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128 解決すべき課題

 開墾が進む一方で、解決すべき課題も幾つかあった。

 1つは折加内川の”鷹姫怨霊事件”だ。


 遡ること1563年11月、慶広の命で俺達は魔導師3人組を折加内川まで連れて行った。

 1年前、数百人がかりの調査と祈祷にも関わらず解決しなかった事案。当然、現在も魚の姿はない。

 どころか、付近に移住した人達が川の水を飲んだのが原因で次々と落命。生き残った人達も松前や知内(チリオチ)に引っ越したという。


 川の色も、去年の清らかな流れではなく、若干赤や青色を帯びているようにも見える。


「本当に呪われた川ね。魚だけじゃなく、人の命まで奪うんだから」


「やはり、皆の前で切腹せねば怪異は収まらないでありますな……」


「勝手に死んじゃダメだよ~!」


 それに放置したままでは、宗継の切腹癖も止まらない。遺恨を完全に断ち切るためにも、今日ばかりは失敗できないな。


「さて、吾輩達はどこから探せばよろしいかのう?」


「下流から、原因となる何かを発見するまで遡り続けることになる。源流まで歩きっぱなしも覚悟しておかないとな」


「そ、そんな……」


「去年も同様の方策を取ったでござるが、原因は不明のまま。此度は前回以上に隈なく調べて参れ」


「止むを得ないでちゅね」 

 

 ヴァルデマル達と対応を協議する俺たち。するとその場に、意外な人物が現れる。


「--噂の魔導師さんとは、あなた方の事でしたか」


 祈りを捧げながら近づく白い修道服姿の女性。そう、アストリッドであった。


「お主は何者じゃ?」


「私めの名はパトロヌス教大司教のアストリッド・フォーゲルクロウ。僭越ながら、王国軍大佐と松前大司教区長を兼任する者です」


「だ、大司教……? そんな凄いお方が何故ここに?」 


「聖女神様の名の元に、まつろわぬ者を成敗する為です。あと、私めの事は敬愛なる乙女・シスターアストリッドとお呼びなさい」


「大司教なのにシスターっておかしくないでちゅか? ヒラの修道女じゃないでちゅよね?」


「常に初心を忘れず、聖女神様の教えの下に精進を重ねる。私めなりの心構えです」


「お主のような者が大司教であれば、パトロヌス教はさぞ安泰じゃろうな」


 アストリッドのお題目に感心する魔導師3人組。普段の傲慢さを知ったら、さぞ失望するだろうな……。

 と言うか、例の渾名まだ生きてたのか。一体いつまで続けるつもりなのやら。

  

「わたし達が聖職者だった頃は、教会もかなり荒れていましたからね」


「あら? あなた方も聖女神様に仕える身だったのですか?」


「ヴァルデマルとビルギッタはそうでちゅ。と言っても、280年も昔のことでちゅが」


「それは興味深いお話ですね。いずれの日か、ゆっくりお聞かせ願いたいものです」


 へえ、ヴァルデマルとビルギッタがパトロヌス教の聖職者だったとはね。

 もしかしたら、神々との対話術もその時身に付けたものなのかも。

 それよりも「280年も昔」発言に驚かないあたり、アストリッドもやはりファンタジーの世界の住人だと思い知らされる。


「みんな~、そろそろお仕事の時間だよ~」


「そ、そうでしたね。すみません!」


 だが今は事件解決が先決。リシヌンテの掛け声とともに俺達は再調査を開始した。


  

 ◆◆◆◆◆



 だが数時間経っても、思うような調査結果は得られなかった。

 今回は1000人態勢で臨んでいるのだが、特殊な魔力やアイテム等が発見された報告はなし。

 俺達も折加内川の源流付近で調査中だが、それらしきものはない。


「見つからないね~……」


「鷹姫の墓が原因だったら、簡単に解決したかもしれないのに……」


 1562年、1563年の計2回鷹姫の墓を調査したが、異常なし。宗継が自らを責める必要はなくなったが、川の異変が直らないのでは意味がない。

 

