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エピローグ

―彼女は誰かに必要として欲しかった―

―彼女が欲しかった居場所は狭くても、温もりが溢れた場所なんです―

 彼の言葉に、私はハッとする。

 私がしたかったのは復讐でも、王になることでもなかった。

 私はただぬくもりが欲しかった。私を見て欲しかった。

 十数年も忘れていた気持ちを今、思い出すなんて、私は救いようがないほどの馬鹿者だ。

 私が黒犬を欲したのは両親も、誰も与えてくれなかった人の温もりを求めていたからなのだ。

 お父さんが目の前で死んでも、流すことがなかった涙が無意識のうちに流れだすと、ピクッと兄さんの身体が動く。

「………兄さん!?」

 私がそう呼ぶと、彼はうっすらと目を開けると、

「………   ?また、いじめられたのか?泣くな、お兄ちゃんがそいつを半殺しにしてやるから………」

 それだけ言うと、彼はまた眼を閉じてしまった。

「………ジェイド君はそこまで心配する必要はなさそうですね。どうやら、彼の本来持つマナで黒龍さんの魔法をいくらか中和できているみたいで、何よりです」

 いつの間にか、くすんだ蒼い髪をした青年が顔を出して、そんなことを言ってくる。

「ごちゃごちゃ言ってないで、翡翠の騎士の怪我を治して、青い鳥の方を見ろ」

 赤毛の女性はそんなことを言って、黒犬を抱き起こしたかと思うと、彼女は彼の首に噛みついたのだ。

「大丈夫ですよ。あれは彼女の特有の能力でして、彼の身体に魔力を分け与えているだけですから」

 蒼髪の青年はそんなことを言いながら、兄さんの背中を捲って、治癒魔法を掛けている。

「   ちゃん、黒犬君の身体は大丈夫ですか?」

「本名を呼ぶな。後、ちゃん付けするな。今回は怪我と言える怪我がないが、その分、魔力が枯渇しているな。私のマナのほとんどを分け与えたから、命に別条はないだろ」

「   ちゃんがマナをほとんど分け与えてしまったら、龍さんはどうするんですか?黒犬君も危険だと思いますが、龍さんもかなり危険だと思いますが?」

 蒼髪の青年がそう尋ねると、

「あいつが負わせた怪我だけ塞いだら、後は自力でどうにかしてもらうしかない。黒龍さんは黒犬と違って、魔力に底は尽いていない。あれほど残っているなら、どうにかなるだろ。それに、短時間で動けるようになったら、五月蝿いから、そのままにしておいた方がいい」

「それもそうですね。なら、青い鳥ちゃんも治癒しない方がいいんじゃないですか?彼女も龍さんと同じくらいうるさいですし、彼女の場合、お兄さん達が塞いでやらなくても、治癒能力は高そうですし」

「そうだな。そのまま、放っておくか」

 赤髪の女性と蒼髪の男性がそんな会話をしていると、

「………貴方達には怪我人を労わると言う気持ちはないのですか?」

 青い鳥が目を覚ましたようで、そんなことを言ってくる。

「青い鳥ちゃん、お目覚めですか。貴女が眠りのお姫様のふりをしている間に、物語は完結してしまいましたが?」

「………そのようです。願わくば、重症の振りして、怪我を治してもらおうかと思ったのですが、貴方達は酷いです」

「そういう悪知恵が働くほど元気な奴の為に、マナを使ってやる必要はねえだろうが」

 そもそも、てめえの身体は魔法が効きにくいから、魔法を使ったって、意味ねえだろ、と彼女は悪態をついてくる。

「………え?」

 なら、私が青い鳥を庇ったり、兄さんが私の代わりに怪我を負う意味がなかったのでは………。

「私が目覚めたのは彼が格好良く、黒龍をぼこっているところだけです。ですから、姫様や翡翠の騎士が守ってくれなければ、私は生きていなかったかもしれません」

 貴女や翡翠の騎士には感謝が尽きません、と彼女はそう言ってくる。

「だから、私の感謝の気持ちとして、貴女の友達になります。私の友達は彼の友達でもあります。遊びに行きたいところがあったら、一緒に遊びに行きます。それとも、ショッピングですか?食べ歩きもいいです」

