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吸血塾  作者: クオン
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吸血鬼的な医療措置

緋波弥生と若生は父親の緋波隆に虐待されながら生きてきた。

弥生は性的に。

若生はネグレスト。

主に食事を与えられず、それに加えて監禁又は身体的な暴力を振るわれてきた。

母親が交通事故で死んだのは弥生が中学1年の頃だった。

父隆の弥生に対する淫行が始まったのは、その半年後からだ。

若生がそれを知るまでに大して時間はかからなかった。

隆に幼いながらの抗議を試みてみたが、返ってきたのは恫喝だった。

それでも当初の虐待は弥生に対してのみだったし、弥生もそれを虐待とは自覚していても受け入れて平然としていられるようにはなっていた。

しかし若生が中学に入り背が伸び始め隆を追い越し再度の糾弾をしたりすると、この父親は脅威を感じたのか食事を与えなくなってしまった。

中学2年の時、看護教諭から連絡を受けた委託校医の十海七緒が若生を栄養失調寸前と診断した。

若生から家庭事情を聞いた七緒は教育委員会や警察に手を回してくれたのだが、逆に校医としての委託を解かれ、佐紀波家への干渉を禁じられてしまった。

緋波隆は妻の交通事故で多額の保険金を受け取っており、潤沢な資金で市会議員や弁護士に手を回して「若生が拒食と虚言癖である」という主張を通してしまったのだ。

七緒は開業医だった父親の病院を任されていたが、この件で廃業となってしまい、代わりにその病院で塾を開いて細々と営業していた。

若生は中学生なりに責任を感じて、七緒に謝罪しに行ってみたが、むしろ七緒は若生に食事を提供してくれたりしたのだった。

「まさか、逆訴訟で負けるとは思ってなかったけど、つらくなった時は私のところでもいいし、警察、教育委員会、とにかくあの親がなんと言おうと負けないで連絡しなさい。佐紀波君が健康でいてくれることが私の意趣返しになるから、お腹が減ったら、ちゃんと食べにくるのよ」

その言葉に甘えて若生は週1程度、七緒の考明塾に通っては食事させてもらっていたのだった。

他の日には姉の弁当を全部か半分を分けてもらったりして飢えを凌いでいた。

それでも日に一食が若生の食事ペースで、育ち盛りの体には全く足りず、170㎝の身長に45kgという女子並みの体重であった。


若生は姉に約束させた時、吸血鬼であろう一見若く見える男をかくまう場所については、すでにあたりを付けていた。

十海七緒の元病院で今は考明塾という、そろばんと習字の塾である。

その七緒を車で来るように携帯で呼びつけた。

詳しい事情は話していない。

実際見てもらわないと信じてくれるとは思えなかったのだ。

最も、見ただけで信じてもらえる保証はなかったが。

弥生は怪訝そうな顔をして言った。

「十海先生を呼ばなくても・・・」

「七緒先生以外に誰を呼べるっていうの?普通の治療は出来ないし、そんなの頼める知り合いなんて他にいないし、そもそも吸血鬼だって説明、信じてくれる以前に聞いてくれる人だっているかどうか」

