Ⅴ
とても高価な調度品などがあったと言うのに、例外なく、粉々となっていた。まるで嵐が通った後のような光景だった。
俺はただベッドの上で身動きができなかった。
部屋の中心に立つ一人の人影。その人物の凄さは知っていた、はずだった。だが、まさか、ここまで凄いものだと思いもしなかった。
誰も寄せつかない圧倒的な実力。神に愛されたとしかいいようもない天武の才。
神の子と言っても過言ではない彼を飼いならすことなどできることだろうか?それが例え、国のトップとして君臨するだろう王だって、無理な話である。事実、俺の父親だったあの男も彼を飼いならすことが出来なかった。そんな相手を俺が飼いならすことが出来るはずがない。
なら、彼はどうして、俺に従ってくれている?俺を守ってくれている?簡単な話だ。彼があの時の約束を守ろうとしていることに他ならない。
現に、彼は兄さんや青い鳥が仕出かしたことに気付いて、ここにやってきた。不幸中の幸い、兄さんが機転を利かせて、黒犬を連れて逃げなければ、あの二人は死んでいたかもしれない。
彼は俺を守る為に、行動してくれている。それなのに、彼に対して恐怖を感じずにはいられない。
俺の邪魔をしようとする人間が全て、この恐怖を味わっていたと思うと、俺はぞっとするしかなかった。
もしかして、俺はあの男と同じ行動を繰り返しているのではないだろうか?
***
翌日、王宮が半壊となったと言うニュースは瞬く間に城中に駆け巡った。話によると、侵入者が城に入りこみ、王宮へと入りこんだそうだ。その侵入者は未だ逃走中と言う話だ。
真実とは違うわけだが、そう言うことになっている為、王宮は宮廷騎士の手によって、封鎖されている。王も黒龍さんに付き添われ、安全の場所に避難しているそうだ。
その話を聞くと、罪悪感に押しつぶされそうになる。その侵入者と言うのは俺と翡翠の騎士であることは言うまでもない。まさか、俺がお尋ね者になる日が来るとは思わなかった。
とは言え、あの時は生きている心地がしなかったのも事実である。俺が姫と会った直後、空間魔法で目の前に現れた黒龍さんの姿を見た時は寿命が縮むかと思ったくらいだ。あの時の彼の姿は脳裏から離れない。憤怒に染まった彼の瞳に睨まれたら、どんな人間だって、冷静でいられるはずがない。
そして、どうやったって壊れるはずがない王宮を半壊させたのも他ならぬ黒龍さんである。あの時、翡翠の騎士が俺を抱えて、窓から脱出してくれなかったら、今頃、王宮に俺達の死体が二つ転がっていたことだろう。
その後、宮廷騎士やら、宮廷魔法使い達が騒ぎを聞きつけて、やってきたものだから、咄嗟に空間魔法を展開し、王宮から脱出したことは言うまでもない。
まあ、一つだけ笑えることがあるとしたら、侵入者の片割れである翡翠の騎士と共犯の青い鳥が王宮の警備をしている点である。王が王宮にいないとは言え、青い鳥達が警備している姿は何とも滑稽である。
黒龍さんは俺達が侵入者であることは知っているのだから、牢屋にぶっ込むなり、死刑にするなりすれば良かったのに、その行動を起こしていない。
翡翠の騎士は黒龍さんのシステムに必要だと言うことだから、彼に手出しが出来ないのは分かるし、青い鳥も加担したと言う物的証拠が取れないので、青い鳥に手を出すことが出来ない。だが、俺には物的証拠があるので、殺されても文句は言えない。それに、俺が消えたところで、黒龍さんにとって、デメリットが生じることはない。
この後、どう転ぶのか、俺には分からない。もし予測することが出来る奴がいたら、そいつは神としかいないだろう。
「………城に侵入者が入るなんて、宮廷騎士も落ちたものだよな。しかも、王宮まで侵入されるなんてな。黒龍さんが気付かなければ、王の身に何が起きたか分かったものじゃない。これで、宮廷騎士や宮廷魔法使いの弱体化が浮き彫りになったな」
宮廷騎士が王宮を警護し、軍が王都の街を警備している頃、俺の傍には紅蓮さんがいる。王宮侵入事件の為、訓練も、講義もなくなっているので、俺が紅蓮さんと一緒にいる理由などない。まあ、それは俺にとってだが。
「そうですね。誰も侵入者に気付かなかったみたいですからね」
俺はそう返す。宮廷魔法使いの何人かは黒龍さんと一緒に王の傍に付いている。黒龍さんが信頼している紅蓮さんが王の傍に付かなかったことに疑問を覚えるが、おそらく、彼は俺の監視役でも仰せつかったのだろう。成り行き上、俺が侵入者の一人なのだから。
「黒龍さんの話だと、侵入者の一人は魔法使いだったと言う話らしいからな。しかも、仲間には達人級の剣士がいたそうだ」
例え、他の宮廷騎士や宮廷魔法使いが気付いても、太刀打ちが出来なかっただろうな、と彼はそんなことを言ってくる。俺はそれを聞いて、目を見開く。
もしかして、この人、俺と翡翠の騎士が侵入者だと言うことに気付いているのでは………?
