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102 市渡の戦い

 2日後の朝、俺達は進軍を再開した。

 なぜ2日もかかったのか? 実は軍議で決まったもう1つの戦術が関係している。


「どうッスか? ガルバレク曹長」


「うーん……このあたりに遅延魔法らしき匂いはしませんね」

 

 この日から、俺達の部隊が先陣をきることになった。

 色々理由はあるが、1番は遅延魔法の存在を事前に察知できたラグンヒルの能力が買われたからだ。

 彼女の嗅覚が、この先の進軍で大いに役立つことになる。


 ちなみに2日かかった理由は、俺達と厚谷隊の場所を交換したからである。


「あ! ここに罠が仕掛けられています」


「では、解除するッス」


 道中、ラグンヒルが罠を見つけ、ラウラが解除する。まるで地雷除去作業のように俺達は慎重に進軍していた。


「ほう、これは驚いた! 異国には山犬も存在したと言うのか!」


「私、山犬じゃありません! これでも都会育ちなんですよ!」


「む、申し訳ござらん……」


 おいおい、化け猫の次は山犬か。つくづく妖怪と間違えられるな、異世界の獣人は。


「お~、すごいすごい~っ! 本当にオンルプシカムイ(アイヌ語で「狼」)っていたんだね~」


 そしてリシヌンテは、ラグンヒルを神様だと思っている。少なくとも好奇の目で見ているのは間違いない。

 そもそもリシヌンテ、君は異世界で散々行動を共にしてきたよね?


「さすがに、2度も同じ目に遭いたくはありませんしね」


「と言ってるうちに、どこか広い所に出たみたいッスね」


 数刻が経ち、とうとう俺達は函館平野に到着した。

 場所は市渡(現・北斗市)。現代日本と違い切り拓かれていない平野は、遥か向こうまで森が広がっていた。

 

「俺達はここから東に、少し進んだら北に方向転換することになる」


「腕が鳴るな、五郎!」


「悪い人たちをやっつけるぞ~!」


 しかし問題は、ここに第4師団の本隊がいるかどうかなんだが……。

 俺は能力を使って周辺を探る。


「……!」


 まずは残党。上磯方面に300人の部隊が確認できる。

 

 そしてもう一つ、ちょうど少し北東に進んだところ。

 峠下(現・七飯町)に3000人の部隊を発見した。しかも布陣的に、山の上で俺達を待ち伏せしているようだ。

 

「悪い皆。もう一回山登りをすることになる」


「山登りッスか?」


「平野をバカ正直に進軍したら、相手の餌食になる。それも恐らく敵の本隊のだ」


「本隊!? それは真か!?」


「はい」


 そう、敵があらゆる方面から攻撃を受け数が減っている以上、この3000人の部隊こそが本隊と見て間違いない。

 そしてそこには鷹姫を唆した第4師団長、アクセル・スヴェンセンの姿もあるはず。

 彼の首級を挙げれば、事実上戦は終結する。

 

「だから、西側から急襲を仕掛けて……!?」


「どうしたの~?」


「こ、これは……」


 引き続き瞬間兵力検索(セコンドサーチ)を作動させる俺。

 すると敵の本隊が、突然動き出したのだ。しかもその先にいるのは――俺達。


「皆! 敵の部隊が東の山から襲ってくる! 戦闘態勢を取るんだ!」


「え?」


「早く!」


「りょ、了解!」


 まさか、俺達の動きを察したのか? しかし俺達の戦力の主体は王国軍。

 日本と違い、行軍直前に飯を炊く煙など出るはずはない。主食はパンだしな……。

 松前、上ノ国、江差を焼け野原にした奴らの残党も向かってはいないはず。

 

 何故だ? 何故あいつらは俺達の存在に気づいたんだ?



 ◆◆◆◆◆

 


