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吸血塾  作者: クオン
37/43

塾に戻る前に留まる若生

「プリンシパル(主様)!!」

飛び降りてきたのはリタ・ギオレンティーノだった。

「眷属・・・主がいなくなった者でもそう呼ぶべきなのかしら? 特に私達のような末端の吸血鬼が・・・」

そう言って七緒がリタの前に立つ。

「やめろ!」

若生にとってこれ以上戦う意味は無かった。

「あちらには止める気は無いようよ」

そう言う七緒に向かってリタは既に黒衣をまくり上げて奇妙な舞を見せた。

「火だ! 来るぞ!」

前に火炎の攻撃を食らっていた若生はリタに向かって髪の鞭を振るった。

衣が裂けリタの突き出した右手の平に髪が絡む。

しかし、既に発火態勢にあったリタの炎は髪の毛を伝って若生に走っていった。

七緒はそのタイミングを逃さず、爆薬をリタの右手に向けて発射していた。

爆発は軽いものだったがそれでもリタの一指し指と中指が吹き飛んだ。

若生の髪の毛は顔の近く寸前で燃え尽きていて、炎の被害はなかった。

若生は再び髪の鞭を、いや投網のように拡散してリタに放つ。

大量の髪の毛はリタの右手中心に体中に絡まった。

「若生君! つかまって!」

七緒は髪を切った若生に自分の手首をつかませ、背中の触手を伸ばして上のタラップに巻きつけた。

若生をぶら下げたまま触手を縮め七緒は足場の上に一瞬で上る。

「いざって時にやっと役に立ったわ」

七緒は若生を引き上げながら触手を収納する。

見下ろすとリタが何か叫びながら、若生の絡んだ髪を外そうともがいていた。

七緒はそんな眷属を一瞥して扉から出て、更に外に出ようとして鉄製の階段を上った。



最初にフィルの横たわっていた部屋に出て、ケンジに出くわしてしまった。

スレイブを二人連れていた。

「な、何故、お前達がそこに居るんだ? まさか・・・」

ケンジは上ずった声を出して訊いた。

「フィルは死んだわ。負けたのよ、若生君にね」

「まさか・・・信じられん。」

「私も信じられないのだけれどね」

ケンジは腰の鞘から大型の刃物を取り出した。

日本製ではない、南米でよく使われるマシェットという山刀だった。

「やめろ・・・リタはあんたの主なんだろう? あそこから出してやってくれ」

若生は七緒の肩にかけていた腕を外して、ケンジから横に距離を取るように歩いた。

「それから、そこのスレイブを俺に近づけるな。どうなっても知らねえぞ」

スレイブの一人がびくりと身を震わせた。

若生を見張って捕えられた女スレイブだった。

「俺達をここから見逃すんだ!」

「お前、吸血鬼の主従関係舐めてるだろ?」

ケンジは若生に仕掛けようとする。

若生は右腕をケンジに向けて上げた。

肩から肘に針状の剛毛が生え始めた次の瞬間、若生の右手首から先が爆発した。

もちろん、それは爆発などではない。

剛毛を生やした状態に瞬間的に変形させることで衝撃波を発生させるという、覚えたての若生の新技だった。

100ミリ砲の空砲を砲口の前で受けた程度の破壊力にケンジの体は吹き飛ばされた。

後ろの壁に激突したケンジはそれでもすぐに起き上がった。

しかし、うんうんという感じで首を縦に振って、マシェットを拾ったり再度の攻撃に転ずる事はなかった。

代わりにズボンを脱いで、若生に投げ与えた。

「何不思議そうな顔してんだ? お前、自分がどんなカッコか分かってんのか?」

若生は下を向くとほぼ全裸に近い状態であることに初めて気づいた。

かろうじてベルトの周囲と股間はサポーター(勃起を隠すために密かに穿き始めた)の周りに僅かに残ったジーパンの布切れだけだった。

後は体を隠すものは前後左右に不自然に伸びた髪の毛だった。

「せめて下だけでも穿いて行け」

「主従関係はいいのか?」

「長いものには巻かれる主義・・・にした」

ケンジはため息混じりに言い訳した。

若生はケンジに背を向けて出口への通路に向かった。

「先生は前を歩いて」

「でも・・・」

七緒は追撃が無いか後ろを気にしていた。

「俺の背中を狙ったりしたら、この通路からミンチにして吹き飛ばす」

七緒は納得して若生のすぐ右前に出た。

この構造と堅牢な壁面なら若生の衝撃波は周囲に分散したりせず確実に相手を粉砕しながら吹き飛ばすことだろう。

若生は地上階に上がる階段を上り始めて膝の付け根に違和感を感じた。

ポケットを探ると鍵が入っていた。

ヤマハのマークの入ったキー。

バイクのキーなのだろう。

「戦利品か? それとも餞別のつもりかな?」



若生は七緒にキーを渡した。

七緒はキーを受け取った代わりというわけではないのだろうが、着ていた白衣を若生に渡した。

裸の上半身では腹から突き出たフィルの腕が無くとも目立ってしまう。

若生は白衣を羽織って中ほどのボタンを二つ三つ留めながら階段を上りきってガレージに出ると隅にカバーを被せたそれらしきデティールの物を見つけた。

カバーを捲くると中は250ccのスクーターだった。

若生と七緒は知らなかったがフィルが考明塾を襲った時に移動に使ったスクーターだった。