 青い鳥はそんなことを言ってくる。

「それはお前の願望だろうが。姫様、こんな奴と友達にならないほうがいいですよ。なったら最後、そこに転がっているアレと同じ運命を辿るかもしれませんから」

 赤毛の女性はそう言って、黒犬を指す。

 青い鳥と付き合って、死にかけるのは嫌だな、と思う。でも、彼はあんな目に遭っても、彼女に一緒にいると言う事は怪我を負っても、得られる何かがあると言うことではないだろうか?

「………酷いことを言います。そう言えば、鏡の中の支配者(スローネ)。私が勝ったら、美味しいものをたらふく食べさせてくれるという約束です」

 彼女は蒼髪の青年にそんなことを言ってくる。

「確かに、約束しましたね。黒犬君の身体の調子が治ったら、連れて行きましょうか?でも、あれ?その時はお兄さんにも、美味しい特典があったような………」

 蒼髪の青年はそんなことを言いながら、赤髪の女性を見る。すると、赤髪の女性の顔は真っ青になり、回れ右して逃げようとしていた。蒼髪の青年はニヤッと笑みを浮かべ、彼女の腕を掴み、次の瞬間、抱きしめ、

「今日一日、一緒に愉しみましょうか?」

 そんなことを囁く。

「………こんなことを子供の前に言うな。そして、私は考えておくと言っただけで、するとはいっていない」

「それは同じことです。では、青い鳥ちゃん、そろそろ、騒ぎを聞きつけて、たくさんの人達が押し寄せてくると思いますので、お兄さん達は退散させていただきます」

 彼は抵抗する赤毛の女性と共に姿を消した。

「………あの二人は一体何なんだったの?」

 私が最もの疑問を口にすると、

「男性は鏡の中の支配者(スローネ)です。いや、蒼狐と言った方が分かるでしょうか?赤毛の女性は彼の師匠である赤犬さんです。彼らはかつて宮廷魔法使いをしていた黒龍の後輩です」

 私は彼女の言葉を聞いて、血の気を引いていく。蒼狐と赤犬の話は噂程度だが耳にしている。

「………もう過ぎた過去は誰もどうすることもできません。彼らの件はどちらかというと、貴方のお父さんの責任だと思いますし。それに、過去を後悔するよりも、今を精一杯生きることが大切です。話によると、鏡の中の支配者(スローネ)は赤犬さんを落とすつもりだそうです。遠くない未来に、彼らがゴールインするかもしれないので、結婚式の時、美味しい料理が食べられることが今から楽しみです」

 青い鳥はそのことを想像しているのか、よだれをすする音が聞こえてきた。

「彼らは恋人同士じゃないの?」

「まだ、違うと思います。ですが、彼らの場合、恋人関係を吹っ飛ばして、結婚せざるを得ない事態に陥ると思います」

 私はそれを聞いて、赤犬さんと呼ばれる赤毛の女性が遭うだろう運命に同情するしかない。

「………どうやら、お迎えがきたようです。私は倒れている振りをするので、よろしくお願いします」

 彼らに説明するのは面倒です、と彼女はそう言って、地面に寝転がる。私はそんな彼女の姿を見て、自然と笑みがこぼれる。

 もし彼女と一緒にいることが出来たら、大切な何かを得ることが出来るかもしれない。

「青い鳥、私と友達になって下さい」

 私がそう囁くと、彼女が微笑んだような気がした。


***

「………てめえ、これは何だ?」

 黒龍さんの不機嫌そうな声が響く。

 しばらくの間、黒龍さんは絶対安静が必要なので、城にある医務室で過ごしている。俺は激しい行動をしてはいけないけど、実質上、数日で治ったし、青い鳥はそこまで酷い怪我は負っていない。翡翠の騎士の負った火傷もそこまで酷いものではないらしい。赤犬さん達の対処が良かったからかもしれない。

