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129 交易再開の糸口 その1

 そして蝦夷地復興における最重要課題は「交易再開」であった。


 アイヌ移住から1年、蝦夷地各地から交易の要求が強まっている。蠣崎家としてはアイヌとの友好関係維持に向けて、交易再開を果たしたい所。

 アイヌ自身も生活困窮と長老(エカシ)の権威低下が進行。放置すれば民族内紛が勃発し、巻き込まれる可能性もあった。

 蠣崎領初の収穫時期を待つ猶予は無い。たとえその場しのぎでも、交易品を確保する必要がある。


 1564年(永禄7年)4月。俺は松前の会議に召集された。

 季貞やレスノテク達、さらに魔導師3人組の姿も同席している。


「交易は我が領の経済・外交に不可欠な事案である。皆の忌憚なき意見を求む」


「されど、今の我々には蝦夷と交易する品がござりませぬ。陸奥や出羽、その他地域からの交易船も依然途絶えております故」

 

 筆頭家老・村上季儀の報告通り、交易を取り巻く現状は厳しい。

 そもそも自分達の生活の糧は、大半が王国から配給されたもの。量も最低限で、交易用に手放せば生活できなくなる。


「新三郎様、ここは王国の品々を輸入の上、交易に充てた方が良いかと」


 同じく家老の下国直季をはじめ、王国頼りの意見を進言する者もいた。

 一方、長門広益を筆頭に反対意見を述べる者も。


「また異国の力を頼るつもりか! 加兵衛殿!」


「拙者とて好んで頼るわけではない。現状、最善の解決法がこれしかないのだ」


「自らの力で解決を図る気はないのか!」


「ならば藤六殿には良い案がおありか?」


「あるに決まっておろう。旧・覃部館近くの大沢川で砂金が確認されたと聞く。某が必ずや金山を発見し、交易の品として採取してみせようぞ!」


 大沢川の砂金……千軒金山(現・福島町)から流れてきた物か。

 史実では江戸初期の1604年(慶長9年)に発見され、1617年(元和3年)に開削された場所だな。

 元は浅間岳(せんげんだけ)と言う名で、渡島半島の山岳信仰の中心だったが、開削後に砂金掘の家が1000軒あったことから「千軒岳」と改称。砂金は特産物とされ、松前藩の財政を潤したという。蝦夷地ゴールドラッシュの先駆けとなった金山だ。


 これまた珍しく、広益のオッサンが有益な意見を出してくれたな。


「なあ、ビルギッタ。ルフティウム製の道具って何人分用意できる?」


「ええと……200人分位、ですね?」


「よし十分だ。慶広、俺もオッサン……藤六さんの提案に賛成だ。前世の知識が正しければ、この辺りの砂金は純度が高いはず。交易にはピッタリだ」


「小童が余計な口挟みおって……」


「わかった。広益、お前を金山奉行に命ずる。季遠を補佐に砂金採取に全力を注げ」


「小平の小僧付きは気に食わぬが……畏まりましてござりまする」


「御意」


 そう言えば、季遠の長男・小平季長も金山奉行で財政を司る重臣だったって話だな。この前の俺の歴史話を受けての決定かな? 

 こうして、自力復興の意味も込めて金山開発が幕を開ける。


「なれど、もし失敗した時に備え、異国の文物も搬入したほうが宜しいかと」


「三河守殿、今から失敗を考えるとは縁起が悪うござるぞ」


「策は幾重にも張り巡らせる。軍略の基本にござりまする」


「ま、まあ、そうとも申すが……」


 つまり保険って訳ね。広益のオッサンの政治手腕はどうも信用しづらいし、季儀の進言はもっともだった。


「王国との交渉は武親に任せる」


「しっかり話を付けておくよ。王国とのパイプは俺が一番持ってるからさ」


「頼む」


 文物輸入担当は俺となった。

 ま、ヴィクトリア辺りにお願いすれば何とかなるかも。出来なきゃ、ハーコン辺りに連絡を取るとするか。



 ◆◆◆◆◆



 数日後。俺達は木古内(リコナイ)の中野館跡に設置された第2師団本部を訪れた。

 本部が置かれた理由は、松前と宇須岸館のほぼ中間にあり、領内の各部隊に指示を出しやすいからだそうだ。


「失礼するぞ」


「誰……ってお前か、不破武親」


 俺を最初に出迎えたのは、ブレンダ・ラーゲルクヴィスト中佐であった。

 

