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第9話 差し出し人不明の呼び出しは、だいたい火種

差出人不明のメモ、というものにロクな思い出はない。


 いや、そもそも人生でそんなものをもらった経験なんてほとんどないのだが、それでも分かる。

 これは、たいてい面倒ごとの入り口だ。


 机の中に入っていた、小さく折られた紙。

 そこに書かれていたのは、たった一文。


 『相談があります。放課後、旧校舎裏に来てください』


 名前はない。

 筆跡は丸くて、女子っぽい気もする。だが、その程度の情報で誰かを特定できるほど、俺はクラスメイトの字に詳しくない。


「……なんだこれ」


 ホームルーム前の教室で、小さく呟く。


 最初に思い浮かんだのは、もちろん七瀬ことりだった。

 でも、すぐに首を振る。ことりなら、こんな遠回しなことはしない気がする。呼び出すなら、まだ普通に声をかけてくるほうが自然だ。


 次に浮かんだのは、朝比奈みずき。

 しかし、あいつはもっと直接的だ。

 **「放課後、ちょっと来い」**くらいは平気で言う。わざわざ無記名のメモなんて回りくどいことはしない。


 藤宮つばさ?

 いや、あいつならメモにする前に教室の真ん中で言う。しかも面白そうな顔で。


 榊レナも、こういう回りくどさはあまり似合わない。

 必要なら普通に話しかけてくるタイプだ。


 となると、誰だ。


「白井くん」


「うわっ」


 考え込んでいたところに、横から声をかけられて本気で変な声が出た。

 振り向くと、ことりがいた。


「な、なに」


「それ、こっちの台詞なんだけど」


 ことりが少しだけ困ったように笑う。

 最近、この笑い方をよくする。たぶん俺がいちいち変な反応をするからだ。


「朝からすごい顔してたよ?」


「そんなに?」


「うん。机の中に何かいたみたいな顔」


「それはちょっとしたホラーだな」


「で、何があったの?」


 言いながら、ことりが俺の机のほうへ視線を落とす。

 俺は反射でメモを手の中に隠した。


「別に」


「今のは絶対別にじゃないよね」


「……いや、まあ」


 ことりの目が細くなる。

 やばい。この人、最近ちょっとだけこういうときの嗅覚が鋭くなってきた気がする。


「見せられないやつ?」


「見せられないっていうか、まだ何か分からない」


「何か分からない?」


「そう」


 俺がそこまで言ったときだった。


「なにそれ、怪しい」


 後ろからつばさの声。


 なんでいるんだ。

 いや、同じ教室なんだからいるのは当然なんだが、なぜこう毎回ベストではないタイミングで現れるのか。


 つばさは俺の机に身を乗り出すようにして言った。


「手紙? ラブレター?」


「違う」


「でも今“見せられない”って言ったよね」


「そこだけ切り取るな」


 つばさは楽しそうに笑う。

 ことりはその横で、少しだけ表情を硬くした。ほんのわずかだが、分かった。


「……ラブレターじゃないよ」


 ことりが先に言った。


「え、なんで分かるの?」


「白井くんの顔」


「顔で分かるんだ」


「最近ちょっとだけ分かる」


 さらっと言われて、俺のほうが一瞬止まった。


 つばさはそのやり取りを見て、完全に“おもしろいもの見つけた”顔をしている。


「はいはい、そういう自然な会話しちゃうんだねえ」


「藤宮さん、朝から元気だね」


 ことりが少しだけ低い声で言う。

 最近、ことりはつばさ相手だとたまにこういう顔をするようになった。たぶん、からかわれ慣れてきたというより、俺が絡むと少し素が出るのだろう。


