えて、種をまいているところじゃ」
現在領民の8割は王国出身者。そして彼らの主食はパンや麺類で、これらの原料はどれも小麦。さらに春まき小麦は稲と比べて生育が早く、栽培期間も短い。
また日本国内では蝦夷地――北海道が最も小麦の生産に適している。要因としては、本州以南と違い梅雨が少なく収量と品質を保持できるから。
以上が、主食向けに小麦を選んだ理由である。
個人的には、米粉パンや米粉麺を推したいところだけどね。
でもこの際だから、収穫の暁には洋食料理を現地の和人やアイヌに紹介してみようかな。
勿論、小麦以外にも様々な野菜や香辛料の原料となる植物も育てている。
「というわけで、農具を渡すでちゅ」
「拙者、松前との往復で疲れたであります……。少し暇を……」
「何よ、文句ある? ただでさえ人手少ないんだから、あんたたちにも手伝ってもらわないと」
「それに気候調整魔法を活用する良い機会じゃないか。頑張ろう」
「や、やり始めると疲れも忘れる……と思いますよ?」
「はっ……」
こうして、俺達も指導の傍ら種まき作業に参加することに。なお今回使用した種と肥料は、全て大陸から運んできたものである。
◆◆◆◆◆
種まきが終わって1か月後。
定期的な除草と麦踏みを行った結果、小麦畑には丈夫に生長した小麦が一面に広がっていた。
勿論習得したばかりの気候調整魔法も駆使し、生長を促進させたおかげでもあるのだが。
「お~! 畑に緑がいっぱ~いっ!」
「まさかアイヌモシリでこの光景を拝むことになるなんてね」
「勢力が一気に伸張した気分になったでござる」
函館山の麓から、果ては西の久根別(現・北斗市)や北側の七重(現・七飯町)まで、美しい弧を描く函館湾沿いに広がる畑。函館平野は黄金色に染まっていた。
蝦夷地では数世紀ぶりの光景に、アイヌのみならず和人も感動に浸る。
函館平野でこれだけ感動するなら、石狩平野や十勝平野だったらさらに感動すること間違いなしだな。今はやらないけど。
「偉大なる聖女神様のご祝福とご加護のお陰ですね」
「お、アストリッド。お疲れさん」
宇須岸館を訪れたアストリッド。到着早々、北の縁側に置いてあったお菓子に手をつける。
現在パトロヌス教の聖職者達は、各地で農作業の手伝いに入りつつ、領民に教えと安らぎを施していた。
領内各地では木造の教会も増えてきている。中には神社や寺院を利用したものも。元々全ての宗教を包括的に解き明かすのが基本理念のパトロヌス教では、珍しくない現象らしい。
「私めのことは、敬愛なる乙女・シスターアストリッドと呼びなさい。それより怠けている暇があったら、害虫対策を施しませんと」
「それに関しては、大急ぎで農薬の調達と整理を行っている。明日か明後日くらいには散布を始めるつもりさ」
無論、使う農薬は全て天然素材で出来たもの。人工的な化学物質はこの時代にはない。
「それと、あなた方為政者も領民を労ることをお忘れなきよう。では私めは祈りを捧げる時間ですので。あなた方も祈りを捧げたければ、教会までついてきてください」
「なら、拙者も参るであります」
すっかりパトロヌス教信者となった宗継は、アストリッドを追って麓の教会へと向かって行った。
「領民を労る、か。時期が来たら、収穫祭の1つでも開催してみるか」
「祭か。ならば酒を大量に用意せねば」
「その前に、本当に祭りをやっていいのかも見極めなくちゃね~」
「ただでさえ不幸に塗れた場所なんだから、慎重になるのも頷けるわね。というより、珍しくまともな意見を出したわねリシヌンテ」
「ひっど~い! ボクこれでも巫女なのに~!」
アイヌの巫女、ツスクル。
どの集落にも必ずいる存在で、悪い夢や理不尽な不幸に繰り返し遭遇した人の依頼を受け、神や霊を憑依させ原因を突き止める役割を持っている。
ただ俺も実際に霊を憑依させている場面を見たことはなく、実態は不明な点が多い。解説は以上。
「とりあえず祭りをやることを前提に、色々準備しよう。まずは段取りを考えないと」
まずは収穫祭を、小麦の収穫が終わる9月初旬に開催を決定。そこから具体的な出店計画等について話し合うことに。
魔導士3人組の助言もあり、何とか日程調整には成功。出店計画や神社や教会での祭祀方法についても話し合いを重ねた。
「ところで、税率はどうするつもりじゃ? 移住2年目で高い税率は民心が離れていく元じゃ」
「とりあえず今年は3分、つまり収穫量の3%だけ徴収する方向で動いている。領民の食糧確保と、来年の栽培用に作物を沢山残しておきたいから」
「本格的な年貢は来年以降でござるか」
ちなみに今年の年貢は、政務に携わる人の分を想定。もし豊作なら、さらに税率を下げることも考えている。
「でも、それで王国軍の人達も養えるとは思えないけど……」
「へ、兵士さん達の話では、『自分達の食糧はすべて大陸から輸送する』と言ってた……はずです」
「ちゅまり、領民と蠣崎家のことだけを考えてれば良いでちゅ」
とはいえ、将来第2師団が大陸から孤立する事態が発生すれば、彼らの食糧も確保しなくてはならない。来年、再来年はそのあたりも検討しておかないとな。
◆◆◆◆◆
8月。
宇須岸館周辺で小麦の収穫作業が本格化。辺り一面の黄金色が、徐々に畑の土色に移り変わっていく。
今年は11000俵と、初年度の割にかなりの収量を記録。史実の蝦夷地でのコメ収量が最大200石余=500俵余だったのと比べると、大成功と言って良い。
ただ11000俵程度では領民全員を養いきれないので、大陸からの食糧供給は維持。
下旬頃には収穫が完了し、各地の蔵や宇須岸館には大量の小麦俵が積まれた。
「この分だと、今年の税率は2分に下げても大丈夫そうだな」
「来年以降は陸奥や出羽などからの交易に頼らずに済むでありますな」
「でも経済的には莫大な利益になるし、交易はいずれ再開させるよ。まだ工業の復興もできてないしね」
「はっ」
それに一度作物の栽培に使った農地は、肥料などで地力を回復させないと収量が落ちるとされる。つまり畑を休ませる必要がある。
よって来年以降も、大規模災害を誘発しない範囲で森林伐採や治水や農地開発を続けていく予定だ。
一方で松前や勝山館周辺では、宇須岸館周辺とは違った作物を育てているとのこと。個人的にはそちらの収穫も楽しみだ。今度遊びにいってみようかな……。
その頃各地の農村では、着々と『祭り』の準備が進行していた。