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山の会

作者: 海野幻創
掲載日:2025/12/18

 山の会を結成した。山登りをするわけでも山について調べるわけでもない。ただ名前に山の字が入っている連中がその場にたまたま集まっていたから、冗談で言っただけだった。

 俺は山本だ。メンバーは他に田山に山川、木山に亀山と被ることもなく色々と揃っている。

 職場の喫煙室でそんな話になったのだが、気も合う連中だったから飲みに行こうということになった。


 その翌日、喫煙室で顔を合わせた部下の丸山が声をかけてきた。

「私も入れていただけませんか?」

「なんのことだ?」

「その……山の会に」

 ああ! こいつも山が入っている。どこで聞きつけたのかわからんが、まあいいだろう。俺は快諾した。


 それから日に日に声をかけられるようになった。神山に山田、檜山に山下と、よくもまあこんなに山の字のつく人間がいたものかと感心した。どこかで噂にでもなっているのか、今まで話したことのないやつにも請われるようになった。


 終いにはこんなやつらも現れた。

「岩田というのですが……」

「岸辺にも山の字が入ってるだろ?」

「谷岡だ。岡の字に山が入ってる!」


 さらにはこうだ。

「名前が崇です。一応山の字が……」

「両太郎と申します。両のところに山がありますよね?」


 みなどうしてそんなに山の会に入りたいのか。

 その週末の山の会は、つまりはただの飲み会だが、膨れ上がって35人ものメンバーが集まった。


 山の会と言っても山の話はしないし、名前の由来を語り合うこともない。ただ会社の同僚として飲む、いつもの飲み会となんら変わりはない。

 それでも普段は集まらないメンバーだからか新鮮で、部の違う役職付きの上司やら部下やらが初めて酒を酌み交わして、なかなか楽しい時間を過ごした。

 こういう珍奇な会も悪くないと、飲みながら俺はそう思った。


 翌週の月曜日、朝から会議があった。寝坊したせいで朝食を抜いていたか腹が鳴り大変だった。時間は早かったが終わるとすぐに社食へ駆け込んだ。会議の議事録は午後にまとめればいい。とりあえず腹ごなしだ。


 A定食を頼みトレーに乗せてもらって、俺はテーブルについた。思ったよりも早めの昼食をとるやつはいるようで、空いてはいるが知った顔が何人も食事についている。声をかけられたが俺は固辞して、ゆっくり食べようと誰もいない窓際の席を選んだ。


 スマホを見ながらパクついていると、いきなり前の席に誰かが座った。空いていてわざわざこの席を選んだのだから俺に用事がある誰かだろうと、スマホから視線をそちらへ移した。

 知らない顔だった。


「山本さん、いになり申し訳ありません。私は中村といいます。一つ後輩で営業部にいます」

 山の会への入会かと思ったが、中村じゃ違うな。それともまた崇だの両太郎だの、名前に山の字でも入っているのというのか?

「中村さん、はじめまして。……いかがしましたか?」

 一つ先輩だが、体育会系でもない俺は丁寧な言葉を選んで先を促した。


「はい……それがですね、山の会に入りたいのです」

 やっぱりそうか。

「はあ、中村さんのお名前は?」

「省吾です。浜田省吾と同じ省吾」

 そんな古い歌手の名前の漢字など知らない。曲を聞いたこともなければ、名前もそういえばそんな歌手もいたな程度に聞き覚えがあるだけだ。それを中村に伝えたら、スマホのメモアプリに入力して見せてくれた。山の字なんて入っていないじゃないか。


 俺の表情から察したのか、中村は続けた。

「はい。今はまだ山の字は入っていません」

 今はまだ? どういうことだ?

 おれが考えていると中村はさらに続ける。

「来月結婚するんですが、彼女の名前が山城なんです。彼女の籍に入ろうかと思いまして」

 俺は驚いた。そんなことのために名前を変えるのか?

