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吸血塾  作者: クオン
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若生VSフィル:序盤戦

扉はケンジが操作しているのだろう。

二人が入って、また閉じ始めた。

「残念であった。無念であったぞ。このような場で決闘を執り行わねばならぬとはな」

閉まりつつある扉の機械音音より響く声でフィルが言う。

そしてフィルの肉体は例の異様なほどに大きな肩幅に変形しつつあった。

「貴様とは神々しき月明かりの下で、爽快な夜風に吹かれ、滴る血の臭いも蒸し上げる大地の上で切り結びたかったものよ」

若生にとっては逃げ場のない閉鎖空間である。

「逃げフラグは立てたつもりはなかったけどなあ」

若生は中央に進みながらフィルの言葉に付き合った。

「貴様はこの戦いの高貴さを、戦いの意義を十分に理解しておる。下らぬからくり衛星に見下され、戦いの高貴さなど解さぬ輩に盗み見させてやる必要などないからよ。しかし、これで良い。貴様がいれば良い。このつまらぬ空間が貴様の存在によってかくも充足されておるではないか?」

「そいつはどうも。さすが700歳、こんな時でも詩人だねえ」

上の方で金属製のドアが開閉する音が聞こえて渡り廊下のような足場を二人の女が歩いていた。

リタ・ギオレンティーノと十海七緒だった。

「立会人よ。あの女ならば邪魔をすることも無く、ここでの決闘を見分するであろう」

「そうか、じゃあ、始めるのか?」

「そうよ、始めようぞ! 血の宴をな」

若生はロード・フィルの周囲を十分に間合いを取りながら歩いた。

若生はパーカーのフードに左手を伸ばしてブレードに変形させ、また元に戻す。

また左手をブレードに変え、フィルの右側に抜けるべく踏み、すり抜けていった。

そのまま壁に突っ込み、壁にぶち当たる反動で振り返ったフィルの脇を抜け、ブレードでフィルに切りかかった。

フィル左腕が若生のブレードをはじく。

若生は構わず、壁に突っ込み、再度反転してブレードを振るいながらすり抜けた。

今度は空振りに近くフィルの上着を掠めただけだった。

しかし、若生は絶好のポジションに移動できたことを確認し、今度はフィルの真正面に突っ込んでいった。

突っ込みながらフィルをタックルでバランスを崩し壁に向かって斜めに押して走る。

フィルの巨体が、若生の突進でもう一方の壁面に激突した。

若生はすでにフィルの次の攻撃に備えて後方の壁に向かって跳躍していた。

若生は壁を踏みつけ更に跳び、フィルに向かっていく。

フィルも両手を広げて向かって来たが、若生はその下をかいくぐり腹を横薙ぎに切りつけた。

しかしフィルはダメージなど無かったかのようにバックハンドで殴りかかってくる。

若生は手の甲の顎の牙を避け距離を取りながらブレードに残った硬いものに弾かれた感触を確認していた。

「タックルはフェイクで攻撃で隙が出来た瞬間に斬撃を狙うか? くくくくくっ、見事である。しかし相手が悪かったな。」

フィルは噛み締めるように笑いながら言った。

壁際に擦り付けられた摩擦のせいで着ていた黒衣が動くたびにボロボロと崩れ落ちていた。

フィルのわき腹は肋骨がそのまま浮き出たような装甲で覆われていた。

「ブレードはダメ元さ。タックルはあんたの背中を確認するためだよ。やっぱりその厄介な顎はまだまだ隠れていたんだね?」

肩や胸・腕だけでなく、背中、背骨に沿って二列の顎が並んでいた腰の左右にも顎が口を開いているのが破れた衣服の隙間から見える。

フィルの肉体の全容が曝け出されつつあった。

「後ろから攻めると大ダメージを食らいそうだ」

「ならば、いかに攻める若生?」

「こうだ!」

