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吸血塾  作者: クオン
28/43

ロード・フィルに拉致される七緒

本日もう一度投稿します

若生は左手をブレードに変形させた。

上から振りかぶって前に突進し、元プロレスラーの頭を縦割りに切りつけた。

じゃっ!

石を磨り潰すような音がした。

思ったように両断には出来ず、前面の頭蓋骨を割っただけにとどまったようだ。

それでも倒れない元プロレスラーの首を若生はバックハンドで右から左に振りぬいた。

じゃぎっ!

独特の摩擦音がして男の首は転がり落ちた。

胴体からは思ったほど血は吹き出さず、静かに波打ちながら胸から下に垂れて流れていった。

元プロレスラーの胴体部分は立ち上がり、若生の方に踏み込もうとしてバランスを崩し再び倒れこんだ。

「なあ、こいつ、完全に動かなくなるまで相手しないといけないのか?」

七緒先生なら、かなりの部分焼いてくれるんだろうけどな。

などと思いながらフィルに訊いてみた。

「ケンジ!」

フィルが運転手に呼びかけた。

「はい、処分は私が!」

ケンジというのが運転手の名前なのだろう。

「袋詰めにしたら若生を送ってやれ。冷却は後でよい」

「は、はい」

フィルは若生達が入ってきた階段とは別の扉から出て行った。

「いいのかい? ロード・フィルに訊きたい事があったのじゃあないのか?」

「いや、いいんだ。聞きたいこと以上の事が分かったから」

そう、むしろこれ以上の接触はこちらの手の内が知れてしまうだろうから。

運転手のケンジが吊るしてあった大きな化繊の袋にまだ動くことを止めない大きな元プロレスラーの体を被せるようにして入れていると、黒衣の女とスレイブはフィルの使った扉から出て行った。

最後にスレイブの女は振り返って若生の方を扉が閉まりきるまで見ていた。



若生はケンジの作業が終わるのを待って、バスで送られる事になった。

さっきの戦闘を対フィルに置き換えて頭の中でシミュレーションしようとしたが、あれが結局人殺しなのか、単に死骸の処分なのか納得できないで頭の中は懊悩としていた。

「本当にロード・フィルと決闘するつもりかね?」

ケンジが運転しながら話しかけてきた。

「喧嘩売ってきたのはあっちだぜ。」

と、若生。

「喧嘩で済むと思っているのなら瞬殺されるぞ」

「どうしたぃ? ずいぶん心配してくれるじゃないか?」

「大したものだよ、お前は。確かにロード・フィルが目をかけるだけのことはある。最後のあのスピード、私ではついていけまい」

「ずいぶん殊勝じゃねえか」

「せいぜい、お抱え運転手として大人しくしていることにするよ」

「気になってたんだが、なんであいつのことを呼び捨てにするんだ?」

「知らんのか? ロード・フィルとはフィルご主人様とか、老師フィルといった敬称のようなもんだ」

「本名は知ってるのか?」

「フェイリペラーだと思うが、あの方のような吸血鬼になると名に意味はないんだろう。その土地その時代で様々な名で呼ばれていたようだからな。今の我々はロード・フィルと呼ぶことを許されているに過ぎん」

「あんたら血の確保はどうやってるんだ?」

「我々の食事は生命線だ。うかつに部外者に話たりはせんよ」

「けど、俺の生命線はしっかりつかまれてんだよなあ」

「しかし、一緒にいた男女の眷属については我々も把握できていない。マルリックについては予想できるが。まだ人材不足、吸血鬼不足なんだ我々も。私にもっと発言権があれば、お前を引き込むことを具申するのだが」

