婚約破棄?受けて立つ。~ぶちぎれ成金令嬢による経済制裁~
昔々、あるところにとにかく気性の荒い美しい令嬢、もとい、成金男爵家の娘がいました。
彼女は幼い頃から勝気な性格。
しかし、そんな彼女にあてがわれた婚約者は生粋の貴族でした。
彼女はそんな彼に合わせて貴族らしく、たおやかで穏やかな令嬢を演じていた。
そんなある日のことだったーー。
♢♢♢
豪奢な飾り付けが施された大広間。
そこに、私の婚約者の声が響く。
「リシエンヌ、貴様との婚約を破棄する!」
正面には婚約者と見覚えのあるご令嬢。
私はため息を噛み殺し、扇子で口元を隠す。
「あら、どうしてですか?」
癖のある黒髪を揺らし、一見すると冷たく感じられる金の瞳をふわりと柔らかく細める。
今まで演じてきたのと、同じように。
「平民ごときが、調子に乗るからこうなるのだ!」
私の声が聞こえなかったのか、無視したのか。
彼は胸を張ってそう言った。
「婚約破棄の理由は、お前が我が子爵家の運営する商会から横領した罪!これがその証拠だ!」
目の前に突き出されるたった1枚の書類。
私はしばらく沈黙し、扇子をパシリと閉じる。
口元に笑みを張り付けたまま、婚約者――パトリック・ディエルに問いかけた。
「それが、証拠ですか?」
「ああ、その通り!」
パトリックは自信に満ちた声でそう答える。
その顔に浮かんでいたのは勝利に酔っている者特有の優越感。
彼の隣に立つ子爵令嬢、リリー・パリャエルも同じ表情でこちらを見つめていた。
「へぇ・・・そうですか。」
柔らかいつぶやきが溢れた次の瞬間、不意に響く、低い声。
地獄の底から響くようなそれに、その場の空気がピシリ、と音を立てて止まる。
「・・・私を、怒らせたな?」
彼らは聴いたことがないであろう声、口調。
その主は、私である。
今まで浮かべていた穏やかな笑みを捨て去り、感情を表に出す。
私が彼らに対して抱いているのは、言葉通り、怒り。
今までどれだけお前らのことをフォローしてきたのか、知らずにこんなことを言っているこいつらは、ただのバカだ。
そんな奴らに媚びを売っていた自分にもキレる。
・・・もう、どうでもいい。
こっちだってうんざりだったんだ。
婚約破棄、か・・・。
私はふと、過去のことを思い出していた。
パトリックと婚約した日。
「よろしく、リシエンヌ。」
今から10年近く前の記憶。
彼はほおを染めそう言って手を差し出した。
「もちろんですわ、パトリック様。」
私は何度も何度も練習した柔らかい笑みを浮かべてその手を取った。
親が決めた婚約。
私たちはそれなりに絆を・・・育んでなかったわ。
ただただ婚約者の行動に振り回される日々だった。
まぁ・・・最後だし、軽く復讐させてもらおう。
それだけの力も、権利も、この手の中にあるのだから。
「な、成金風情が私たち貴族に怒ったとしても、痛くもかゆくもないぞ!」
パトリックが震えた声でそう叫ぶ。
・・・恐怖を感じていないなら、そんな言い訳言う必要ない。
「そ。じゃあ、この帳簿に見覚えは?」
私は手持ちのカバンから小さな手帳風の帳簿を取り出す。
表にかぎがかけられるタイプのものだ。
「そ、そんなものは知らない!」
パトリックは明らかに目を泳がせながらそう言う。
・・・頭の中腐ってんじゃない?