言った時にはすでに若生はフィルに向かって跳躍していた。

正確にはフィルの頭上すれすれを狙って、体を傾けながら下にあるフィルの頭部を狙ってブレードを振るったのだ。

しかし、フィルは両腕を交差して若生の攻撃を受けきった。

受けだだけではなく両手の甲顎の牙が若生を掠めていた。

若生は左胸と右膝を縦に切り裂かれていた。

瞬時に筋肉を針化させて傷口をふさぐが、今度はフィルの方から攻撃を仕掛けてきた。

右腕を大きく振りかぶっての手の甲の顎の攻撃。

若生は難なくそれを交わすが、さらにフィルは肉迫してきた。

フィルの肘が胸元を掠め、次いで肩の顎が迫ってくる。

これ以上後ろに下がると横に逃げる位置が大きく限定されてしまう。

若生は右の獣化させた拳でフィルの肩を弾いた。

若生の針毛が硬い装甲で弾け飛んだが、骨は無事だ。

フィルの方にいたっては全くのノーダメージのようだった。



動きの止まったフィルの横を若生はすり抜け、振り向くと同時にフィルに向かって跳躍する。

今度は右足を狙ったが、長い腕の顎がまた連なって若生を襲ってきた。

動きを読まれている!?

「何故動きが読まれるか? 我にそれが判るかが不思議か若生?」

攻めてこないフィルの周囲をゆっくり横に回りながら若生は傷の回復を確認していく。

「貴様は速すぎるのだ。瞬発力が有り過ぎるのだ。ワンアクションで音速に近い速さで間合いを一気に詰め攻め込んでくる、その攻撃。知らぬものには不可避の脅威であろう。

しかし我には通用せぬ。ブレードや右腕を使うよりも速く動いてしまう、その足。その為、貴様は動く前から攻撃ポイントを定め、同時に斬撃打撃を仕掛けていなければならぬ。つまり貴様は動く前から我に攻撃方法を知らせてしまっているのだ」

若生の足が止まった。

「まだ手はあるさ」

若生は今度はフィルの左下をすり抜ける軌道で突っ込んだ。

狙うのは足ではない。

フィルの左腕だ。

若生はフィルの左横で自分の左ブレードを床に叩きつけた。

その反動で跳ね上がる勢いを利用してフィルの肘を狙って斬りつけた。

しかしフィルは自分の左腕を曲げて装甲の厚い外側でまたも受けきったのだった。

「くくくくく、くあーハッハッハァー!! 楽しい! なんと楽しき事を思い出させてくれるのだ!」

フィルは若々しかった顔が皴で崩れるほどに大口を開けて笑った。

「素晴らしい。素晴らしいぞ若生。その太刀筋、かつて新免武蔵と名乗った侍と同じであるぞ。再び目にすることが出来ようとは終ぞ思わなんだ。二度目でなくば、この左腕、もがれておったわ」

七緒は眼下の二人の死闘を見下ろしながら思考の展開が復元されていくのを感じていた。

「新免・・・宮本武蔵の別名・・・ロード・フィルが宮本武蔵と戦ったというの?」

七緒は島原の乱にフィルが関わっていたとマルリックが言っていたことを思い出した。

島原の乱で出陣していたという宮本武蔵と切り結んだというのか?

その宮本武蔵と同列と評された若生は自分が手詰まりになりつつあることを実感していた。

踏み込みの力をぬく――スピードを落とすことは出来ない。

フィルの間合いに入ってからブレードを振るったりしたら、先制していても顎の連続攻撃をかわすことは難しい。

スピードを殺さずフィルの攻撃の届かない処からブレードを伸ばしてもダメージを与えたい箇所を切りつけることは出来そうにない。

足を狙って動きを止めようにも装甲と顎が仕込まれた長い両腕に阻まれてしまう。

あの、攻守一体の構えがいけない。

あれを崩せば攻撃ポイントが見つかるはずだ。

フィルは大きい。

大きい敵を倒すには・・・

若生はゆっくりとフィルに近づいていった。

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