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吸血塾  作者: クオン
33/43

今風の円形闘技場

七緒は玄関から外の風景を眺めていた。

夕暮れで表は影の濃い景色になっているのだが、吸血鬼目線では万遍なく構造物の輪郭が見て取れる。

物の判別はしやすいのだが、遠近感が逆につかみにくい。

若生もそんな風景を見ながら奥から七緒を眺めていた。

今暫くは七緒から目を離さないようにとエディーとは目線で示し合わせたのだった。

七緒は若生の方を振り返って、外を見、そしてクロックスのサンダルを履いて玄関を出ようとした。

若生は思わず七緒を追いかけて外に出た。

七緒はすぐ前の通りで立ち止まって足元を見ていた。

「先生、あんまり出歩かない方がいいいと思うんだけど」

若生は声をかけた。

「動きに不自由があるか確かめていたのよ」

七緒は再び歩き始めた。

「心配してくれてありがと。もうちょっと付き合ってくれる?」

「いいけどさ」

七緒が歩いて、たどり着いた先は若生がマルリックと最初に話をしたり、蓮夏と待ち合わせした公園だった。

七緒はベンチに座って携帯を取り出して、チェックを始めた。

「一度、本庄奈津から着信があるわね。返信しなかったのはまずかったかしら?」

「大丈夫だろ? エディーの代打を蓮夏が打診したのはその後だから」

「言いたくは無いけど、何か仲間はずれにされた感があるわね」

「仕方なかったんだってば。言っちゃ悪いけど桐蔭寺が来るまでの先生は――」

「分かってるわよ。ちょっと愚痴りたくなっただけよ」

七緒は立ち上がって公園を出、再び通りを歩き始めた。

「まだ塾には戻らないの?」

「戻りにくいわねえ。生き恥をかいちゃった気分」

「んなことないってば。何だよ、いじけてんの?」

「かもね」

七緒は高架下を通り抜け、大通りに出て道成りに歩いていく。

若生は嫌な予感を感じていたが、あえて黙ってついていった。



車道は夕刻の渋滞で車の流れはゆるい。

すぐ前方のバス停で旧型のバスが停まるのを見て若生は七緒の前に出た。

大体の事態は飲み込めていた。

早紀が七緒の呪縛に影響を与えた時、すでにロード・フィルに気取られていたのだろう。

若生はバスの開いたドアから乗り込んだ。

七緒が乗り込もうとする前に立ちふさがるが七緒はドアに手をかけて摑んだまま若生を不思議そうに見上げた。

「その女を止めても無駄だ。このバスがロード・フィルの元に向かう限り這ってでもついてくるぞ」

運転席からの声はケンジという眷属だった。

若生はあきらめてバスの中のシートに座った。

七緒も続いて座る。

「ほう、それでも止めんのか?」

「行く手にフィルはいるんだろう? なら、案内を頼む」

若生は腹を決めていた。

「決闘をするつもりか?」

「その前に話を聞いてもらう。話しがあるなら聞く。そして何もないのなら・・・」

「殺気が強くなったな。お前とロード・フィルの死合、見てみたいもんだが叶わんだろうな」

「このバスはどこへ行くんだ?」

「今は教えることは出来んね」

答えにならない回答に若生は抗議はしなかった。

「前の様に留守をロード・フィルが襲うとは思わないのか?」

「それは無い。俺が逃げないのはあの人達が無事だからなのはフィルも知っているはずだから」

そう言いながら若生は七緒を見た。

七緒の顔は昨日までの呆けたような無表情に戻っていた。

若生はため息をついてバスに揺られていた。



バスは海際の石油精製所に入って行った。

その手の施設としては大きくはなく、老朽化した箇所が多く設備にはサビが浮いていたりしたが、前の様な廃工場ではないようだった。

三基程の大型建造タンクの並んだ横のスペースにバスは止まった。

その横に地下に向けて、やたらと底面積の大きな円形のプールのような直径50mあるのではないかというスペースがあった。

「ここは耐震用の石油タンクを建造しようとしたらしいのだが、不況のあおりで基礎部分までで工事がストップしたんだと。まあ、丁度良い我々の隠れ家になってるわけだ」

ケンジが聞きもしないのに説明した。

かなり地中深くまで掘り下げ、堅牢に基礎を建設しようとしていた事が分かる。

周囲はコンクリートでタンクの底になるべきだったのだろうか?一面に鉄板が組まれ中央部分は奇妙な形に建設され、そのままに放置されているようだった。

ケンジはすぐ脇の仮設のガレージのような鉄骨のみの平屋建ての中に入っていった。

七緒が黙ってついていくのを横目で流してから、結局若生もついていった。

ガレージの奥、中央には下り階段があり、ケンジと七緒は下りていく。

