勝てる算段のない攻略方法
「せっかく、弥生さんと若生君をかくまう場所が確保できたというのに・・・国外で逃亡生活とは・・・」
七緒は悔しそうにつぶやいた。
「よー、それって今日婆あの屋敷に行って出てきた話かよ?」
「ご明察」
「見返りは? あの婆あが偽善でもただって事はねーからな」
「私の眷属にすること。ただし、こうなってしまっては断るとか以前に逃げなければいけないけれど・・・黙っていてくれるの蓮夏さん?」
「俺も逃亡組に加えてくれるならってか、一緒に逃がしてもらわねーとまずいんだよ。あのばけもんに顔見られてんだから」
「頭痛くなりそうだけれど仕方ないわね」
「そりゃ、こっちのセリフだ」
「ところで、今日緋波隆という男が尋ねてきたぞ」
マルリックが唐突に話題を変えた。
「何時? いえ、弥生さんが見つかったの?」
七緒がすぐに反応した。
「若生が出て1時間後だったか? 結界を張った2階の部屋に入れていたので見つかってはいない」
「助かったわ。ありがとう」
「礼には及ばん。私の武装も見られてはまずいのでな」
「今見つかって未成年誘拐で訴えられたら海外逃亡も何もあったものではないもの」
「今、ふと思い出したんだがマルリック。姉さんを寝かしつけるって言ってなかった?」
と、若生。
「正確には催眠術だな。血液の流れが遅くなるよう暗示をかけて動けなくしている」
「それ、やばくね?」
「人間なら内臓に負担がかかるが、吸血鬼ならば副作用は無い」
「様子見てきていいか?」
「ああ、結界は外してある」
若生は廊下に出て二階へ上がっていった。
「蓮夏さん、送るわ」
七緒は立ち上がり蓮夏に近寄って言った。
「はあ? 一人で帰れるよ」
「送らせてちょうだい!」
蓮夏は察してあきらめた。
二人は玄関を出て例の高架の下方向を経由する道を歩いた。
「聞きたいことは判るよ。男の前じゃない方がいいんだろ?」
「物分りが良くて助かるわ。でもまだ彼らに聞こえる距離ね」
「まじかよ? どんな耳してんだ?」
「それほど良いわけではないのだけれど、反響して言語を成さなくなった音の状態でも脳内である程度変換して復元できるのよ。まあ、集中力が必要だけれどね」
「ふええー、余計にすげーこと言ってるよーに聞こえるぜ」
「そろそろいいかしらね。で、本当に接吻で若生君は納まったの?」
「ああ、接吻と言うより咥内のマッサージだな。まー男は初めてだったけど、まー吸血鬼ってのも初めてだったけど、なんとか噛まれないで済んだよ」
「そう、じゃあ、ざっくばらんに聴くけど性行為はしたの?」
「全然ざっくばらんじゃなくて、お堅えーじゃねーか? そこまではしてねーよ。ある意味もっとハードだったけど」
「どんな風にハードだったわけ?」
「んあー、そこまで聴いてくるたー意外ー。まー、あいつってば舌も蛇みたく変形できんだよねー。喉の奥まで入ってきて吸いまくられた時は――」
「わかった!わかりました! もう十分です」
「んあー、やっぱり?」
「なー? あいつ多分戦うつもりだぜ。自分で気づいてなかったんだろーけど自分の腕切り飛ばしながら笑ってたんだよなー。ロード・フィルとおんなじ顔してた。神父のおっさんが言ってたなんつったかな?」
蓮夏はいつになくシリアスな顔で訊いてきた。
「ボレアフィリア、食うか食われるかの殺戮フェチだというの?」
と、七緒。
「殺戮フェチたー思わねーけど、戦闘フェチな感触はあるよな」
「気をつけておくわ」
「あと、あいつ女もんの下着をトランクスの下にはいてるけど、勃起が収まらないんで固定するために俺が買ってやったんだ。悪い趣味に目覚めてんじゃねーから理解してやってくれ。ジャージだけだと外から目立っちまってなー」
「お、お気遣いありがとう」
若生の股間及び下着には気付かない振りをしておこう、エディー達には見なかった振りをしておくように言おう、と七緒は思った。
「でー、こっちも質問があるんだけどさ、いつから婆あの奴を吸血鬼にするつもりだったんだー?」
「できれば抗がん剤の副作用が収まって体調の良い時を見計らってと思っていたのだけれど」
「逃げたりしたら、あいつの方が血眼になって探しそうだぜ」
「どうかしら? 実は先にロード・フィル側からスレイブになるよう接触があったようなのよ。私がいなくなればあちらの陣営に取り込まれるのではないのかしら?」
「そして何百年もストーカーされるってか? 願い下げだねー」
「スレイブ契約が正式に結ばれれば10年程度の延命に納得するのではないかしら?」
「あの強欲婆あが、んなもんで納得するかよ」
「あなたは御婆ちゃんっ子だと思っていたわ」
「俺はあいつの強欲さ加減が好きでなついてたんだよ」
と言って蓮夏は笑った。
例の高架下で別れて七緒は帰路についた。
若生とフィルとの決闘はなんとしても阻止しなければならないと七緒は思った。
若生は弥生の体が不調になったり苦しがったりせず大人しく寝転がっているのを確認し安心してマルリックとエディーのいる診察室に戻った。
マルリックとエディーはばつが悪そうに顔を見合わせていた。
「まあ、言いたい事、聴きたいことはわかるよ。軽蔑するかい? 俺や蓮夏を」
「軽蔑と言うより尊敬しますよ厭味ではなく。20分間も口をつなぎ留める女性が存在するとは思えませんでしたので」
と、エディー。
「私はこの300年想定すらしたことがなかったな」
と、マルリック。
「俺もぎりぎりまで思いもしてなかったよ」
「つまりはあの蓮夏という娘が自分で言い出したのか」
「今にして思えば、自分でレズビアンであることをひけらかしたり、血の提供にまったく拒否反応がなかったり、最初からぶっ飛んだ少女ではありましたね」
「レズビアンだと? ふん、この国ではなんと言ったかな? 吸血鬼フラグ立ちまくり、だな」
「えらい奴に見込まれたもんだなあ。やっぱ最終目的はそれなのか?」
「彼女なら自分のスレイブも労せず確保していきそうですね」
「快楽主義で眷属を増やされてはたまらん。自制は利きそうな感触はあったが、いかんせん若過ぎるのがネックだ。スレイブにするにしても、とにかく引き伸ばすべきだろうな」
若生はふんふんとうなずきながら話題を変えてみることにした。
「話を戻すけど、正確なところフィルと俺が戦って勝率はどれぐらいなんだ?」
「今なら全くない。ゼロだな」
マルリックはにべもなく言い切った。
「技を磨くとか、武器やアイテムがあるとか?」
「手榴弾を使ってもわずかなダメージしか与えられなかった。十字型に深手を与えて、その傷の中で爆発させることでしか致命傷を与えることはできんだろう。しかし、奴の装甲を突破するのは至難の業だ」
「この何十年か先にはそれが出来るようになるのか?」
「高周波ブレード、薄い金属か繊維を振動させて切り裂く兵器が有望だったな。ついでレーザー光線、今の段階では一発限りの代物だったが複数回使えるか数秒でも連続使用できるようになればいいが外寸が大きすぎたな。どちらもまだ実用には程遠い物だった」
「七緒の足音です」
エディーは掠れるような小声で言ったので会話は中断された。
後で決闘の作法も聞いておかなければならないと若生は思った。




