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プロローグ

 俺は溢れんばかりの涙を流していた。それがいつの頃かは思い出せない。ただ、その日が母親の命日だったのは覚えている。

 母親とは会話らしい会話をしたことがなかったが、それでも自分の目の前から消えることは悲しい。

『………泣いているのか?   』

 しゃっくりをあげている俺の隣に彼が座り、それと同時に頭を撫でる。

『………ねえ、   』

『   は の前から消えないよね?』

 俺は彼を見つめる。

 もし彼が俺の前から消えることになったら、俺は生きてはいけないだろう。

『心配するな。俺はいつまでもお前の傍にいて、守ってやるから』

 彼はそう言って、微笑んでくる。


 そんな追憶を思い出しながら、目の前の光景を見る。今日は綺麗な満月が見えるはずだが、雲に隠れて、月は勿論、星も見えない。暗闇が支配する空間。

『………これはどういうことだ!?』

 その中で、取り乱したかのように叫ぶ男の声。

 彼はこれが意味することを理解できていないらしい。

『王なら、王らしく、どんな時でも、威厳をもって行動するべきだとお兄さんは思いますが………、王だろうと、庶民だろうと、もとは人ですから、死が怖いという気持ちは分からなくはありません。とは言え、これはお兄さんの仕事なので、命乞いされても困ります』

 銀髪の青年がそんなことを言うと、空間が歪み、彼の体の自由を奪っていく。彼は俺や俺の近くに控えている白フードの男に助けを求めるように見てくるが、そんなことをしても、今さら遅い。

『………蒼狐。殺し方はてめえに委ねたが、ちゃんと、遺言を書かせてから殺せ』

 白フードの男はそう銀髪の青年に言う。それを訊いた彼は信じられないものを見るかのように、白フードの男を見る。

『………黒龍、お前……。私を殺したら、どうなるか分かっているのか?私を殺したら、お前の大切なアレがどうなってもいいのか?』

 彼は白フードの男に叫び散らすが、

『………もう貴方の時代は終わったんですよ、王。貴方は自分勝手が過ぎた。教会も貴方の愚行に目を瞑ることが出来なくなってしまった。流石の俺も、貴方を庇い切れませんから』

 白フードの男は死の宣告を言い放つ。それを聞いた彼は力なく倒れ込む。彼は罪なき人達を殺し過ぎた。そんな彼がこのまま生きていくことを許されるはずがない。

 次の瞬間、空間が歪み、彼の断絶魔が響き渡る。

 あの時は肉親が死んで、あんなにも悲しかったのに、今は涙を流すことはなかった。涙腺が既に枯渇してしまったのか、何も感じなくなってしまったのかは分からない。

 只一つ分かることがあるとしたら、彼が統治する時代が終わりを告げる。そして、新たな時代が始まる。


***

 俺は鏡の中の支配者(スローネ)との戦いの後遺症はさっぱりなくなり、マナーや礼儀を詰め込まれている日々を送っていた。無理矢理、やらされることになったこの仕事だが、今は充実した日々を送らせてもらっている。その仕事に裏さえなければ、このまま続けてもいいかな、と思いこんでしまうほど、やりがいのある仕事だと言える。

 一つだけ不満をあげるとしたら………、

「犬っころ、ちゃんと相殺しねえと、犬焼きになるぞ」

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、火の球を次々と俺に向けて、ぶつけるこの城のラスボスこと黒龍さん。最強の魔法使いである彼は俺様ルールで生きている自分勝手な人物である。俺が苦しんでいるところを見て、喜んでいる節が見られるので、真正のサドではないかと思い始めている。

 俺は水の壁を展開して、火の球を相殺しているのだが、彼の展開時間が人間業とは思えないほど早すぎるため、相殺しても、次から次へと火の玉が飛んでくる。その為、足や手には火傷しているところが沢山。これは拷問ではないか、と錯覚してしまうほどの訓練である。