 だが、黒龍さんは精神不安定になった所為での魔力暴走と、俺がボコボコにぶん殴った所為で、しばらくの間は動いてはいけないそうだ。

「見ての通り、お見舞いですが、おかしいところがありましたか?」

 俺がそう言うと、

「ウサギリンゴが大量発生しているのは何でだって、聞いてんだよ」

 彼はそう言って、籠の中身を指す。これは青い鳥が彼に渡して下さいと言われたバスケットである。そのバスケットの中身は全部リンゴだらけであり、青い鳥が気を利かせてか、全部カットしていた。ウサギリンゴに。

「青い鳥が貴方に食べやすいように、切っていました」

「いい大人がこんなもん貰って、喜ぶか。あいつは俺に喧嘩を売ってんのか?」

「数時間もかけて、切っていたので、食べてくれないと、青い鳥の努力が報われないと思いますが?」

「あいつが何しようと関係ねえよ。お前は見ていたんだったら、止めやがれ」

 彼はそう俺に言ってくるが、

「俺が言って、止まるような奴でしたら、俺はこんなにも苦労をしません。あいつは誰が言っても、聞きませんので、諦めて下さい」

 俺がそう言うと、彼は不機嫌そうにウサ耳リンゴを頬張っていた。

 あの後、俺達は姫を攫おうとした侵入者と闘ったということになっている。王宮半壊事件やあの時、エイル三世陛下を見たと言う証言から、変身魔法に優れた魔法使いと判断されている。事実はそれらと違うのだが、その事実を知っている人物は当事者達だけである。

 一つ奇怪なことがあるとしたら、エイル三世陛下そっくりさんに襲われた宮廷魔法使い達は訓練場に歪な魔力を感知して、行こうとしたら、幻術魔法で眠らされたと言う話だ。

 俺達の知らないうちに、協力をしてくれた人間が城にいると言うことである。それが誰なのかは誰も知らない。そう、その張本人以外は。

「………あの事件はエイル三世陛下に化けた侵入者の責任になっているし、あのシステムは破壊された。それでも、テメエらはやめるつもりなのか?」

 彼はそんなことを言ってくる。

 そのシステムを作った黒龍さんを倒したことにより、何よりも、姫がそのシステムを失くすように命令したことにより、宮廷魔法使いの仕事はだいぶ改変された。これからは宮廷騎士と宮廷魔法使いが連携して、王を守っていくそうだ。

 その為、宮廷魔法使いと宮廷騎士の数を減らし、より優秀な奴らに絞り、その一環として、軍との入れ替え戦も行うそうだ。

 そのどさくさに紛れて、俺達は城を去るつもりである。

「はい。これは俺と青い鳥で決めたことです。青い鳥は勿論、俺も城暮らしには不向きのようです」

「そうか。それは残念で仕方ねえな。てめえらが抜けると、戦力が大幅に減るのが、今の現状だからな」

 宮廷騎士も宮廷魔法使いもほとんどがボンボンだからな、と彼は言ってくる。

「俺達が出来ることなら、頼んで貰っても構いませんよ。しばらくの間はのんびりするつもりですし」

 青い鳥はとにかく、俺にとっては城の生活はハードすぎた。心身共に休憩を取ったら、自分に合った仕事を探すつもりである。退職金やら、給料やらが結構の額が支給されるらしいが、それだからと言って、青い鳥のボランティアばかりに付き合う気などさらさらない。

