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125 農地開発 その9 移住

 ・名前変更

 ヴァンデマル→ヴァルデマル

 2週間後。松前に戻った俺は、蠣崎家の人達全員に大陸移民の受け入れを提案した。


「ふむ。余達と同じく、住む土地を滅ぼされた者がいるのか……」


 頭を悩ませる様子の慶広。人口回復を優先させるのであれば、移民受け入れは絶好の機会。だが――


「某は断固反対じゃあ!」


 広益のオッサンは声を荒げて反発した。


「蝦夷を住まわせるだけでも苦労しておるのに、その上異国の民を受け入れよだと? 左様な要求が呑めると思うてか!」


 的外れな批判も多いオッサンだが、今回は真っ当な意見だった。

 あの戦から約1年。王国からの援助もあって領民3500人分の住居を確保。漁業も以前の活気を取り戻しつつあった。

 山岳地帯ではアイヌを中心に狩猟も行われている。


 が、肝心の交易は未だ再開の目途が立たない。本州以南で「蝦夷地の民が皆死に絶えた」という風説が広まったのが主な理由らしい。相手がいなくては交易は成り立たないからだ。


 これには移住したアイヌからも不満の声が上がっている。

 「1、2年で元の営みを取り戻すのは難しい」というのは、あくまで上の論理。アイヌの多くは移住即交易再開と考えているらしい。


「それに此度の移住希望は15000人。彼らの為の家を短期間で用意できるとも思えませぬ」


 ミエッカによる被害は大きく、難民はカル地方とスタール地方に跨る十数村合わせて15000人に拡大。カーネ村同様、焼き討ちにあった所ばかりであった。


「その上、異国の民がこの地の生活に馴染むかも分かりませぬぞ。蝦夷地は非常に寒冷なる土地。いくら冷涼な風土育ちと言えど、耐えられるかどうか……」


 それに前世の世界でも、戦争に伴う難民が移民問題が円満解決した試しは少ない。難民にとっては、文化も気候も慣れ親しんだ祖国とは違う。

 特に日本は難民認定に非常に慎重だった国で先例は殆どない。第2次世界大戦直後の引揚者を参考にするのが精一杯。

 今回の大陸移民を受け入れたところで、先行きは全くの未知数だ。


「移住希望者もそれらの点は重々承知しているものと思われます。彼らが求めるのは、平穏な暮らしを乱す輩のいない土地。それだけです」


 それでも難民達を捨て置くわけにはいかない。蝦夷地の暮らしは決して楽とは言い難いが、蝦夷地の発展には難民達の力も必要だ。

 しかも蝦夷地には第2師団が駐屯している。蠣崎家家臣団よりも彼らの悩みを真摯に受け止めてくれそうだ。もっとも、外国頼りじゃ統治者としては失格なのだが。


「それに、此度の移民は俺達の求める寒冷地農業を会得した者ばかり。軍と違い、民の暮らしに根差した魔法の研究に努める魔導師もいます」


「それは、今回の渡航の目的でもあった開発者であるか?」


「そうだ」


 もっとも、本来はヴァルデマル達からノウハウを学ぶだけだった。でもまあ、寒冷地農業の推進には難民を呼ぶ方が効率的だしな。


「どうか、彼らを受け入れては貰えないでしょうか? よろしくお願いします!」


 これも世界征服のため。俺は慶広や重臣達に頭を精一杯下げた。

 しかし、明確に承諾の意志を示す者は現れない。それは慶広も同じであった。だが――




「何を揉めておるのじゃ?」


「――大殿?」


 慶広の横に突如現れたのは、隠居中のはずの季広さん。

 蝦夷地代官だった頃と違い、木綿仕立ての質素な身なりをしていた。


「何故ここに……」


「民草の手伝いの合間に立ち寄ってみただけじゃよ。それより徳山館の騒ぎが気になっておってのう」


 声がダイレクトに城下まで届いていたなんて。交易で賑わってた頃はこんなこと無かったのに。


「実は――」


 俺は事の詳細を季広さんに伝える。


「なるほど、異国の民の事で揉めておったのか。ならば結論は決まっておろう」


「え?」


「この地は元より和人と蝦夷の雑居する場所。今更異国の民が加わったところで変わりあるまい」


 確かに元々文化の異なる民族が共住する状態は変わらない。

 だが、移住予定者の文化・思想。俺もそこは悩み所だ。


「去年謀反を起こした妖魔共はともかく、異国の者は基本礼儀正しい。無益な諍いはせぬはずじゃ。世界征服とやらの達成の為にも、受け入れ態勢を整えよ」


「は、ははっ!」


 隠退してなお影響力を示す季広さん。慎重派の家臣達のみならず、慶広までも彼を伏し拝む。

 結果、慶広は難民の移住を承認。松前、宇須岸館周辺、勝山館周辺の3地域に重点的に住まわせる方針を固めた。



 ◆◆◆◆◆



 1563年(永禄6)4月。ミュルクヴィズラント王国中西部の都市、モーネデン。


「皆! 移住許可が出たぞ!」


「おお、本当か? やったぞぉ!」


 俺は例の決定を、ユングリング家の本拠地・モーネデン城に収容中の難民達に伝え、城内は歓声に沸いた。


 けれども、やはり15000人全員の一斉移住は不可能。そこで5回に分けて移民団を結成し移動することに。

 待機中の難民の世話は、引き続きユングリング家の担当となった。

 

