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吸血塾  作者: クオン
30/43

本庄蓮夏の作業場(?)での密会

「ちょっと、蓮夏に会ってくる」

「確かに話は急いだ方が良いのですが・・・」

「なんか切り出しにくい話なんだけど」

若生は繋いでいた弥生をマルリックに変わってもらおうと手を一緒に上げた。

マルリックは最近はすっかり大人しくなった弥生の手をとった。

「敵のスレイブを見つけたら知らせろ。手を出すんじゃないぞ」

マルリックが釘をさしてきたのが若生は不思議だった。

てっきり外出を止められるのかと思ったからだ。

「ああ、さりげなく引き返せばいいんだよな」

若生は外に出て、蓮夏戸待ち合わせた、あの公園に向かった。


塾から距離をとったところで携帯の電源を入れてみた。

着信歴はない。

若生は蓮夏に『すぐ会いたい、いつもの公園』とメールを送った。

すぐにOKのメールが蓮夏から届く。

若生は公園に着いて、まず感覚を最大限鋭敏にしてみた。

虫の羽音、アオマツムシという帰化生物だろう。

砂場の猫の糞の匂い。

公園の横、やや離れた箇所のつながれた小動物、これは飼い犬の気配だろうか?

若生は人間、そしてスレイブや吸血鬼の気配が近くにないことを確認した。

若生は公園内の桜の木に目をつける。

ソメイヨシノにしては大きな方で幹の太さが30センチ以上ある。

周りには他の木や障害物がない。

若生は軽く一度屈伸してみて桜の木を見つめた。

その木にロード・フィルの姿をイメージしてみる。



一撃離脱が攻撃の基本になるだろう。

相手は左右対象ほぼ同程度の防御力を持っているだろう。

なら、こちらの動きやすいように右側へすり抜けてみようか?

若生は自分から見て右へ、仮想フィルの左をすり抜けるように軽く突っ込んでいった。

想像以上に早く動いたせいで上半身、つまり左手で攻撃想定した場合のブレードが振り遅れてしまった。

踏み込む時にはすでに振りかぶっていないといけないのか。

若生はそこからまた右側への飛込みを試してみる。

今度はいけた。

いい感じに振り切ることができた。

若生はさらに力を入れて飛び込んでみた。

しかし左腕を振り切ることは出来ず、そのまま最初の数倍の距離のある外周のフェンスまでワン・ステップでに突っ込んでしまった。

勢い余るにしても、とんでもない跳躍力だ。

若生は近くの飼犬がやかましく吠え始めるのを聴きながら、マルリックが自分宅に結界を張る時に軽く跳躍して屋根より多角飛び上がっていたことを思い出した。

これでは宝の持ち腐れだな。

若生は四度目の飛込みを試行してみる。

今度は腰を落とさずにすり抜けた後ろの地面に突っ込むつもりでつまり高い位置から低い位置へ突っ込んでみた。

桜の脇をうまく左手を振りながらすり抜けたが、次足を着こうとしたら地面が大きくえぐれ若生はそのまま転がって公園の端のフェンスに再度激突してしまった。

若生が起き上がると見知った姿が目に入った。



ジャージ姿の本庄蓮香。

「何やってんだ、おめー?」

「運動・・・かな?」

若生はフェンスに引っかかって逆さに蓮夏を見ながら答えた。

「対フィル用のシミュレーション」

「公園を駆け回るのがー?」

「駆け回るってか飛び回ってたんだけど」

「なんか楽しい事でもあったんか?」

「いや、ヤバい事になった」


若生は今日蓮夏と別れてから起こった一連の事情を掻い摘んで話した。


「つまり、七緒が腑抜けになって足手まといが二人になって、逃げるに逃げられなくなったと?」

「何気に人の身内に酷いこと言うよな。んで、まあ、こうやって試行錯誤してるわけなんだ」

「公園を転げまわるのが?」

「ありゃ着地でけっつまづいたんだ」

「一人遊びがつまんねーから、俺を呼んだのか?」

「いや、また血を恵んでくれないかなあ、と。今日は随分消耗しちゃったもんで」

「俺、もう三日連続だぜー? 早紀呼ぼうか?」

「いや、桐蔭寺は止めておこう。実はあいつの事はマルリック達にも言ってないんだ。フィル達にも気づかれていないと思うし。もう守る対象をこれ以上広げたくないんだ」

「血が足りなくなるんじゃね?」

「そうなる前になんとかフィルに勝つ!」

「なんだ? その根拠のねー自信は?」

「そうなんだ。根拠もないし、マルリックからダメ出しされるし、次から次にプレッシャーがきつくなるのに不思議と体が大丈夫だって言ってような気がするんだ。なんか昂揚感ていうのかな?」

