113 蠣崎家、一致団結
その後、奉行職等の任命も進み一段落した頃。
慶広は、ついに例のカミングアウトに出た。
「――余は、遥か未来から来た転生者である」
昨日の宣言通り、慶広は秘密を打ち明けた。
当然、館内の武将全員、発言内容を呑み込めず硬直した。そして次第に、館内が騒然となる。
「新三郎様、一体如何なされたのだ……」
「遥か未来……にござるか」
だが気にも留めず、慶広は自分が転生した経緯を淡々と語り始める。
「余は、日本古来の八百万の神々のみならず、異国の教え――パトロヌス教の神々からの根強い要請もあり、この戦乱の世に参った。それも偏に、戦乱を収め天下泰平の世を築かん為」
「い、異国の神も関わっておるだと……」
評定の場で本気で告白に打って出た慶広の言葉に、武将達は信じられない様子で再び騒めき出す。
中には、「領内の荒れ様に大層心を痛め、御乱心なされた」と呟く者も。
ただ、これは想定内。俺だってカミングアウトした時、兄や広益のオッサンに鼻で笑われたんだから。
むしろ、「自分は神と対話できる」なんて胡散臭い発言、いきなり信じろってのが無理な話だ。
「し、新三郎様! それは誠にござりましょうか!?」
「無論。先の戦の原因もそこにある」
けれども、思慮深さと家臣への思いやりに定評のある慶広。
そんな彼を主君と仰ぐ立場としては、発言を疑ってかかるのも気が引ける。
なので、冗談や酔狂で話していないかを確かめる者もいた。
「ふん! 新三郎様はすっかり変わられてしもうた。小童ごときを家老に任じた挙句、その小童と同じ戯言を仰せになるとは」
「少し黙ってもらえませんか、藤六さん」
「大将首を得たが故につけ上がるのも今の内ぞ。遠からず没落する姿が目に見えとるわ」
広益のオッサンは完全に信用していなかった。
俺を軽視しても慶広は軽視しないと思っていたが、そうでもないらしい。
俺と慶広の仲の良さが、そんなに気に入らないのか。
「そもそも日ノ本――否、世界は滅亡の危機に瀕している。本来交わらぬ世界同士が、世界の根幹をなす世界樹なる大木の異常により融合し、軋轢が生じている」
「何と……」
「その軋轢はまだ小さいが、いずれ日ノ本を滅亡に導くほどまでに成長する。それでなくとも、圧倒的武力を誇る異国に、蝦夷地は2度も蹂躙されたではないか」
「まさか、異国も本来は交わらぬ存在にござりましょうか?」
「そうだ。しかも日ノ本の各地で妖や魑魅魍魎の類が跋扈しているとの噂もある。諸家では余達と同じ転生者が裏で操り、妖と組んで無軌道な振る舞いを行う所もあるそうだ」
「な、何と!?」
おい慶広、それ俺も初耳だぞ。転生者が他の大名家にいるのは、あくまで「可能性」。
ミネルヴァやフレイアだって断言していない。もっとも、異世界には既に転生者が張り込んでいたようだったが……。
「天下を蔑ろにする行為、断じて捨て置けぬ。だが、その時々に応じ個々に対処しても、所詮は鼬ごっこ。再び別の者が現れ、世界を荒らすであろう」
「で、では……如何致せば宜しいでござりましょうか?」
しかし慶広の巧みで堂々とした話術を前に、他の家臣団は自然に引き込まれていった。
「根本的に解決するには、世界樹を根治し異世界同士の摂理に反する融合を解消せねばならない。そして根治の為には、融合した世界全ての秩序を保たねばならない」
「す、即ち……?」
「――即ち、我らの手で世界征服する必要がある」
ついに言い切った。俺達が戦国時代に来た真の目的を。
だがこの時代に人間にとって、それは理解を超えた概念。
日本とその周辺にしか関心を寄せてない彼らにとって、「世界」はあまりに広過ぎた。
「せ、世界征服……でありますか……」
「本来日ノ本の武士を統べる将軍家は蔑ろにされ、権威を利用されるだけの存在。なれば、それに代わる統治者を立てるべきだろう」
「まさか、それが我ら蠣崎家……? 然れども、今の我らの勢力では到底……」
「確かに世界征服と秩序維持には、揺ぎ無い強大な力が不可欠。だが一方で、日ノ本で一番異世界に近いのは我ら。それに余達は異世界の脅威を最も良く知っている」
だが、異世界の魔法や武器、戦術、学問、文化。それらに一番触れることが出来るのも他ならない俺達。
異世界を利用して成り上がるには、絶好の位置なのだ。
「余も世界の窮状を、細部に至るまで神々より教わった。皆の者、世界を救う為の世界征服に力を貸してくれ。宜しく頼む……!」
慶広は頭を下げた。それも家臣に向かって。
極めて不可能に近い目標ではあるが、達成には全員の協力が必須。生半可な意思で放り投げさせない為にも、自らの本気度を示したのだろう。
主君の異例の低姿勢に、困惑する家臣一同。しかし――
「……お顔をお上げ下され、新三郎様」
筆頭家老の村上季儀が口を開き、慶広を諭す。
「新三郎様の真摯なお言葉、この村上三河守季儀、しかと受け止め致しました。無軌道な者共を成敗すべく、新三郎様を御支え致しまする」
「季儀……」
意外な人物の賛同に、慶広は目を丸くする。
そして彼に続いて、家臣団が次々と慶広に承服していく。
「下国加兵衛直季。安東の血筋に連なる者として、微力ながらお力添え致しまする!」
「厚谷備中守季貞。世界を手に収め、勝利の美酒を浴びるほど味わいたき所存にござりまする!」
「南条五郎宗継! 新三郎様の御恩を胸に、親の過ち、一生掛けて償う所存であります!」
「小平藤兵衛尉季遠、異存無きにて候」
「工藤九兵衛祐致、同じく」
「拙者も!」
「某も!」
再び平身低頭する家臣団。
気が付けば、ほぼ全員が慶広に恭順の意を示していた。
「どうしますか藤六さん。俺は最初から全面賛成のつもりですが」
「ぐぬぬ……三河守殿や加兵衛殿、他の皆もそう申すなら、某も……」
最後まで腰が重かった広益のオッサンも、筆頭家老をはじめ全員の姿勢を前に渋々賛同する。
「有難い……。誠に素晴らしい家臣に恵まれ、余は嬉しい。嬉しいぞ……!」
感動のあまり、慶広は涙を零して配下の忠誠心を暖かく受け取った。
この時代、戦を興すには大義名分が大事。大義なき戦は将兵の士気低下のみならず、集団的な返り討ちの危険性を高める。
だが「世界を救う為」としておけば、諸大名を相手取る時、いちいち理由を考える手間が省ける。
一貫した目標がある分、自ずと取るべき行動も見えてくる上に、苦難に直面した時も踏ん張る事が出来る。
裏側にはそんな事情もあるが、世界征服の意志が固まったなら良しとするか。
「皆の者! いざ、世界を我らが手に!」
「おおおおおおおおお……!!」
1562年(永禄5年)春。蠣崎家全体が、世界征服に向けて再始動したのであった――