124 農地開発 その8 滅びた村と思わぬ移民
「ひ、酷い……」
村に到着すると、報告通り村は業火に包まれていた。
住民不在のほかはのどかだった光景は影も形も無く、一面全てを灰塵に帰す炎ばかり。
この光景に、俺は再びフラッシュバックを起こした。
「うっ……ぐふっ……」
正義感で来てみたはいいが、またこれか……。よほど俺の精神に刷り込まれているみたいだな、あの悲劇が。
「大丈夫か?」
「ごめん、ちょっと後ろ向かせて……」
「しかし何者の仕業だ? ミエッカは追放済み、他の山賊の報告はなし。まさか……」
すると俺達の横から、聞き慣れた数人の声が聞こえてきた。
「まったく、とんでもない事態に出くわしましたな……ゴホッゴホッ……」
最初に現れたのは、頬や腕に火傷を負ったエイヴィン。煙を吸ったらしくしきりに咳き込む。軍服も肩や肘、膝あたりに燃えた跡が。
「き、奇怪にして酷な状況でありますな……うっ!」
次に現れたのは、兵士達に搬送された重傷の宗継。上手く炎から逃げ出せたは良いものの避難中に怪我が悪化したようで、歯を食いしばって右の脇腹を手で抑える。
「宗継くん! 大丈夫?」
「た、武親殿。少々キツいであります……」
「ウルリヒ卿、何があったのだ?」
「僕はずっとミュルダール中尉の実家にいたのですが、数分前に突如村中が一気に炎に包まれまして……。そう、村の建物や田畑全てが火元であるかのように」
「何だと?」
「僕の推測では、恐らく非常に強力な遅延魔法の類だと思われますな……ゲホッゲホッ!」
「わかった、それ以上は無理するなウルリヒ卿。だがそれほど強力な遅延魔法、上級の魔術師でも張れる者はそういない。だとすれば張ったのはミエッカだな」
確かにカーネ村を滅ぼすことを念頭に置けば、焼き討ちは効率的な方法ではある。生活基盤が全て灰となれば、運良く生き残った住民の心を砕くことが出来る。けど――
「でも、何故このタイミングなんだ? 焼き払う機会はこれまでにもあったはずなのに」
「もしかすると、何らかのキッカケで発動する仕組みだったのかもしれん。それが何かはさっぱり分からんがな」
すると、さっきとは別の偵察兵が俺達の元にやってくる。
「隊長! 村の反対側で、数人の村人が火だるまになっています!」
「何だと?」
村人が火だるまに? でも他の住人はまだ別の難民キャンプにいるはずじゃ? 数人ということは、村の様子でも見に来たのか。
「ウルリヒ卿と南条卿の治療に当たっている者以外は、直ちに村の反対側に急行せよ! 特に水属性魔法を得意とする者は治療班と即時交代を!」
ハーコンの指示でまたも慌ただしく移動する兵士達。
宗継達のことは心配だが、村人の安否も気になる。俺も同行しよう。
◆◆◆◆◆
到着する頃には、数人の兵士が消火活動を行いつつ村人を炎の中から搬送していた。
現場はまさに戦場。応急手当する人達の横で、真っ黒焦げの遺体も並べられている。
「うっ、ヤバ。焦げ臭……」
その後、治療の甲斐なく全員の死亡が確認された。救出時点で全身炭化済みの人もいたらしい。
「この者達はどの辺りにいた?」
「ここから50mほど中に進んだところです」
50m? 大火の中、人間がそれほどの距離歩けるものだろうか?
そもそも大火事を前に、無人の村に飛び込む危険を冒すとも思えない。俺達の存在だって知らないだろうし。なんでそんな場所に?
「なるほど、これが“キッカケ”か」
「どういうことだ?」
「つまり今回の遅延魔法は、『住民が村の中にある程度入り込んだ』時点で発動するものだったということだ。そう考えれば、村人のいた位置にも説明がつく」
「でも、遅延魔法ってそこまで細かく発動条件を決められるものなのか?」
「普通は『誰かが発動地点に来た』ぐらいが精一杯だ。が、ミエッカなら可能かもしれん。彼女ならそれだけの力量を有してもおかしくないからな」
駆け付けた兵士達が消火活動の強化を行うも、炎の勢いは一向に衰えない。
くそ、全部アイツの思い通りかよ! せっかくこの辺から追い出したってのに。
せめて、俺達が宴会なんかに興じなければ……。
「しかし、少し上手く行き過ぎる気がするな。新興の山賊相手に現地の兵は何をしているのだ? 後で第9師団の怠慢として政府に報告せねば」
そうだよ。俺達は元々この地の治安を担ってる訳じゃない。下手すると越権行為のレベルだ。
本来治安維持に当たる人達が、犯罪者を縦にしている状態はおかしい。まさか――
「ハーコン。ひょっとして、ひょっとするとだけど、この周辺の治安部隊がミエッカに買収されている可能性は無いか?」
「な、何を戯言を……」
「でも軍の汚職は第4師団のフルホルメン大佐の例もあるし、無いとは言えないだろ?」
「だとしても、買収されて何の得がある? 管轄地域の荒廃を招くだけのように思えるが」
「知らないよ。利益じゃなく政治的主張が目的かもしれないし。去年の第4師団の反乱を思えば、それも有り得るんじゃ……」