「そりゃおめー、死亡フラグってやつじゃねーのか? 消える間際のロウソクの輝き?」

「風前の灯火じゃないだけましだな」



「いつになくポジティブだなー。よーし、んじゃまたラブホ行っか?」

「いや、昨日から気になってたんだけど、一回5千円以上いるよね? 何気に払い任せちゃったけど・・・んな金どうしてんの?」

「ほ―、んなことに気が回るようになったかよ。心配ねーよ! 自分で稼いだ金なんだ」

「稼ぐって? まさか風の関係の仕事――」

「風俗じゃねーよ! 俺の顔は結構この界隈で知れ渡ってんだ。家のもんに知れたら即刻外出禁止だー! ・・・ありゃーオークションで儲けた金だな」

「オークション? 何か芸術活動でも?」

「ちっげーよ! ネット・オークションでエビ売ってんだよ!」

「エビ? あのおせち料理の中央にあったりするやつ?」

「あー、ペットだよ。ちっせー蜂みたいなエビだ。水槽の中じゃ綺麗なんだぜ。紅白で見栄えがして。結構需要があるんだ。こないだも1匹1万で売ったし」

蓮夏は携帯の画面からオークションの画像を出して若生に見せた。

底面の黒い粒が砂だとすると、かなり小さい生き物になる。

「ビーシュリンプってこんなちっこいのが、小エビが1万円!?」

「そうそう生まれてこねーけどな、んなのは。普通は単価100円で50匹とかで5千円で落札ってのが多い」

「小エビに5千円・・・」

「だからよー真っ当な金なんだから気にしなくていーんだよ。俺が楽しむために金使ってんだから」

「でも、さすがに1日1万は・・・」

「気にすんなってー・・・いや、今ならいいとこあるか?」

蓮夏は公園の外見て一人で納得したように言って、若生に振り返った。

「ちょっち、歩くけどいいかー?」

今回、言いだしっぺは若生だったので断わる理由は無く蓮夏について行く事にした。

蓮夏は市内の高台に向かって歩き始める。



「早紀のことだけどよー、今はだんまり通せるかも知れねーけど、切るのはぜってー無理だぜ」

「なんでだ?」

「あいつも俺とおんなじだからさ。人間止めてでも現状変えてーってやつだ。俺と違って表に出さねーで内にこもってる分、諦めは悪いだろーなー」

「人間止めたいって、蓮夏もそんなこと考えてたのか?」

「人間止めたいって訳じゃ無かったよ。まあ、俺の場合は家を出たかっただけだ。本庄家を出て一人でやっていければそれで良かったんだけど」

「人間のままでいろよ。家を出たいのなら、そんなに待たなくてもいいんじゃないのか?別の街に進学すりゃあいいじゃねえか?」

「うちは宗家でね。全国に散らばった本庄から目を逃れるって無理そーなんだ。進学して県外の大学入っても一族の息のかかってる奴が目付けになるんだろーなー」

「桐蔭寺もそうなのか?」

「あいつの場合は宗教だな。家が寺なんだよ。高晏寺」

「ああ、市内で一番でかそうな寺じゃん?」

「真言宗だっけ? の中でも高位の流派の家系らしいぜ。でまあ、教義なのか家系なのか男尊女卑なんだと。近い将来、宗派の政略結婚本決まりらしい。あいつの意思関係無しでな」

