表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸血塾  作者: クオン
6/43

ベン・マルリックとの接触と警告

若生は一人で夜道を歩いていた。

自宅に向かっていたが帰るわけではない。

外から家の様子を見るためだ。

あの父親が弥生を探さないか。

あるいは弥生が塾に居ることを嗅ぎ付けられたりしないか見張るためだった。

外にいる者は電気を消した屋内からの方が識別されやすいことを若生は知っていたので駐車場のワンボックスのガラス越しに自宅の玄関を窺っていた。

夏なのでじっとしていると、蚊が寄ってくる。

若生はそれを払いながら愚痴を言う。

「寄るんじゃねえよ。吸血鬼!」

「悪かったな」

「うひっ!!」

後ろを見ると吸血鬼の神父が立っていた。

「心臓に悪いな! 毎度毎度!!」

「毎度ではない2度だけだ。私の進行方向に無防備に背を向けていていたのはお前だ。で、そのお前はここで何をしているのだ?」

ベン・マルリックの返答は一々的を得て卒が無かった。

「見張ってるんだよ!あの家を」

「なんと言ったかな?この国では。そうそうストーカー行為か?」

「自分の家見張ってんだよ! 被害者はいねえ! だからストーカー行為は成立しねえ!」

「普通、自分の家から外を見張るものだが?」

「その家から外を見張っている奴を見張ってるの!」

「あの姉と喧嘩でもしたか? 待ってくれているなら早く戻った方がいいぞ」

「あの家にいるのは今は父だけで、俺達は家出中なの! だから探しに出てこないか見張ってるの!」

「悪いことは言わん。見たところ立派な一軒家ではないか? 今帰れば遅くなったことをしかられる程度で済むのではないか?」

「『遅くなったこと』? 遅過ぎたくらいだよ! 家出するのが! 高校なんか入らないで働けば良かったんだ。そうすれば俺一人食うぐらいどうにでもなった」

「何故そうしなかった?」

「それは・・・、仕方なかった。姉貴を盾に取られて、脅されて」

実際は違う。

家を出たらあの父親に弥生が好きなようにされてしまう。

今だって好きなようにされているが、若生が居なくなることで更に姉に対する虐待行為がエスカレートする可能性は大だった。

「脅されて、ハイスクールに通わされる? 脅されて家を叩き出されるよりは余程良いではないか?」

「あいつは俺に食わせない、俺に食料が手に入らない環境を作るために俺を高校に入れたんだ。こういう体にしておくためにな!」

若生は筋肉のほとんど無い腕をマルリックに見せた。

肘から手首までの2本の骨がはっきりと皮膚から浮いて見える痩せ様だった。

「自分に歯向かう体力なんか付けさせないようにするためだったんだ」

マルリックは不意に動いて若生の自宅に向かって歩き始めた。

「お、おい止めろよ! 見つかるだろ!」

「大丈夫だ。中の者は外を見てはいない」

よく見るとマルリックの目の色が緑色に見える。

夜に夜行性動物を撮影した時の目のようだった。

吸血鬼の目、それは夜間の外からでも暗い屋内が視認できるのだろう。



マルリックは立ち止まって塀の外から家の中を、と言うより概観を観察しているようだった。

そして、少し屈んだように若生から見えたら消え去った。

いや、ジャンプしたのだった。

家の敷地の中にズンと低い地響きを立てて着地してから若生はそれに気づいた。

マルリックは更に別方向に飛び上がった。

「うわあ、やっぱり人間じゃねえ」

止める暇も無かったが、マルリックは敷地の周りを数メートル、時には10メートル以上飛び上がっては着地を10回ほど繰り返した。

正方形の敷地の中にある家屋の周りを囲うように飛んでは着地してるようだった。

最後に外に着地して若生の前に歩いてきた。

「結界を張っておいた。外から入られることはないし、中の者も2~3日は出ようと思わんだろう」

「結界? あの河原にあった目のくらむやつ?」

「あれは急いで作ったので中からお前の姉が出てしまった。基本的に結界は内からは無効なのだが、今のは外にヘキサゴン・中にトライアングルの二段構えだ。しばらくは内側からももつだろう」

「謝礼は俺の血か?」

「もちろん、その通りだが、お前から血を頂くためにはもっと肉をつけてもらわないとな。夕食は食べたのか?」

「ああ、今日はね。ご馳走だった。お寿司だった」

対談の後エディーとは別室で3人で夕食をとったのだった。

「あれは良いな。豪華絢爛でカラフルだ。見た目は素晴らしい。人間だった時に食べたかった」

「見た目は? 他は駄目なのか?」

「魚の臭いと酢の臭いが鼻についてしまうな。吸血鬼になるとな、血と液体しか受け付けなくなる。うむ、これは吸血鬼に成りたいという戯言を言う奴によく言っておけ。万年食事制限状態で生きることになる。数十年美味しい物を食べて死んだほうが幸せだぞ」

「美味しいものねえ。ここ何年かで数回だよ。腹一杯食えりゃ何でもいいよ」

「そう言うと思ったぞ。どうだ? 一緒に来ないか? 宿のベッドと朝食は用意しよう。なんならあの姉を呼んでもいいぞ」

「なんであんたがそこまで面倒見てくれるんだ?」

「吸血鬼が増えるのは良い。この地で商売が成り立つのなら願ったりだ。しかしどうせ殺すのなら傲慢で怒りやすく嫉妬深く怠惰で強欲で暴食漢で淫乱な眷属を相手にしたいものだ」

