表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/29

第29話 文化祭当日、模擬喫茶は修羅場の香り

 文化祭当日の朝、学校はいつもの三倍くらい騒がしかった。


 校門前には保護者らしき人たち。

 廊下には他クラスの呼び込みの声。

 体育館側からは吹奏楽部の音。

 いつもの学校なのに、どこを見ても“非日常”の顔をしている。


 二年A組の教室も、もう昨日までの準備風景とは別物だった。


 入口には手作りの看板。

 窓にはレース風の装飾。

 ポスターは目立つ位置に貼られて、机の並びは完全に喫茶店仕様。


「やば、思ったよりちゃんとしてる」


 真央が教室に入って最初に漏らした感想が、それだった。


「今さら?」


 ことりが笑う。


 そして、そのことりの格好を見た瞬間、真央は少しだけ言葉を失う。


 文化祭用のカフェ制服。

 ネイビー基調のワンピースに白いエプロン。髪は少しだけまとめてあって、昨日よりずっと完成された感じがする。


「……おはよう」


 真央がようやく言う。


「おはよう」


 ことりが少しだけ照れたように笑う。

 その笑顔が、もうだいぶ危ない。


「なに、その反応」


 後ろから、みずきの声。


 振り向けば、こちらも衣装を着たみずきが立っていた。


 同じ制服でも印象はかなり違う。ことりが柔らかく見えるのに対して、みずきはきりっとしている。エプロンの着こなし方まで、少しだけ性格が出ている気がした。


「いや、普通に驚いただけ」


 真央が言う。


「それ、ことりちゃんのときと同じこと言ってる?」


 みずきがじとっとした目を向ける。


「そこを拾うのか」


「拾うでしょ」


「まあでも、二人とも似合ってる」


 真央がそう言うと、ことりとみずきが同時に少しだけ止まった。


 そして、ほぼ同時に顔を赤くする。


「はいはい、朝からいいねえ」


 つばさがやってきて言う。


「文化祭って感じ」


「おまえは何でそんなに元気なんだ」


「当日だから」


 つばさは宣伝係らしく、腕章みたいなものをつけていた。妙に似合っているのが腹立たしい。


 レナは少し遅れて教室に入ってきた。

 こちらは衣装ではなく、保健委員兼救護係の腕章がついている。文化祭なのに一人だけ現実だ。


「救護セット、裏に置いたから」


「はいはい」


 つばさが手を振る。


「榊さんまで衣装着ればよかったのに」


「動きづらいから嫌」


「ぶれないねえ」


 そうしているうちに、開始時間が近づいてくる。


 模擬喫茶の初日は、午前中からそこそこ客が入った。

 最初はクラスメイトの知り合いや在校生、しばらくすると保護者や他学年の生徒も混ざってくる。


 ことりは接客がうまかった。

 みずきも、思ったより自然に笑っている。

 つばさは案内役として妙に有能だし、レナは裏方で全体のトラブルを潰している。


 真央は最初、完全に裏方のつもりだった。

 だが、客足が想定より多く、結局ホールにも出ることになった。


「白井くん、こっち案内お願い!」


 ことりに呼ばれ、トレーを持って動く。

 みずきに「テーブル五番、片付けて」と言われれば、そちらもやる。


「なんで俺が一番働いてる感じなんだ」


「そりゃ使えるからでしょ」


 つばさが笑う。


「雑用力が高い」


「褒めてないよな」


「褒めてないね」


 だが、そうやって真央が店内を動けば動くほど、“誰といるか”が目立つことになる。


「ねえ、あの二人息ぴったりじゃない?」


 客席から、そんな声が聞こえた。


 真央とことりが同時にそちらを見る。

 言ったのは隣のクラスの女子二人組らしい。完全に面白がっている顔だ。


「ち、違」


 ことりが言いかけて、客の前だと気づいて飲み込む。

 その不自然さが余計に怪しい。


「ほら、そこお冷や追加」


 みずきが少し強めの声で言う。

 助け舟、なのか対抗心なのかは分からない。たぶん両方だ。


 真央はそちらへ向かいながら、小さくため息をついた。


 修羅場の香りがする。

 しかも客のいる店内で。


     ◇


 午前のピークが落ち着いたころ、ひよりが一年の友達と一緒に店へ顔を出した。


「先輩!」


 入ってきた瞬間に声を出すな。


 心の中だけでそう思ったが、ひよりは今日も元気だった。制服の上からクラスTシャツを着ていて、いかにも自分の文化祭を回っている感じだ。


「ひよりちゃん、いらっしゃい」


 ことりが笑顔で迎える。

 接客モードのことりはかなり強い。どれだけ内心がざわついていても、それを客前には出さない。


「七瀬先輩、似合ってます!」


「ありがと」


「朝比奈先輩も!」


「どうも」


 みずきも短く返す。


 ひよりは店内をきょろきょろ見回してから、真央を見つけて嬉しそうに手を振った。


「先輩、やっぱり働いてる!」


「そりゃ働くだろ」


「かっこいいです!」


 その一言で、近くのテーブルにいた客がまたざわっとする。


 つばさが遠くで口元を押さえていた。

 レナは「また来たわね」という顔だ。


「ひよりちゃん」


 ことりが優しく言う。


「店内ではもう少し静かにね」


「あ、すみません!」


 ひよりは慌てて口元を押さえた。

 だが、その素直さが余計に目立つ。


 真央はひよりたちを席へ案内しながら、ほんの少しだけ頭痛を感じていた。


 文化祭当日。

 客前。

 衣装。

 そして、それぞれがそれぞれに真剣なまま、空気だけがどんどん濃くなっていく。


 模擬喫茶は大盛況だった。

 同時に、間違いなく修羅場の香りもしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