「へえ、マルリックと馬が合いそうだな」

「キリスト教の神父がー?」

「宗派の中でも、かなり異端らしいよ。まあこっぴどく日本の宗教を批判してたな」

「早紀の野郎、改宗すっかな?」

「親が塾に乗り込んだりしたら、ヤッベーなあ」

「ああ、あそこだ」

それは妙に縦長のマンションビルディングだった。



「高級そうだな」

「最上階がおふくろのマンションでな。非常階段で屋上までいくぜ」

「屋上に何があるんだ?」

「温室―ってもガラス張りじゃねーけど」

蓮夏は非常階段を上がって行った。

7階建てのさらに上まで上がって足が疲れたのか蓮夏は屈伸したりしていた。

屋上に出る扉と機械室のような扉があって蓮夏は鍵を施錠を外した。

中に入ると温室と言っていたわりには室温は高くはなかった。

棚には60㎝幅の水槽4本、小型の水槽が3本ほど置かれて水草が緩い水流に揺れていた。

中に小さい白い生き物が大量に蠢いていた。

「これがエビか?」

「俺の小遣い稼ぎさ」

よく見るとエビは白一色ではなく赤い頭をしていたり背面に一つ二つの赤いポイントが付いているものがいたりした。

大量に入っている水槽もあるし、まばらにしかいない水槽もあった。

むしろ数の少ない水槽の方が観賞価値は高そうだった。

「こっちだ」

蓮夏は洗面場と言うより足洗い場に近いような水栓でかけてあったタオルを洗った。

蓮夏はそのタオルで若生の顔から汚れを拭き取って行った。

若生はその時になって気付いたが、元プロレスラーと戦った時の返り血や女眷属の腹をえぐった右手、公園で転がった時の土埃で体も服もかなり汚れた状態だった。

蓮夏は若生のTシャツを脱がして肩や胸を拭いていく。

いつしか二人は見つめ合って、どちらからとなく唇を合わせた。

蓮夏は今までになく激しく若生の唇や舌を求めた。

若生は少し慌てて自分の舌で上唇と歯茎を隠して蓮夏の唇や舌が牙で傷つかないようにした。

「うぷっ」

不意に蓮夏は唇を離して若生の顔を見てから吹き出した。

顎に垂れるまで潤っていた口だったから、若生の顔面に唾液が飛び散った。

「いやっはっははははー、ごめんごめんご」

蓮夏は笑いながら若生の顔を持っていたタオルで拭いた。

「ンな変な顔だったか?」

「顔離したら急にサル顔になってたからよー。吹いちまったぜ」

蓮夏はそう言いながらジャージとパンツ同時にを脱いでソファーに掛けた。

若生はもう少し恥らっていいのになとも思った。

自分が吸血鬼だから恥らっていないのか、もともとそういう性質なのか、それが問題だ。

まあ、問題にしても仕方がないのだが。

「どっちがいいかな?」

蓮夏は丈夫そうで大きな作業台と3人掛けのソファを見比べていた。

「こっちのがいいな!」

蓮夏は結局作業台を選んだようだ。

蓮夏は台に腕を出し、採血準備をし始めた。

献血用の注射針ではなく普通の点滴用でOS1に溶かしてから飲む手順は大分こなれてきた。



「ラブホみたいにやりっぱなしって訳にはいかねーとこが面倒だな」

作業台の上を拭き取っては雑巾を洗う行為を繰り返しながら蓮夏が言う。

「もういいんじゃないかな?」

若生はコンクリートの床にホースで水を撒いていた。

「なあ?」

蓮夏は包装された新しいタオルを取り出しながら、顔を洗い終わった若生に問いかけた。

「なんだ?」

「一緒に逃げようぜ。弥生の面倒は見るから」

若生に顔を寄せて言った。

真剣な面持ちだった。

「姉さんの面倒は吸血鬼じゃないと無理だよ。それに今の七緒先生は置いて行けないよ」

「じゃあ、本気で和解か降伏しろよ。実際会話の余地はあったんじゃね? このまま戦ったら絶対勝てねーよ」

蓮夏は一度ロード・フィルに会っている。

あの絶対的な恐怖感は七緒の今の状況からも裏付けられた。

蓮夏が若生と戦わせたくないと考えるのは当然だろう。



「実際、時間稼ぎで手一杯だろう。で、その一環なんだけど、蓮夏のお婆さんが先生にスレイブ契約を持ちかけていたのは知ってた?」

「そんな話だろーたー思ってたよ」

「蓮夏に仲介してもらって話を続けるってのはいいかな?」

「交渉継続はいいけどよー、肝心の七緒が、んな状態で吸血行為なんかできんのか?」

「七緒先生は無理だな。そこはエデイーがピンチヒッターってことになる。もう面識はあるみたいだし」

「そいつぁいいや。婆あも若い男に通って来られるほうが興奮するだろうよ」

「若くはねえよ!あれでエディーのほうが年上なんだからな」

「そーだった・・・なんか燃えねえ組み合わせだな」

「無理に組ますんじゃねえよ」

「いやいや、組み合わせ的に究極だろ? 吸血鬼とスレイブって」

「そうなるか・・・とにかく俺達の目的ってか要求は医大の冷凍血液だ。二度目の橋渡しをしてくれれば後はエディーがうまく話すだろ」

「ふんじゃー、明日婆あに会ってみるよ。夜には塾に顔出す」

「そん時はメールくれ。いや、メール見て確認してから迎えに行く」

「心配性だな。ま、用心に越したこたーねーか」

二人は服を着て温室を出た。

蓮夏は一階に降りたところでオートロックのかかる玄関ホールの前で別れた。

その時になって若生はそのマンションが蓮夏の住居であることを認識したのだった。

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