若生の言い分はもっともだったので姉は黙ってしまった。

七緒がマイカーのフィットで迎えに来たのは20分後だった。

その間、男の様態に変化はなかった。

生体反応はあるのだが体は動かない言葉もしゃべれないという状態だった。

キャミソールに白衣という服装の七緒は、その惨状を見て一瞬固まりはしたものの、若生の説明を聞きながら傷口を診察した。

傷口に付着した液体が水銀であることを確認した七緒はひとまず男を車に乗せて、自分の病院とは別の方向に車を走らせた。

「どこ行くの?」

という若生の問いには答えずに七緒は携帯からアドレスを選んで電話をかけた。

どうやら知り合いに硫黄を調達しに行くようだった。

「漢方薬のお店よ。そこそこまとまった量の硫黄は普通の病院にはないの」

七緒は漢方薬と薬局を兼ねた店舗に車を停め、すぐに目当てのものを買ってきた。

取りも直さず、それは若生達の言うことを信じているということでもあるようだ。




七緒は患者を元病院だった塾の建物に運び込み、移動式の診察台に載せ、診察室というプレートがある部屋に運び込んだ。

七緒は簡単な止血をして、少し思案しているようだった。

「もう一人の吸血鬼は『硫黄で水銀を洗い流して足を接合しろ』そう言ったのね?」

「うん、そうしたら足がくっつくって」

若生は出来るだけ、その倒された男の言のとおりに七緒に伝えた。

まず七緒は男のズボンと下着ををはさみで素早く切り剥がしていった。

露わになった下半身を見てキャッキャと言いながら弥生が若生の後ろに隠れるがしっかり見ているようだ。

七緒は買ってきた硫黄の粉末を傷口に均等に散布というより脱脂綿の玉をピンセットで摘んで、胴体側の断面に塗布していった。

傷口が見る見る黒ずんでいく。

「水銀が黒くなって硫化水銀になる、か。後は洗浄ね」

七緒は硫黄を溶かした黄色い水をガラス製の水差しでその断面にかけながら丁寧に黒い物質を洗い流していった。

「あんた達は足の断面をこの生理食塩水と綿玉でぬぐってゴミや砂を落として」

二人は綿玉を摘んだピンセットで出ぬぐって仕上げをしている七緒を見よう見まねで足の傷口をきれいにしていった。

「断面が活性化してきたわ。なるほど人間ではないというのは本当のようね」

黒ずんで乾いた加工肉のような色が見る見る淡い赤色になり張りと艶が出てきた。

七緒は縫合用の針糸を用意しながら診察台に右足を持ってくるよう若生に指示する。

足はまだ柔らかさを保っていることを若生は実感しながら胴体の右下にそっと置いた。

針と糸というより、すでに針糸がセットになった縫合用のそれをワゴンに並べ終わった七緒は硫黄の溶液を左足に注射する。

七緒は胴体と大腿部を慎重に見比べていた。

「難しいの?」

「普通はね。切断した血管を一本一本縫い合わせないといけないし、神経と筋肉だって個別に縫わないといけないんだけど、本来縫い合わせるべき箇所を判別できるかどうかというのが私のレベルであって、さらに正確に縫い合わせることが出来るかとなると全く自信が無くなってきたわけ」

接合前に仮合わせをしようというのだろうか、七緒は膝を断面に押し付けて、アタリを見つけようとしているらしい。

「応急的に縫合して、その後もう一度切開して骨を金属プレートで固定し直すしかないわね。この子が人間でないと仮定して・・・」

開いた口を閉じて七緒は密着させていた断面を凝視しし、膝から手を離した。

足首から下の重みのせいか足は外側を向いた。

固定されていない足は傷口から離れそうなものだったがそうはならず、変な盛り上がりをしながら、切断面が密着したまま変形した。


その途端今まで意識不明だった男が声を上げた。

うめき声だった。

「若生君、上半身を押さえて、弥生さん、足を支えて。そう、できるだけ自然な形に向けるように![もうくっつき始めてるわ]」

若生達は言われたように吸血鬼の体を押さえにかかった。

「・・・ジャパニッシュ?日本人?」

七緒、若生、弥生は一斉に診察台の男を見た。

それが3人が初めて聞いた吸血鬼であろう男の声だった。

「ヤー、ヤー、動かないで!」

耳元で冷静な声で七尾が話しかける。

「やー?」

怪訝な顔で弥生が訊く。

「ドイツ語よ!右足が付き始めている。うーん、あー、ナーツ・レツスクニー」

七緒はたどたどしいドイツ語で繰り返した。

「マーキュリー?どした?」

マーキュリーは水銀である。

「ライニグング・シュフィヘル」

硫黄で洗浄と七緒は答える。

「・・・私がヴァンパイアだと知っているのですか?知っていて助けたのですか?」

「ヤー」

「硫黄でマーキュリーを洗う、誰から聞いたですか?」

「ステッキで戦っていた吸血鬼」

答えたのは若生である。

「彼は無事ですか?」

「殺されたよ。両手が義手の吸血鬼に」

「・・・マスター!!」

男は苦しげに叫んだ。

「ナーツ・リンクンクニー?」

左足を縫合していいか?と七緒が訊く?

「血を100ccほど分けてくれませんか?」

「グラスでいいですか?」

「ヤー、はい」

七緒は慣れた手つきで自分の左腕をゴムチュ-ブで縛って、ホース付の輸血用の針を静脈に突き刺して採血をした。

ビーカーに血が溜まっていく。

100ccを超えたところでホースを折り曲げて採血を止め、ビーカーを男に差し出した。

「私の名はエディー・フランソワーゼです。血の恵みに感謝を!エンシューディグング、私の体を起こしてください」

「エン・・・?」

「『すみませんが』と言っているのよ。若生君、お願い」

若生はエディーと名乗った男の脇に手を回して体を起こしてやった。


エディーは血の入ったビーカーをすすり七緒の血を口に含んで自分の左ひざを両手に取った。

七緒は慌ててエディーの唇に手を当てて制してゆっくり言った。

「アール・ハー・プロス・アー(RH+A)」

血液型であることは若生達が後で知ったことだ。

エディーは大丈夫と言う意味か肯いて、含んだ血を左膝の断面に吹き付けた。

一瞬生き物のように震えたその膝を、エディーは下半身の断面に押し付けた。

足は痙攣しながら、やや曲がっていた膝が伸びて突っ張った。

「ウオオオオオオオー!!」

エディーは右足を接合した時より大きな叫び声を上げた。

左足は接合部分でぎちぎちと音を立て、筋肉と血管が浮かび上がる。

「これは・・・何をしたのですか?」

「左足に硫黄を注入しておいたの」

「ヤー、ヤー」

左足の接合部から繊維のような肉が飛び出し、絡み合った。

「痛みますか?」

「はい、しかし、右足はまだ骨が癒着してませんね・・・」

エディーの苦痛は和らいだのか慣れたのか分からないが呼吸は整いつつあった。

「すみません。本当は左足から縫合するつもりだったんです。右足は添えて様子を見ようとしたら癒着し始めてしまったの」

「そうですか。しかし、それがその右足が私にとっては普通です。すぐに治る吸血鬼もいるが・・・」

「左足は大丈夫ですか?楽になりましたか?」

「はい、痛みますが大丈夫です。ただ、もう一杯血をいただけませんか?さっきの半分で良い」

七緒は献血用の注射針とホースを腕に付けたままだったので、ビーカーに再び血液を注いで50ccを超えた量をエディーに与えた。

そうして今度は本当に吸血鬼は人の血を飲み干したのだった。


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