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吸血塾  作者: クオン
38/43

さらなる追っ手を撃退する若生

スクーターではなく、七緒の自家用車に乗り込む。

蓮夏に続いて早紀も後席に乗り込んだ。

七緒と蓮夏はどうしたものかと顔を見合わせたが、

「あちらで血液が足りなくなった場合は『生のタンク』が必要でしょ?」

と、早紀に押し切られる形になった。

「マルリックには何とか連絡はつきそう?」

車を覗き込むエディーに七尾は訊く。

「シスターから簡単な携帯による合図で、こちらに戻っているはずです」

「とにかく、こちらは急ぐわね。場所は分からないでしょうけど松崎のショッピングモールの立体パーキングだから」

七緒は車を発進させた。

すでに日が変わって交通量は少なかったが二輪と比べて進行が遅く感じてしまう。

「本当に勝てたのか? あのロード・フィルに?」

実際にロード・フィルを見ている蓮夏には正直信じれれなかった。

「ええ、尻上がりに攻撃力を増強させてね」

「どうやって? 優ってたスピードと回復力じゃ足元にも及ばなねーはずだったろ?」

「そのスピードと回復力で圧倒したのよ。あの子、筋肉を棘状にしたりブレードにしたり、傷口を治したり出来たでしょう? あれを究極的にスピードアップしたエネルギーで衝撃波を作ったり、その威力で体当たりしたりね。伸びた髪の毛も鞭のように使ってたけど」

「すっげー! 見てみたかったぜ」

「冗談じゃない!」

同時に車のクラクションが鳴った。

七緒が思わずハンドルを叩いてボタン部分を押してしまったのだ。

「とても見ていられなかったわ! 衝撃波で自分自身が吹き飛んで壁に激突して手足を潰して、その部分の再生力を利用して攻撃、フィルにダメージを与えても自分がボロボロになって、まだ繰り返して・・・」

泣き出しそうな七緒の声だった。

「先生」

対して早紀の声は冷静だった。

「・・・ごめんなさい」

その後は七緒は黙って車を運転し続けた。

蓮夏も早紀も黙っていた。



しかし、3人はすぐに若生の攻撃力の凄まじさを目の当たりにすることになる。

七緒の自家用車フィットがショッピングモールの進入路に入ってすぐのことだった。

若生を心配していた七緒が立体駐車場の上階を見るのは当然だった。

その屋上階で空気の歪みが広がる。

そして走っている車のハンドルを取られる程の衝撃が伝わってきた。

七緒は車を脇に停めて飛び出した。

「若生君!?」

屋上階から何かが高く舞い上がったのだ。

それを追うように影が飛び上がる。

一瞬送れて「ドンッ」という音が衝撃波とともに伝わる。

後で飛んだのが若生だ。

若生は先に飛び上がったのか吹き飛ばされたのか分からない人影を突き抜けた。

若生の相手の体の何割かが四散した。

更に遅れて衝撃波が伝わる。

近づいていたので、鼓膜が破れる寸前だった。

若生は空中で振り向いてあの髪の毛を鞭のように使う技で残った相手の体を絡め取ったようだ。

あのままでは、地面に飛び降りることになる。

七緒は血液を入れたジュラルミンのケースを持って走る。

若生が地階の車道に着地すると同時に髪の毛を振るって地面に叩き付けた。

アスファルトに人型の上半身が原型をとどめずにありえない広がり方でアスファルトに張り付いた。

若生は右腕を振るって、巻きついた髪の毛ごと衝撃波で吹き飛ばした。

粉砕されたアスファルトで舞い上がった土埃が風でゆっくり流された後には全裸の若生が立っていた。

恐らく、最初に衝撃波を作った時に全身を変形させたので衣服は吹き飛んでしまったのだろう。

若生は七緒の方を一瞥して立体駐車場の三人が車で来たのとは反対方向に歩きだした。

「若生君!?」

しかし、若生は止まらずに角を曲がっていく。

「そこで待ってて」

そう言われて七緒は足を止めたが、若生は先を進んでいく。

髪はまた伸びたようで、地を這うような位置で後ろになびいている。

若生は何かを投げるように右手を振りかぶり突き出した。

その動作に思わず七緒は耳を塞ぎながらも若生から目を離すことが出来なかった。

ばおおおっ!!

若生の向かう前面に歪んだ空気の壁が突進していく。

その先にあった人型をしたものが吹き飛ばされていた。

やや遅れて七緒の方にも爆風、衝撃波の余波が襲ってくる。

耳を覆っていなかったら、また鼓膜を破られていただろう。

蓮夏と早紀は鼓膜をやられたかも知れないが、二人ともスレイブだ。

暫くすれば回復するだろう。

それよりも前方の衝撃波をもろに食らった女、恐らくはあのリタという眷属のように見えたが、あちらの方が問題だった。



R階から吹き飛ばされ四散した者と二人掛かりで若生を襲ったというのか?