「そう言わなくても、必要な時は強制で使わせてもらうがな」

 彼はニヤッと笑みを浮かべてくる。

 それを聞いて、俺達はまだ黒龍さんとの縁は切れることがないことを感じた。

「俺達は城から出る準備がありますので、そろそろ失礼します」

 身体には気を付けてくださいね、と俺がそう言って、医務室から出ようとすると、

「てめえらみたいな無茶苦茶な連中が現れない限りはこんなことにならねえよ」

 彼の不機嫌そうな声と共に俺は医務室から出ていく。

 その後、俺はとある場所に向かっている。

青い鳥は何をしているのかと言うと、宮廷騎士仲間や食堂のおばちゃん達などに別れの挨拶をすると言ったので、別行動をとっている。

 俺には青い鳥と違って、別れの挨拶をしなければならない人たちの数が圧倒的に少ない。城の中で友人を作るように努力するべきだったかな、と思いながら歩いていると、紅蓮さんと鉢合わせることになった。

「………確か、今日で宮廷魔法使いを辞めるんだったか?」

 彼は俺の恰好を見て、そんなことを言ってくる。

「はい。俺がここにいなければならない理由もなくなりましたし、それに、俺には城の生活とか、宮廷魔法使いとかは性に合わないようですし」

 俺は苦笑いを浮かべる。礼儀や作法など一通り教わったが、パーティーに参加することはなかった。とは言え、パーティーとかに出た場合、俺は極度のストレスで倒れる自信がある。はっきり言って、俺みたいな一般人が出来る仕事ではないと思う。

「それは同感だな。俺もここにいる理由がなかったら、即効辞めたいものだしな」

 彼はそんなことを言ってくる。彼は自分の意思で、宮廷魔法使いの試験を受けて、合格したと聞いたことがある。どうやら、彼が宮廷魔法使いになった背景は俺が思っている以上に複雑そうである。

「………もし宮廷魔法使い辞めることができたら、紅蓮さんなら、どんなことがしたいですか?」

 俺が唐突にそう言うと、彼は一瞬驚いた表情を浮かべ、

「……どんなことがしたい、か?一度でいいから、この世界を旅してみたいとは思うな。宮廷魔法使いはほとんど城の中しか出ないから、見知らぬ場所に行ってみたいもんだ」

 この世界には俺達の知らないことばかりだからな、と彼は言う。

 世界を見て回る、か。確かに、見知らぬ場所や見知らぬ人達を知ることによって、自分の価値観を広げると言うことも楽しそうである。

 とは言え、青い鳥と一緒には旅をしたいとは思えない。あいつがいることによって、役に立つことはあると思うが、それ以上にトラブルを持ちこんでくることだろう。

「そうですか。この後のプランの参考にさせていただきます」

 どうせ、この後、特にすることがないのだから。

「………そうか。世界を歩くことになったら、感想でも聞かせてくれ」

「分かりました。俺、行かなくてはいけないところがありますので、そろそろ失礼します」

 俺はそう言って、歩き出すと、

「ああ。そうそう、青い鳥に伝えてくれないか?」

 あいつらが首を長くして待っている、と。

 俺はそれが何を意味していることは分からないが、はい、とだけ返事して、その場を去った。その後、俺は中庭を出て、王宮を見上げる。黒龍さんが半壊させた王宮の復旧はもう少しかかるそうである。

 俺は王宮から視線を逸らし、王宮の奥にポツンと佇む屋敷へと足を運ぶ。王宮よりは小さいが、それでも、立派なものである。

 俺は屋敷の前に行き、ノックすると、侍女が出てきて、俺を奥の部屋へと通してくれる。俺がその部屋に入ると、姫と翡翠の騎士、いや、今は仮面を取っているので、エイル三世陛下がいた。

 彼は俺の姿を見ると、

「こんなところで立っていないで、こっちへ来い」

 こちらに手招きしてくる。俺は彼に促されるまま、テーブルの備え付き椅子に座る。

「二人っきりになれるところだったのに、邪魔者がいてすまなかったな。こいつが二人っきりで話すのが恥ずかしいと言うんでな」

 彼はそう言って、ニヤッと笑うと、

「兄さん、それは言わない約束でしょ!!」

 姫は顔を真っ赤にして、俯いていた。

「は、はあ」

 俺は何とリアクションしていいのか分からず、曖昧に相槌を打つと、

「俺から言えることは、お前の意思を無視にして、宮廷魔法使いにすることになって、本当にすまない。本当なら、俺がこいつと黒龍の暴走を止めなければいけない立場であったと言うのに、止められなかった。それは俺の責任だ」

 彼はそう言って、頭を下げてくる。それには流石の俺も予想していなかったので、何も言うことが出来なかった。

 彼はそう謝るが、全然彼は悪くない。むしろ、彼は被害者と言っても、いいのではないだろうか?