「ロード・フィルはコミュ障か?」

「コミュ障はむしろ私の直の主様さ。おかげでコミュニケーションは上から下への一方通行だ」

バスは夕刻のラッシュで中々進まなかった。

帰路の時間は倍近くかかったのではないかと思う程だった。

塾の近くのバス停から降りて、そこから若生は歩いて考明塾に戻った。



塾が見えるところまで戻って若生は異変に気づいた。

照明がまったく点いていないのだ。

中に入ってすぐの床が何か重い物でも叩きつけたかのように粉砕されていた。

若生には見覚えがあった。

先に元プロレスラーと戦った時にいたる場所をこんな風に壊してしまったからだ。

各部屋を見て回ると診察室の窓がごっそり窓枠ごとなくなっていた。

若生は2階に上がって弥生のいる部屋へ入っていった。

中には弥生を掴んでいるエディーと二人のシスターがいた。

「今、ロード・フィルが来て七緒を拉致して行ったのです」

エディーの説明で若生は状況を把握した。

「マルリックは?」

「フィルを追いましたが・・・足をやられていましたから」

「バスか!」

若生は階段を駆け下りて外に走って出た。

まさかの間隙を突かれてしまった。

あのバスが渋滞に引っかかっている間に先回りされてしまっていたのだ。

しかもバスは自分を送るためではなくフィルを迎えるためのものでもあったのだ。

しかし、それならば、吸血鬼の自分の足ならば、十分追いつける。

若生はバスが走っていた県道に向かった。



あの大きさの車両がUターンできるはずがない。

方向を変えるのならどこか大きな辻で脇道に入るはず゛だ。

若生はあのバスが向かって行ったはずの県道を走り、トンネルの中に入っていった。

進行方向に人影を認めた。

こちらを見ている。

そして明らかに若生に気を向けていたのはあの黒衣の女眷属だった。

マントのような布を右手に持っていた。

闘牛士が使うムレータという物に似ていたが、棒のようなものはついていない。

女はそれを翻し若生の方に投げるように振るった。

その途端布の中から炎が飛び出し若生を狙ってきた。

若生は炎をかわしながら女に肉薄しようとしたが、次から次に火炎放射から発射するように炎が襲ってくる。

若生は右腕を獣毛化させて炎を弾こうとしたが、拳部分に着火してしまった。

振るっても火は消えなかった。

「アッツ!!って、あるじゃねえか天然のバケツ!」

そうだ!人間の体の80%は水分なのだ。

吸血鬼だって大して変わりはないはずだ。

若生は更に火を振り払って女眷属に肉薄した。

すれ違い様、相手の腹に右手を捻り回しながら突きこんだ。

肝臓の何割かを掴み取って焼けている右腕に絡め、鎮火させた。

若生は倒れこむ眷属にはかまわず進行方向を変えずに再び走り出した。

眷属を使って足止めしようとするということは、この道で間違ってはいない。

このまま進めばこの渋滞ならいずれ追いつく。

トレーラー車を追い抜いたら何台か先に見覚えのあるやや古臭い型のバスを見つけた。



ロード・フィルは廃工場で若生と別れた後、すぐにビッグスクータータイプの中型2輪で考明塾に向かったのだった。

後ろにはフィル自身が直接眷属にしたリタ・ギオレンティーノという女吸血鬼、若生の見た黒衣の女を乗せていた。

すでに若生が吸血鬼として完成型に近づいていることを確認した以上、どうしても知っておきたいことが出来てしまったのである。

マルリックがいてはゆっくりと話は出来ないので塾に入って速攻でマルリックを襲った。

正確には来襲に気づいて階段を下りてくるマルリックの足を掴み取り一階に叩きつけながらマルリックの右ひざを順方向に正座状態よりさらに狭角に限界を超えて折り曲げたのである。

マルリックは全身カーボン製装甲で武装していたが、その鎧にも弱点はあった。

逆関節に対する耐性は強化されていたが普通に体が曲げる方向に対しては脆弱だったのだ。

フィルはそこを正確に狙い関節の順方向へ曲げ折る技をかけたのであった。

医務室から攻撃態勢に入ろうとする十海七緒をフィルは睨み付け短く命じた。

「動くな!」

それだけで七緒は体が動かなくなってしまった。

「動くでないぞ! 下賤の眷属よ」

声を出すことも出来なくなって、医務室に数歩下がることが精いっぱいになってまった七緒を抱きかかえてフィルは医務室の窓を破って飛び出していった。

若生がバスを降りた箇所より一つの交差点を過ぎた所で七緒を抱えたフィルは乗り込んだのであった。

シートに七緒を突き飛ばしておいて、対面側にフィルは腰をかけた。

(これがロード・フィル!?)

現実に対面するととてつもない威圧感と恐怖感が襲ってくる。

「抵抗する気も起きまいが! これが吸血鬼の格の違い、序列というものよ。現存する吸血鬼で我に刃向うなどせいぜいがマルリックの代まで・・・のはずなのだ」

フィルは前に体を乗り出して七緒を見据えた。

強列な気が七緒を圧迫する。

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