 俺が宮廷魔法使いになり、俺と鏡の中の支配者(スローネ)、青髪青眼の少女、自称・青い鳥と翡翠の騎士が激闘を繰り広げたりして、気がついたら、一か月が経とうとしていた。とある事情からまだマナーや礼儀の講座は終わっていないが、「それはお前が勝手に倒れたんだから、遅れの分は自分で責任取れ」と、彼との地獄のマンツーマンレッスンが始まった。

 普通の新人宮廷魔法使いの訓練は先輩宮廷魔法使いが付くので、ベテラン宮廷魔法使いであり、王の側近でもある彼がたかが新人宮廷魔法使いの訓練に付き合うことはあり得ない。彼の話によると、お前に付き合えるほどの魔法使いは生憎、ここにはいねえんだから仕方ねえだろうが、だそうだ。

 上級者向けのスパルタ方式、というのはまだ早いと言うことで、今日は初級者向けのスパルタ方式をしてもらっているわけだが、それにしても、これほど鬼畜なスパルタはない。

 彼が展開している魔法は初心者魔法使いが最初に習う基礎中の基礎ではあるが、彼が使うと、初心者レベルが使う魔法とは思えないほどの威力とスピードになってしまう。

「ほれほれ、動きが遅くなってんぞ?黒焦げになりたくなければ、早く動け」

 彼はそう言うと、火の玉の展開時間がまた早くなる。今まで、手加減していたということですか?俺は彼のスピードに追い付くことが出来ず、もろに火の玉がクリティカルヒットを連発していく。そのまま、地面に倒れ、無様な恰好で転がっていると、彼は、

「こんなので、くたばってるんじゃねえよ」

 と、愛があるか知らないが、蹴りをお見舞いして、

「俺は腹減ったから、午前はこれで終わりにしてやる」

 自分で怪我は治しておけよ、とだけ言って、彼はいなくなってしまった。

 傍若無人とは彼の為にある言葉ではないか、と疑ってしまう。俺は酷い火傷を負った部分だけを医療魔法で治していく。

 懐中時計を見てみると、ちょうどお昼の時間帯で、午後はマナーや礼儀講座があるので、早く昼食を食べなければならない。

 とは言え、偶然か、それとも、必然なのか、俺は弁当なるものを持っている。食堂で食べる時間がないから、ではなく、青い鳥が「久しぶりに、貴方の料理が食べたくなりました。私の弁当を作って下さい」と、催促してきたため、こいつの為だけに弁当を作るのは嫌なので、自分の分も作ったわけである。

 もしかしたら、こいつはこうなることを予想して、そう言って来たのかもしれない。こいつの観察眼と洞察力はいつも驚かされているから。

 そう思い、俺が訓練場を出ると、訓練場の周りに芝生があり、今日はピクニック日和なので、芝生で広げて食べるのも悪くないかもしれない。

 俺はお弁当を広げる為に絶好の場所を探す為に、訓練場の周りを歩いていると、俺はとある女性とばったり出会ってしまった。

 ハニーブロンドの髪を肩まで伸ばし、碧の瞳をした現実離れをした美しさを持つ女性。何処となく、王に似た顔つきを持つ彼女はどう考えても、王の実の妹であり、“深淵の姫”とも呼ばれるイヴァラント姫である。

 彼女は世話役の侍女以外、姿を見た者は滅多にいないと言われている女性である。そんな彼女が兵士達くらいしか使わない訓練所にいたのか不思議で仕方がない。

「………あの、姫はどうしてここにいらっしゃったのですか?」

 思わず、俺がそう尋ねると、彼女はキョトンとした表情で、

「………え、姫?……あ、私のことですか」

 澄みきったソプラノの声で言ってくる。彼女の美貌と声を聞けば、たいていの男は見惚れてしまうだろう。俺も例外ではなく、彼女の声で、ドキンと心臓が高鳴る。

 おそらく、彼女は今までも、たくさんの男性を虜にしてきたのだろうか?その割には、彼女の婚約者の話は聞かない。

 もしかしたら、王がその話を断っているのかもしれない。

「………お兄様や黒龍に貴方のことを聞いて、興味を持ってしまい、見に来てしまいました」

 彼女はそう言って、満面の笑みを浮かべる。そう言われると、俺は何も言えなくなってしまう。たかが新人宮廷魔法使いである俺なんかに、姫様に興味を持たれるとは、これ以上の光栄なことはないだろう。

 とはいえ、俺は城でそこまで活躍をした覚えはないのだが?