「それは兄さんの所為じゃないわ。私があんな我儘を言わなければ、黒龍があんな行動に出なかったわ。全て、私に責任あるわ。黒犬、本当にごめんなさい」

 姫までも、頭を下げてくる。王や姫に頭を下げられる一般人なんているはずがない。こんな光景を黒龍さん辺りに見られたら、俺は殺されるんじゃないのか?

「頭をあげて下さい。もうそのことについては済んだことですし、俺達は別に気にしていませんから」

 俺がそう慌てて言うと、彼はむくっと頭を上げると、ニヤッとあくどい笑みを浮かべる。

「ほら、言っただろ。死にかけながら、あの青い鳥に付き合っているんだから、謝れば、許してくれる、と」

「そうですけど……、黒犬の優しさを逆手に取ったような気がして、申し訳ありませんわ」

 王と姫はそんなことを言ってくる。もしかして、俺は彼らに嵌められたのか?

「あの、これは一体………」

「すまないな。謝っても、こいつが許してくれないと言うものだから、謝っても許してくれないか、実験させてもらった」

 彼はそんなことを言ってくる。

「は?」

 彼の言葉に、俺は絶句するしかなかった。彼は気真面目な人だと思っていたが、彼の印象をもう一度改め直した方がよさそうだ。

「まあ、冗談はここまでにして置いて、俺達がお前を呼んだ理由を話すか」

 彼はそう言って、本題を切りだす。

 俺は王族の決まりと言うものはよく知らない。これは青い鳥から聞いたことなのだが、この国の王は全て、男性でなくてはいけないそうである。

 姫は王になることどころか、後継者になることはできない。姫は父親に復讐する為、後継者として王に近づく必要があった。その為、姫は自分と瓜二つである双子の兄に成り変って、城へと上がったそうだ。

 それと同じ頃、彼も翡翠の騎士として、宮廷騎士になったそうだ。そして、姫に無理なことは彼が変わり、誰にもばれることなく、エイル三世陛下を演じて来たそうである。

 そして、二か月前、王の横暴に静観できなくなっていた教会側と裏で手を組み、王と大将を暗殺し、姫はエイル三世陛下として、この国の支配者となったということだ。

 俺達がシステムを壊してしまった時点で、姫が兄に成り替わる必要がなくなった。

これから彼女はどうするのかと思ったら、話によると、しばらくの間はエイル三世陛下をするつもりらしいが、時期を見極めて、本当の王である彼に王座を引き渡すようである。

「兄さんに王座を引き渡したら、私は隣国の縁談を受けるつもりです」

 彼女はそう話す。話によると、前々から、隣国の皇太子から求婚を受けていたそうだ。しかも、先代の王が、勝手に彼女を隣国に嫁がせようとしていたそうだ。だが、王が変わり、その話は白紙になったそうだが。

「体調不良を理由に先延ばしにきたけど、このままそれを理由に先延ばしが出来ると思わないわ。私が王をしていたと、分かってしまうかもしれない。もしかしたら、疑われているかもしれない。もしそうなら、早いうちに手を打っておかなければいけない。少し経ったら、隣国との縁談を受ければ、隣国との険悪ムードは少しくらい緩和されると思うの」

