12 敵将、ヌクリ
翌日。
俺達は再び作戦実行地点に到着した。
今回は体力ゲージが一本も見えない。伏兵は隠れていないようだ。
「だが、警戒は怠るなよ」
「心得てます」
「守継様にもしものことがあった時は……どうなるかわかりますよね?♡」
「……当然です」
だから鷹姫さん、その刺すような目つき勘弁願います。さすがにやりづらい……。
守継もこんなヤンデレ嫁とよく生活できたものだ。
「五郎、もう1つ連絡だ」
「はい、なんでしょうか?」
連絡? 新しい作戦でも来てるのか?
「陸奥より、新三郎様が援軍を率いりなさるそうだ」
「は、分かりました」
慶広が参戦するのか。これは、少しは希望が持てそうだな。
ただでさえ兵士の少ない蠣崎軍だ、大いに助かる。
ちなみに援軍は、出羽北部(現・秋田県)の大名・安東愛季の軍。
蠣崎家は形式上、この安東愛季の家臣である。つまり同盟ではなく、上下関係がある上での援軍だ。
後にこれが、俺たちの物語に影響を及ぼすことになるのだが、それはもう少し先のお話――――
◆◆◆◆◆
「全員突撃だ!」
「おおおおおおっ!!!」
守継の指示で、南条隊全員が一斉に勝山館に向けて走る。士気は高く維持されている。
「む、来たな!」
「構えぇ!」
アイヌ軍がこちらに矢を構える。俺は先陣を切って兵士達を導く。
「ふおおりやああ!」
「うわああ!」
俺は矢が放たれる前に敵兵を散り散りに撃破。味方の兵もそれに続く。
「どけどけい!」
そして鷹姫も、手持ちの小刀を武器にアイヌを突き刺す。
その手つきは冷静かつ冷酷だった。
「守継様の邪魔をしないでいただけます?」
「う、うわああ!」
鷹姫の小刀が敵兵の急所を正確に突き、命を刈り取っていく。素早い刀さばきだ。
槍を振りかざす横で、俺も少し見とれる。
だが相手も退かない。
「こちらも反撃だ!」
「おおお!」
戦法を変更してきたのか、アイヌも槍を持ち蠣崎軍と正面からのどつきあい。
数に勝るアイヌが、徐々に俺たちを南西に押し込めていく。
「くっ、この人数。やっぱり堪えるぜ……」
殺るか殺られるのかの、過酷な戦場。チート能力を持っていても、大軍を相手にするのは辛い。
敵兵を次々倒すも、味方もどんどんやられていく。一時攻撃の手を緩めていた相手の弓兵も、援護に入る。
しかも状況が悪化していく。
「伝令! 南東方面より敵の増援が接近中!」
本隊が押されている時が好機と、アイヌは南東から援軍を近づけ、俺たちを挟み撃ちにする算段のようだ。
「ふむ、退かざるを得まい……」
「もう十分でしょう、越中守さん。これで“陽動”は成功したと思います」
「そうか、それもそうだな」
俺達はあくまでアイヌ軍を攪乱し、おびき寄せる任を負った身。
これ以上やるのもいいが、全滅してしまっては元も子もない。
「全員、蝦夷の軍勢を引き寄せつつ、撤退せよ!」
「御意!」
南条隊の殿は、俺が務めた。
殿は、あくまで味方の撤退を無事に済ませるための役割。無理強いして、敵の首を獲ろうとしてはいけない。
「せいっ!」
「ぐっ!」
近づいてきた兵だけを正確に倒す。アイヌの追撃が続く間、息つく暇もない緊張が南条隊を包み込む。
◆◆◆◆◆
「ふう、撤退は完了したな……」
「ああ……」
俺と守継は、どっと地面に倒れた。
普段から鍛えてはいても、戦場の疲労は何時にも増して一気にくる。
「全く、殿方ともあろうものが情けないです、五郎さん」
「えっ、俺だけ!?」
けれど鷹姫は、守継だけは労るものの、俺に対してはキツく責め立てる。
「当然ですよ。あなたは守継様の、ただの副将。そんなこともわからないのですか?」
「いやいや、だからなんで俺だけなん……」
「なにか言いまして?」
俺は抗議しようとするも、鷹姫は俺に血塗られた小刀を首につきつけて脅す。
「いえ、何でもないです…………」
「1ついいかしら。あたしは、守継様の体も、頭も、顔も、手も、足も、指も、爪の垢も、腑も全て! 愛してるんですからね。だから守継様を労るのは当然の行いです。わ・か・り・ま・し・た・か?」
「は、はい……わかりました」
クレイジーだ、ヤバすぎる。味方なのに、自分の身の危険が大き過ぎだ。
守継も大変だな、こんな嫁さん貰って。いつも気が気でないんじゃないのか……?
少々ゴタゴタしたが、一休憩。俺は1回立ち上がって、自然の恵みたっぷりの美味しい空気を吸う。
戦場だけど澄んでいるものなんだな。もっとも、勝山館の近くは血生臭かったかったけど。
あとは、広益から山頂奪取の知らせを受け取れば、OKってところかな?
ヒュッ……!
「うおわっ!」
しかしそんな俺たちに、一本の矢が不意打ちで襲いかかってきた。
俺は間一髪で避け、矢はすぐ近くの木に命中した。
「くっ、誰だ!」
「……フッ、俺の矢を避けるとはな……」
するとその人物は木から飛び降り、俺たちの前に姿を現した。
「名を申してみよ!」
「俺はヌクリ。今回のアイヌ軍の幹部だ」