逃亡計画に加わる桐蔭寺早紀という少女
その日の午後、若生は考明塾から離れたところで不在着信になっていた蓮夏のコール履歴に返信してみると再び呼び出されてしまった。
今度はエディーに弥生の見張りを頼んで蓮夏の指定した待ち合わせ場所の駅前に向かった。
若生が来てみると既に蓮夏は外の待合ベンチに腰掛けて、こちらに気づき手を振ったりしていた。
昨日と同じジャージの上着にミニスカートでなにやらスポーツバッグを持っていた。
若生は上はTシャツにジーンズという格好だった。
「今日もガッコサボったのか蓮夏?」
「そら、おめーもだろうが!」
「俺は欠席届出してるよ」
「え? まじ? 仮病かよ?」
「まあ、ちょっと前は怪我で、今は重度の貧血って事になってる。ある意味ホントだろ?」
「普通に登校しようと思えば出来てたじゃねーか!」
「診断書はばっちりもらえたからなあ」
「ちっ、七緒の手回しかよ」
「なんで、舌打ちするかな? で、またラブホに行く気なの?」
「ああ、けど、今からじゃねー、もちょっとしてからな。っからちょっと時間つぶそーぜ! ゲーセン行こーぜ!」
「俺、金持ってねーよ。時間つぶしなら銭のいらねえ、いい所あるよ」
「金なら別に俺もちでー・・・ま、いっか、それどこよ?」
「ああ、この近くだぜ」
若生が案内した駅から歩いて5分ほどの所は『本庄博物館』という木造風モルタル2階建ての大きな建築物だった。
「どういう嫌がらせだ? こりゃ」
「来たことあるのか?」
「ねーよ! こっぱずかしくては入れるわけねーだろ!」
「でもよお、本庄博物館っても名前だけで蓮夏んちの持物じゃなくて市が運営管理してるみたいじゃねえか」
「ああ、そういうの多いね。本庄家自慢の偽善寄付行為ね」
「そうか? タダで入場させてくれるし展示物も定期的に変わるし良心的じゃねえの?」
「ホントは税金対策なんだけど」
若生は回転式の扉を回しながら中に入っていった。
「お、おい、やっぱ入っちゃうのかよ?」
とか言いながら蓮夏もついていった。
「ここ入れ替わってるねえ、へえ、デスモスチルスかあ」
真っ先に目に付く場所に骨格標本があった。
ヒグマ程度の大きさだろうか、頭が大きくて胴が長くその割りに前脚、後脚が短く何かアンバランスな動物だった。
本物の化石なのか、レプリカならかなり良い出来であった。
若生はその周りを一周しながら観察して下の説明プレートを読んでいた。
蓮夏はもう一度骨格を眺めて変な違和感はこの動物に尾が極端に短いせいだと気付いた。
「なーこれ恐竜なの?」
「ちげえよ。哺乳類だよ。マンモスやナウマンゾウが出てくる頃に滅んだんじゃねえか?日本が寒くなる前に栄えてたみたい」
「なー、こーゆーのおもしれーの? 興味あんの? なんか共有できそーにねーんだけど」
「うーん、通ってると面白いぜ。毎度発見あるしい」
「おめー通ってんのかー? こんな死骸見て何が楽しーんだか?」
「ここ最近は来てなかったんだけど、ほら、吸血鬼になって切った張ったで腕落としたりくっ付けたりしたじゃん? なんかまた骨に興味出ちゃって」
「うあー! シュールな理由」
などという会話を交わしながら二人は骨格標本の並んだ一階を巡っていった。
蓮夏は文句を言いながらも若生の巡回ペースに従ってついていった。
若生は化石や骨格標本の説明プレートの復元図や筋肉の構成図面などを見て説明するのだが蓮夏はどこ吹く風といった態度だった。
それでも、外に出ようと言ったり、若生を置いてけぼりにしたりはしなかった。
「っかしまーよくこれだけ骨ばっか集めたもんだなー」
「骨っても、作り物が半分以上で後は化石と本物が4分の1ずつかな」
「なんでこんなもんに嵌るかねー? いつからー?」
「うーん、中1だったかなあ。俺ネグレストで何も食えずにどんどん痩せていってたから、なんか救いがあったんだよねえ。これに比べりゃまだ肉ついてるよなあって感じ」
反応のない後ろを振りかえって、