 それはそれで、結構やばい気もする。


「で、結局なに?」


 つばさが聞いてくる。


「相談があるから、放課後どこか来てくださいって」


 そこまで言った瞬間、ことりとつばさの反応が同時に変わった。


「は?」


「へえ」


 ことりのほうは明確に驚き。

 つばさのほうは、かなり楽しんでいる。


「差出人は?」


「ない」


「それは怪しい」


「だから言ってるだろ」


「旧校舎裏とか?」


「……なんで分かる」


「うわ、本当に? ベタすぎない?」


「だから言ってるだろ!」


 俺が思わず少し大きな声を出すと、前の席の男子がちらっと振り返った。

 危ない。朝から変な注目を集めるのは避けたい。


 ことりはさっきより明らかに落ち着かない顔になっていた。


「……行くの?」


「まだ迷ってる」


「行かないほうがいいんじゃない?」


「まあ、普通に考えるとそうなんだけど」


「でも行くか迷ってるんだ」


「そこに“相談があります”って書いてあるからな」


 ことりが、少しだけ唇を結ぶ。


「白井くんって、ほんとそういうとこだよね」


「何が」


「困ってるかもしれないって書かれてたら、無視できないとこ」


 そう言われると、返しにくい。

 実際その通りだからだ。


 つばさが面白そうに頷く。


「分かる。たぶん罠でも行くよね」


「罠前提で言うな」


「でも行きそう」


「……否定しにくい」


「否定しなよ」


 ことりがすぐに言った。

 その口調は、少しだけ強かった。


「だって危ないかもしれないし」


「危ないっていっても校内だぞ」


「校内でも危ないものは危ないよ」


 ことりが真面目な顔で言う。

 するとつばさが、なぜか少しだけ笑みを収めた。


「それもそうだね」


 珍しくまともだな、と思ったが、たぶん“ことりが本気で気にしてる”と分かったからだろう。


「じゃあこうしよう」


 つばさが言った。


「行くなら誰かにだけは言っとく」


「誰かに?」


「誰でもいいけど。せめて、どこに行くか知ってる人を作っといたほうがいい」


 それはかなり真っ当な意見だった。


「たしかに」


「というわけで、私に言っといてもいいよ」


「おまえに言うと面倒なことになる未来しか見えない」


「失礼だなあ」


「事実だろ」


 ことりが小さく息を吐く。


「……私でもいいよ」


 俺とつばさが同時にことりを見る。


 ことりは少しだけ目を逸らしたが、それでも続けた。


「行くなら、ちゃんと無事に戻ってきたか知りたいし」


 その言い方は、何だか少しだけ距離が近かった。


「ことり」


「な、なに」


「名前」


「……あ」


 俺が無意識にそう呼んだらしい。

 ことりの顔がみるみる赤くなる。隣でつばさが口元を押さえた。


「うわあ」


「うるさい」


「いや、今のはうるさくなるでしょ」


 ことりは完全に固まっていた。

 俺も内心ではだいぶ固まっていたが、顔に出すとさらに面倒なので、できるだけ平静を装った。


「……とにかく」


 話を戻す。


「まだ行くか決めてない」


「でもたぶん行くでしょ」


 つばさが言う。


「……まあ、たぶん」


「でしょね」


 ことりは明らかに納得していなかったが、それ以上強くは言わなかった。

 その代わり、少しだけ真面目な顔で言う。


「行くなら、ちゃんと気をつけて」


「校内だって」


「それ、さっきも聞いた」


「はい」


「あと、戻ったら教えて」


「……分かった」


 そう答えると、ことりは少しだけほっとした顔をした。


 その一方でつばさは、楽しそうに頬杖をついて言う。


