Ⅵ
Ⅵ
俺はどうすればいいのか?
俺は何をすればいいのか?
俺は何をしたいのか?
考えることを放棄したくなるほど、分からなくなっている。
俺は彼に何を求めているのか?
あの少年に何を求めているのか?
―今日、青い鳥を消す―
そう言った彼。俺はそれを求めていたはずなのに、それが本当に正しいのか分からなくなっている。
果たして、あの少年の目の前からあの少女を消せば、あの少年は俺を見てくれるのか?
あの少女がいなくなったら、俺は幸せなのだろうか?
分からない。分からない。分からない。
俺が何でこんなことを考えているのか分からない。
今、彼はいない。ここにいるのは俺と彼が信頼する宮廷魔法使いが数人。恐らく、ここにいる宮廷魔法使い達は俺をここから出すな、と言われていることだろう。
俺はどうすればいい?誰か、答えをくれ……。
その瞬間、扉の前が騒がしくなってきた。何かあったのだろうか、と思っていると、扉が開く。目の前に現れた人物には驚くしかなかった。
彼には俺のいる場所を知られていないはずだ。なのに、彼がここにいるのだろうか?
「………お前は何を望んでいる?」
彼はそう問いかけてくる。
「俺は……」
彼の言う通り、俺は何を望んでいる?
「お前が望んでいるのは本当に黒犬か?それとも、黒犬に何かを望んでいるのか?」
彼の言葉に、俺はハッとする。俺は黒犬が欲しいのか?それとも………、
「………お前が望むなら、俺は喜んでその願いを叶えよう。再度問う?お前は黒犬を自分一人だけにしたいのか?青い鳥を消したいのか?黒犬をお前から離れないようにして欲しいのか?」
お前は青い鳥を殺せばいいのか?黒犬の身体の自由を奪えばいいのか?
そう、彼は言ってくる。私が望むものは……。あの時欲しかったものは……、
「……お前がやろうとしていることを見せてやる」
彼はそう言って、俺をお姫様抱っこして、窓から出ていく。
***
青い鳥がいなくなった後、しばらく、城中を歩き回ったら、俺は紅蓮さんと別れ、自室に戻った。
姫が王だった。それなら、王が翡翠の騎士とそっくりでも納得できる。翡翠の騎士と姫を一緒に見ることがなかったから、気付かなかっただけで、彼らを横に並べて見れば、瓜二つと思うくらい似ていた。
それなら、以前、俺は姫と会ったことがある?なら、いつだ?俺がどれだけ忘れっぽい人間だとしても、彼らを見たことがあるなら、忘れるはずがない。
なら、俺は姫の顔を見なかった可能性がある。そして、王と初めて面会した時、聞き覚えがあった。それが間違いないのなら、俺は一度会ったことがあるはずだ。
俺は姫と何処で会った?
俺はベッドの上で横になると、急に睡魔に襲われ、夢の世界へと誘われていく。
『………そう言えば、今日はやけに騒がしいよな』
青い鳥は何かあるはずだって、言っていたが、本当に、王都で何があるのだろうか?
『………お前、王都に住んでいるんじゃないのか?』
フードを被った少年が驚いた様子を見せる。
『俺はここより北にある小さな村に住んでんだよ。月に一度だけ、王都にいる赤犬さんって言う先生の元で魔法を教わりに来ているんだ』
後で、赤犬さんにでも聞いてみよう。王都に住んでいる赤犬さんなら、王都で何があるのかくらい知っているはずだ。
『………じゃあ、あの突風はお前が起こしたのか?』
彼はそんなことを尋ねてくる。
『まあな。赤犬さんと比べると、まだまだだけどな』
何たって、あの人が本気を出せば、あんな風なんて比じゃない。
『お前くらいの歳で、あそこまでできれば凄いと思う』
『そうか?俺の身近な魔法使いは赤犬さんしかいないから、他人と比べたことはなかったからな。いつも、赤犬さんに怒られてばかりだしな。お世辞でも、そう言ってもらえると、恥ずかしいな』
『本当に俺付きの魔法使いにしたっていいくらいだと思っている』
彼は真剣な口調で言ってくる。
『ありがとう。なら、俺が職に付けなくて、彷徨っていたら、拾ってくれよ』
俺は冗談でそう言うと、
『分かった。約束する』
彼がそう言うと、
『……… 』
突然、そう呼ぶ声がした。すると、彼はその声が聴こえた方へ振り向いたので、俺もつられるように振り向くと、俺と同じ漆黒を連想させるような髪と神秘的な輝きを放っている金色の瞳を持った青年がいた。その青年はここら辺ではあまり見たことがない。親父の話だと、黒い髪、黒い瞳は東方にある国特有なんだ、と言っていたが、彼も東方の国出身なのだろうか?