「……そうなんですか?それは初耳です。俺、爆睡していましたので、気付きませんでした」
「そうか。それは奇遇だな。俺もその時、爆睡していた。宮廷魔法使いの連中は気付いたようだけどな。その所為で、先輩達には怒られるわ、後輩には馬鹿にされるわ、大変だったぞ。俺もお前みたいな新人だったら、怒られることなどなかったものの、歳を重ねると、ろくなことがないな」
彼は苦笑いを浮かべる。
「………それは大変でしたね。でも、俺も嫌味言われましたよ?王と黒龍さんのお気に入りなら、王の危険にいち早く駆けつけるべきだと」
今朝、彼らの勝ち誇ったような顔を思い出す。俺の失態を知って、たいしたことがないじゃないか、と言わんばかりに嘲笑っていたような気がする。
とは言え、俺はその現場にいたので、いち早く駆けつける必要はなかったのだが………。
「お前はそうだろうな。と言っても、俺達が何もしなくても、先輩方がどうにかしてくれると思うし、黒龍さんがいるのだから、俺達がしゃしゃり出る必要もないだろうけどな」
彼は興味なさそうに言ってくる。
これではっきりした。彼は昨日の出来事に気付かなかったわけではない。気付いていて、その上で、気付かなかったフリをしただけだろう。彼は面倒くさいこと嫌う傾向がある。今回も、面倒事から避けようとして、俺の監視役と言った面倒事に当たってしまった。
おそらく、彼は自分の目の前で俺が変な行動を起こした場合、仕方なく、行動に出るだろうが、彼の目のないところでことを起こそうとするなら、邪魔はしてこないだろう。
逆を言ってしまえば、彼の目の前では行動を起こすべきではないことだ。
間違いなく、黒龍さんに次ぐ実力者は十中八九彼だろう。それには誰も気付いていないだろう。そう、黒龍さん以外は………。
穏便に事を済ませたいなら、彼の目の前で予想外の行動は取ってはいけない。と言うのに、そう言う時に限って、あいつは予想外の行動ばかりとってくれる。
いるはずのないあいつが俺達の目の前に現れて、手を振ってくる。これは俺が生み出した幻覚か?
「………ここで、貴方と会うなんて、奇遇です」
あいつは黒龍さんの監視の目があるにもかかわらず、俺のところまでやってくる。翡翠の騎士は何をやってやがる?こいつから目を離したら、何をしでかすか分からないことくらい、彼は分かっていると思ったのだが………。
「お前は王宮の警護をしているはずじゃなかったか?」
さぼってないで、帰れ、とそう促すと、悲しそうな様子を見せ、
「酷いです。翡翠の騎士の隙を掻い潜って、逃走してきて、貴方に会いに来ました。その苦労を貴方は否定しますか?」
「お前の方が翡翠の騎士の努力を水の泡にしているような気がするがな」
もし彼が胃痛で倒れたら、どう考えても、こいつが原因である。
「………初めまして。確か、貴方は紅蓮さんでした。いつも、彼がお世話になっています」
こいつは紅蓮さんの方を向いて、そんなことを言ってくる。
「………あ、ああ」
一方の紅蓮さんは予想外の出来事に動揺しているようだった。それはそうだろう。あいつはトラブルと不幸を運ぶことに関してはこいつの右に出る奴はいない。おそらく、彼にとって、こいつは苦手な類であるに違いない。
「貴方のことはよく聞かされていたので、一度会ってみたいと思っていました」
こいつがそう言うと、彼の視線は俺の方へ向く。だが、俺はこいつに彼の話なんてしたことなどないはずだ。それなのに、こいつはそんなことを言ってくる?
「………黒犬から聞いたのか?あまりぱっとしない話しかないとは思うけどな」
「貴方はとても優しくて、格好良くて、誰よりも強い自慢のお兄ちゃんだと言っていました」
いやいや。俺がそんなことを言うはずがない。青い鳥、本当にそれは誰から聞いた話だ?
すると、彼は信じられないと言わんばかりの表情で、目を見開いていた。
「貴方の弟さんや妹さん達が言っていました。彼らとはよく遊ぶ仲です。彼らが言っていたように綺麗な赤毛です」
こいつはそんなことを言ってくる。確か、彼は下級貴族の出で、兄弟は一人しかいないと言っていた。だから、彼には弟や妹などいるはずがない。こいつは何を言っているのだろうか?
「………青い鳥と言ったか?お前は何処まで知っている?」
彼はいつもの彼がとるとは思えないほどの鋭い視線であいつを見る。
「彼らから聞いたことしか、貴方のことは知りません。休暇をとると、彼らの為に美味しい食べ物を持ってきてくれるとか、魔法を見せてくれるとか」
こいつがそう言うと、
「………そうか」
彼は何故かホッと安心したような表情を見せる。
「もし彼らに会ったら、また遊びに行きます、と伝えて下さい」
そろそろ行かないと、翡翠の騎士に連れ戻されます、とこいつはそう言って、去っていた。
荒らすだけ荒らして、去る時はすぐに去る。本当に、嵐のような奴である。