 俺が驚いた顔で言葉に詰まっていると、言葉足らずだと思ったのか中村は説明を始めた。

「いえ、それだけが理由ではありません。僕は三男坊で、彼女は一人っ子。以前から自分の籍に入ってくれないかと彼女に言われていたんです。でもずっと悩んでいて……そこで山の会の噂を聞いて、その会に入れるならいいかって。彼女の籍に入る決心がつきました」

 そんな理由でいいのか? 俺はそう中村に聞こうとしたが、中村はようやく安堵したといった晴れやかな表情を浮かべている。まあ、本人がいいならいいかと、俺は快諾した。


 しかし面白いものだ。たかが名前だけの会なのに、結婚するカップルのどちらの籍に入れるのかを左右したのだ。背中を押すきっかけになるとは、なんでもやってみるものだなと不思議にも満足感を覚えた。


 その週も5人の人間が山の会に入会した。早速会を開いて欲しいとの頼みで、週末には第三回山の会が開催された。


 それから毎週恒例となり、第四回第五回と週末になる度に山の会は開催された。

 何十人もの団体が常連となったのだ。居酒屋もお得意さん扱いをしてくれるようになり、単なる職場の集まりではなく山の会で……と説明をしたら爆笑の末、『山の会御一行様』との垂れ幕を用意してくれた。そんな垂れ幕などこの居酒屋で一度も見たことがなかったので、笑わせ返しのジョークなのだと俺は笑ったが、会のメンバーはそれでも嬉しかったようで、その垂れ幕の前で集合写真を撮ったり、それに引きづられたのか会のグッズを作ろうと案を出し始めたり、LINEグループを作ったりと、ますます会らしくなってきた。


 ただ山の字が入っているだけなのに、山について会話をするわけでもないのに、と俺は不思議だったが、敢えて水を差すようなことは言わないでいた。もしかしたら皆も同じように不思議に思っていたのかもしれない。しかし、何でもいいから輪を作る、グループを作ってその一員になる、というのは社会人になるとなかなか機会はないものだ。集団活動の喜びが根源にあったのかもしれない。


 そんなある日のこと、おれはまた声をかけられた。知らないやつである。最近は見知らぬ人間が話しかけてくると、山の会への入会だと思うようになった。それ以外で俺に声をかける理由などないからだ。


「山の会ですか?」

 名乗られる前に俺は聞いた。

「あ、わかりました? 実はそうなんです。山本さんにお願いすれば入れてもらえると聞きまして」


 なぜかみな俺に入会を申請してくる。どうしてそうなったのかはわからないが、俺が最初に山の会という単語を言ったことは覚えているから、メンバーは俺が担当することだと思っているのかもしれない。


「そうですか。失礼ですがお名前は?」

「あっ、そうですね。私は木下潤です」

 きのしたじゅん? 山の字は入っているのか?

 木下は俺の心の声が聞こえたのか、何も返答していないのに続けて言った。

「はい。確かに山の字は入っておりません」

 では中村のように婿になって妻の籍にでも入るのだろうか?

「……結婚はしています」

 こいつは俺の心を読んでいるのか? 何も言っていないのに木下は俺の疑問にすぐに答える。俺は少しビビった。

「ですが、離婚しようと思いまして……」

 なるほど、木下は妻の籍で、離婚して旧姓に戻れば山の字が入った名字になるのか。

「いえ、旧姓は高橋です」

 俺もいい加減声を出すべきだが、この妖怪サトリの化身である木下の前では不要な気もする。

「……浮気相手が山野辺でして……」

 今度は表情に出した。俺の驚いた顔を見た木下は気恥ずかしそうな表情のあと、後ろめたいのか声を落とした。

「妻に不満はなくまだバレてもいませんが、子供もいないことですし、山の会に入れるなら妻を替えてもいいかと……」

「そんなことのために離婚するのは良くないと思います」

 とうとう俺は声で反応を返した。これは断固として口に出さなければと思ったからだ。

「しいっ!」木下は人差し指を立てて口元に当てた。

「……別に構わないでしょう? 浮気相手の方が若くて可愛いですし、妻とは新婚以来ご無沙汰で、家事もやらされているんです。今の婚姻生活を続けるよりも浮気相手の方がよっぽどいい。山の会はただきっかけに過ぎません」

