第21話 文化祭衣装会議、女子たちの温度差がやばい
文化祭準備の中でも、衣装決めというやつは、たぶん特別に危険な工程だ。
理由は簡単で、普段なら見ないものを見ることになるからだ。
その人がどんな服を選ぶか。
どんな格好を嫌がるか。
逆に、どんなときに少しだけ嬉しそうな顔をするか。
そういうのは、意外と全部、その人の本音に近い。
そして今の俺たちみたいに、ちょっとややこしい感情が生まれ始めている状況でそれをやると、当然ろくなことにならない。
「よし、今日は衣装の方向性決めるよー!」
放課後、教室の前方で藤宮つばさが妙に張り切った声を出した。
「なんでそんな楽しそうなんだよ」
俺が後ろの机を移動させながら言うと、つばさはにやっと笑う。
「文化祭で一番おもしろ――大事なイベントだから」
「今“おもしろい”って言いかけたよな」
「気のせい気のせい」
便利すぎるだろ、その言葉。
その日の議題は、模擬喫茶の衣装だ。
メイド風にするのか、カフェ制服寄りにするのか、あるいはもっとシンプルにエプロン程度で済ませるのか。
男子からすれば“何でもいい”と言いそうな話題だが、女子側からするとわりと重要らしい。
そして、その“わりと重要”の温度差が、今のこのクラスにはかなり危険だった。
「私は、あんまり露骨じゃないほうがいいと思う」
最初にそう言ったのは、ことりだった。
机の上に雑誌の切り抜きとスマホの画像を並べながら、少しだけ真面目な顔をしている。
「露骨って?」
つばさが聞く。
「えっと、いかにも“男の子受け狙いました”みたいなやつ」
「なるほど」
「文化祭だし、可愛いのはいいと思うんだけど」
ことりは少しだけ視線を落とす。
「やりすぎると、逆に落ち着かないかなって」
その意見は、いかにもことりらしかった。
ちゃんと可愛くはしたい。けれど、必要以上に目立ちたくはない。そういうバランス感覚だ。
「私は賛成」
レナが言う。
「接客なら、派手さより清潔感と動きやすさのほうが大事だし」
「榊さんは真面目すぎるんだよなあ」
つばさが笑う。
「でも、そこが正しいんだよね」
一方で、みずきは少し違う方向から口を開いた。
「可愛いのはいいけど、“媚びてる感”があるのは嫌」
「それな」
つばさが即座に頷く。
「朝比奈さん、そのへんの言語化うまいよね」
「べつに普通でしょ」
みずきはそう言いながらも、机の上の候補写真を指先で弾いた。
「文化祭って、普段よりちょっと可愛く見せたいのは分かる。でも、“どうですか”って感じのは違う」
その言い方は、ことりの意見に近いようで、少しだけ違った。
ことりは“目立ちすぎたくない”。
みずきは“変に媚びたと思われたくない”。
似ているが、根っこが違う。
「つまり二人とも、可愛いのはいいけど、わざとらしいのは嫌ってことね」
つばさがまとめる。
「まあ、ざっくり言うと」
ことりが頷く。
「そう」
みずきも言う。
そこまでは、わりと平和だった。
問題は、そのあとだった。
「じゃあ、男子代表」
つばさが当然のように俺を見た。
「白井くん、どう思う?」
「なんで俺」
「そこにいるから」
「理不尽だな」
「あと、こういうときの“男子目線”って一応必要だし」
「いらない気もするけど」
「いる」
断言するな。
視線が集まる。
ことりが少しだけ緊張した顔になる。みずきも明らかにこっちを気にしている。レナは無表情だが、つばさは楽しそうだ。
最悪である。
「……カフェ制服っぽいほう」
俺はできるだけ無難に答えた。
「理由は?」
つばさがすぐ追い打ちをかける。
「メイド寄りだと、なんか強い」
「強い?」
「いろいろ」
「雑だなあ」
「雑でいいだろ、そこは」
だが、ことりは少しだけ納得したように頷いた。
「たしかに、分かるかも」
「私も」
みずきも続く。
「変にコスプレっぽくなると、そっちに意識行くし」
「そっちって何」
俺が聞くと、みずきは一瞬だけ詰まってから言った。
「……いろいろよ」
便利な逃げ方を覚えたな。
「でも、完全に普通の制服みたいなのも面白くないんだよねえ」
つばさがスマホを操作しながら言う。
「この辺とかどう? カフェ制服寄りだけど、リボンとエプロンで少しだけ華やか」
