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吸血塾  作者: クオン
31/43

スレイブ化する蓮夏、覚悟を決めつつある若生

翌日の夕刻、若生は蓮夏からのメールを確認してマンションまで迎えに行って驚いた。

思わず蓮夏の肩を掴んで声を出してしまった。

「誰に噛まれたんだ?」

「お、おい――」

「フィルか?奴らの眷族か?」

「違うって、自然にこうなってたんだ」

若生が声を荒げたのは蓮夏がスレイブとなっていたからだ。

目の光の反射が動物のようだった。

体温の拡散が人間と違って先端まで均一に近い。

「朝起きたら何か見えるし聞こえるし。気だるいけど力出るしー」

蓮夏はバツが悪そうにしゃべった。

「お、俺のせいなのか・・・」

「おい、気にするなよ。元々こうなること期待してたんだからよー」

「分ってるのか? スレイブの寿命は長くて20年だぞ? それまでに眷属にならないといけないし、俺の眷属は昨日言った通りやばいし」

「とにかく塾に行かねーか?」

確かにマルリック、いや、エディーには相談しなければならないし認知もしてもらわなければならない。

しかし、一番頼りたい七緒の状態は未だ芳しくなかった。



「報告しなきゃいけないことがある」

「見れば判る」

既に集合をかけられた時に若生と蓮夏を見、判別出来ていたマルリックは短く言った。

「言い訳がましいけど噛んじゃいないんだ」

「考えてみればありえる話だな。感染源である唾液を交換していたのだ」

「しかし、私は実際に口づけしたことはありましたが、スレイブにはなったことはありませんでしたよ」

「行為の最中に過って牙で傷をつけたとかいうことは無かったか?」

「その点は最大限注意してたから無かったと思うけど」

「いや、やっぱ先に報告するわ。婆あのことだ」

「む、先に聞こう」

今日は本来それが主題のはずだったのだ。

「エディーの代打OKだ。婆あの体調もいいようだ。スレイブにしちまうか?」

蓮夏の報告は手短だったが的確だった。

「本庄奈津をスレイブにすれば蓮夏がスレイブであることが知れてしまう。交渉の目的は冷凍血液だが供給が拒否されることがあり得るのではないのか?」

と、マルリック。

「スレイブ契約でそこだけは外さないように迫ることは出来ますが、貴方的には嫌な対応なのでは?」

エディーはマルリックに確認してみた。

「脅迫するのはいいが、良くはないが、実際に吸血を遅らせたり苦痛を与えたりは許さんぞ」

「つなぎの交渉はここまでで後はエディーが直接やりゃーいーんじゃねーか? 婆あがスレイブになったらしばらくは俺は婆あの家には近寄らねーし、呼出にも応じねー、携帯だけのやりとりに限定するんだ」

蓮夏の折衷案は現実味があった。

「いいだろう。いずれ本当のことを話すにしてもスレイブとして安定させてからの方が良い」

「逃走方法に案がある」

「ほう、どう逃げる?」

「プレジャーボートで港で給油しながら台湾かサイパンを目指す」

「船の手配に心当たりがあるのか?」

「雑魚寝で10人程度寝れる小型船舶だ」

「船主は誰だ?」

「同級生の父親だ。その娘が持ち出すことになる。逃走にはそいつも加わることになる」

「まちなさい。まさかその同級生の娘とは?」

「血液提供者だ。スレイブ候補になるも知れねえが、俺の後輩だ。肉体交渉をもってた女子だ」

がたりっとマルリックが音をたてて椅子を立った。

「エディー! 後で教えろ!」

そう言ってマルリックはズンズンと足音を立てながら教室を出て行った。

「ギリシャ正教会やカトリックは同性愛がタブーなのです」

と、エディー。

「マルリックのあんな態度は初めて見るなあ」

若生はすまなさそうに言った。

「桐蔭寺早紀、俺の一番のお気に入りだ。若生への血の提供に丁度いい相手だったんだ」

蓮夏はため息混じりに説明した。

「吸血鬼の危険性は説明したのですか?」

「一応一通りは。けど、話をするとスレイブになりたがるような境遇なんだ」

と、若生。

「若生や弥生のように?」

「いや、俺みたいに恵まれてるが家庭的に不満を持ってるってやつ」



エディーはしばらく腕組みして考えていたが口を開いた。

「さて、今後の問題ですが、あなた、もしくはあなた達は若生に束縛された生活を強いられることになります。特に傷痕がない状態なので、異常が出た場合は致命的になるかも知れません。」

「20年以内に眷属にならないといけないんだろう? あんたの眷属にしてもらうことは出来るのか?」

若生からの質問だった。

「それは! 若生?」

蓮夏はいつになく慌てた声を出した。

「出来ますが、スレイブ契約ではそれはタブーです。スレイブと吸血鬼は吸血鬼優位の一方的ではありますが一心同体、運命共同体、これはかなりの自由を束縛されるスレイブを守るための必然的な契約なのです。身近な例では七緒や弥生のように自由にさせ過ぎると結果不幸になります」

