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吸血塾  作者: クオン
27/43

逆追跡、フィルから与えられる課題

ホテルを出て帰る途中、若生は監視者に気づいた。

二百メートル先の植栽の隙間。

目への光の反射の仕方が人間とは違ったのだ。

さりげなく二人と別れた後、一気に距離を詰めて監視者を捕獲した。

「連れて行ってもらおうか? ロード・フィルの所へ!」

「何の事――」

相手が女だったので若生は若干躊躇したが掴んでいた手をより強く握って脅した。

「あんたスレイブだろ? 噛みついてやろうか? 俺の作った傷跡が痛むまでどこかで監禁してやろうか? それより先に今の主人の傷が腐ってくるのが先になるかな?」

「・・・わかった。でも、期待しないでちょうだい。私はロード・フィルのスレイブではないし、あの方はアジトを留守にしがちなのよ」

それはフィルの一派に眷属か別の吸血鬼がいることを意味していた。

女スレイブに導かれていった場所はバス停だった。

バスが2回ほど目の前に停まったが、女はベンチに座り込んで乗り込もうとはしなかった。

3回目の停車時間とは一致しない時刻にバスが来たとき、女は立ち上がり中央の扉からバスに乗った。

運転手の横に立って女は若生を手招きした。

乗り込んでみると、それがただの路線バスではない事がすぐにわかった。

窓の内側は黒いカーテンで閉め切られ、その窓際に左右が向き合ったタイプの座席が前半分に設置されていたが後ろはただのフロアになっていた。

そしてその後部に大きな木箱、人間が二人ほどゆったり納まる棺なのだろうか。

その上に黒いイスラムのヒジャブのような衣装を着た女が座っていた。

動き出したバスの中には若生とスレイブ、運転手そして棺の上の女の3人、もしかすると棺の中にフィルがいるのかも知れなかった。

運転手は後ろからは高い襟の服を着ているため、人間なのかスレイブなのか眷族なのかわからない。

後ろの女も顔まで隠れた服装のせいで判別は難しかったが、その雰囲気も含めて眷属の可能性が高いと若生は思った。



若生は探りを入れてみることにした。

「そこにロード・フィルはいるのか?」

「だとしたら?」

返事というより逆質問は運転席からだった。

「今は眠っているのか?」

「だとしたら?」

まったく同じの抑揚のない声だった。

「起きるまで待たせてもらうよ。聞きたいことがあるんだ」

若生はシートに腰かけた。

「あううっ!」

急に案内をさせた女スレイブが左手首を押さえながらうずくまった。

遠隔操作で噛み傷に痛みを与えられているのだろう。

「申し訳ありません・・・監視を悟られてしまい、監禁すると脅されて・・・」

「ところでゴリノ・ベルケンバーガーというハンターはあんた達の仲間だったのか?」

若生はうずくまっているスレイブを見ながら訊いてみた。

「仲間だったことは一度もない。ロード・フィルと面識があった程度だと聞いている」

またしても答えたのは運転手だった。

「それは悪かったな。てっきりあれがあんた達のやり方かと思っていたんだ。知ってたならあんな脅し方はしなかった」

若生は女スレイブに近寄って、その左手首を握った。

