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吸血塾  作者: クオン
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吸血鬼化措置

緋波若生と弥生が下校してきた時には七緒は既に自身の吸血鬼化に向けた準備を終えていた。

若生は落胆しつつ不満な顔をしていたが、もう反対を口にすることはなかった。

塾は臨時休業にして旧病院内は吸血鬼関係者のみしかいない。

万が一にも七緒がグール化すれば真っ先に塾生や講師が犠牲になる可能性が高いからだ。

七緒はデジカメを用意して記録を取るため、「儀式」中の私語はなるべく禁止するよう佐紀波姉弟に申し付けた。

場所は診察室ではなく患者用の浴室で準備されていた。

浴槽には冷水が張られてありサーモ計は20℃を指していた。

エディーは昨夜のスレイブとの契約のような文言を述べることはなかった。

「眷属化は契約ではないので特に確認することは、むしろ緋波のお二人のほうにあります。もし、眷属化に失敗すれば七緒はグールとなってしまうので処分、殺さなければならなくなります。それも非情に残酷な方法になるので、あなた達は私のことを許せなくなるかも知れません。その時は私の処遇についてはお任せします。マルリックに引き渡すか、この国の警察に突き出すか、他の方法を探すか」

「その確率は普通の眷属化よりも低いはずなのよ。試みが過去にないと言うだけでね」

落ち着いた調子で七緒はエディーを補足した。



七緒は注射器を右手に取り、スレイブとなった時の二つの傷口の中央から採血する。

「Vアメーバ投与位置から3cc採血。硫黄溶液0.5ccを混入後、鎖骨上部頸動脈附近に投与」

デジカメに記録しながら七緒は作業を進める。

別に録画録音は必須ではなかったが、若生や弥生を静かにさせる効果的な演出になっていた。

「被検体を冷水に待機させる」

自身を被検体と呼びながら七緒は白衣を脱いだ。

いつものキャミソールではなく、スポーツ用ブラとハーフパンツで浴槽につかる。

「頸動脈からの出血を最小限にするため低体温に維持する。左頸動脈に硫黄溶液点滴準備」

七緒は首の左下に点滴の針を刺す。

「弥生さん、エディーさんの吸血が終わったらそのツマミをずらして点滴してちょうだい。毎秒一滴程度大体でいいから。若生君、点滴はたぶん勝手に止まるから、その時に風呂のコントローラーをオンにして頂戴」