「……来たッス」


「逆賊、何するものぞ! 皆の者、手前勝手な敵兵を残らず討ち果たすのだ!」


 四半刻の後、姿を見せた敵の本隊。俺達は迎撃態勢をとる。しかし――


「ぐわああああああ!」


「な、なんだ……うわあああああああ!」


 物凄い勢いでこちらの兵力が一気に削れていく。

 高所の利があるとはいえ、相手は特に策を弄してはいない。

 そう、単純に相手の魔力が桁違いな破壊力を生み出していたのだ。


氷山嵐アイスベルク・シュトゥルム!」


「ちっ、くそ……」


 さらに自然にできた雪や氷を利用して、魔力の極端な消費も抑えている。

 少し前に懸念していた雪崩が、今になって脅威となって襲い掛かる。


 ただ、俺達もやられっぱなしと言うわけではない。

 特に俺は、チートな身体能力を生かし力技で強引に相手の攻撃を押し返す。


「蠣崎家一の武辺者、不破五郎武親の真髄、とくとご覧あれ!」


「なんだアイツは?」


 大軍の様に迫る氷の塊。あと20間(36m)で俺の元に到達する。


「今だ! 威力強化(フェアメーラング)!」


 すかさず、王国で習得した強化魔法を発動し体勢を整える。


「うおりやあああああ!」


「何!?」


 槍を振り上げた瞬間、周囲の氷を巻き込んで逆流するように坂の上の第4師団を呑み込みにかかる。


「退け、退けえ……なあぷっ!?」


 まさか力技で押し返されると思っていないだろう。

 討伐部隊を生き埋めにするはずが、自分達が逆に氷や雪の下にみるみる埋まっていく。

 生き残った兵士達も、雪に足を取られ思うように動けない。


「弓兵、矢を放て!」


「了解!」


 俺はすかさず弓兵に指示を出す。

 そして放たれた大量の矢が、動けない兵士()に次々と命中していく。 


「お、おのれええええ!」


 単発の威力が高いからと言って、必ずしも戦況が有利になるわけではない。

 破壊力は凄まじいが、その分消耗も凄まじい。さらに長期間強大な魔法を行使し続けたエルフ達は、既に体力の限界と見えた。


「全軍、後ろに下がれ! 山の雪が、また俺達を襲うぞ!」


「了解!」


 一方の俺達も油断してはいけない。

 さっき押し返した雪が再び崩れていく予兆を、戦の中で見つける。

 

 そして数分後、ゴゴゴゴゴという轟音と共に、雪が兵士達の死体を巻き込んで豪快に麓に流れていく。  

「見事な退避ですね、武親さん」


「ふう、発見しておいてよかった……」


 予め退避して安心する俺達。



 ――だがそれも束の間、突如大量の小さな氷と共に、味方の兵士達が一斉に遥か上空を舞いあがる。


「どふおおおおおお……!?」


 それからコンマ数秒後、風を切るような爆音とともに俺達の身体が一気に傷だらけになる。


「ぐ、ぐあああああああっ……!」


 戦況がこちらに味方したと思った矢先のことだった。

 刃で斬り付けられたわけでもないのに、気が付けば全身から大量の刀を浴びたような激痛が走る。


 それは、人智を超えた現象と表現するほかなかった。


「い、痛いよぉ……」


「ぐはっ……! な、なんなんだ今のは……」


 立ち位置が幸いし、俺やラウラ、ラグンヒル、重季、リシヌンテは奇跡的に生き残っていた。


 だが残りの兵士達は、微塵切りされた玉ねぎの様に文字通りのひき肉と化していた。至る所、豪快に飛び散った血液と死臭が漂う。

 それだけではない。俺達の後ろにあった木々が、全て切れ端(チップ)レベルまでに粉砕されていたのだ。


 すると、攻撃魔法の影響で起こった地吹雪の中から、1人の耳長の男が俺達の前に現れる。


「――瞬刻氷塊(シュピッツ・アイス)。今しがた我が発動した水属性魔法の名前だ」


「だ、誰だあんたは……」


 しかもその男は、嶮しくも飄々とした出で立ちをしていた。

 明らかに、その辺の一兵卒とは雰囲気が違う。


「この魔法は超音速で貴様達の元に到達し、攻撃を受けた者共を宙に舞い上がらせる。そして最後に、衝撃波で粉々にされてお終いだ」


「だから……名前を聞いてんだよ」


「……! お前はあの時の……!」


「ほう……まさかここで再開するとはな、下国孫八郎重季」


「し、知っているんですか……孫八郎さん……? 痛っ……!」


 俺は激痛と出血に耐えながら、必死に自分の頭を上へ上へと持ち上げる。


「この場には知らない者も大勢いるであろうから、改めて自己紹介しよう」


 異世界に一度も渡ったことのない重季が知っているエルフなど、たかが知れている。

 つまりこの男は――

 

「我は此度の独立戦争(・・・・)を指揮する、()・王国軍第4師団長のアクセル・スヴェンセンだ」

 

 ついに姿を現した敵大将、アクセル・スヴェンセン。

 そんな彼は、勝利を確信したかのような残忍な笑みを浮かべていた。

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