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吸血塾  作者: クオン
16/43

ベン・マルリックの正式訪問

投稿が遅くなり、申し訳ありません

翌朝、考明塾を警察が訪問し、事情聴取に十海七緒が応じた。

警察はまだ交通事故と当て逃げの線でしか捜査していないようだったので、七緒は「やや大きな音を午前3時過ぎに聴いた」とだけ応えておいた。

まだ、刑事事件として扱われてはいないことに七緒は安堵した。


それから、午前九時を回った頃に再び訪問する者達がいた。

丁度その時、七緒は壊れた玄関の扉の蝶番を取り付けていた最中で、すぐにその三人に気が付いた。

「早かったわね。ベン・マルリック」

「入れてもらえるかね?ミス・・・」

「七緒でいいわ。十海七緒。この中の誰かに手を出さないというのなら、どうぞ」

「手以外の物も出さないと約束しよう。ミス・トウミ。もしよければ後ろの二人を別の部屋に控えさせてもらえればありがたいのだが?」

マルリックの後ろにいたのは二人の女だった。

一人は中年で赤銅色の髪をした、美人ではあるのだが半眼のきつい顔をした背の高い女。

もう一人は黒髪の柔らかい表情の若いグラマラスでやや背の低い(とは言っても七緒よりは高そうだが)女だった。

二人とも黒い長袖のワンピースを着て大きなトラベルケースを引いていた。

「ここは学び舎です。教室の固い椅子で良ければどうぞ」

七緒はそろばん用の教室に女二人を通しておいて、マルリックを別室に案内した。

「ゴリノ・ベルケンバーガーはどうなった?」

「首を切り落として燃やしたわ」

「よく勝てたものだ」

「3人がかりで、と言うより追い詰めたのは若生君だけれど、最後に止めを刺したのは私だから。あのハンター、戦闘中に人間の血を吸おうとしていたわよ。私の処分を検討する前に、あいつのハンターという身分や経歴を徹底的に洗い出してもらいたいわね」

「ああ、そのつもりだ」

マルリックが通されたのは和室だった。

そこでは若生が弥生を見張っているところだった。



弥生はすでに徘徊しようとはしなくなっていて下着姿で畳の上をごろごろしていた。

しかし、マルリックが入ってくると四足で這い寄って、こともあろうに服の上から義手に噛み付いた。

が、すぐ離し、

「あう~~」

などと言って顎を押さえて畳の上を転がった。

顎かその筋をどうにかしてしまったようだ。

その様を見ながらマルリックは、

「ずいぶん虚弱な吸血鬼になったものだな」

と、感慨を述べた。

「早かったね」

若生は座ったまま挨拶代わりの声をかけた。

「日本の和室は初めてではないわね?」

七緒はドアから出ようとする弥生を止めながら訊いた。

「ああ、靴を脱いで上がればよいのだろう」

マルリックは足だけで靴を脱いで若生に対面するようにやや離れて座った。

「この国ではなんと言ったかな? そう、ずいぶん剣呑な吸血鬼になったものだ」

「言いえて妙ね。エディーを呼んでくるわ」

七緒はドアを開けたまま、医務室へ出て行った。

「ふむ、全員生きてはいるのだな。とても無事とは言えぬようだが」

「こうなってみて、あんたの忠告が身に沁みて理解できたよ」

「ふむ、お前が理解する必要はなかったのだがな」

「俺の処分のことなんだけど、姉さんがそんな調子だから少し待ってもらいたいんだ。もう数日もすれば眷族として安定するから、それまでに少しでも俺のことを記憶に残しておきたいんだ。こんなに早く来てもらって申し訳ないんだけど。俺がいなくなっても、そこから記憶の再生のきっかけになるかも知れないから」

「その前に昨夜の、もう殆ど今日だったけど、依頼の真偽を確かめたいわ!」

エディーを連れて部屋に入ってきた七緒は切り出した。

「そもそも、未成年の命にかかわる依頼を携帯電話で軽々しく受けるつもりなの?」

「年齢はもう無意味だよ」

若生は面倒くさそうに言った。

「依頼した時は、まだ未成年だったわ!」

七緒にとってそいれは言い訳ではなかった。

「揃ったようだな」

「ずいぶんと早いお越しですね? 大使館は強硬に抜け出してきたのですか?」

エディーはスリッパ履きのまま入り口の段差に背を向けて腰掛た。

「そんなところだ。今日は話をしにきた。私の話を聴いてくれるか?」

意外な申し出ではあった。

もちろんマルリックから話は聞くつもりであったのだが、七緒やエディーの釈明や弁解から派生する話になると思っていたからだ。

「もちろん」

七緒は短く応諾した。

「お聞きしましょう」

エディーは座ったまま体を滑らすように壁越しの位置についた。

マルリックも片膝を立てて座った。



「そうだな。長々と300年間の昔話をする時間もあるまい。ゾーイ・ブルー・ウィリアムスとお前の次にこの日本に来たのは私ではなくロード・フィルであったことは知っているか?」