苦しんでいた女はハッとした表情をして若生を見上げた。

そして若生は女の手を握ったまま立ち上がり、シートに座らせその隣に座った。

握った手首から女が震えてはいたが痛みからは解放されていることが判った。

しきりに後ろの黒衣の女を気にしている。

「あまりスレイブを虐めるなよ」

若生は黒衣のほうを見ながら言った。

「他の吸血鬼のスレイブにかまうもんじゃあない。あまり図に乗るなよ」

やはり話しかけてくるのは運転手だった。

「すまねえな。こちとら、ついこないだスレイブをすっ飛ばして吸血鬼になったばかりの新参なんでね」

「知っているよ。ただスレイブだったことがないというのは初耳だな。一度手合わせしてみたいもんだ」

「いいのか? さっきの話は三下が古参のお気に入りに手を出すなって趣旨じゃないのか? 俺はマルリック以上にロード・フィルのお気に入りみたいだぜ」

「襲撃を受けたので撃退したと言えば良いことだ。所詮、私に処理される程度の敵だったと諦めていただけるだろう」

「そうだな。本戦の前に前座を経験してレベルアップも悪くないかも」

「丁度いい場所がある。首を洗って待っていろ」

「ああ、そうするよ」

若生はあの棺の中にはフィルはいないのではないかと思い始めていた。

フィルにとって若生は獲物であるはずで、それを横取りするかのような言い方を主人の目の前でするものだろうかと疑問を抱いたのである。



バスは工場地帯を走っているようだった。

食品工場の自動でオープンするゲートを入っていって、2階建てほどの高さと体育館ほどの大きさのある倉庫風の建物の横に止まった。

後ろの黒衣の女が先に立ち上がってバスを降りた。

ついで運転手が若生に降りるように促しながら外に出たので、若生は女スレイブを先に歩かせてバスを降りた。

中に入ると、そこはやはり倉庫のようだった。

もう、ほとんど物品は置かれておらず、片隅に荷物を載せておくパレットが積まれているだけだっだ。

その時になって始めて若生は黒衣の女の声を聞いた。

携帯で異国の言葉で話していたが相手の応答を聞いてから自分の携帯を運転手に渡した。

「・・・はい、只今そちらへ」

応えた後、運転手は携帯を黒衣に戻しながら若生を見た。

「場所替えだそうだ。ロード・フィルがお待ちだ」

4人は倉庫を出て一際大きな鉄筋のビルが見える方向に歩いた。

ビルには地下部分があるようで建物側面の非常階段は上階とはべつに地下にも続いていた。

扉を開けると忘れることのできないシルエットが若生の目に飛び込んできた。

スリムな下半身に不釣り合いな無骨な肩回りをした長身の男、見間違うことなきロード・フィルだった。

足元には倒れているのか、ひれ伏しているのか半裸の男がフィルの踵で押さえつけられていた。

「我に会いたい、目通りしたい、と欲しているとか? 若生」

フィルはその美麗な顔を若生に向けて訊いてきた。

「ああ、マルリックではらちが明かなくてね。決闘の作法とか心得とか直接聞こうかと思って」

「これは済まなんだ。悪かった。こと対吸血鬼に関しては彼の者手段を選ばなんだな。しかるにさほど気にすることも無かったのだ。一人で来てくれれば後は貴様の好きに戦えば良いのだ」