七緒はシートを空けて起こすとヘルメットが二個入っているのを確認して若生に渡しながら自分も被りスクーターにまたがる。

若生もヘルメットを被り後ろのタンデムシートに乗った。

七緒はキーを挿して回し、セルボタンを押すとエンジンはスムーズに回った。

重たそうに見えたが走らせると意外に軽快なバイクだった。

スクーターは考明塾に向かって走っていく。

若生は石油工場から充分離れてから七緒に声を掛けた。

「塾に着く前に、どこか人気の無い場所に止めてよ」

「分かってるわ」

若生は今、強烈な吸血衝動と戦っているはずだった。

人間、ましてやスレイブの蓮夏や早紀を近づけるのは危険すぎた。

とにかく、七緒が血液を取りにいって戻るまでの間、若生を人の接触から避けなければならなかった。

七緒はスクーターをショッピングモールのある方向に向けた。

ショッピングモールの駐車場に入ろうとする七緒に若生は怪訝そうに声を掛ける。

「人気の無い場所にって――」

「意外な盲点があるのよ」

七緒は立体駐車場に入り通路を上階へ駆け上がっていく。

最上階のすぐ下で七緒はバイクを止めた。

「ここのR階はちょっと前墜落事故があってね。利用禁止になっているのよ」

七緒は立ち入り禁止の表示をつけたチェーンの張ってある上階に上がって行った。

七緒は最上階の周囲を見渡して、また若生の許に戻ってきた。

「ここも車が少ないわね」

「ああ、人が来たら上に飛び上がるよ」

「今はここにいるのよ。R階は、たぶん監視カメラがあるわ」

七緒はスクーターに再び乗って走り去っていった。

若生は支柱に寄りかかって座り込んだ。

座るとフィルの腕が食い込んだ右腹が強烈に痛んだ。

「まあ、このまま死んでも後はマルリックに任せておけばいいか・・・」

座り込んでみると、かなりの無理を体に掛けたことがわかる。

筋肉疲労を通り越してミイラになる寸前のような消耗の仕方だった。

これでよく生きて尚身体が動いているものだ。

若生は自分の体を見下ろし格好を確認した。

「まあ、そんなに不細工な死に様じゃないし」

若生はズボンをくれたケンジに感謝していた。



七緒はスクーターで10分ほど走っただろうか、塾の手前の道を減速して走るのがかったるかった。

吸血鬼になっても気は焦るものだ。

塾に戻ってまずは冷凍血液を集める。

蓮夏と早紀に連絡を取ってエディーに採血をしてもらう。

二往復ほどしなければならないかも知れない。

マルリックがバイクを運転出来れば先ずは冷凍血液を持って・・・いや、あのショピングモールを知らないかもしれない。

やはり、自分が走らねばならないだろう。

とにかく、いくらか血を飲ませれば吸血衝動は抑えられる可能性が高い。

そうなれば後はどうとでも出来るはずだ。

考明塾に戻りスクーターを乗り入れると蓮夏と早紀が飛び出してきた。

ついている! これで二人と合流する時間を省くことができる。

「何やってたんだよ!」

蓮夏がきつい口調で訊いてきた。

「蓮夏! 桐蔭寺さん! 血をちょうだい!」

七緒はそう言いつつ医務室に向かった。

献血用の注射器は何セットか最近手に入れていた。

それを取り出しながら蓮夏を見ながら言う。

「蓮夏、ベッドに寝て腕を出して、400ccはもらうわ」

「若生に飲ませるのか?」

「ええ、フィルと闘ったの」

「はあっ?」

「勝てたのだけれど消耗が激しいの」

診察台に座っていた蓮夏の肩を押さえて寝かせ、左腕にゴムチューブを巻きながら続けた。

「いいわね?」

「いや、いいのか?400で?今の俺なら800はいけそうだぜ」

「多分、血と同時に水分補給すれば・・・しまった。ポカリでも何でも別れ際に渡しておけば良かった」

悔やんでも仕方が無い。

「採血は時間が掛かり過ぎる。現場でこれに混ぜながら飲ましたほうが早い!」

蓮夏は最近常時持参しているOS1を取り出して見せた。

「採血キットだけ複数もって行こうぜ!」


「本当に若生がフィルに勝ったのですか?」

エディーが弥生の腕をつかんで下りたばかりの階段の下で訊いた?

「見てなければ私も信じられないわ」

首をやや横に傾けて信じられないといった顔をしたエディーに七緒は言った。

「マルリックはどうしたの?」

「あなたと若生を捜しに行ってますよ」

「悪かったわね。誘い出されてしまったの。若生君はそんな私についてきてしまって」

「何故、若生は連絡してこなかったのです?」

「あの子、最初からフィルと決闘するつもりだったのね。結果的に私がきっかけを与えてしまった」

「あんのバカヤローがーっ!!」

医務室の蓮夏の叫び声だった。

七緒はその叫び声のした医務室に入って蓮夏の採血を終えて回収する。

「ついてきてもらうけど、いきなりは会わすことは出来ないわよ。最初の吸血衝動よりひどいことになってるはずだから」

「理性は残ってるんだろ?」

「ええ、はっきりとね。だから余計に暴走させたくないの」

七緒は和室の早紀の下に向かった。

早紀の血液を回収して、生理食塩水のパック、そして硫黄溶液を充填した注射器を診察ようバッグに入れて外に出た。


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