マルリックが羅列したのはキリスト教の7つの大罪であることは若生が後で知ったことだった。

「清楚でうら若い吸血鬼の相手など御免だな。だからそんな可能性からは引き離しておきたいのだ」

「まだ、色々聞いても教えてくれるのか?」

「もちろんだが、主旨をはき違えるなよ。私は正確に情報を伝えれば吸血鬼になるメリットよりもリスクの方がはるかに大きい事が判断できるだろうから付き合うのだ。努々あの眷属に誘惑されるなよ」

「ああ、それそれ、リスクってかデメリット大きいよな。俺この数年ずっと腹空かしてるけどさ。寝てるから何とかもってるんだよね。吸血鬼になって腹へって喉渇いてそれで寝ることも出来なかったら精神もたねえよなあ。あんた、よく300年もってるよね?」

「・・・・・全くだな。信仰心だけでは無理だった。ハンターとしてこの破壊衝動を発散していなければ狩られる側に落ちぶれていただろうな」

マルリックが言いよどんだのは初めてだった。

問いにはいつも彼は即答していたから強く若生の印象に残った。



「いや、やっぱ俺、塾に戻るわ」

「確かに吸血鬼にのこのこついていくのは不用心だな。しかし、宿舎はキングダムホテルだと言ったらどうだ?」

「なんでそんな良いとこ泊まってるの?」

「報酬が入ったのでな。今日からステータスアップだ。もちろん個室も用意してやろう。セキュリティーもそこそこ充実しているぞ」

「それ、ゾーイって吸血鬼を殺した報酬か?」

「その通りだが、お前があの眷属に義理立てする必要はあるまい?」

「義理立てするのは塾の先生にだよ。スレイブや眷属になるのは止めないといけないんだろう?」

「ふむ、そう言うことなら私としても戻る方を勧めねばなるまい」

「俺の名前、緋波若生」

「ワコウ・ヒナミか。少し待て」

そう言って、マルリックは腰のマジックテープを外した。

携帯電話、しかもスマートフォンが逆さにつるされるように出てきた。

それを地肌のある肘で軽くなぞって画面を動かした。

露わになった義手は肘から15センチ程先から接続されているようだった。

「若生、携帯電話は持っているな。この番号を記録するのだ」

若生は画面に出ているナンバーを自分の携帯にプッシュした。

「かけてみろ?」

通話のボタンを押してコールが鳴っても相手は出ようとはしない。

それに目の前のスマホにコールがないという事はべつの所にかけているということか。

しかし、マルリックは慌てず納得したように付け加えた。

「明日からは出るようにしておく。日本語を喋らない者が出るかも知れんが私の名を告げればすぐに私からかけ直そう」

「では、今宵はこれにてさらばだ。連絡を期待しているぞ」

なんと言って別れてよいか分からないまま、マルリックは背を向けてしまったので若生は一礼したのみで見送った。



十海七緒は佐紀波家の方向に歩いていた。

白衣は脱いでキャミソールに薄手のサマージャケットを着ていた。

前方から滑るような歩き方で向かってくる男を見止めて足を止める。

学生服のようで裾と袖が長い黒服は近づくと神父の服装であることが判った。

「今晩は」

先に声をかけたのは黒服の神父だった。

「今晩は」

七緒の返事に男も足を止める。

「昨日、若生の携帯に出ていたな?」

「あなたがベン・マルリック神父でいいのかしら?」

「いかにも。ここで会ったのは偶然だが忠告しておこう。人間のままでいろ。悪いことは言わん。若生もそう言うはずだ」

「人間のままであの姉弟は救えなかったわ。あなたなら救える?」

「愚問だな。救済は自身の努力なくして報われることはない。若生はあの姉に縛られているようだな。姉が自ら試練を克服すれば互いに報われることだろう。私にも人間のコネクションがあり、そちらの方がこの手の救済には得手であろう。吸血鬼が関わる必要などない」

「詭弁ね。良識と正義ではあの子達を救えなかった。今度は違うステージで手を差し伸べてみるだけよ」

「そのステージは人の生死が直に関わる可能性が高い。私の出番を作るな」

「あなたは吸血鬼と人をどう区別するの?」

「それは狩る対象をどう区別するかという質問に置き換えてもらいたいな。そしてそれは人を殺したかどうかで判別される」

「判り易く答えてくれてありがとう。当分あなたの狩りの対象になることはないから安心しなさい」

「私はこう見えても穏健派だが、吸血鬼の横に死体があるという状況だけで狩りの対象にするハンターもいる。逆に言えば死体を用意すれば狩ることが出来る。この日本でそこまでやる奴がいるかどうかわからんがな」

「吸血鬼だったとしても、それが死体になったら検死に回されるんだけど」

「ユーロでは吸血鬼は生きていようが死んでいようが捕獲すればゴミ扱いで焼却だ。私も例外ではないが、このとおり口が達者なので難を逃れている。昨日は後の処理に随分時間を浪費してしまった。この国でも処分ルートの早急な確立を望みたいな。若生が来るようだ。これで失礼する」

マルリックはちらっと後を見てから七緒とすれ違いながら歩いていった。

「貴重なお話をありがとう」

七緒は若生が向かってくるであろう方向に歩き出す。

次の投稿は明日夕方の予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