「何つっても入場無料ってところが――」
言葉を詰まらせてしまったのは蓮夏が涙を流してこちらを見ていたからだった。
「な、何だよ! 俺なんか変なこと言ったか?」
「ネ、ネグレストって?」
「虐待だよ・・・親父からな」
「ご、ごめん、俺、そんなの知らねーで蹴り入れたりして・・・」
「あ、それ? それもういいわ。もう十分償ってもらったし」
「ごめん・・・ほんと、ごめん」
そんな蓮夏の様を見て、なんかめちゃくちゃ可愛いな、などと思ってしまう若生であった。
時間が来たと言って、蓮夏が待ち合わせ場所の駅前に再び戻ったのは午後4時をやや回った頃だった。
一人で立っていたのは若生や蓮夏と同じ中央高校の制服を着た女子高生だった。
若生のような逸れ者も知っている、一年で人気投票すればナンバーワンになるであろう、桐蔭寺早紀という少女だった。
「なあ、待ち合わせ相手って?」
若生は蓮夏を困ったような顔で見つめた。
「知ってるよなー?」
蓮夏は悪戯っぽく笑って逆に若生に聞いてきた。
桐蔭寺はこちらに気づいて不思議そうな顔をしながら近づいてきた。
「あの・・・」
桐蔭寺が何を言いたいのか察した蓮夏が紹介した。
「こいつが1年の緋波若生!」
「え? うそ! ガリガリ君?」
「へー、そういう呼ばれ方もあったんだ」
蓮夏が若生を見ながら言った。
「俺も初耳だよ」
「あ、ごめんなさい・・・」
上目使いで謝る仕草に若生はあわてた。
「いや、いいんだよ! なんか親しみ感じる呼ばれ方で良かった」
「うはははー、こいつの破壊力はすげーだろ? 俺の仕込みなんだぜー」
「もう! 蓮夏先輩! ばらしちゃ意味無いでしょお」
なるほど、これが今風に言うところの破壊力というやつか若生は納得した。
蓮夏は親指を立ててついてくるように促した。
「ふーん、でも随分な変わりようね緋波君? いやいや、いい意味で」
歩きながら桐蔭寺は話しかけてきた。
話すのは初めての筈だが蓮夏がいるせいか随分と気さくに、悪く言えば馴れ馴れしい態度だった。
「ああ、劇的に人生転換があったりして」
「なにそれこわい」
「いや、ホントに怖いかも、だから深くは聴かないで」
「っても、ことが始まる前には説明せにゃならんだろーけど」
「って蓮夏! 巻き込むつもりかよ? ダメだろそれ」
「俺一人じゃ足りねーんだよ。人畜無害になったんだから門戸は広げにゃー」
「なにそれどゆこと? ちょと前まで害獣だたわけ佐紀波君?」
「あうっち! 鋭すぎるよ子の人」
「だろー、話の早い奴なんだぜー」
「事情話したら、速攻で断られるんじゃねえの?」
「でーじょーぶだ! おめーは総受けだもんなー早紀?」
「なにげにオプション豊富な風俗嬢みたく言わないで蓮夏先輩」
「いや、マジな話、ぶっっちゃけたら乗ってきてくれそなキャラ筆頭こいつー」
「そうなの?」
「ぶっちゃけてもないうちから何とも――」
「あー! ゲーセンだー! プリシル行こ、プリシル」
蓮夏はゲームセンター内のプリシルコーナーを目指して桐蔭寺を引っ張っていった。
プリクラの撮影機はカーテンで覆われているので周囲からは見えにくい。
「じゃー、これに着替えて来いよ。回りは見張ってっから」
蓮夏は桐蔭寺にスポーツバッグを渡した。
どうやら、蓮夏は制服姿の桐蔭寺に私服を用意してきていたようだった。
用意周到にラブホテルに連れ込むつもりらしい。
「いや、ちょっと待て!」
「ああ? なんでえ?」
「ダメだろ。巻き込んだら」
「俺、限定の関係にしたいってか?」
「じゃなくて、―――」
若生は声を潜めて言った。
(俺たちこれから逃亡するか高跳びするかって時に関係者増やしてどーすんの)
「ああ、いーんだよ。ってか、こいつも逃げたい事情があるはずなんだ。だよな早紀?」
「はあ、そこに乗っかるつもりなんですか先輩」
「まあ、詳しい事情は部屋取ってしようぜ」
嫌がったら俺が止めよう、と若生は考えていたが、それは甘い予想であったことをこの後すぐ知ることになる。