「ブレンダ、久し振りだな。元気か?」


「言われるまでも無い。それよりお前は、自身が為すべき仕事に集中した方が良い」


「ま、今回はその"仕事"のために来たんだけどさ」


 ブレンダは先月まで山越内の番所勤務だった。今月になって、本部の護衛とアストリッドの補佐官に着任したらしい。


「何の仕事だ?」


「簡単に言えば王国と交渉がしたい。ヴィクトリアに会わせてもらえるか?」


「残念だが、殿下は昨日本国に向けてご出発なされた。ここにはおられない」


「本国に戻ったということは、公務か何かか?」


 するとブレンダの口から驚きの事実が明かされた。


「――陛下の御容体が急変した。殿下が戻られたのはお見舞いの為」


「陛下って……ヨアキム国王のことか? そう言えば、3年前も随分咳き込んでたけど」


「一旦は奇跡的な回復を遂げられたが、去年病が再発。先月から会話もままならない状態だ」


 それはそれで一大事だな。下手すると外交関係に影響しかねない重大な出来事だ、後で慶広に伝えておこう。


「外交交渉は師団長代理のベアーテ・モルク准将が代行している。案内するからついてこい」


 俺達はブレンダの先導で、モルク准将の元へと向かっていった。


「宗継、リシヌンテ。2人って2年前、モルク准将と行動を共にしていたよな。どんな人物なんだ?」


「明朗快活を絵に描いたような人物、と記憶しているであります」


「偉ぶってる印象は無かったね~」


 どうやら話の通じそうな人物ではありそうだ。さて、その顔を拝んでくるとするか。



 ◆◆◆◆◆ 



「准将、蠣崎家の人が訪問してきた」


 師団長室の席に座る1人の女性。褐色のセミロングの髪に赤の軍服と官帽の姿は、まさしく軍人の格好。

 彼女が、第2師団長代理のベアーテ・モルク准将なのか。


「ありがとうブレンダ。持ち場に戻って」


「了解」


 彼女は机の上で両手を組み、下を向きながらブレンダに退室を促す。そしてそのまま顔を上げて俺達を見つめ、クスリと笑う。

 その様子からは、明朗快活な女性のイメージはない。むしろヴィクトリアやアストリッドのような、気位の高ささえ感じた。


「なあ宗継、リシヌンテ。あんたらの説明と印象違うような……」


「え、え~とね~……」


「武親殿、実はこれは……」


「クス、クスクス……」

 

 まるで人を見下すように小さく笑う准将。だがそんな印象は、一瞬にして覆ることとなる。


「うふふふ、あはははははっ! 皆の反応、すっごくおっもしろいわ! いい、いいよ気に行ったわ。ははははっ!」


「……え?」


 上品な笑い方から一転、満面の笑顔で快活に笑い始めたモルク准将。

 先程の印象とは打って変わって、少女のように振舞う。


「ベアーテ殿、前と変わらず悪い癖が出たでありますな」


「だって、一旦近寄り難そうな印象を与えてから、親しげに接した方が信頼されやすそうじゃない? 皆の驚く顔も見れるしね」


「やっほ~、ベアーテ」


「やっほー、リシヌンテちゃん!」


 ふう、ビックリした。これは彼女なりのサプライズだったのか。話を聞く感じだと、会う人皆に同じ事をやってるみたいだ。

 でも対等に話し合いに応じてくれそうな相手で助かった。


「私、第2師団長代理のベアーテ・モルク。ベアーテって呼んでね」


「あ、ああ、よろしくベアーテ。俺は不破五郎武親だ」


「あ、『蠣崎家一の武辺者』ってキミの事だったんだ。確かヴィクトリア王女殿下と一騎打ちした人だよね。よろしくね(たけ)ちゃん」


「た、武ちゃん?」


「ダメ? そっちの方が呼びやすそうだったんだけど」


「べ、別に良いけど……」


「某は厚谷備中守季貞と申す。以後お見知り置きを」


「じゃ、季貞だから季くんって呼んで良いかな?」


「当家には『季』の字を持つ者が大勢いる。それでは他の者と被るでござる」


「うーん、それじゃあ仕方ないね。じゃ、よろしくね季貞っち」


「む、そうきたでござるか……」


 なんだろう、別の意味で心配になってきたぞ。この人が交渉相手で本当に大丈夫なのだろうか?

 でも、准将まで出世したってことは優秀な女性のはず……だよな?


「じゃ、そろそろお話を聞かせてもらいたいな。どんな用事?」


 ベアーテ・モルク准将、実は結構大物なのかもしれない。この時俺はそう思った。

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