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吸血塾  作者: クオン
39/43

本庄奈津宅経由で塾に戻ることができた若生

バスはそのまま走り続け早紀宅の近くで止まり、早紀が若生の着替え(女物のジャージ)を調達し塾に向かおうとしたが、蓮夏の携帯に警察が来ているとマルリックから連絡が入り、結局本庄奈津の自宅に押し掛けることになる。

七緒は若生達を奈津に預けて車を回収する為、使用人の毛利とともにショッピングモ―ルの駐車場に戻った。

警察に出頭、拘束を覚悟していたが、意外にも自宅で事情聴取のみで済まされた。

先日、厚生労働省の役人と共に訪問してきた刑事は今回は仲井と正式に名乗り、もう一人は藤岡という外事対策課の女警官と一緒だった。

七緒は基本的に若生の名は伏せて話をした。

立体駐車場での件は吸血鬼同士の争いであったこと、呼び出されてみれば既に争いの最中であったので逃げた、と説明する。

警察は納得していなっかたようだが特に強権を行使しようとはしなかったところを見ると情報収集が主の目的だったのだろう。


若生は本庄本宅でその日の日中はずっと寝たきりになっていた。

眠っていた訳ではないので意識はあったのだが、身体を動かす気力が沸いてこなかったのだ。

奈津との部屋はさほど離れていなかったようで、時折蓮夏との話し声が聞こえてきた。

「あの者とはどういう関係かの?」

「お友達ぃー」

「どの位置づけになろうかな?」

「男友達では筆頭かな」

「険のある顔つきであったな? 今し方、タマの取り合いをしたヤクザ者のような」

「だろうよ。俺の、と言いてーところだが関係方全員救うために命張った後だからなー」

「人付き合い、友達付き合いのうちなら大目には見るが、命の付き合いともなると許すわけにはいかぬぞ蓮夏?」

「はっ、てめーだってあいつに救われた口なんだぜ。七緒に吸ってもらってでも生き延びてーんだろー?」

「義理を作ってしもうたと言うわけかえ?」

「恩もだよ。七緒が首尾よく約束果たしたら大恩になろーぜ」

それ以上奈津は蓮夏を問い詰めはしなかった。

その夜、ようやく起きて動けるようになった若生は蓮夏の祖母と初めて対面した。

「こんばんは」

と互いに挨拶をしてしばし沈黙が流れた。

「蓮夏を救ってくれたそうな。それも数回?」

「二度だけだろ? しかも最初は殺しちまったかもしれないし」

「それでも十分過ぎる借りよな」

「それも泊めてもらって帳消しだろ?」

「命の礼が一夜の礼では釣り合わぬ」

「吸血鬼を同じ屋根の下に泊めんのは命がけだぜ?」

「そうであったな。血は足りておるのか?」

「どれだけ飲んでも足りねえな。救いようがねえよ。こればっかりは」

「この死にぞこないの血でも吸うてみるか?」

「寝たきりだろうが病気だろうが。ホントの死にぞこないを見てきた俺にはちゃんと生きてるように見えるぜ?」

若生は立上がって和室を出掛けて振り返った。

「あんまり、気を張らせ過ぎてもいけねえから、これで失礼するよ」

そう言って若生が廊下を去っていく足音を聞きながら奈津は呟いた。

「ふむ、挑発には乗らぬか・・・」



翌日、正確には長い夜の後から、もう一度夜の空けた時、若生は塾に戻ってきた。

若生はマルリックとエディーに経過を話すことにする。

実は塾の教室と和室、医務室には盗聴器が仕掛けられていたので、2階のよく弥生を閉じ込めておく居間での報告になった。

七緒は弥生を横に座らせて座に加わっていた。

「最初に言っておきますが、若生の手の内をすべて話す必要はありません。吸血鬼の時は長い。特にロード・フィルの脅威が無くなった今、百年単位の未来で我々が敵対することもあり得ますから」