そう言ってフィルは踏みつけにしていた男の背中から足をどけた。

「せっかく教えを乞いに来たのだ。我の餞別を受け取るが良い。ダメージを与えぬように連れてくるは骨が折れた。出来損ないではあるが、その程度には骨があったわ」

むくりと男が起き上がった。



大きいとは思っていたが立ち上がるとフィル以上に身長も体重も有りそうだった。

「そやつは我の影武者にでもしようかと思うて眷属にしてみたのだがな。どうも血友病体質だったらしく、半分グール化してしもうた。処分する前に良い使い道が出来たものよ」

とは言っても、体型にはずいぶんな違いがあった。

フィルのように逆三角形ではなくドラム缶のような胸から膝の上まで寸胴な体をしていた。

虚ろな顔は禿げ上がった頭に額には無数の傷があり、耳と鼻は潰れて、厚い唇からは牙が覗いていた。

そのうつろな目の焦点がこちらに合った途端、男は若生達に突進してきた。

正確には若生ではなく女スレイブを狙ったのだ。

吸血鬼ではなくまだ人間の血をもっているのは彼女だけなのだからだろう。

「ひいっ!」

若生はすくんだ女の前に出て右手で前かがみに突っ込んできた男の顔面をつかんで動きを止めた。

「部外者に廃品処理をさせるんじゃねえよ!」

若生は男の顔をつかんだまま押し戻しながら膝に力を入れた。

スピードを上げて走った。

男の後ろの壁に亀裂が出来るほどの勢いで叩きつけた。

しかし、男はつかまれていた若生の右手を両腕でつかんでひねった。

正確には若生の右ひじを左の肘で押し上げ、右手で引き下ろすように若生の体を半回転させたのだ。

若生は床に叩きつけられ、腕その瞬間右腕の肩と肘の関節を思いっきり逆方向にねじ曲げられた。

「あっがああああ!」

思わず声を上げてしまった。

若生は自分の腕を切断したことはあったが、それはブレードで一瞬に済ませことだった。

関節技・・・というのだろうか?これは。

かけられたのはアームロックと言う技なのだが、外された骨と伸ばされた筋肉と何か所かの靭帯が切れた痛みが断続的に若生に襲いかかってきたのだ。

若生は男に蹴り上げられて横の壁に叩きつけられた。

「その男は元プロレスラーだ。それなりに体術は覚えているようだな」

解説したのは運転手だった。

「先に言えっての!」

若生は右腕に意識を集中させた。

肩の筋肉を強制的に収縮させて脱臼した腕を肩甲骨に押し込む。

次いで筋肉を針に変形させ筋繊維や靭帯をつないでおいて、外れたと肘の骨を元の位置に戻した。

右腕の表面に無数の針のような赤い剛毛が突き出てきた。



迫ってきた元プロレスラーは掴み掛ろうと右腕を伸ばしてきた。

その手を若生はハリネズミのような右腕で弾いた。

元プロレスラーの親指以外の指が吹き飛んだ。

そうだ、捕まれなければどうという事はない。

若生は更に元プロレスラーの左手も右腕でぶん殴った。

男の手首から先がごっそり吹き飛んだ。

元プロレスラーは痛みを感じているのかいないのか声も出さないし表情も変えなかった。

「くくくくっ、良きかな良きかな、前よりパワーアップしておるわ。再生力も向上しておる」

さも嬉しそうにつぶやくフィルを僕の吸血鬼の二人は見上げてまた目を伏せた。

若生は元プロレスラーから間合いを取って、右手の剛毛を引っ込めた。

この男を使って、ロード・フィル戦のシミュレーションをするなら、剛毛バージョンの右手と左手のブレードは威力がありすぎると思ったのだ。

それにあまり手の内を見せる必要もないだろう。

そう判断した若生は相手の懐に入りながら左右のこぶしを胸に叩き込んだ。

身長差があるので顔には届かない。

元プロレスラーだけに胸には分厚い筋肉があるが、若生のパワーはその肉の壁に拳をめり込ませただけではなく、巨体自体も後ろに下がらせる程だった。

男は膝をついてかがんだ。

パンチが効いたかと若生は思ったがそうではなかった。

その姿勢のまま男は低い姿勢で若生の足を掴みにきた。

両腕の先端が欠けているので肘を若生の両膝に回してのタックルだった。

若生は両足を取られたまま後ろの壁に叩きつけられた。

壁面に亀裂が出来る。

男は体を離して飛び上がり両足で若生の胸を蹴り飛ばした。

ドロップキック。

若生は再び壁に叩きつけられた。

今度は壁の表面が崩れコンクリートの破片が床に散らばった。

見ていた運転手はフンと鼻でわらった。



派手にやられているように見えたが若生は精神的に余裕を持ち始めていた。

元プロレスラーの技や攻撃に自分の体が、もつ、ことが判ってきたからだ。

しかし、冷静になってみると、フィルが相手であることを仮想してみた時、今までの自分の攻撃は全て無効であるような気がした。

仕掛けた攻撃すべてがあの多数の顎に受けられてしまうだろう。

左のブレードを使ったとしてもそれは同じだった。

さらにその下には丈夫そうな装甲もある。

そんなことを考えている若生に元プロレスラーは丸太のような腕をぶん回しながら叩きつけようとしていた。

結局スピードで対抗するしかないか。

若生は一旦離れて踏み込みながら一撃ずつパンチを入れてみた。

ダメだ。打った後、すぐに離れないとフィルに倍返しにされる。

今度はすり抜けながらパンチを出してみた。

右から左から踏み込みの勢いにパンチを乗せて当てていった。

どうも、吸血鬼には急所というものがないらしい。

重要な内蔵を狙って殴っても動きに変化がない。

打撃で攻撃する限りでは筋肉を破壊していって動けなくしていくしかないのだろう。

とにかく一撃離脱の方が与えるダメージも大きいし、しかもうまくすれば相手のバランスも崩すことが出来る。

足を狙うのはどうだろう?

と思って踏み込もうとした時、元プロレスラーは膝をついて腰を落とした。

またタックルかと思ったが踏み込んでくる気配はない。

ヒットアンドウェイの連続攻撃は相当のダメージを男に与えたようだった。

若生はちらりとフィルを見た。

そうだな、手の内はかなり見せてしまったし、これ以上弄るのは気の毒だ。

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