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吸血塾  作者: クオン
17/43

足で稼ぎ、臭いで探す

緋波若生とベン・マルリックは昼前の街路を歩いていた。

「勢いでついてきちゃったけど、車の運転のできる七緒先生と一緒の方が良かったんじゃないのか?」

若生は素朴な疑問を投げかけた。

「行動範囲は広がるかもしれないが、最後に頼りにするのはこの鼻なのでな」

その時、若生は近づいてくる足音に気づいていたし、その者が手を振り上げる気配も感づいたいたが特にリアクションはとらないでおいた。

「よー! 緋波後輩!」

本庄はパチーンっと音を立てて若生の肩甲骨を叩いて声をかけた。

ジャージ姿ではあったが昨夜のだるんだるんなショッキングピンクではなく濃紺にオレンジのブランド物を着て上着の前のファスナーは開けていた。

胸は姉の弥生と同じくらいなのだろうが、ピチピチのTシャツのせいで、かなり過剰にアピールされていた。

「およ、夕べは見なかった外人だねー? もしかして吸血鬼? そいともハンター?」

「人間に見られたか? それとも巻き込んだのか?」

「それら全部当たり」

若生は手短にマルリックと本庄の問いに両方通用する答を返した。

「本庄連夏、俺たちに血を分けてくれる奇特な先輩だよ」

「では、ある程度危険であることは自覚して近づいているのだな?」

「ってゆーか、くだらないスリルでも求めてるんじゃないのか?」

「何気にひでーこと言うよな、おめー」

「なぜ俺がこんなひねくれた性格なのか少しは責任感じてもらいたいね」

「なんだー? まだ引きずってンのかー? ちゃんと骨の硬そなところ選んで蹴り入れてただろーが」

「余計に痛かったっつーの!」

「いやいや俺だって痛かったんだぜ。なんせおめーときたらどこ蹴っても肉ねーし」

「・・・なあ、マルリック、いいのか? こんなのが一緒についてきて」

「構わんよ。特に目的地に着いたときはその調子で大声を出していてくれ。相手が何かしらリアクションしてくるだろう」

「俺は囮か?」

と、本庄。

「声にも匂いにも敏感だが、恐らく鼻が利くような環境にはいないだろう」

「鼻が頼りだとか言ってなかったか?」

問いは若生だった。

「我々はな」

「ああ、あれだな。クソしてる時は外の臭いなんか分かんねーっつー」

「いいのか? こんなこと言わしといて?」

「構わんよ。神の御前ではない。信徒でもないことだしな」

「へ? あんた牧師なの?」

「プロテスタントの牧師ではない。カトリックの神父だ。」

「吸血鬼なのにシンプゥ~? なんか矛盾したキャラだね?」

「ああ、そのとおりだな。正式には司祭なのだが事実上助祭扱いだな。だから教会は持たされておらん」



マルリックは道からそれて公園に入っていった。

そして自販機の前に立って右の脇を上げて若生を促した。

若生はマルリックが何を促しているか察して彼の右の上着のポケットから財布を出して100円玉をいくつか取り出して訊いた。

「また、ポカリかい?」

「ああ、お前もそうしておけ。蓮夏といったな? 好きな物を選べ」

「サンキュー」

本庄は500ccマッチのペットボトルを選んだ。

「遠慮って言葉知ってる? 本庄先輩」

「るっせーなー! 好きなの選べっつったじゃん!」

その横でマルリックは義手の先端のワイヤーをループにした常態で若生の前に出して、若生が差し出した缶ジュースを固定した。

若生も分かったもので、プルトップを空けた。

「え? 何? その筒みたいなの?」

本庄は露骨に驚いて言った。

「義手だ。私は両腕がないのだ」

慣れているのかマルリックは事も無げに答えた。

マルリックは今度は左脇を上げて左ポケットに入った白い用紙を本庄に見せて取るように促した。

「なんでー、この住所録は?」

「ここから、効率よく探す順を考えてくれないか?」

「地下室のあるところを物色すんのか?」

「判るか?」

「つーか、これ上から順で良くね? これ安い順に並んでるよ。津川通り沿いに探せばすぐなんじゃね?」

「なんであの辺が安いんだ?」

「4,5年前に河川の氾濫があったろ、あの辺。地下なんか水浸したから、あの界隈の地下室付き物件は他より安いはずだぜ」

「ふーん、さすが地主の娘」

「地主の娘はお袋。俺は資産家の娘」

「何気に自慢かよ」

「誰が自慢するか! コンプレックスだよ! それよかそこに行けばー? 何が出てくるってんだ?」