「ええ、あるじがそう言っていました」

「東京で確認できたのだが、ゴリノ・ベルケンバーガーはフィルと同時期に入国してきたようだ。私は成田空港から入国したのだがフィルはエアポートで私を待ち構えていた。あれはまずい展開だったな。入国直後でこちらは丸腰状態だったし、信徒も連れた状態だった。そこで奴は話しかけてきたのだ。要件はウィリアムスの所在に関する情報を提供してきたのだ」

「あなたがロード・フィルに情報を与えたのではなく、その逆だったというのですか?」

「そうだ。その前にすでに日本でウィリアムスとは会っているということだったな。私はそんな信頼できない情報よりもフィルの方を追跡しようとしたのだが、奴の移動先はウィリアムスの所在情報と合致していた。つまり、フィルもまだこの近くにいる可能性が高いということだな。その後はお前達の居場所を特定する方がた易かったのだ。そこで話は少し戻るが、その空港でフィルと会見しているところを撮影されて写真をギリシャ正教会に送り付けられて私は釈明で大使館まで行かなければならなかった訳だ。ウィリアムスを狩れば私は用済みだという事なのだろうな」

「その釈明には失敗して、こんなところにいると言う訳なの?」

「釈明を諦めたのだ。私が釈明する為には大使館からではらちがあきそうになかったのでな。若生の電話の件で対応を急ぎたかったし、ギリシャに戻ったら戻ったで信徒が処罰される可能性もあった」

「何故、彼女達が処罰されるの?」

「元々、咎人だったのだ。宗教的にな。私に随伴して献血をしているのは贖罪の為なのだ。本国で私から離れると良くて左遷、悪ければ処罰的な対応をされよう。三人のうち一人はそれでも良いからと言って私と離れたが、残り二人はこのまま日本に残ることを選んだ。それで私からの要望なのだが、我々をしばらくここに置いて欲しいのだ」



「本気なの?」

と、七緒は確認してみる。

「一人でいると危険なのでな。ロード・フィルという吸血鬼は徹底した各個撃破戦法を使うのだ。実は対フィル用の武装が届くはずだったのだが、この件でキャンセルされてしまったということもあって、なんとか米軍経由でNATOにコンタクトしたいのだが在日米軍には知人が少なくてな。その所在から調べねばならんのだが、その為にも定位置からネット発信が必要なのだ」

「つまりあなたは今はハンターとしての身分を返上するという事なのかしら? ならばその前に、エディーに謝罪と危害を与えない約束をするべきではないのかしら?」

「停戦の約束は必要だろうが、謝罪の要求をする度胸はあるのかエディー・フランソワーゼ? 2001年に貴様が賞金首となった理由をこの日本人達には話しているのか?」

「確かに旧東ドイツの高官、軍将校の家族を眷属とスレイブにして政治機能と軍機能をマヒさせたことは認めましょう。結果最終的に私の系譜から数百人が死んでいきました。しかし、対吸血鬼戦略組織のあるNATOが敢えて被害を抑えずに傍観していたことも事実なのではありませんか?」

「傍観はしていなかった。ワルシャワ条約機構やKGBにも情報は流布していた。しかし状況に東ドイツ政府が機能しなかっただけだ。そもそも敢えて強欲で倫理観のない権力者を選んでスレイブにしていったことが被害拡大の・・・」

「やめなよ。それじゃまるで鶏が先か卵が先か議論してるみたいだ」

若生はいつだったかマルリックが『狩るのなら強欲な吸血鬼にしたい』と言っていたことを思い出して二人を止めた。

「ふん、認めよう。ハンター職である手前、東ドイツ以外では獲物が増えることを前提にある程度放置していたのは事実だ」

「私自身に対しての謝罪要求や停戦要求はしません。ただし、七緒や佐紀波姉弟の賞金首登録や類似の報告はしないでもらいたい」

「了承した。復職後も私からは賞金申請はしない。しかし、ゴリノと私とは所属組織が違う。やつの死亡あるいはロスト報告に貴様の名が載るということは必然的にこの3人もロシア側の標的にされるぞ」

「その件ですが、ゴリノ・ベルケンバーガーはハンターという身分を偽装して吸血行為をしていたはずです。今回の一連の行動からそれは確実ですので、彼の方を先に告訴することは出来ないものでしょうか?」

「その立件には証拠が必要だ。実はやつがこの地域で物色していた不動産のリストがある。調べれば高確率で動かぬ証拠が出てくるはずだ。若生、私と一緒に出られるか?」

「・・・ああ、いいよ」

若生は少し考える素振りを見せたがすぐに立ち上がった。

「待ちなさい!若生君がどういう状態なのか判っているの?マルリック!」

「どういう状況でそうなったかは後で聞こう。見た限りで、ある程度判断は出来る。ブラッドクロッサーなのだろう?」

「クロス・ブラッドと判っていて連れ出すの?」

「クロス・ブラッドはその結果現象と暴走行為の呼称だ。対象者はブラッドクロッサーと呼ばれる。最も回収死体に用いることが圧倒的に多かったがな。とにかく近くに人間がいる以上、どこに置いておいても危険なことに変わりはない」

そう言ってマルリックは立ち上がり和室から降りて靴を履いた。

「待って若生君、飲んでいきなさい。冷蔵していたあなたの血」

「私は教室に置いてある荷物から得物を選んでくる」

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