 今まで自分勝手にしてきたのだから、それくらい、自分の故郷の為にしなければならないと思うの、と彼女は言う。

「こいつは一度言ったら、曲げないからな。でも、本当に後悔しないのか?」

 彼は真剣な眼差しで、彼女を見る。

「後悔はしないわ。私がどんな遠くにいたって、兄さんと黒龍は私の味方でしょう?」

 彼女は誇らしげに微笑む。

「あの時、私は貴方に会えて良かったと思う。今まで、貴方の言葉に支えられてきたわ。貴方には感謝しきれないくらいの勇気を与えられてきた。本当にありがとう」

 彼女はそう言って、抱きついてきた。それには、心臓がバクバクと高鳴り、心臓がおかしくなると思った。そして、

「………貴方のことが好きでした」

 そう囁く声が聞こえてきた気がした。

 その後、俺は他愛のない会話を交わしてから、この屋敷を後にした。だが、後髪を引かれる思いだった。

 姫は俺のことが好きだった?

 そんな馬鹿な。そう思うが、そうなら、今までの出来事に辻褄が合うといえば、あるのだが………。

 そんなこと思いながら歩いていると、とある旋律が流れてくる。


むかし、むかし、あるところに、少女がおりました。

むかし、むかし、あるところに、少年がおりました。

少女の傍には少年がおり、少年の傍には少女がおりました。

少女は人々に幸せを運ぶ青い鳥に会いたいと思っていました。

少女は尋ねました。

『どうしたら、私は青い鳥に会うことが出来るのか』、と。

少年は答えました。

『探し続ければ、青い鳥は見つかるよ』、と。

少女はその言葉を信じ、青い鳥を探す旅を始めました。


南から北へ。東から西へ。

少女は青い鳥を求めました。

でも、青い鳥は見つかりませんでした。

それでも、少女は諦めませんでした。

どんなに悲しくても、どんなに辛くても、少女の傍には少年がいました。

どんなことがあっても、少年は離れませんでした。

どんなことがあっても、少年は見捨てませんでした。

だから、少女はどんなことがあっても、逃げませんでした。

少女は信じていました。

いつか、自分たちの前に青い鳥が現れることを。


ある日、少女は少年と喧嘩しました。

二人は別々の道へ行きました。

少女は少年と別れ、森の方へ入って行きました。

少年は少女と別れ、山へ登って行きました。

少女は一人で森を歩いて行きました。

延々と歩いていくうちに、少女は道から外れてしまい、迷ってしまいました。


どんなに悲しくても、どんなに辛くても、今の少女の傍には少年がいませんでした。

どんなことがあっても、離れなかった少年はいません。

どんなことがあっても、見捨てなかった少年はいません。

その時、少女は気付きました。

どんなに探しても、青い鳥が見つかるはずがないことを。

そう、少女の傍にいたあの少年が青い鳥だったということを。

少女は嘆きました。

どうして、もっと早く気付かなかったのか、と。

少女は少年の名前を呼びました。

もう、我儘を言わないと、泣きじゃくりました。

すると、少年は少女の前に姿を現しました。

そう、少年は少女のことが心配で、後を追っていたのです。


少女は言いました。

『青い鳥は見つかった』

すると、少年は驚いた表情を見せました。

『何処にいたの?』

少女は微笑むだけで、何も答えませんでした。

青い鳥は探すものではない。気付くものだと知ったから。

少女の青い鳥は見つかった。

だから、今度は少年の青い鳥を見つけよう。

少女と少年はまた旅に出ました。


 旅の吟遊詩人が青い鳥の為に作ってくれた唄。彼女がどんな想いを込めて、この唄を詠ったのかは知らない。

 あいつが何を思って、姫の前で詠ったのかも分からない。

 ただ、あいつはこの唄を通じて、姫に何かを伝えたかったのかもしれない。姫に気付いてもらいたい何かを………。

 俺はその旋律が聞こえた方向へと足を運ぶ。すると、レンガに座り込み街を見下ろしているあいつの姿があった。俺があいつの傍へと座り込むと、

「姫との話し合いはどうでしたか?」