七緒は体温計のと電子表示と水温を見比べた。

血圧は計測しなくても、七緒もエディーも感覚で機械よりも細かく把握できる。

「体温34度。それではエディーさん、お願いします。Ⅴアメーバ投与開始!」



エディーはその時パジャマの上着を脱いで、背中の腕を昨夜と同じように伸ばした。

若生はマルリックとゾーイの「複手」を見ていたので少し驚いただけだったが、弥生は思わず後ずさりしてしまった。

その複手を右から肩の後ろに回し、左から脇の下側に入れ、七緒の上体を安定させる。

そうして本来の腕を七緒の右側から左脇を支える用に持ち上げ、右の鎖骨を支点にしてその上に牙を突き刺した。

さすがの七緒も顔が苦痛に歪んだ。

昨日はわずかな「失血」もなかったが、牙を抜いた瞬間、口元へ溢れた動脈血が漏れ始める。

「血圧低下・・・若生君体温は?」

「29度、いや28度!」

エディーが牙を抜いて吸血に移行してからは七緒は痛みは感じていなかった。

むしろ快感にあがなうためにレコーディングを続ける。

「弥生・・・早いけど・・・硫黄を・・・」

弥生は掛け時計の秒針をみながら点滴の摘みを開くほうにゆっくり動かした。

硫黄溶液の黄の境はチューブをゆっくり降りていき、やがて頚部に到達する。

エディーはまだ吸血を続けていたが硫黄が七緒の体内に入り始めると口を離して七緒の顔を見つめながら大きく息を吸った。

七緒の右頚部の傷は塞がり二箇所の歯型だけが残っていた。

「血圧上昇。体温は?若生君」

「さ、32度・・・まだ上がってるよ」

「血圧低下。血圧は私の意志で調節できる。弥生さん、硫黄は?」

「あの・・・止まってるかどうか? 血が注射針から逆流してるよぉ」

「いいわ。風呂のコントローラーをオンにして」

「は、はい」

若生が七緒の足の方向にあるリモコンのONのタッチボタンを押す。

湯船の脇の給油口から気泡がゴボリと溢れて中で対流がはじまる。

「体温は33度から上がらないよ」

「大丈夫、このままゆっくり水温上昇と一緒に体温を上げていくから。エディーさん、もう自分で体を支えられるわ」

エディーは七緒の脇に入れていた複手をゆっくりと引き離した。

「体温34度」

「弥生さん硫黄は止めて」

若生の声を合図に七緒は首の左側に突き刺していた硫黄注入の注射針をゆっくりと少しずつ引き抜いていく。

完全に抜き取る手前で少し休め、最後は皮膚を指で挟みながら全部を引き抜いた。

出血は僅かなものだった。



七緒は上体を起こした。

「背中、肩甲骨に違和感を感じる」

そう言いながら七緒はランニングシャツのようなスポーツブラを脱いだ。

大きくはないが形のいい乳房が露わになる。

「な、なんで脱ぐんだよ!」

「胸が気になるんなら、背中を見てて」

七緒は背中が良く見えるように体を前に倒した。

「なんか出来てるよ!大きいものが二つ!!」

「赤黒の豹柄のおっぱい!」

「ふっ、わかりやす!」

弥生の言い方に七緒は口元だけ笑って言った。

背中の二対の赤黒い肉隗は更に伸びて前にまわせるほどになり七緒の手に取って確認出来るほどになった。

エディーが解説する。

「私の背中の腕と同等の特徴でしょう。私の腕は主のゾーイより退化してしまいましたが、あなたのは骨が退化した分皮膚と筋肉が発達したのでしょう」

「私の複手というわけね。不気味で醜いわ。蛭みたい。でも、不思議と嫌な感じはしない」

七緒は更にその複手を伸ばそうとして前に突っ伏した。

そして顔を下にしたまま弥生の名を呼んだ。

「これを使うには血が足りない・・・早速だけど、そこの採血セットを取って。血を頂きたいわ。100cc、だいたいでいいから」

弥生は採血セットとゴムチューブを手に取ったがどうしていいか分からないでいると七緒が声をかけた。

「左手を出して」

七緒は慣れた手つきで弥生の二の腕をゴムチューブで縛って、アルコール消毒をし、大き目のガラス製の注射器の針を静脈に突き刺した。

ピストンを引くとシリンダーに血が流れ込む。

「痛くなかった?ごめんなさいね」

「あ、いや、ぜんぜん!」

本当に緊張のせいで痛みを感じているのは一瞬だった気がする。

何より弥生は手を出せと言われた時には直接血を吸われるのかと思ったりていた。

七緒は弥生の血を注射器のシリンダーから直接飲み干した。

「特に血だからといって、特別な感触は無し。水を飲むのと同じ感覚。ただし欲求不満を歯と喉に感じる」

赤黒い複手は七緒の背中に縮んで戻っていった。



「複手は今は休ませる。血を提供されてから手に違和感を感じる」

七緒は両腕を見つめながらレコーディングを続ける。

急に七緒の右手の甲から肘にかけて皮膚が裂ける。

びちりと七緒の右手が裂け目に沿って縦に二つに分かれた。

出血は僅かだけである。

七緒は驚きもせず親指と人差し指の二本、中指薬指小指の三本に分かれた二つの前腕部を別々に動かしてみながら眺めた。

「右腕は皮膚、筋肉、骨格を個別に感覚を実感でき、肘から先を二分割することも可能になり、しかも任意に動かせる。左腕は感覚は同じだが、強制的に意思で動かすことはできない。苦痛に耐えられないので試みは中断する」

七緒は二つに分かれた右腕を元の一本に戻した。

その時になって初めて痛そうに顔をしかめた。

危うく、『耐えられないほど痛かったのかよ!』と若生は突っ込むところだった。

「暴走の心配は、もう無いようですね。驚くほど眷族として順応しておられる」

エディーは複手を完全に背中に折りたたんでパジャマを着ながら言った。

「もちろん、これは暴走のリスクを最小限に抑えるためだったのですから」

七緒は冷静に受け答えた。

「弥生さんをスレイブにする時には念のために私も立ち会いましょう。今日はもう休んだほうが良いですね。もう眠れないでしょうが」

「はい、静かに夜を感じてみます」

「若生君、弥生さんは今夜は同じ部屋で。私と七緒は病室へ行きましょう。車椅子を使いますか?」

「いえ、何とか歩けるわ。この部屋の後始末は明日で良いから、お休みなさい弥生さん。若生君」

そう言って七緒はボイスレコーダーのスイッチを切った。

診察室に入って七緒はエディーに訊いた。

「この渇きは今後更に強くなるの?」

「ええ、完全に眷属として変わりきった後には」

「正直、緋波姉弟と二人きりになるのが怖いわ。我慢できなくなりそう」

「大丈夫ですよ。意識がはっきりしていれば。そして血の補給さえあれば意識が飛ぶこともないでしょう」

「寝たまま、いえ横になったまま話をつづけていいかしら」

「それがいいですね」

その夜は七緒とエディーは取り留めのない異国間の世間話をして過ごしたのだった。

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