「いやあ、差出人不明の呼び出しとか、ラブコメっぽくなってきたねえ」


「面倒ごとっぽいの間違いだろ」


「それもラブコメの一部だよ」


 違いない。違いないが、認めたくはなかった。


     ◇


 その日一日は、メモのせいでずっと落ち着かなかった。


 授業中もふと机の中の紙を思い出すし、休み時間にはつばさがにやにやしながら「放課後だねえ」と言ってくるし、ことりはことりで何か言いたそうな顔を何度かする。


 みずきに至っては、二限目のあとに「今日なんかそわそわしてない?」と聞いてきた。

 鋭すぎる。

 ほんとに幼なじみは怖い。


「何もない」


「今の顔でそれは無理ある」


「最近みんなそればっかだな」


「最近の真央が分かりやすすぎるの」


 言い返せない。

 言い返せないが、全員で同じことを言わなくてもいいだろ。


 そして放課後。


 教室の中はいつも通り、帰るやつ、部活に行くやつ、だらだら残るやつで混ざっていた。

 俺は鞄を持ったまま、しばらく席を立てなかった。


 正直、行かないほうがいいとは思う。

 差出人不明。旧校舎裏。相談。

 言葉だけ並べると、怪しさしかない。


 でも、“相談があります”という一文が引っかかるのだ。

 もし本当に困ってるやつだったら。

 それを無視してあとから何かあったと知ったら、たぶん俺は後悔する。


「白井くん」


 ことりが近づいてきた。


「……行くの?」


「たぶん」


「やっぱり」


 ことりは予想していた顔をした。

 それが余計に申し訳ない。


「じゃあ、終わったら教えて」


「うん」


「絶対」


「分かってる」


 ことりは少しだけ迷って、それから言った。


「変なことになりそうだったら、すぐ戻ってきて」


「校内だから」


「それ、今日はもう聞き飽きた」


 ぴしゃりと言われた。

 少しだけつばさっぽい切り返しで、思わず笑いそうになる。


「……はい」


「よろしい」


 ことりが小さく息を吐いたところへ、つばさが割り込んできた。


「じゃ、実況よろしく」


「しない」


「えー」


「おまえは何を期待してるんだ」


「少なくとも何かは起きるでしょ」


「起きないほうがいいに決まってる」


「でも起きるんだよなあ、こういうのって」


 縁起でもないことを言うな。


 さらに、その少し後ろではみずきがこちらを見ていた。

 何か言いたそうだったが、結局口にはしない。


「じゃ、行ってくる」


 俺が言うと、ことりが小さくうなずき、つばさが手を振った。

 みずきだけは、ほんの少しだけ眉をひそめていた。


     ◇


 旧校舎裏は、名前のわりにそこまで不気味な場所ではない。


 古い校舎の壁と、裏手のフェンス、その向こうに見える小さな林。普段はあまり人が通らないだけで、別に怪談のひとつやふたつ生えていそうな場所ではない。

 ただ、放課後の静けさがあるぶん、少しだけ空気が違って見える。


 そこに、一人の女子が立っていた。


 背は低め。

 肩につかないくらいの明るい茶色の髪が、少しだけ跳ねている。制服の着こなしはきちんとしているのに、立ち姿だけ妙に落ち着きがない。

 胸の前で鞄のベルトを両手で握って、そわそわと辺りを見ている。


 見覚えはあった。

 同じ校舎で何度か見た顔だ。


 たぶん、一年生。


 俺に気づくと、その女子はぴんと背筋を伸ばした。


「あっ」


「……えっと」


 近づきながら、俺は記憶を探る。


「小日向、だっけ」


「はいっ!」


 やたら元気な返事だった。

 でも、その直後に慌てたように頭を下げる。


「す、すみません! 急に呼び出して!」


「いや、それはいいけど」


 いいのか?