「ならば、事前に何らかの兆候を察知しているように思えるが?」
「そ、それは……」
ハーコンの反論ももっともだ。テロや山賊出没の兆候が最初から見られたなら、俺達の王国渡航は許可されていない。そんな危険地域に外国の使節を招き入れれば、諸外国からの信用も失いかねない。
「で、でも、今回の一件には不自然な事が多い。裏があると考えるべきだよ」
「まあ、ここで議論しても仕方がない。重点的に東側を捜索し、村人保護に当たるとしよう」
依然、大火は収まるところを知らない。
結局消火を断念し遺体を急いで埋葬した後、俺達は一旦山小屋に帰還。ようやく到着した第9師団とも合流し、村人捜索の準備を進めたのであった。
◆◆◆◆◆
ラウラや宗継などの負傷者を第9師団に預け、俺達は捜索活動に専念。
一度は探した場所も調べ直した結果、中腹の洞窟で村人と家畜を発見。幸い襲撃された様子は無く、中の人は全員無事であった。
が、喜びも束の間、次々と伝えられる村人の訃報や大火の報せを前に号泣する住民が続出。「義務を果たさなかった」と言って俺達に殴りかかる者まで現れた。
カーネ村の火災も、消火活動の甲斐なく家も畑も全て燃やし尽くし鎮火。平和な田園風景は一変、焦土と化した。
悔恨の兵士達。ミエッカの破滅的行為は、地元住民や俺達に生涯消えぬ爪跡を残した。
「この地は昔から山賊の出没が多い。その上、王国が支配するまでは多くの国家が乱立し、戦争の多さから民の犠牲も数知れず。じゃから吾輩達は民の為の魔法を幾多も開発し、陰から平和構築に貢献してきた」
「ですが、それが却って更なる戦争を呼び起こしました。決定的だったのは寒冷地農業の開発でした……」
「山脈に囲まれた天然の要害。新農法で豊かになった土地。狙われない訳がないでちゅ」
「じゃから吾輩達は生活用魔法の普及を辞め、山奥に隠棲するようになったのじゃ」
山小屋で治療中のヴァルデマル達がそう語る。
平和のための魔法が悲劇を生む。彼らが寒冷地農業を門外不出にしたのも無理はない。
それでも俺はその技術が欲しい。
豊かになった事で生まれるデメリットは当然ある。でもそれ以上に、豊かになったからこそ余裕が生まれ、幸せに暮らせる土台が出来上がる。俺はそう思う。
なんなら戦争回避のため、農法を世界中に広めれば良かったのだ。
覇権主義の権力者もいるから一概に争いを防げるわけじゃないが、歯止めをかける一要素にはなったかもしれない。
「もう嫌だ……この土地に住むのは」
「荒らす者のいない平穏な土地で暮らしたいよぉ……」
一方、殆どの住民は村の惨状を嘆き、打ちひしがれる。まるで去年の蝦夷地のように。
するとハーコンが住民達の前に移動し、突然演説を始めた。
「皆の者、よく聞くのだ! そんなお前達にうってつけの土地がある。それは――蝦夷地だ!」
「……え?」
おいおい。いきなり何を言い出すかと思ったら、蝦夷地移住を勧め始めたぞこの夢魔。
確かに蠣崎領の人口激減は大問題だが、農法を学びに来た理由は和人人口を増やすため。
農法習得済みの大陸移民が来るんだったら、最初から渡航なんてしない――
「よし、某もその話に乗ったり!」
「はい?」
「某は蝦夷地・比石館の主にして蠣崎家家臣、厚谷備中守季貞! 是非、人口激減の蝦夷地に移住されたし!」
げっ、季貞まで参加しだしたよ。ハーコンと組むとガチで手のつけようがない。
「蝦夷地に土地を荒らす不届き者は一切ござらん! 者共! 平穏な営みを望みたくば某について参れ!」
確かに第4師団の暴走が、一面では賊と隣接する敵対勢力の一掃に繋がったのも事実。
しかし領民僅少、産業基盤も整ってない蝦夷地に来る村人などいるのだろうか?
だが2人の演説を前に、絶望状態の村人達が俄かに騒然となる。
「蝦夷地って去年、第4師団に滅ぼされかけた所じゃなかったかい?」
「でも住民が一掃された分、荒らす奴がいないのも事実だよな……」
「どこでもいい! 山賊さえいなければ」
ついには熱烈な一斉移住コールまで沸き起こる。
「移住! 移住! 移住! 移住! 移住!」
「み、皆落ち着いて!」
「移住! 移住! 移住! 移住! 移住!」
あの2人、とんでもない爆弾放り込んでくれたな。こうなると住民の声を抑えるのは不可能だ。
「良い機会じゃ。吾輩達も安心して研究できる場所が欲しかったところじゃ」
「もう、魔法を悪用する人達に狙われるのは嫌ですからね……」
「新しい土地に行くのも面白そうでちゅ!」
「あんた達まで……」
ヴァルデマル達も移住コールに乗せられる始末。てかあんた達、さっきまで蝦夷地の存在知らなかったよね?
「移住! 移住! 移住! 移住! 移住!」
「わ、わかった! これから蝦夷地に戻って慶広に聞いてみる。だから少し待っててくれ!」
「おおおおおおお!」
たまらず俺は慶広や他の家臣、領民の意見を聞くべく、蝦夷地に戻る準備を急いで始めたのであった。