97 逆の立場
巳の刻(午前10時頃)。広益は2000の兵と共に、志苔館近くの浜から出航した。
目指すは函館山の南。相手に気づかれないよう上陸することを目指す。
日本海側の江差で戦うことになる武親達と違い、こちらは冬は温暖な津軽海峡沿い。
雪で足を取られるようなことは、あまりない。
そして午の刻(午後0時頃)、広益が目標地点に到達し、残り8000の兵が北側に潜伏している頃。
宇須岸館の第4師団兵士は、またも部隊の全滅を悟っていた。
「いよいよか……」
「我々もついに、地獄界に向かうべき時が来たか……」
「北側は討伐部隊に奪還され、後ろは完全に海。船の無い自分達に、もう安全な逃げ場はないな」
宇須岸館は、半ば包囲されたも同然であった。
師団長、スヴェンセン少将の部隊からも遠く孤立無援。討伐部隊の大勢を前に勝ち目を無くしていた。
「何を狼狽えている。閣下も仰っていただろう。『もし討伐部隊が大軍の時は、戦術など考えず潔く全員前線に出ろ。そして一人でも多く敵を撃破し、それから死ね』と」
「もしや建国は諦めよと仰せか。閣下は何を考えておられるのか」
「私にもわからん。恐らくは『せめて、神代から続くエルフの心意気を見せるべきである』とお考えになったのだろう」
「待つのだ。あの閣下が、そこまで稚拙な考え方をするのだろうか?」
「さあな。私は閣下――スヴェンセン少将ではないのでな」
相次ぐ敗戦から、第4師団内では厭戦ムードが高まっていた。
そして中には、自分が犠牲となって戦う意味を見失う者も続出していた。
そして――
「がーはっはっはっは!!!」
「!?」
南の森から中年男性の豪快な笑い声が轟いてきた。
「だ、誰だ! そこにいるのは!」
声のした方角に、一斉に警戒の目を向ける兵士達。その状況に第4師団の誰もが、事態を呑み込めずにいた。
「某の名は、長門藤六広益! 蠣崎家譜代の武辺者じゃあ!」
そんな彼らを威圧するが如く、広益が堂々と名乗りを上げる。
「ぶ、武辺者……だと?」
「領主の子息・蠣崎慶広と、その直属の部下・不破武親以外に武辺者がいたのか……?」
だが、第4師団に彼の名声は全く届いていなかった。端的に言えば「あんた誰?」の状態である。
「この大馬鹿者が!」
「は?」
「蠣崎家一の武辺者は、この某じゃあ! それがわからんのかあ!」
「は、はあ」
知名度が武親に劣っていることに我慢できず、広益は第4師団に謎の大目玉を食らわせる。
しかし兵士達は反応に困り、キョトンとする以外なかった。
「先の戦では数で後れを取ったが、今は逆ぞ! この山をお前らの墓場にしてくれるわぁ!」
「くっ……」
半年前は広益側のほうが圧倒的に戦力不足だった。
だが、今回は違う。彼の指揮下には10000の兵が集まっている。
一方、第4師団の兵士達は「広益達がどこから上陸して背後をとったのか?」ということに気を取られていた。
「沿岸警備の兵はどうした? 後ろの海の警戒に当たっていたはずでは……」
「沿岸警備の兵じゃと? あんな数、戦力のうちに入らぬわあ!」
「なんだと!?」
「者共! 放てえいっ!」
「隠密の閃光!」
しかし広益はその隙を逃さない。すかさず、後ろに潜伏していた兵士達に号令を下す。
「むっ……障壁!」
だが第4師団の兵も簡単には倒れない。
すぐさま対魔法用のバリアを張り、束になった光線を必死に食い止める。
「ぐっ……」
けれど、威力は攻撃側が上。空中に広く展開された障壁も、徐々にその安定を失っていく。
さらに――
「うおおおおおおおお!!」
「むっ!? 今度は麓から雄叫びが……?」
坂の下に潜んでいた残り8000の討伐部隊が、一心に宇須岸館まで駆け上がってきたのだ。
宇須岸館にいる第4師団の兵力は、およそ1000。数に劣る彼らは、上下から挟み込まれる形となった。
「ぐああああああああああああ……!」
「ええい、慌てるな! 私の命令を聞け!」
「隊長!?」
「この小さな館は放棄する! 全員、閣下の元を目指し、麓に向かって血路を開けえ!」
「りょ、了解!」
足並みが乱れ、統制を失いかけていた第4師団。
しかし現地司令官の命令もあり、彼らは障壁を張りつつ、宇須岸館の北側に一気に集合した。
「進軍開始ぃ!」
だが、無傷で逃がそうとするほど広益達は甘くはない。
「馬鹿者が……某が敵将の首を見逃すと思うてか!」
「!?」
武親を超える武功を上げるべく、奮戦する広益。
そんな彼は矢をつがえ、坂の上から司令官目掛けて真っ直ぐに放つ。
「借りを……返さん!」
「隊長、危ない!」
アイヌほどではないが、広益の矢は確実に司令官の頭部を捉えていた。
それに気づいた司令官の部下が注意喚起するも、彼は一向に顔を後ろに向けようともしない。
「その首、貰い受けるぞ!」
「…………ぐおっ!?」
しかしその数秒後、矢は全く別の所に命中した。
その別の所とは、驚くべきことに広益の左肩であった。
「な、何故じゃ……。何故、某の肩に某の矢が……」
そして再び狙った方角を向くと、そこには既に司令官の姿は無かった。
「広益殿?」
「触るな」
心配して近づいた部下の手を、広益は軽く払いのける。
「小癪な……。これも敵の妖術か?」
確かに広益の矢は、司令官の頭を射抜く形となっていた。
だが現実は、まるで鏡の反射のように広益に命中した。
幸い、命に別状はないようだが、この現象は彼の理解を超えていた。
「反撃法。平たく言えば、相手の攻撃をそのまま弾き返す技です」
「まさか、あの異人は某の矢を?」
「恐らく、そうかと」
「それを知ると、ますます腸が煮えくり返って仕方のうござる……。者共! 敵を1人残らず殲滅じゃあ!」
「は、ははっ!」
理不尽な技を前に、広益はついに怒りに任せて号令を出した。
その後、行き場を失った反乱勢力の兵は坂を転がり落ちたり、勢い余って海に飛び込む者が続出。
残りの兵士も討伐部隊の餌食になった。
しかしその数を半分以下に減らしたものの、第4師団の兵は司令官を見事守りきり、北東に向かって強引に進軍を続行。
結局広益は、敵将の首を引っ提げるまでには至らなかった。