とは言うエディーだったが、実際は彼の方が若生の能力について興味を隠し切れないでいた。

対してマルリックはフィルの戦闘時の情報については詳しく質問してきた。

未だに彼は若生が倒した相手が本物のロード・フィルだとは疑いが拭えなかったのだ。

「フィルは本物だったよ。死の間際に見た彼の記憶が俺にも見えた。元はディアボロ・ルチーフェロという吸血鬼の眷属だったらしい」

「ディアボロ?」

七緒が訝しげな顔をする。

「ダンテの『神曲』に出てくる魔王だ。英語発音でルシフェル。実在したか否かは不明だが、1300年代ダンテの生きた時代がフィルの起源とすれば時代考証は一致するものがあろう」

「『神曲』には実在の人物の名も多く使われているようですから」

エディーが補足する。

「話を戻そう。そもそもお前に勝つ算段はあったのか?」

「算段はなかったよ。ただ、爆然とだけど戦い続けていればなんとかなるかなあとは思ってたんだ。特に二回目にフィルに会ってからはね。目の前に立ってみるともっと感じたよ。こいつ力をため込んでて出し惜しみしてるなあって。だからこっちは全部、全力で出しきることにしたんだ」

七緒は若生とフィルが戦うシーンをフラッシュバックさせていた。

確かに若生の戦い方は全身全霊で能力を振り絞っているといった感じなのを思い出す。

地獄絵図。

正に地獄のような光景だった。

それが自分の意思で戦っている結果だとしても、死ぬことの出来ない罪人が無限に死の苦痛に責められているかのように見えた。

「戦っている時、痛みは感じていたの? それとも麻痺していた?」

「ずっと痛かったよ。あの痛みが有ったから正気でいられた。冷静でいられた」

「つまりは血の欲求が抑えられたと? フィルに牙は使ったのか?」

マルリックの問いである。

「噛み付く隙なんか無かったよ。フィルが腹に突き刺してきた右腕をもぎ取ることが出来たから、結果的にクロスブラッドしたけど」

「今回はその前後で精神的に変化は無かったと言うのですか?」

エディーも訊いてきた。

「多少はあったよ。警戒心が無くなったって言うか。不安が吹き飛んだというか。キレた、と言うのとは違うけど」

「最後に使っていたあの衝撃波のような攻撃、あんなエネルギーを立て続けに発していたら体内温度がとんでもないことになるはずなんだけど・・・」

「その熱エネルギーも利用していたのさ。ただ余剰な体温は髪の毛で発散してたんだけどね」

「そう。あのヘアビュートは止むを得ない使用だったのね・・・」

「ヘアビュート・・・いいね。今度使う時口に出して叫んじゃおうか?」

「自分で名づけたことにしなさい。厨二病と思われたくないわ」

「痛いって自覚はあるんだ?」

会話が取り留めもないものに変わった頃を見計らって、マルリックもエディーも部屋を出ていった。

残ったのは若生と七緒と弥生だった。

七緒は弥生に寝転がっている弥生に手を差し出して甘噛みさせてやりながら別の話題を切り出した。

「弥生さんだけど、昨日ハンナニーナさんに噛みついたの」

「何だって?・・・いや、でもスレイブには――」

「足首に噛みついたんだけれど歯型が付いただけだったわ」

「そうか・・・良かった」

「良くない事が判明したわ。この子、自分で吸血できないようなの。顎の力が・・・まあ、体力全般もなんだけれど、著しくひ弱だわね」

「守ってくれるよね? 皆で?」

若生は自分よりもやや背の低いが体重はやや重い弥生を抱き寄せた。

「俺も皆を守るから」

弥生は若生の回した腕に歯型が出来る程度の力、これで精いっぱいなのかもしれない力で噛みつく。

「そうね。そうなるわね」

七緒は自分の眷属であろう、大違いの二人を見ながら呟いた。

これにて完結です。

後日譚を追記していきます。

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