見せられた画像を、ことりがのぞき込む。
みずきも少し遅れて寄ってくる。
「……あ、これいいかも」
ことりが言う。
「派手すぎないし」
「まあ、悪くない」
みずきも認めた。
「色味も落ち着いてるし」
「じゃ、第一候補はこれだね」
つばさがまとめる。
「問題はサイズ感と、実際に着たときどう見えるか」
その瞬間、俺は嫌な予感がした。
そして嫌な予感は当たる。
「……試着するのか」
思わず言うと、つばさが満面の笑みで頷いた。
「当然」
「当然みたいに言うな」
「衣装会議なんだから当たり前でしょ」
ことりが少しだけ目を逸らす。
みずきは表情を崩さないふりをしているが、耳が少しだけ赤い。
レナだけが冷静だ。
「それで合ってると思う」
「榊さん、こういう時だけ容赦ないよね」
つばさが笑う。
「必要な手順なだけ」
その通りではある。
その通りだから逃げられないのがつらい。
◇
幸いにも、その場で更衣室が使えるわけではなかったので、今日は候補を絞るだけで終わる――かと思った。
だが、文化祭準備の資料を取りに行っていたクラス委員の女子が、なぜか運よく予備のサンプル衣装を持って戻ってきたのだ。
「去年の残り、貸してもらえたよー」
そう言って掲げられたのは、ネイビーと白を基調にしたカフェ風の制服だった。
クラシック寄りのワンピース型に短めのエプロン。胸元には控えめなリボン。メイド服ほど露骨ではないが、十分に“普段とは違う”感じはある。
「……タイミングよすぎない?」
俺が呟くと、つばさがにやっと笑う。
「神が見てるね」
「やめろ」
「じゃあ、ことりちゃん一回着てみてよ」
「えっ、私!?」
ことりが明らかに狼狽える。
「第一候補だし、サイズ的にも近そうじゃん」
「で、でも、いきなりは……」
「私もあとで着るから」
みずきが言う。
その言い方が、妙に真剣だった。
ことりだけに着せるわけにはいかない、という牽制でもあるのだろう。
「朝比奈さんがそう言うなら決まりだね」
つばさが勝手に話を進める。
「いや、決めるな」
俺が言ってももう遅い。
女子たちは更衣スペースを簡易的に作るために、黒板側へ机を寄せ始めている。
「白井くん」
ことりが小声で言う。
「なに」
「ちょっと、外にいて」
「当たり前だろ!」
思わず声が大きくなる。
つばさが腹を抱えて笑った。
「いや、さすがにそこまで天然じゃないって」
「今の流れで疑われるのが心外だわ」
結局、俺は男子数人と一緒に廊下へ追い出された。
だが、追い出されたはずなのに落ち着かない。なぜなら、このあと“試着した感想を言わされる未来”がかなり高い確率で見えていたからだ。
「白井、おまえ顔死んでるぞ」
クラスメイトの男子が言う。
「察してくれ」
「文化祭楽しそうじゃん」
「おまえと立場交換してくれるなら喜んで」
「それは遠慮しとく」
賢明な判断だ。
◇
数分後、扉が開いた。
「いいよー」
つばさの声。
教室に戻ると、まず最初に目に入ったのはことりだった。
ネイビーのワンピース型制服に、白いエプロン。
髪はそのままだが、普段の制服とは印象がかなり違う。派手ではない。だが、その“少しだけ特別”な感じが妙に文化祭らしい。
ことりは教室の前方で立ち尽くしていた。
恥ずかしいのか、肩が少しだけ上がっている。けれど、逃げ出すほどではなく、ちゃんと立っている。
「……どう?」
小さな声で聞かれた。
その瞬間、教室の空気が一気にこちらへ寄ってくる。
つばさが期待に満ちた顔をしている。
みずきもまだ私服ではないが、ことりの様子を見ながらこっちの反応をうかがっている。
レナは少し離れたところで、静かに腕を組んでいる。
逃げ場がない。
「……似合ってる」
結局、思ったことをそのまま言うしかなかった。
変に気の利いた言葉を探す余裕なんてない。
でも、嘘は言いたくなかった。
ことりは一瞬だけ止まった。
止まって、それから、みるみる顔を赤くする。
「そ、そう……?」
「うん」
「どこが?」
「どこがって」
聞き返されて困る。
「文化祭っぽいし、ことりに合ってる」
言いながら、自分でもわりと危ないことを言っている気がした。
だが、ことりはそれを聞いて、言葉を失ったみたいに固まっている。