 いや、まあ来たのは俺の判断だし、そこを今さら言っても仕方ない。


「相談って」


 俺が聞くと、小日向ひよりは一瞬だけ言葉を詰まらせた。


 そうだ。

 名前を思い出した。小日向ひより。

 一年の後輩で、よく友達と賑やかに歩いているのを見かける。明るくて、ちょっと慌てんぼうっぽい印象がある子だ。


「その……」


 ひよりは頬を少し赤くして、でも意を決したように言った。


「先輩、覚えてますか?」


「何を」


「この前の、あの、その……保健室の前で」


 保健室の前。


 そこでようやく思い出した。


 数日前の昼休み、保健室の前で、一年の女子が落とした書類を拾ったことがある。

 たしか、そのときも相手はかなり慌てていて、散らばったプリントを俺が何枚か拾って渡しただけだ。


「ああ」


 声が出る。


「もしかして、あのときの」


「はい!」


 ひよりの顔がぱっと明るくなる。


「やっぱり覚えててくれた!」


「まあ、一応」


 正直、そこまではっきり覚えていたわけじゃない。

 でも、思い出した今なら、目の前の表情とあのときの慌てぶりがつながる。


「先輩、あのとき何も言わなかったじゃないですか」


「何もって」


「だって、わたし、かなり恥ずかしい感じで転びかけてたし、持ってたものも散らばったし、もう最悪で……」


「そうだったな」


「なのに、全然笑わないで、普通に拾ってくれて」


 ひよりは胸の前で手をぎゅっと握った。


「それが、すごくうれしくて」


 ああ、またそれか。


 最近、こういう流れが多い。

 困っているやつを見て、反射で手を貸す。すると相手が思っていた以上に重く受け取ってくる。悪いことではない。ないのだが、今の俺の状況では、正直かなり危ない流れでもある。


「それで、相談って」


 俺が少し慎重に聞くと、ひよりはこくこくとうなずいた。


「はいっ」


「何」


「わたし、最近ちょっと失敗が多くて……」


「うん」


「その、先輩って、困ってる女の子をちゃんと助ける人なんだなって思って」


「……うん?」


「だから、また何かあったら相談してもいいですか!」


 間が抜けるほどまっすぐだった。


 俺は少しだけ目を丸くする。


「それで呼び出したのか」


「だ、だめでしたか!?」


「いや、だめっていうか」


 拍子抜けした。

 もっとこう、厄介な告白とか、変な依頼とか、そういう方向を想像していた自分が少し恥ずかしい。


「先輩、今すごく『そんなこと?』って思いましたよね」


「そこまでは思ってない」


「でもちょっと思いましたよね」


「ちょっとは」


「やっぱり!」


 ひよりが頬をふくらませる。

 その反応があまりにも素直で、思わず苦笑が漏れた。


「でも、相談くらいなら別に」


「ほんとですか!?」


「ただし、内容による」


「そこはちゃんとしてるんですね」


「当たり前だろ」


 ひよりは嬉しそうに何度もうなずいた。

 明るくて、反応が大きくて、いかにも一年生っぽい。


 だが、そのとき。


 少し離れた物陰から、誰かの気配がした。


 振り向く。

 だが、誰もいない。


「……?」


「先輩、どうかしました?」


「いや」


 気のせいかもしれない。

 ただ、妙に視線を感じたのだ。


 嫌な予感がして、俺は心の中で頭を抱えた。


 たぶんこれ、俺が思っているより、もっと面倒な形で見られている。


 そして、その予感はたぶん正しい。


「先輩?」


「ああ、悪い」


 ひよりが少し不安そうに俺を見る。


「とりあえず、今後は呼び出すなら名前書け」


「えっ」


「差出人不明で旧校舎裏は怪しすぎる」


「そ、そこは本当にすみません!」


 ぺこっと頭を下げる。

 その素直さは悪くない。でも、ほんとにやめてほしい。


 俺は小さく息を吐いた。


「じゃあ、帰れ。暗くなる前に」


「はいっ!」


 ひよりは元気よく返事をしてから、少しだけ迷い、最後に言った。


「先輩」


「何」


「やっぱり、先輩ってすごくいい人ですね!」


 そう言って、ぱっと笑った。


 その笑顔は、今までのヒロインたちとは違う種類のまっすぐさがあった。

 そして、だからこそ危険でもあった。


 俺はその背中を見送りながら、静かに確信する。


 ――これ、絶対見られてる。


 しかも最悪なことに、ことりか、みずきか、つばさの誰か、あるいは全員だ。


 差出人不明の呼び出しは、やっぱり面倒ごとの入口だった。

 しかも今度は、かなり元気な火種付きで。

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