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吸血塾  作者: クオン
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エディー・フランソワーゼの最近の遍歴

翌日下校後、緋波若生と弥生は自宅に戻って、まとめた荷物を持って考明塾に向かった。

旧玄関ロビーにはたくさんの子供靴が散らばっていたり並べられていたりする。

塾ではそろばんと習字の二人の老講師が子供たちに教えていた。

その傍らで学校教科の質問に答えたり、相談に乗ったりするのが十海七緒だったが、その日は例の診察室に鍵をかけてこもっていた。

若生達が声をかけると七緒は鍵を開けて招きこんでから、ベッドにもどってエディー・フランソワーゼを車椅子に乗せる為、肩を貸して移動させた。

七緒は昨日と同じ白衣姿、エディーはガウンをまとっていた。

「それでは私、話が聞きたいわ。誰から話してもらおうかしら?」

「昨夜、ベン・マルリックに色々質問して、答えてもらったんだ。それから話そうか」

若生から長椅子に座りながら言う。

弥生はその隣に座った。

「そうね、エディーさんの持ってる情報と違うところがあったら、その都度訂正してもらいましょう」

若生は昨夜の問答の大筋を解説していった。

スレイブと吸血鬼の関係になるとエディーが口を挟んで補足した。

「吸血鬼は超能力のようなもので遠隔操作でスレイブの噛み傷に痛みを与えることができます。無理やりスレイブにする時には神経が集中した箇所を噛む吸血鬼もいたようです。吸血鬼のテレパスを受けた者は激痛に苦しむことになります。吸血鬼がスレイブとなる人間の足を噛む場合はたいていが逃亡防止が目的です」

「今日は日本語上手ですね?エディーさん」

若生が素朴に訊いてみる。

「昨夜はかなり中枢神経が麻痺してたので日本語をうまく組み合わせて話せなかったのです」

なるほど一夜明けたエディーの日本語はずいぶん流暢になっていた。

「なんでマルリックはその部分言わなかったのかしら?」

と、弥生が疑問を口にする。

「単に知らないだけなのかも。彼は本当にスレイブを作ったことがないと私聞いています」

「で、若生君の話はそれで全部ね。ではエディーさんのことなんだけど私から話していいかしら?」

七緒がエディーに確認する。

「どうぞ、違ったらその時に私から」

「彼の生まれはドイツ、第一次世界大戦時に北欧に疎開してそこで吸血鬼になって冷戦時の北欧を転々としながら近年ドイツに戻ってはみたものの欧州統一で吸血鬼狩りが再燃したのでロシア経由で日本に来たらしいわ。お年は121歳」

「それ、2~3行で説明していいの?」

若生はメタな確認で問い返した。

「彼の壮絶な100年は後でご本人にごゆっくりと。中々傾聴に値するわよ」

既に七緒は一通りエディー・フランソワーゼの経歴を聞いていたようだった。

「で、その興味深い話をそれだけ端折るってことは吸血鬼について何か判ったの?」

「判ったというか。まだ仮定段階なんだけど、まず吸血鬼という状態を医学的に見ると血液の感染症ね。ウィルスではなく細菌、バクテリアかアメーバだと思うけど」

「なんで判ったの?」

「最初から見当はついていたのよ。傷の洗浄に硫黄を使えと言われたからね。細菌はね増殖するのに硫黄を必要とするのよ。傷を硫黄で洗浄って、これは普通脊椎動物等の治療に逆行してるのよ。感染症を誘発することになるからね。もう一つ決定的だったのは銀と水銀が弱点ってとこね。水銀は人体にも悪影響が多いけど、細菌にとって銀はもっとNGなのよ。脊髄に近い処が銀に触れると麻痺を起こすってことは血管や神経にも感染して影響を与えるのね。そして感染が脳に及ぶと別の機能を持つようになる。超能力的な何かかな?」

「スレイブの状態の時はどうなってるの?」

「たぶん血液を媒介して血管とその周囲の組織・神経が感染した状態ね。脳・脊髄・骨髄・骨の部分が感染されてなくて小康状態が続いてるのだと思うわ。定期的に噛まれないと新しい血液が抵抗力を発揮するので傷口が化膿してついには壊死してしまうのね。感染するとなぜ半吸血鬼となってタイムリミットが設けられるのか?と言うと、その辺が限界なんじゃないかしら。末端神経や組織と中枢部のバランスが崩れてしまうのが約20年後ということなのでは? ただ、なぜ老化しなくなるのかという部分は全くの謎だけどね」

「なんで頸動脈から吸血すると眷属になるの?」

「頸動脈からだと一番ダイレクトに脳を感染させることが出来るからでしょうね。脳の髄膜そして脊髄から骨髄、内臓と段階的に感染していかないと、うまく眷属になれないのでしょう」


「で、話が戻るんだけど、欧州の吸血鬼狩りはなんでぶり返したりしたの?」

若生の質問にエディーが答える。

「話を正しく伝えようとすると長くなるのですが、ドイツが東西統合された時に我々吸血鬼が暗躍していたのです。結果、吸血鬼とスレイブが増える過程でグールやゾンビが表面化しかけてしまいました。そしてドイツは統合したものの物流や人の交流に制限がかかってしまうことになったのです」

「表面上は西と東の経済格差ということになってるけどね」

「そんなことが人間にとっては教訓になったので、今度は欧州統合で吸血鬼をドイツに封印、まあ、ドイツに限らないのですが、とにかく吸血鬼勢力を押さえ込もうとしたのです。しかし、当然制約されるを嫌がる者もいて抵抗したのですが、それが排除される機運を主流にしました。当時私たちはロシアとEU圏を行き来しながらスレイブを探していたのですが、今回のウクライナ戦争で吸血鬼に警戒が強い西側に逃げざるを得なくなり、イスラム圏を経由してアジア方面から入国したのです」

「排除するのはハンターなの? マルリックみたいな」

「いえ、軍の特殊部隊が主体でしたね。ベン・マルリックは別格です。彼は対エルダー専用のハンターですね」

「エルダー?」

「いにしえの吸血鬼、古き血統、災厄の源などと呼ばれるヴァンパイアの中でも最古の部類の強力な者達です。最も、我があるじゾーイ・ブルー・ウィリアムスもエルダーに数えられる者だったのですが死んでしまったので、活動中なのはロード・フィルというエルダーただ一人のはずです。私が未だに生かされているのは、そのロード・フィルがこの日本に来ているので私に接触してくるかも知れないからでしょう」

「もう一人、超強い吸血鬼が日本にいるわけ?」

「もう一人と言うなら、フリーのハンターの吸血鬼も日本に来ているそうです。主から聞いたのですがニードルガンを使うようです」

「そいつらはこの日本に何しに来てるわけ?」

「ロード・フィルの目的はスレイブと眷属作り、つまりこの日本に吸血鬼のコミュニティーを作りに来ているのでしょう。フリーハンターは恐らくマルリックをライバル視してこの地に狩りに来ているのでしょう。バックはロシア正教だと思いますが」

「マルリックのバックはバチカンなの?」

訊いたのは七緒だった。

「いいえ、吸血鬼狩りの組織があるのはギリシャ正教とロシア正教、そしてマルリックはギリシャ正教のはずです。一時期はNATOに所属していましたが、今のNATO軍のAVSS・ヴァンパイア討伐組織は人間だけのようです」




次の投稿は18時頃になります。

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