『あれほど、一人で歩くなと言ったはずだ。てめえは俺の言うことも聞けねえのか?』
その青年は彼にそんなことを言っていた。
『ごめん、 。でも、彼がここまで案内してくれたんだ』
彼は俺のことを見ると、その青年は俺の方をみて、
『迷惑をかけたな』
その青年は懐から財布を出し、札束を出してきた。
『こいつの迷惑料だ。受け取れ』
その青年はそんなことを言ってくるが、
『受け取れません。俺は連れ捜しのついででしたまでですから。そのお金はこの町の治安の為に国に寄付でもして下さい。それで、彼一人でも王都で歩けるようにして下さい』
俺はそう言って断ると、その青年は驚いた表情を浮かべる。
『それに、彼と出世払いで払ってもらうと約束しましたから』
俺がそう言って笑うと、彼も笑う。
『俺は連れを捜さなくてはいけないので、これで失礼します』
俺はそう言って、彼と別れた。彼にもちゃんと心配してくれる人はいるじゃないか、と呟いて………。
その後、綿飴を頬張ったあいつと出くわすのはもう少し後の話である。
頬に痛みが走る。俺はその痛みで、現実世界に引き戻される。瞼を開けると、目の前に黒龍さんがいた。フードから金色の瞳が見えてくる。
俺は寝ぼけているのかと目を擦るが、目の前から黒龍さんが消えることはない。どうして、彼が俺の上にいるのか分からない。
フードの隙間から見える金色の瞳は草食動物を襲おうとする肉食動物のような獰猛さがある。
「いい夢は見れたか、黒犬?」
彼はそんなことを言ってくる。
「それはもう飛びっきりいい夢でしたが、その前に、どうして、貴方がここにいるのか、教えてもらえませんか?」
「昨日、いや、一昨日聞いた返事をもらおうと思ってな」
「返事?三日くれると言う話じゃありませんでしたか?」
まだ、三日過ぎていないはずである。俺が机の上に置いてある懐中時計を見ようとすると、彼がその懐中時計を見せてくれる。針は十二時過ぎを指している。
「一昨日の夜、あんな面白いものを見せてもらって、俺が待てると思うか?前に言ったよな?俺は短気だって」
そう言って、彼は持っていた剣を俺の首筋に当てる。
「選べ。五体満足のまま俺に従うか、五体不満足のまま俺に従うか?」
「どちらにしたって、貴方に従うじゃないんですか!?………っつう」
俺がそう叫ぶと、右腕に痛みが走る。
「お前は五体不満足の方がお好みか?なら、まず右腕をもらおう。それでも、言うことを聞かないのなら、右足をもらおう」
彼がそう言うと、ゾクッと寒気が全身を襲う。彼は本気で言っている。下手に動けば、本当に俺の身体から右腕が永遠の別れをすることだろう。
「………そう言えば、お前はそう言った痛みは慣れていたな?なら、お前の大切な人間を消していけばいいのか?誰を消して欲しいか?お前の母親か、父親か?二人の弟か?それとも、赤犬か?」
誰だって、俺には簡単なことだ、と彼は狂気を帯びた瞳を向ける。
「………やめろ」
「やめねえよ。お前はあいつに傷を付けたんだから、それと同じ報いを受けてもらわなくては困るからな。といっても、最初に消すのはもう決まっているがな」
彼がそう言うと、扉が開く。そこには細剣を握りしめた青い鳥の姿があった。いつもは表情を見せないあいつの顔には怒りの感情が宿っていた。
「………寝込みに襲うとは趣味が悪いとしか言いようがありません。貴方は実力でねじ伏せる方がお好きではありませんでしたか?」
「そうだ。だから、てめえが来るのを待っていてやったんだ。有り難く思ってもらいたいな」