「それでも……」俺は静かにしろと言われても声を大きくしてしまう。

「山本さん、次の山の会はいつですか?」木下はいきなり話題を変えた。

「えっと……毎週末やってますから、次は明後日ですかね?」

「わかりました。それまでに再婚したら、明後日の会には参加できますかね?」

 はあ? そんな急に……

 俺は口でも心の中でも呆れて何も言えなくなった。

「場所は山昇炎(さんしょうえん)ですよね?」

山昇炎とはいつもの居酒屋の店名だ。

「……はい」

「わかりました。では明後日」

そう言って木下は去っていった。



 本気で再婚するのだろうか。この二日の間に? とてもではないが信じられない。

 しかし週末になって山の会に顔を出すと、木下の姿はあった。亀山と楽しげに話している。俺に気がついたのか、木下は頭を軽く下げた。

 どうやら本当に山野辺になったようだ。亀山が豪快に笑いながら木下をそう呼んでいる。


 山の会も今や50人にまで膨れ上がり、居酒屋も俺たちのために二階の大広間を用意してくれるようになった。

 50人の団体などまとめた経験などない。俺の手には余るようになってきた。


 翌月曜日に出勤すると、声など一度もかけられたことのない重役の谷崎監査役に話しかけられた。

谷崎監査役は名前の崎の字に山が入っているが、まさか……


「山本くん、山の会という噂を聞いてな」

 そのまさかだった。

 こうなると仙田社長にも話が行くかもしれない。


 俺はゾッとした。もうめちゃくちゃだ。なぜここまで大事(おおごと)になったのかわからない。ただの飲み会だというのに重役までもが参加するとは緊張するどころではない。誰か無礼なやつが失礼をして問題になったりはせぬかと気が気でなくなる。

 ひっそりと同僚と飲むだけだったのが、次々と見知らぬ社員が集まり、果ては他の課の課長や部長までもが参加し始めたものだから、険悪な雰囲気にならないようにと、俺は業務の最中以上に気を使っている。


 俺の不安は的中し、翌週末の山の会へ行くと仙田社長が愉快げな顔で広間の上座を陣取っていた。

 社長は終始楽しげな様子で、新入社員の無礼にも寛容な姿勢を見せていた。しかしいつ激昂したり、面倒なことになるとも限らない。俺は飲み会でストレスを発散するどころか、この山の会でストレスを溜める始末だった。


 そのさらに翌週末の山の会に、とうとう俺は参加しなかった。開始時間のあと二度ほど連絡があったが、体調不良を理由に断りを入れた。

 そのあとも俺は山の会へ行くのをやめた。彼女ができたからと嘘をついて、嫉妬深い彼女が離さないんだと悲しい嘘を付き続けねばならなかったが、もう行く気は失せていた。重役連中とバカな平社員の間を行き来するのはもう飽き飽きだ。山の会に入りたいと言って離婚だの籍を決めるだのと、妙な打ち明け話をされるのも面倒だった。


 そして二ヶ月が経った頃、社長自らが全員に直接話をしたいとのことで、全社員のリモート会議が行われた。こんなことは入社以来初めてだ。


『山の会も総勢89名になっている。うちの社員は250名だが、こんなにも山の字が入っている社員がいるとは思わなかった。しかし山の字が入っているという結束力は、同じ会社で働いているという共通点以上のものがある。だから私は決めた。年内に全ての社員を山の会に入れる。名前に山の字が入っていない者、名字を変えたり改名できない者は退職してもらう』


 はあ? なんだって?