若生も倣って下りて行った先には廊下が中央に向けて通っており、そこに向かってまた歩いた。

突き当りの扉から入ると、床に5m×4mほどのトルコ絨毯というのだろうか、それが敷かれた上にフィルが仰臥していた。

すぐ脇にはリタという眷属が胡坐をかいて座っていた。

ケンジはその近くに同様に胡坐をかいて座る。

「起きてるんだろ?」

若生は立ったままで声をかけた。

リタもケンジも特に変化がないところを見ると、それが無礼な振る舞いという事ではないようだ。

「我らが眠らない存在であることは知っていよう」

フィルが目を閉じたまま答える。

「七緒先生を呼びつけてどうするつもりだったんだ?」

「意外に早く縛りが解けたようだの? 重複させて縛っておいたのよ。縛りが解けかけて意識が戻りかけると、もう一度自分から縛られに我の元に来るようにな。ここで二三言葉を交わせばまた縛り直せる」

「用意周到だな」

「貴様までついてくるとは嬉しい誤算よ。斯くも短く見えるとは思わなんだ」

「ふーん、そういや三日前だったけ? 俺は相当に日が経ったように思えるぜ」

「我、齢700年を越えし者、一日など時の内に当たらぬ。対して貴様の時は始まったばかりよの」

「そこでお願いがある。その感覚で数年待ってもらう事は出来ないのか? そんなアンタには一瞬のことだろう?」

「待つか、待っておる間、血の騒ぐ性を押さえられようかの? 実は我の肉体と精神は別物での。精神は悠久に流れておるが、肉体は刹那に突き動かされておる」

「記憶はどうなんだ? 700年の貴重な体験を話して聞かせてはくれないのか? この若輩者によ?」

「良い質問よ。我は確かに700年もの記憶を有しておる。しかるにそれがこの頭蓋の限られた脳のみに収まると思うてか? 吸血鬼、ヴァンパイア、眷属、エルダー、いずれにしても記憶は脳の外、肉体のあらゆる箇所に記録されておるからこそ、我らは今も否応無しに入力される情報を処理し続けていられるのだ」

そこまで話してフィルは上半身を起こした。

「そしてここまで蓄積された記憶、楽しめた記憶をを引き出すには同様の楽しい体験が必要なのだ。貴様のような骨のある奴との闘いがな」

「ちぇっ! 藪蛇になっちまったか」

「して、何とする? 我としてはその女に二言三言話かければ済むことなのだが・・・」

「させねえよ。俺の身内には二度と手は出させねえ」

ぞわりと周囲の空気が動くような若生の殺気に座っていたリタとケンジが膝を立てて身構えた。

「くくくくく」

フィルが噛み潰したような笑い声を出す。

「この時代に、この国に、我に対して斯くもあからさまに殺気を放つ者がいようとは・・・分かっていような? 最早、ここが貴様の最後の生き様を記す場となろうことを」

「勝つつもりで、来いっつったよな。でも、あんたも勝つつもりなんだろ? あんたが勝った時は俺の身内には手は出さないと約束しちゃあくれないか?」

「ふざけたことを、勝者に戦利は必然であろう。敗者に、しかも死者に所有を主張するこなど叶わぬものよ。特に吸血鬼の死後に保障などありえぬ」

「ちぇっ!」

「しかし、手向かわぬ限り命だけは保障してやろう。特に貴様のスレイブは我の眷属として優遇してやろう。それが事実上、貴様らの一派を誠忠させることにもなろう」

「冗談じゃねえなあ。まあ、自分が死んだ後の世界なんて考えても無駄か? 勝って戻るしか保障のしようがねえって訳か」

「今、ここでやろうと言うのなら、一応の場は用意してある。外から邪魔されぬ最低限の条件ではあるがな。この工場への投資が無駄にならなかったと言う訳かなケンジ?」

「はっ! お言葉ありがた――」

「礼は若生に言うが良い。最小限の出費で済んだはそ奴が今我に挑んだからよ」

「へ、礼には及ばねえよ」

「ふむ、では来るが良い若生!」

フィルは立ち上がり背後のドアを開けた。

扉はフィルの体に対して小さく見えたが、フィルはスムーズに外に出た。

若生は続いて出てみると左に廊下とすぐ脇に下に降りる階段があった。

フィルは階段の方を降りていく。

若生も続いて降りると後ろからケンジがついてきた。

階段は3~4階分降りるほどの段数があり、かなり深く掘り込まれている施設のようだった。

降りついた場所はやや広くなり大きな鉄の壁があった。

ケンジは右端のスイッチを押すと壁と思っていた鉄板が動き始める。

それ自体が大きな扉っだったようだ。

フィルと若生が扉をくぐって中に入ると20メートル四方の立方体の中に居るような空間になっていた。

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