「怪異の源は、何処にあるのでありましょうな……?」


 今回もダメだったか。そう思いかけた時だった。


「家老殿。原因が判明したぞい」


「え」


「どうやら、源流部当たりの地中が怪しいようじゃのう」


「ほ、本当でありますか?」


 ヴァルデマルの言う通り源流部の地面を掘ってみると、流水の中に幾つもの武器らしき物が沈んでいた。バラバラに砕け散ったのも多く、何の武器かは不明な物も。

 変色した水も、金属片から発生したもののようだ。


「何故此処に……?」


「それは存じません。ですが、私めが見る限りでは王国式の武器ですね」


「王国式? 一昨年や去年の戦の物にござるか?」


「でも、付近で戦闘があった記録はないでありますが」


「それに、砕け散った武器をわざわざ上流部に運ぶ意図が分からないわ」


「何にせよ、川の異変は水中に沁み込んだ有害な金属の仕業ってことだな」


「これも聖女神様のお導きあってのこと。犠牲者の鎮魂も込めて、祈りを捧げましょう」


 先入観に捕らわれ鷹姫の怨霊のせいかと思ってたけど違ったな。完全に科学で説明できる出来事だった。

 ヒ素やカドミウムのような有毒物質も使われていたのだろう。

 俺も魔法の世界に毒されつつあるようだ。自戒しよう。


 その後、他の調査員も源流に到着。金属と周辺の土を除去。春になる頃には、飲んでも体調不良を起こさないまでに水質改善がなされた。


 魚が戻る日は近い。



 ◆◆◆◆◆

 


 2つ目は気候の変化による移民の健康問題。

 筆頭家老・村上季儀の指摘通り、寒冷地育ちの移民達も蝦夷地の寒さにはかなり堪えていた。

 渡島半島は温暖な方とは言え、真冬でも最高気温が0℃に達しない日も多い。

 ミエッカの焼き討ちで家財道具を全て燃やされ、まともな防寒着を持ってこれなかった人も珍しくない。


 特に一番の問題は住居であった。

 一時しのぎに作った粗末な家が主体で、寒さ対策が不十分なものが大半。一晩過ごした後には、顔に雪がつくこともしばしば。

 積雪が少ない気候のため家屋倒壊の心配こそないが、体調を崩す者が続出した。


 そこで1564年1月、気候調整魔法の練習の合間、宇須岸館で会議が行われた。

 

「このままでは民の命が危ういでござるな。至急、対策を練らねば」


「だったら良い方法があるよ~」


「リシヌンテ殿。それは如何なる方法でありましょうか?」


「チセのように、雪で屋根や壁を覆えば寒くないよ~」


 リシヌンテの意見にもあるように、アイヌの伝統家屋"チセ”は冬期間、雪を利用して天然の断熱材としていた。

 具体的に言えば、屋根は積雪をそのままにし、壁は出入口以外すべて3尺(約90㎝)位の雪をくっつける。後は薪を雪が解けない程度に焚けば、寒さをしのげる寸法だ。

 雪が解けない程度というのは、火が強すぎて雪の壁に穴が開けば、そこから冷気がドンドン流れ込んでくるからだ。


「蝦夷の伝統的な技術にて候か」


「あ、蝦夷って言い方禁止って言ってるのに~! ちゃんとアイヌって呼んでよ~!」


「本題から外れてるわよリシヌンテ」


「なるほど、雪を利用するとは吾輩達も気づかなかったのう」


「王国領内の家は基本、レンガ造りや石造りですからね……」


「大陸北方ではやってるとこもあるみたいでちゅが」 

 

 魔導師3人組も思いつかなかった方法を提案したリシヌンテ。

 会議の後、彼女の意見に従って家々を雪で覆うことに。その際、住民には「薪は雪が解けない程度に焚く」よう注意喚起をした。

 俺達の管轄外である松前や勝山館周辺でも、同様の対策を施行。同時に”家屋見廻組”なる今季限定の役職を作り、集落巡回に当たらせた。


 結果、寒さ由来の病人や凍傷者の数を減らすことに成功したのであった。

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