私がこれ持ってんだから、証拠を握られてる自覚を持てよ。
「この密輸の帳簿、セキュリティが甘すぎ。中に契約書まではいっているなんて、早く暴いてくれと言っているみたいじゃない。」
私は帳簿の間に挟まれていた1枚の紙を取り出し、ひらひらと揺らす。
そこにはパトリック・ディエルという名が記されていた。
「偽物だ!」
「あら、偽物らしいですわよ、元義父様?」
演じていた時のようにふわりと笑みを浮かべ、パトリックが婚約破棄を表明した頃から隣に立っていた男性をちらりと見上げる。
眉根にしわを寄せた彼はおもむろに口を開いた。
「それは、まぎれもなくお前のサインだ。・・・パトリック。」
「ち、父上・・・。」
実の父親の登場に、パトリックの動きが止まる。
次の瞬間――
「返せ!」
パトリックが契約書を私から奪い取り、びりびりと破く。
はぁ・・・ほんとにバカ。
「何枚もあるから、好きなだけ破けば?もっとも、原本は我が家の隠し金庫の中だけど。」
「くそ、くそっ!」
パトリックが半狂乱になって頭を抱える。
私は、今度はその隣でおろおろと彼を見おろしているリリーへと視線を向けた。
「それにしても、リリー、あんたはなんで私にこんなことができるのか不思議なんだけど。」
リリー、という名に反応し、彼女は顔を上げる。
「愛・・・愛のためよ!」
彼女はこちらをきっと睨みつけてそう叫ぶ。
うるさい。
「そう。なら、愛の力でお金の返済もしてくれない?」
懐から取り出したのは、これまた一枚の紙。
それは、金貨10万枚の借用書。
そこに記された名はヘンリー・パリャエル――彼女の父親である。
その下に記された名は私の父、ミカエル・アルフォンスだ。
「な、なに、それ・・・。」
たっぷりの沈黙の後、リリーがようやく絞り出した言葉はそれだった。
「なに?見ての通り借用書。私の父にあんたの父親が借金してるってこと。」
「そ、そんなわけないじゃない!最近は領地に人が増えて、税金が増えたって言っていたもの!」
大きな瞳に涙をためてそう言い返す彼女に私は無慈悲な宣告を突きつけた。
「パリャエル家の領地は発展した。その理由がこ、れ。」
パシパシと紙を軽くたたき、内容の説明をする。
「都市開発の資金が足りなかったんだって。ね、パリャエル子爵様?」
私は後ろを振り返り、リリーと同じ金髪の男性を振り返る。
初老に差し掛かった彼はただただ静かに頷いた。
「うそ、嘘よ!お父様、嘘だって言ってよ・・・。」
リリーはガクリと床に膝をついた。
私はうなだれて床にはいつくばっている2人を一瞥する。
今更過ぎ。
パトリックが重要な契約を破棄しそうになった時も。
子爵家所有の商会の経理担当が逃げ出した時も。
赤字経営を強行しようとした時も。
全部処理したのは、私。
少々すっきりした気持ちで、周囲を見渡す。
見覚えしかない貴族どもは怯えたように顔を引き攣らせた。
「ここにいるあんたらも、うちに少なからず借金してる。と、いうか、私がフォローしまくってるやつらばかり。にもかかわらず、なんで止めないのか。意味が分からない。」
睨みつけながら言葉を続ける。
「取引は全部中止。さっさと帰ってどうにかしろ。」
私はそう言い残し、踵を返した。
♢♢♢
「おや、もう終わったのかい?」
会場の外には一台の馬車が止まっていた。
その扉に寄りかかるように立っていたのは長身の男性。
「終わった。」
短く言葉を返し、彼を見上げる。
「そうかい?まだすっきりしてなさそうだけど?」
飄々と言葉を返す彼の整った顔面を殴りたい衝動を抑えつつ、私は口を開いた。
「テオの言ったとおりになったのが気に食わなかっただけ。」
「へぇ?でも、これで心置きなく商売ができるし、万々歳じゃない?」
「確かに?それに、アレも密輸なんて大罪犯してるから捕まるでしょ。」
「それを調べるのを手伝ったのは、誰だったかな?」
ニコリと笑みを浮かべてそういう彼の頭を小さい頃よくやっていたように、くしゃくしゃと撫でる。
彼はセットしていた自慢の銀髪を崩されたのが不満だったのか、ジトリとした目でこちらを見つめた。
婚約者の不倫、そして、今日婚約破棄の宣言があることを教えてくれたのは、幼馴染である彼、テオドールである。
「・・・ありがと。」
私の小さな呟きに、彼はククッと小さく笑みをこぼした。
「これくらい、お安い御用だよ。それに、これからは遠慮なく口説けるからね?覚悟しててよ、リシー。」
テオは愉しげにそう言うと馬車に乗り込む。
「商会への引き抜きは御免。うちの商会の方が大事だから。そろそろ、新しい交易路も開拓したいし。」
彼は一瞬動きを止め、なぜか苦笑した。
「そっちじゃないんだよなー・・・。」
私は首を傾げながら彼に手を引かれ、馬車に乗り込んだのだった。
♢♢♢
その1か月後、リシエンヌ・アルフォンスとテオドール・シュミッツの婚約が発表された。
その発表は、国に大きな衝撃を与えた。
国の頂点に並び立つ商家同士の結婚だ。
2人が並んだ様はまるで美しい絵画のよう。
漆黒の髪に金色の瞳のリシエンヌは月。
輝く銀髪にダークブルーの瞳のテオドールは星。
静かな見た目に反して騒がしい2人は時に喧嘩し、リシエンヌが勝利するまでが一括り。
そんな2人は時に協力し、双方が持つ商会を盛り立てながら幸せに暮らしましたとさ。
(終)
初めての短編だったので心臓バクバクで投稿しましたw
楽しんでいただけたら幸いです。