「最悪吸血鬼。もしくはグールかゾンビか? まともなスレイブや眷属を作っているとは思えん」

「あんた、あのハンターがどういう奴なのか知ってたのか?」

若生は姉がどんな目に合わされたか思い出していた。

「噂でしか知らなかったがな」

「グール? ゾンビ? バイオハザードかよ?」

本庄は身を乗り出して面白そうに訊いた。

「ふむ、説明しておこう。基本的にグールとは眷属化の失敗作だ。ゾンビとはその失敗作によって派生した死骸もどきの吸血鬼だな。共通点は双方共に血を吸うためには手段を選らばず噛みついてくる。違いはグールはある程度自己防衛するがゾンビは全くそんな素振りはなく破滅的に人を襲う。例えば眷属と違って双方には紫外線に弱いという欠点があるがグールはそれを忌避して夜間に行動をする。が、ゾンビはお構いなく昼も行動し、寿命という言い方も変だが、まあ行動期間を自ら短縮させている」

「見た目で判断できるもんなのか?」

「我々吸血鬼から見れば、さほど違いはない。多少グールの動きの方が良い程度だ。しかし人間から見ると区別してグールを優先的にチョイスしなければ効率の良い駆除にならない。そもそもグールからゾンビを区別して呼称するようにしたのは人間なのだ」

「それの相手をするのに、こんな民間人を巻き込むのか?」

「民間人だが関係者だ。献血者なのだろう? 見たいというのならば拒むこともあるまい。では行こうか、その津川通りに」



津川通りはこの市街の中心を通る津川の両側が通りになっている港までの区間である。

東側が車道、西側が歩道となっておりウェスト・ストリートと呼ばれ、繁華街のネオンが立ち並んでいるが今は昼夜を問わずシャッターのままの店舗が目立っていた。

若生達は本庄の勧めでバスでそこまで移動してきたのだった。

本庄はその繁華街の地下付のシャッター店舗を見当つけて案内していた。

「気づいているか?」

マルリックが若生に訊いた。

「この臭いか? と、いうことはもう駄目な状態なのか?」

「いや、血の臭いも混ざっている。まだ間に合うかも知れん」

「やっぱり風上の方なのかな?」

「ただし、走るな。ただでさえ我々は目立つし、特にお前の急な動きは吸血衝動につながる」

そう言ってマルリックは歩いて風上、河川の上流に向かって歩いていったが、本庄は歩調をかなり速めなければならなかった。

暫くして、若生とマルリックは足を止めた。

幅の広い歩道から狭い路地に入る三叉路。

二人はそ同じ方向を同時に見つめた。

そして、その狭い路地に入っていった。

マルリックは立ち止まり若生に向かって言った。

「渡していた物を出せ」

若生はウェストポーチから包みを取り出した。

塾でマルリックから預かっていた物だった。

若生は左手の上で丁寧にそれを広げてみると、金属製のリングの様な物一本一本が細いポケットから覗いていた。

引き抜くと長さ15センチ程の串だった。

「バーベキューでもすんのかー?」

本庄は場違いのあっけらかんとした声で訊いた。

「うむ、まさしくこれを私はBQと呼んでいるが銀合金で出来ている。蓮夏といったな。2本取り両手に持つのだ」

本庄は言われるままに若生から2本の銀の串を受け取った。

「若生、使い方をもう一度説明しよう。前に脊髄を狙えと言ったが、出来れば後頭部から下、より脳に近い位置が効果的に麻痺させる事ができる。更に確実にするのなら耳の下を狙え。下顎と頚骨の隙間にBQを固定してしまえば勢いをとめることが出来なくとも次の被害を防げる」

若生は下顎と耳の間を指で押さえながら確認してみた。

確かにマルリックの言うとおりの位置に突き通すと相手は顎を開くことが出来なくなる。

「蓮夏には近寄せぬよう最大限努力するが、もし突破されたらその串でどこでも良いから突き刺せ。下手に相手の中央を狙おうとするな。恐らく掴み掛ってくるだろうから、その手をねらっても部分的には十分麻痺させることができる。若生、手袋をしておけ」

若生は持ってきた軍手をはめた。

「蓮夏、この周囲にはなるべく触れるな。では行くぞ」

マルリックは路地を進み、地下に下りる階段のある建物の前でとまった。

上部はモルタル造りなのだろうが、基礎や地下部分は鉄筋コンクリート造りのようだ。

階段上部には侵入を妨げるものはなく、三人はそこを下りていった。

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