 俺は驚愕した。何を言っているんだこいつは。250人もの職員を抱える会社の社長が、名前に山の字がないやつは全員クビにすると言い出した。バカか。そうでなければ途方もないアホだ。こんな会社にいられるか! 労働基準監督署か組合にでも行って……


 俺は周りを見渡して同僚の表情を伺った。同じ気持ちで不満を抱き、俺とともに組合に掛け合ってくれそうな仲間を探した。


 しかし誰も俺と同じように不満げな表情をしている者はいなかった。納得し賛同の言葉を発する者か、焦ってスマホで調べ物をし始めた者、電話を掛けている者ばかりだ。

「おい西川はどうするんだろう? 辞めるのかな?」

「阿部がいなくなったら大きな穴が開くが仕方がない」

「鈴木とは定年まで共に働きたかったな」

「おい、美奈子、離婚してくれ!」

「いやいや浮気じゃない。旧姓に戻れば辞めなくて済むから」

「宏美! 結婚してくれ! お前の籍に入る! 森山になるよ!」

「年内に山の字の名字を持つ彼女を見つけられるだろうか……」

「改名って家庭裁判所でできるんだっけ?」


 そんな声で社内は騒然としていた。


 誰も不平だと訴える者はいない。山の会に入ろうと必死になっているか、諦めて絶望の表情を浮かべているだけだ。


 俺は信じられなかったが、その年の終わりに社長の宣言は現実となった。

 社名は『三井商事』から『山の会商事』に変わった。会社を興した初代社長の三井の名を捨てたのはまだしも、それなら現社長の名前をとって仙田にすればよいものを、山の会の名称が社名にまでなった。

 社員も全て山の字が入る者だけになった。結局改名も結婚も離婚もできなかった社員は辞めさせられた。その代わりに数十名が中途採用で入社した。みな山の字が入っている。新規採用の第一条件も名前だったことは言わずもがなだ。


 社長の暴走はそれで終わらなかった。

 翌年になると、社長は引退して副社長に後を継いだ。そして仙田前社長は市長に立候補をした。

 仙田氏の公約はこうだ。

「我が市の全ての市民を山の会に入れる。山の字の入ったものだけの市をつくる」

 途方もないアホだと思っていたが違った。気が違っている。こんな人間の下で何年も働いていたかと思うと背筋が寒くなった。

 会社を辞めるどころか引っ越しすら考える。しかし仙田氏はもう社長ではないし、どうせ市長になぞなれるわけがないので、俺は静観を決めた。

 しかし俺の予想は外れた。仙田前社長は、なんと仙田市長になったのだ。

 我が社は、社名を変え社員を入れ替えて以来、業績が何倍にも膨れ上がっていた。いつの間にやら同じレベルの中小企業の中でトップに躍り出ていたのだ。その秘訣はと問われた元副社長で現社長の桧山社長は、「山の会」のことを懇切丁寧に説明した。それに感銘を受けた他社の経営者たちは、みな揃って真似をし始めたのだ。


 それがいつの間にか広がり、山の字が入る者が大手を振って歩くようになった。山の字のない者は差別され、引け目を感じ、いつの間にか引っ越していった。

 そんなだから仙田市長の頭がおかしい公約も指示されたのだ。というか、呆れたやつらは俺と同じように「どうせ勝つわけがない」と静観してしまい、山の字の連中の熱心な活動に気が付かなかったのだ。


 そしてとうとう山の会は政党にまで登り詰めた。登るのは山にしておけよ、というツッコミすら俺は入れられなかった。そんな気力はもう残っていなかったからだ。

 山の字の入った仲間たちの結束は宗教じみたレベルにまでなっていたようで、山の会党ーーそこは『山の党』かなんかでいいと思うが、未だに山の会を引きずっているーーは、新党の身でありながら、他の野党を引っ張るほどの力をつけた。


 あれよあれよという間に、山の会党は政権を奪取し、与党にまでなってしまう。


 まさか山の会党の公約は……そう。

「全ての国民に山の字を入れる」だ。


 そして日本は山の字の入る人間だけになった。


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面白かったです。登るのは山にしておけよ、に笑っちゃいました。
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