「……はい、そこで追撃入れるんだ」
つばさが小声で言う。
「やめてくれ」
「ことりちゃん、心拍数やばそう」
「やめろって」
しかし、ことりの反応は本当にそれに近かった。
耳まで赤い。視線も泳いでいる。口を開きかけて閉じるのを二回くらい繰り返して、ようやく小さく「……ありがと」と言った。
その声がやたら小さくて、俺のほうが変に意識する。
「じゃあ次、朝比奈さん」
つばさが楽しそうに言う。
「はいはい」
みずきは妙にあっさりした顔でサンプル衣装を受け取った。
あっさりしているが、明らかに内側では何かが燃えている。
ことりが早々に更衣スペースへ逃げ込むように戻るのと入れ違いで、みずきが着替えに入った。
「……白井」
つばさがぼそっと言う。
「なに」
「今の、だいぶ効いたよ」
「知らない」
「いや、知っときなよ」
「知ったら余計ややこしいだろ」
「もう十分ややこしいんだよなあ」
その通りすぎて反論できない。
みずきが戻ってきたのは、ことりより少し早かった。
同じ制服なのに、印象はかなり違う。
ことりは柔らかい。みずきはきりっとしている。元の雰囲気が違うから、同じ服でもまるで別物に見えた。
「どう」
今度は、みずきのほうが先に聞いてくる。
しかも、ことりのときより少しだけ攻めた目だ。
逃げるなよ、と言われている気がする。
「……似合う」
俺は言った。
「でも、ことりとタイプ違うな」
「タイプ違う?」
「ことりは柔らかい感じだけど、みずきはちゃんとして見える」
「ちゃんとして見えるってなによ」
「褒めてる」
「雑」
みずきはそう言いながらも、頬が少しだけ赤かった。
そして、その横でことりが“ちゃんと褒めてるんだ……”みたいな顔をしているのが見えて、俺は頭を抱えたくなった。
つばさは完全に面白がっているし、レナは「今日はよくやったほうね」という顔だし、もう何もかも嫌になる。
「……で?」
ことりが小さく言う。
「どっちがいいの」
教室の空気が止まった。
「え?」
俺が聞き返すと、ことりははっとして目を見開いた。
「あ、いや、違うの! そういう意味じゃなくて!」
「いや、どう聞いてもそういう意味だろ」
つばさが楽しそうに言う。
「藤宮さん黙って!」
ことりが言い返す。
みずきは一瞬だけ固まったあと、ことりを見る。
そして、少しだけ唇の端を上げた。
「……そうだよね。聞きたくなるよね」
その言い方は、棘というより共感だった。
ことりが困った顔になる。
俺はその二人を見て、ようやく気づく。
これはもう、衣装会議じゃない。
完全に、“真央の反応に対する女子たちの温度差確認会”だ。
「どっちも似合ってるで終わりじゃだめか」
俺が言うと、つばさがすぐに答える。
「だめ」
「なんでおまえが答えるんだよ」
「みんな聞きたいと思うし」
レナがそこで、静かに口を挟んだ。
「印象が違うんだから、比較するのがそもそも間違いでしょ」
「おお、まとも」
俺が思わず言うと、レナが少しだけ眉を上げた。
「なに、その失礼な感想」
「いや、助かった」
「ならよかった」
ことりとみずきは、完全には納得していない顔だった。
でも、それ以上は追及しない。
結局その日の会議では、カフェ制服寄りの路線に決まり、細かい調整はまた後日になった。
衣装会議としては、それで十分な成果だろう。
だが、ラブコメ的には完全に別の何かが進んでいた。
◇
会議が終わり、教室の片付けをしているとき。
ことりが、ふいに俺の近くへ来た。
「白井くん」
「ん?」
「……さっき、ありがと」
「何が」
「似合ってるって言ってくれたこと」
ことりは視線を合わせないまま言う。
「うれしかった」
その一言に、俺はまた変に言葉を失う。
「いや、ほんとのことだし」
「そういうとこ」
「またそれか」
「だって」
ことりが少しだけ笑う。
「白井くん、そうやって普通に言うから」
それ以上は続けず、ことりは逃げるように少し離れた。
その背中を見送りながら、俺は小さくため息をつく。
文化祭衣装会議。
たかが衣装決め。
されど衣装決め。
女子たちの温度差は思っていた以上にやばく、俺の一言は思っていた以上に効いてしまうらしい。
やっぱりこの文化祭準備、平和に終わる気がしなかった。