「あら?貴方はここで食べるのですか?」

 彼女は俺が持っていた弁当を見て、そんなことを尋ねてくる。

「あ、はい。宮廷騎士にいる青い鳥に作らされましたので、ついでに、自分のお弁当を作ったのです」

 俺がそう答えると、何故か、彼女の表情が曇る。あれ?彼女は青い鳥のことを知らないのだろうか?入る直後ならまだしも、武道大会で、あそこまで活躍していたのだから、知っていても、おかしくはないと思ったのだが。

「………姫は青い鳥のことを知りませんでしたか?」

 俺が恐る恐る尋ねると、

「いえ、私はその方のことなら、お兄様に聞いています。変わったアイマスクを付けていらっしゃって、武道大会では翡翠の騎士と激闘を繰り広げていた方ですね?同じ女性として、凄いお方だと思います」

 彼女はそんなことを言ってくる。あいつは凄い奴だと思うが、お姫様が尊敬するような人物かはいささか疑問を抱く。

 あれは黒龍さんと匹敵するくらい自分勝手で、自分のしたいことしかしない我儘娘である。まあ、それでも、あいつの性格が最悪に見えないのは、こいつの行動原理が人の幸せになって欲しいと言うところだろう。

「………そう言えば、貴方と青い鳥さんはどう言う関係なのですか?」

 とても親しそうのようにみえますけど、と彼女は尋ねてくる。

「あいつとは八年前に俺の故郷に来てから以来の付き合いです。友達や親友と言うよりは、いわゆる腐れ縁とか、悪友と言った方がしっくりくるでしょう」

 あいつと恋人であることはもう論外である。この世界に、こいつと恋人関係を築くことのできる異性がいるかの方が謎である。

「………そうですか」

 彼女は少し寂しそうな表情を浮かべる。俺は何か言ってはいけないことを言ってしまっただろうか?俺がそう思っていると、

「………姫、ここにおられたのですか」

 何故か、黒龍さんがこちらにやってきた。彼は食堂で昼食を食べていると思っていたのだが……。

「侍女たちが心配しています。どうか、お部屋にお戻り……」

 彼は姫の隣に俺を見ると、驚愕の表情を浮かべ、

「どうして、てめえがいる?食堂に行ったんじゃねえのか?」

 そんなことを言ってくる。

「………いや、弁当を作ったので、外で食べようと思いまして。その時、ばったり会ったんです」

 俺がそう言うと、彼は苦虫が挟まったような表情をする。

「………まあいい。お前がここで姫と会ったことは誰にも言うな」

 いいな、と念を押される。俺は彼の迫力に負けて、頷いてしまう。

 とは言え、俺にはこの城で仲がいい奴などあいつくらいしかいないので、そんなことを言われなくても言うつもりはない。

「それより、時間はいいのか?」

 彼にそう言われて、俺は懐中時計を見ると、1時10分前を指していた。ここから行くとなると、少なくとも5分はかかる。

 この城は何かと時間にうるさい。多く見積もって、今から行かなくてはならない。今日は飯抜きですか?

「俺はここで失礼します」

 その時、彼女は名残惜しそうに俺を見ていた、ような気がした。

 おそらく、自意識過剰だろう。姫が俺のことをそんな風に思ってはくれるはずがない。

 俺は目的地に向かって、走っていく。

 ここから、俺達の運命の歯車が急速に回り始めたことに誰も気がつくことはないだろう。

 そして、青い鳥が不幸を振りまき始めようとしているのも、今の俺が知る由がない。

誤字・脱字などがありましたら、お願いします。

この話で、宮廷魔法使い編完結となります。しばらくお付き合いください。


次回投稿予定は12月8日となります。

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