彼がそう言った瞬間、青い鳥は目にも止まらない速さで俺達の目の前に現れ、黒龍さん目がけて、細剣を刺す。
だが、彼は運動の苦手な魔法使いとは思えない超人染みた動きを見せて、青い鳥の攻撃を避ける。
「………てめえがそこまで考えなしだとは思わなかったな」
「私も短気です。こんな面白い光景を見せられて、我慢できるほど人間出来ていません」
青い鳥はそう言って、攻撃の手はやめない。
「お前とは気が合うな。だが、俺に刃を向けたということは死ぬ覚悟はもうできていると言うことでいいんだな?」
彼がそう言い放つと、その瞬間、彼の魔力がこの部屋に充満していく。こんなところで、彼に魔法を使わせるわけにはいかない。
俺はこの部屋に空間魔法を展開しようとして、魔法陣を展開させようとすると、
「訓練場に移動させて下さい」
青い鳥は俺がしようとしていることに察したのか、そんなことを叫んでくる。その時、黒龍さんはこちらを向くが、もう遅い。俺はこの部屋ごと、訓練場まで空間移動させる。
すると、俺の視界に訓練場が広がる。深夜と言うこともあり、訓練場には誰にもいない。あいつは訓練場に着いた途端、
「鏡の世界を展開して下さい」
こいつがそう叫んだ瞬間、訓練場の空間が歪む。俺はこれを知っている。そう、鏡の中の支配者と戦った時、彼が使おうとしていた特異能力………。
そこまで、考えた瞬間、俺は青い鳥を見る。あいつはまさか、こうなると予想して、事前に鏡の中の支配者に頼んだのか?一応、彼とは契約がある。だから、彼は約束を守る義務がある。
流石の黒龍さんも予想していなかった事態だったようだが、
「あははははは。これは傑作だな。俺がてめえをおびき寄せたと思ったが、逆に、俺がてめえに誘き寄せられたわけと言うことか」
彼は高笑いを浮かべた後、観客席の方を見て、
「………蒼狐、てめえも俺の敵ということでいいのか?」
そう言うと、突然、くすんだ蒼髪をした青年が姿を現す。そして、彼の隣には赤犬さんの姿も現れる。
「確かに、これは青い鳥ちゃんに頼まれたことではありますが、これは貴方の為だと思いますが?貴方が城を全壊したいと言うのなら、お兄さんはこの魔法を解きます。お兄さんにとって、貴方が勝とうが、青い鳥ちゃんが勝とうが、関係のない話です。私情を挟めば、青い鳥ちゃんに勝ってほしいのですが、どちらにしても、お兄さんはこの魔法を提供するだけで、貴方の闘いに介入する気など全くありません」
お兄さんは貴方と闘うほど命知らずではありませんから、と鏡の中の支配者はそう言ってくる。
「そうかい。手を出す気がねえなら、てめえは見逃す。そこにいる赤犬の方もな。まあ、俺にしても、そうしてもらうと助かるしな」
本気を出しても、建物が壊れないのは俺にしても嬉しいことだしな、と彼は言ってくる。
「まずは青い鳥に絶望を味あわせてから、俺に逆らったことを後悔させてやる。その後、じっくり、黒犬と愉しもうとするか」
彼はそう言って、青い鳥と俺を見てくる。一種の恐怖が全身を掛け巡る。だが………、俺は無意識にあいつを見る。
俺は一人ではない。青い鳥が付き合ってくれている。俺を助ける為に一緒に立ち向かっている。この先も、一緒にいる為に、今、彼を倒さないと、俺達に未来はない。
未来を勝ち取る為に、俺は城の主に闘いを挑むしかない。
次の瞬間、戦いの合図を知らせるかのように、爆風が吹き荒れる。
今、俺の一世一代の生死を掛けた戦いが始まる。