性懲りもなく。

「待ちな、さい」

七緒は声をかけたが喉がおかしい。

声帯の方がダメージをうけたか。

「お待ちなさい!若生君!」

若生の体は右上半身が例のハリネズミ状態だった。

それが一歩進むごとに引いていく。

体内に戻っていく。

赤白の筋肉に戻って皮膚が再生していく。

「俺のスレイブを殺すと、俺を殺して俺の身内をすべて処分すると言ったんだ」

ぞくりとする低い声だった。

「許さない!」

若生の右肩から腕にかけて戻りかけた皮膚が裂けて再び筋肉がむき出しになる。

それが衝撃波を発する準備なのだろう。

その時だった。

大型車両が走ってきた。

ケンジの運転する見覚えのあるバスだった。

若生のかなり前方、吹き飛んだ女リタの横で止まりケンジが降りてきた。

若生とリタの間、リタのすぐ前でケンジは膝まづいた。

「待ってくれ!もう一度だけチャンスをくれ!」

ケンジは通せんぼをするように両手を広げて言った。

「説得するから。もうあんたに逆らわないように伝えるから」

若生はケンジの数歩手前で立ち止まった。

すぐ後ろに追いついた七緒はケンジの後ろに倒れているリタを見分する。

ありえない方向に曲がった手足だけではなく、全身骨折しているように見える。

もろに大型ダンプに衝突されたようなものだ。

体が四散しないで生きていられるのは吸血鬼体質のおかげだろう。

「あんた達の眷属はあと何人いるんだ?」

若生が訊いた。

「乗松綸子は? もう一人の眷属はどうなった?」

「さっき潰したよ。頭と胴体はね」

「じゃあ、このあたりには俺と主様だけだ。あと、首都圏に二人いる。」

「リタに伝えろ。俺だけを殺しに来いと。眷属を何人連れて来てもかまわない。でも、殺していいのは、手を出していいのは俺だけだ。判ったな?」

「ああ、力ずくでもそうするよ。いや、あんたにも手は出させない。残りの二人を使ってでも止める」

遠くでパトロールカーのサイレンが聞こえてきた。



ケンジは振り返ってリタを抱き上げてバスに乗り込もうとする。

「待ちなさい!私たちもそれに乗せて!」

七緒は献血用具一式を入れたバッグを持って、若生の手を取ってバスに乗り込んだ。

ケンジはバスの後ろにある棺おけの蓋を蹴つり飛ばして中に全身骨折で体の補正ができないリタを寝かせた。

七緒は若生をシートに座らせ、バスのドアに戻り、ケンジは運転席に座ってバスを発進させる。

前から追いかけてくる蓮夏と早紀に七緒は叫んだ。

「乗りなさい!」

本当は一緒に狭い場所に置きたくはなかったが、新鮮な血液は最優先だ。

ゆっくり動くバスに遅れて蓮夏と早紀が乗り込む。

早速蓮夏から採血を始める。

「この肝臓に突き刺さっているフィルの右腕、吸収できる?」

「もう吸収したよ。これはその残骸だよ」

やはり、あの後半戦のパワーはクロスブラッドによるものだったか。

「じゃあ、抜くわよ。力づくになるけどいいわね?」

「そんなに力まなくても大丈夫さ」

若生の右腹の突き刺さっていた腕の周囲の肉が口を開けるように広がっていく。

七緒は片腕でフィルの腕をつかんだ。

装甲で覆われているので、かなり固い感触だった。

それを用心深く引き抜いた。

フィルの腕は見かけからは想像できないほど軽くなっている。

「ふうっ・・・つうっ・・・」

若生は顔を伏せながら声を漏らした。

かなり痛むのだろう。

七緒は蓮夏の血液とOS1を混ぜ硫黄の水溶液も加えてチューブを若生に咥えさせた。

「ゆっくり飲むのよ」

補充で傷も癒え、体力も回復するかに見えたが、若生の体中から気泡状の発疹が出ては弾け始めた。

「これは・・・体内にガスが溜まっていたの?」

「いや、空気圧で体動かしてた・・・筋肉は変形にしか使い物にならなくなったから血管に空気を入れて代替えにしたんだ」

「あなた、無茶苦茶だわ・・・」

「へへ」

若生は弱々しく笑った。

何にしても若生の体は深刻なダメージから回復しつつあることは間違いない。


七緒はバスの後ろを確認してから、若生の座っているシートに戻る途中棺の中のリタを一瞥した。

意識はあるようだが、一目で複雑骨折した全身は再生していないことは判った。

七緒も肋骨が砕けた時は再生に一日以上かかった。

若生の再生力が異常なのだ。

最も一般人に比べればどちらの吸血鬼も異常なのだが。

「おい、もう話しかけていいか?」

離れたシートに座っていた蓮夏が声をかけてくる。

七緒は若生の意識があることを確認して訊き出す。

「衝動はもう起きない?」

「飢えが慢性化してる感じ。すぐ近くに寄らなければ噛まねえよ」

七緒はケンジにバスを停めさせ、二人を乗せる。

乗り込んで若生に近寄ろうとする蓮夏を制して話しかけることにはOKを出した。

「馬鹿!」

蓮夏のため込んでいた一声だった。

「自覚してるよ」

全裸で横たわっている若生は右腹に大きな陥没を未だ残していた。

吸血鬼の体が未だに治癒できていないことを考慮に入れても、それだけで死線をさまよう程の深手であったことが見て取れた。

「馬鹿!」

また言って蓮夏は泣き始めた。

「ごめん」

「なんで全裸なんだよ!?」

言っては見たがそれほどの死闘であったことは判っていた。

蓮夏はジャージの上着を脱いで若生の腰の部分を覆った。

「ごめん」

若生は繰り返した。

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