「契約内容はどうなるんでい?」

「在って無いようなものですね。スレイブの服従度を強化すればするほど、吸血鬼にとってはステイタスアップになるし、眷属も含めたコミュニティーの強化にもなります。つまり契約内容は眷属の性格性質によって様々です。ロード・フィルの目指しているものはまさに強固なコミュニティーでしょう」

「なら、なんであんたは七緒先生を簡単に眷族にして姉さんのスレイブに反対しなかったんだ?」

若生の声は心なしか低かった。

「それが、我が主ゾーイが日本に来た目的だったのです。スレイブ契約をできる限り軽いものにして人間との共存を図る。そのためにフィルのような強硬派のいなくて、宗教意識の曖昧な地を選んだはずだったのですが・・・私は七緒にゾーイの意思をダブらせて見てしまっていた」

「しかし、フィルは来ちまったんだな?」

「惜しむらくは、まだ欧州にエルダーが何人か残っている4,50年前に決断すべきでしたか。その頃ならフィルは対抗意識を持って欧州に残ったかも知れない」

「今後、蓮夏と桐蔭寺はどうするのが一番だと思う?エディー?」

「自分用のスレイブ候補の確保が無難でしょう。本庄奈津のように目先の延命が目的なら10年20年の寿命を全うすることで納得できるでしょうが、二人ともまだ若い、スレイブとして恐らくその容姿のまま20年後を迎えるでしょう。必然、眷属化を望むようになるでしょうから」

「それもフィルがいては無理か・・・」

その時若生の発していた殺気にエディーと蓮夏は凍り付いていた。

二階にいたマルリックも尋常でない気を感じて総毛立っていた。

眉間にしわを寄せて噛み締めて牙をむき出しにした若生は別人のように見えていた。

「送るよ蓮夏」

そう言った後は何も無かったかのように元の若生に戻っていた。

「・・・その桐蔭寺早紀さんという方にも出来るだけ早くここにきていただきましょう。我々も顔を覚える必要がありますから」

帰り際にエディーは蓮夏に声をかけた。



蓮夏と若生は家までの道を歩きながら押し黙っていた。

若生は本気で戦うつもりだ。

昨日までは戦う可能性は否定していなかった。

しかし、今日蓮夏がスレイブになってからは戦い以外の選択肢を捨ててしまっているように見える。

止めたい。

止めなければならない。

「止めろ! 戦うな!」

とうとう蓮夏は声に出した。

「勝てる可能性はないと思うか?」

「当たり前だろ? 700年戦い抜いてきた化け物なんだろ?」

「そだね。勝てないよな」

蓮夏はぞっとした。

若生の口が笑っていたからだ。

「でもさ、勝てなくてもさ、負けるまでどれくらい時間がかかるかな?」

「運が悪けりゃ瞬殺だろ?」

「運が良ければ、ずっと戦えるんじゃないかな? 負けるまで相当な時間かけられるんじゃないかな?」

「んなことあるか! そりゃ実力が互角の喧嘩の場合だ。チッとの差ですぐ勝負なんてついちまうんだよ。殺し合いなら尚更だ」

「人間同士ならならね。でも、これは吸血鬼の戦いなんだ。700年生きてたんなら、1年くらいずっと戦い続けてもいいんじゃないかな?」

「一週間、血を吸わなかったら飢えちまうくせに。1年もつ訳ねーだろ」

「そうだな、一週間、いや、三日間、フィルが俺に束縛されることになれば、蓮夏達も逃げる時間があるんじゃないのか?」

「馬鹿! その後スレイブの俺や早紀は死んじまうだろ!」

「蓮夏、自分のスレイブを見つけておけ! お前なら候補はいくらでもいるだろ。全部話して一緒に逃げてくれるような奴だ。スレイブがいれば俺がいなくなった後エディーはお前たちを眷属にせざるをえない。マルリックも反対はしないだろう」

「ばっかやろー!」

蓮夏は若生の頬に平手打ちを放った。

右手の次は左手で叩くように見えたが、若生の頬に添えただけだった。

両手で若生の顔を挟んで見上げながら蓮夏は泣いていた。

「俺はおめーのぉ、緋波若生のスレイブでいたいんだ。今朝スレイブになれて嬉しかった。エディーに眷属とスレイブが一心同体だって聞いて、他のネガティブな条件は全部飲み込めた。分かるか? おめーだから飲めんだよ! こんな条件」

「・・・ごめん、でもな、俺は眷属じゃないんだ。だから蓮夏はスレイブじゃねえよ」

「言い訳がましいんだよ! ちゃんと面倒見ろよな! 吸血鬼!」

蓮夏はぐずりながら言い放った。

「その言い方はすでにスレイブじゃねえよ」

若生は蓮夏の頭に手をやって髪を撫でながら笑った。

蓮夏は黙って若生の肩の頭を寄せて泣いていた。


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