 こいつはそんなことを尋ねてくる。

「………複雑な心境だ」

 俺はそれくらいしか答えることが出来なかった。出来ることなら、この心境を誰かに打ち明けたかったが、打ち明けたからと言って、解決するわけでもない。

「………そうですか」

 青い鳥はそれ以外聞くこともなく、景色を眺め、

「………この光景を見ることがもうできなくなるのは心残りです」

 そんなことを言ってくる。

 ここはいい思い出ばかりではないけど、嫌な思い出ばかりでもない。最後まで諦めなかったから、俺達はここでの物語に終止符を打つことができた。

 もし終止符を打つことが出来なかったら、どうなっていたかは分からない。その時はこの綺麗な景色をずっと見ていられたかもしれないが、それが幸せだとも思えない。

「見たくなったら、見に来ればいいだろ?」

 お前と姫は友達なんだろ、と俺がそう言うと、こいつは力強く頷く。

 どう言う経緯で、友達になったかは分からないが、話によると、俺が気絶している間に友達になったらしい。

 おそらく、こいつのことだから、ストレートに「友達になって下さい」とでも言ったに違いない。それで、姫が頷いたことも驚きではあるが。

「彼女と街でショッピングに行く約束をしました」

 今から、楽しみです、とこいつはそう語ってくる。

 それを聞くと、姫にも、ちゃんとあいつの想いが伝わったんだな、と思えてくる。

 こいつにはいい意味でも、悪い意味でも人を変える力がある。本人に言わせれば、きっかけを与えたに過ぎないと言うかもしれない。

 ふと、俺は黒龍さんと対峙した時のことを思い出す。

 “変異”を持つ者。

 彼らが一体何者なのか?彼らがこいつとどう関係しているのか?

 事件の後、黒龍さんにそれを尋ねてみたところ、彼も詳しいことは知らないらしい。

 遥か昔、今は廃れたどんな環境にでも生きれるように特化した民がいたそうだ。

 どうして、彼らが破滅の道をたどらなくてはいけなかったのかは分かっていない。

 今分かっているのはあいつの眼には俺達のようには映っていないと言うこと。

 話によると、魔力の色しか映らないらしい。だから、こいつは俺の顔は勿論、あいつの友達である再生人形や断罪天使、赤犬さん達の顔を知らないそうだ。

 こいつはそのことについて、嘆きはしないが、それでも、俺はいつか、俺の故郷の景色や、俺達の顔を見せ 何よりも、こいつに自分自身の顔を見せてやりたいものである。

 俺の女装姿がこいつより美人だったことで、自分は不細工だと思いこんでいるようだから、そんなことはないと言うことを教えてやりたい。

「………またここに来ような」

 俺がそう呟くと、

「そうですね」

 青い鳥はそう返してくれる。

 また、ここに来た時はこいつが俺達と同じように視えるようにしてやりたいと思う。

 もう、この城を支配する偽りの王はいない。このシステムの所為で、彷徨う犬もいなければ、嘆く騎士もいない。

 仮面の王が支配する物語は終わった。これからは、新たな物語が紡がれる。

 まだ仮面を被ったままではあるかもしれないが、それでも、いつか、彼女は仮面を捨て、人々と向かい合わなければならない時が来るだろう。

 それでも、彼女には信じられる人がいる、大切な人がいる。だから、彼女は頑張ることが出来るだろう。

 その時には傍らに、王の片割れである騎士と漆黒の龍がいてくれることだろう。

 彼女はもう一人ではないのだから……。


FIN……


ここまで付き合っていただき、ありがとうございました。

前、言った通り、三月まで休載させていただきます。

一段落ついたら、《青い鳥と孤高の剣士》を連載スタートさせていただきます。宮廷魔法使い編を終了時点で、青い鳥シリーズは三分の一のところまで来ています。この時点で、後の鍵となるワードが出て来ています。

残りも付き合ってくれたら、嬉しいです。


感想・指摘などがありましたら、よろしくお願いします。

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