「結果的に、我が王国が蝦夷地を実質領有する状態になってしまったな」


「異論無きにて候」


「でもこれからは、俺達が征服者として領土拡大を狙う立場になる。勝者がいれば敗者もいる。征服される側の心情を理解し政策に繋げる為にも、今は被支配者としての立場に甘んずるとしよう」


 内心かなり悔しい。けどこれが現実、厳粛に受け止めるのみ。いずれ他の地域も同じ境遇にならざるを得ないのだから。

 蠣崎領は次世代のモデル地域として復興を成し遂げることだろう。


「ところで、蝦夷地の民の殆どは魔法の素質を有してないと聞く。お主達は吾輩達の農法を、どう活用するつもりだったのじゃ?」


「全く有してない訳じゃなく、軽い日用魔法なら扱える可能性もある。習得可能なら個々の住民に使わせるし、不可能なら機械開発も検討してたよ」


 化石燃料のない時代、魔力が燃料代わりになったかもしれないからね。


「其の為にも、貴公達には蠣崎家の奉行になってもらいたき所存にござる」


「わたし達が、ですか?」


「蝦夷地に田畑なし。新田開発の任、請け負ってもらいたき候」


 慶広の家臣になってほしいと頼み込む季貞と季遠。

 ヴァルデマル達が奉行になれば、農業生産は確実に上がるだろう。だが――


「嫌でちゅ」


 ヨルディスは即答で拒否。理由は平和構築に対する考えの違いであった。

 

「さっき世界征服という単語を小耳にはさんだでちゅ。世界征服の過程では多くの犠牲者が出るでちゅ。そんな野蛮なことに付き合ってられないでちゅ」


 少し頭をひねれば当然の答えだった。

 この3人は戦争が嫌で山奥に籠った。「世界征服」という実質戦争不可避の野望に関わりたくないのも当たり前と言える。でも――


「ヨルディス。君は世界から戦争を無くしたいと思わないのかい?」


「言うまでもないでちゅ。無い方が良いに決まってるでちゅ」


「俺達は私利私欲で征服活動に乗りだすわけじゃない。世界を一つにまとめ、安定した平和を築きたいだけなんだ」


「それは詭弁でちゅ」


「でも、このまま黙ってても争いは無くならない。それに世界を統一しなければ、世界樹(ユグドラシル)の変調で世界に何が起こるかわからない」


「……!」


 世界樹(ユグドラシル)の話題を出すと、ヨルディスの表情に少し変化が見られた。


「確かに世界樹(ユグドラシル)の異常が現れ始めた頃から、わたし達は神々の言葉が聞こえなくなりましたね」


「道理でお主達の故郷を知らない訳じゃ。神々と対話出来たら情報が直ぐに入るはずじゃからのう」


 ビルギッタとヴァルデマルも俺の説明に得心が行った様子。

 考えれば、高位の魔導師が神界と関わりない訳ないもんな。司教のアストリッドだって神託(オラクル)を預かってるし、慶広も陰陽師として相当の実力者だから。

 俺の場合は、女神が肉体を特製したからなんだろうけど。


「世界の破滅も有り得る中で、君だけ無関係ではいられない。どうだ、俺達と共に世界統一を目指してみないか?」


「……」


 危機を煽りながらの勧誘は、カルト集団の手口のようで気は進まない。

 でもヴァルデマル達3人の力が有れば、日本、ひいては世界の農業に革新が起こる。そんな気がするんだ。


「なら、条件があるでちゅ」


「なんだ?」


「"民間人を絶対悲劇に巻き込まない"と約束するなら、受けてやっても良いでちゅ」

 

 ヨルディスは強い眼差しで俺の顔を見つめた。

 「悲劇は繰り返したくない」。彼女の眼には、そんな思いが詰まっているように感じられた。


「約束する。でもそのためには君の力が必要だ。いいね?」


「わかったでちゅ」


 なんとかヨルディスの説得に成功。ヴァルデマルとビルギッタも腹は決まったようだった。


「内政には最大限協力する。その代り軍事には非協力を貫かせてもらう」


「移民達にもしもの事があれば、わたし達は彼らに味方します。それを理解いただければ、喜んで蠣崎家の家臣となります」


「ありがとう、皆」


 蝦夷地に移住する者として、蠣崎家に忠誠を誓ったヴァルデマル達。後は慶広への推挙と登用決定の手続きをするのみ。



 2か月後、第1回目の移民団が蝦夷地に渡航。その中にはヴァルデマル達の姿もあった――

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