第29話 文化祭当日、模擬喫茶は修羅場の香り
文化祭当日の朝、学校はいつもの三倍くらい騒がしかった。
校門前には保護者らしき人たち。
廊下には他クラスの呼び込みの声。
体育館側からは吹奏楽部の音。
いつもの学校なのに、どこを見ても“非日常”の顔をしている。
二年A組の教室も、もう昨日までの準備風景とは別物だった。
入口には手作りの看板。
窓にはレース風の装飾。
ポスターは目立つ位置に貼られて、机の並びは完全に喫茶店仕様。
「やば、思ったよりちゃんとしてる」
真央が教室に入って最初に漏らした感想が、それだった。
「今さら?」
ことりが笑う。
そして、そのことりの格好を見た瞬間、真央は少しだけ言葉を失う。
文化祭用のカフェ制服。
ネイビー基調のワンピースに白いエプロン。髪は少しだけまとめてあって、昨日よりずっと完成された感じがする。
「……おはよう」
真央がようやく言う。
「おはよう」
ことりが少しだけ照れたように笑う。
その笑顔が、もうだいぶ危ない。
「なに、その反応」
後ろから、みずきの声。
振り向けば、こちらも衣装を着たみずきが立っていた。
同じ制服でも印象はかなり違う。ことりが柔らかく見えるのに対して、みずきはきりっとしている。エプロンの着こなし方まで、少しだけ性格が出ている気がした。
「いや、普通に驚いただけ」
真央が言う。
「それ、ことりちゃんのときと同じこと言ってる?」
みずきがじとっとした目を向ける。
「そこを拾うのか」
「拾うでしょ」
「まあでも、二人とも似合ってる」
真央がそう言うと、ことりとみずきが同時に少しだけ止まった。
そして、ほぼ同時に顔を赤くする。
「はいはい、朝からいいねえ」
つばさがやってきて言う。
「文化祭って感じ」
「おまえは何でそんなに元気なんだ」
「当日だから」
つばさは宣伝係らしく、腕章みたいなものをつけていた。妙に似合っているのが腹立たしい。
レナは少し遅れて教室に入ってきた。
こちらは衣装ではなく、保健委員兼救護係の腕章がついている。文化祭なのに一人だけ現実だ。
「救護セット、裏に置いたから」
「はいはい」
つばさが手を振る。
「榊さんまで衣装着ればよかったのに」
「動きづらいから嫌」
「ぶれないねえ」
そうしているうちに、開始時間が近づいてくる。
模擬喫茶の初日は、午前中からそこそこ客が入った。
最初はクラスメイトの知り合いや在校生、しばらくすると保護者や他学年の生徒も混ざってくる。
ことりは接客がうまかった。
みずきも、思ったより自然に笑っている。
つばさは案内役として妙に有能だし、レナは裏方で全体のトラブルを潰している。
真央は最初、完全に裏方のつもりだった。
だが、客足が想定より多く、結局ホールにも出ることになった。
「白井くん、こっち案内お願い!」
ことりに呼ばれ、トレーを持って動く。
みずきに「テーブル五番、片付けて」と言われれば、そちらもやる。
「なんで俺が一番働いてる感じなんだ」
「そりゃ使えるからでしょ」
つばさが笑う。
「雑用力が高い」
「褒めてないよな」
「褒めてないね」
だが、そうやって真央が店内を動けば動くほど、“誰といるか”が目立つことになる。
「ねえ、あの二人息ぴったりじゃない?」
客席から、そんな声が聞こえた。
真央とことりが同時にそちらを見る。
言ったのは隣のクラスの女子二人組らしい。完全に面白がっている顔だ。
「ち、違」
ことりが言いかけて、客の前だと気づいて飲み込む。
その不自然さが余計に怪しい。
「ほら、そこお冷や追加」
みずきが少し強めの声で言う。
助け舟、なのか対抗心なのかは分からない。たぶん両方だ。
真央はそちらへ向かいながら、小さくため息をついた。
修羅場の香りがする。
しかも客のいる店内で。
◇
午前のピークが落ち着いたころ、ひよりが一年の友達と一緒に店へ顔を出した。
「先輩!」
入ってきた瞬間に声を出すな。
心の中だけでそう思ったが、ひよりは今日も元気だった。制服の上からクラスTシャツを着ていて、いかにも自分の文化祭を回っている感じだ。
「ひよりちゃん、いらっしゃい」
ことりが笑顔で迎える。
接客モードのことりはかなり強い。どれだけ内心がざわついていても、それを客前には出さない。
「七瀬先輩、似合ってます!」
「ありがと」
「朝比奈先輩も!」
「どうも」
みずきも短く返す。
ひよりは店内をきょろきょろ見回してから、真央を見つけて嬉しそうに手を振った。
「先輩、やっぱり働いてる!」
「そりゃ働くだろ」
「かっこいいです!」
その一言で、近くのテーブルにいた客がまたざわっとする。
つばさが遠くで口元を押さえていた。
レナは「また来たわね」という顔だ。
「ひよりちゃん」
ことりが優しく言う。
「店内ではもう少し静かにね」
「あ、すみません!」
ひよりは慌てて口元を押さえた。
だが、その素直さが余計に目立つ。
真央はひよりたちを席へ案内しながら、ほんの少しだけ頭痛を感じていた。
文化祭当日。
客前。
衣装。
そして、それぞれがそれぞれに真剣なまま、空気だけがどんどん濃くなっていく。
模擬喫茶は大盛況だった。
同時に、間違いなく修羅場の香りもしていた。




